二次創作小説(紙ほか)

烏ヶ森編 28話「暴龍事変」 ( No.340 )
日時: 2016/03/19 14:34
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: Ak1jHfcH)

 突如、閉じられていた空間が爆ぜた。
 爆炎が弾け、熱風が荒ぶる。
 平坦な地面に亀裂が走り、岩片が衝撃の余波に乗って飛ぶ。
「な、なんだ……っ!? なにが起こってる!」
「分かりませんが、非常に危険な気を感じます……!」
 あまりに突然の爆発。轟々と燃え盛る炎で、視界が塞がれる。なにが起こっているのか、まるで分からない。
 しかし、一つだけ確かなことがある。
「クソッ、あの中には……!」
「つきにぃ……!」
 先ほど爆発した空間の中には、一騎がいるはずだ。そして、今も。
 離れたところにいるミシェルたちでも、立っているのが精一杯の衝撃だ。正に爆発の渦中にいる一騎は、無事では済まないだろう。
 そんな焦りが、三人の頭を巡る。
 爆発は一度だけ。舞った砂煙がだんだんと落ちていき、視界が明瞭になっていく。
 一騎は無事なのか。あの爆発の原因はなんなのか。彼女らの頭の中には、それだけしかなかった。
 やがて、明らかになり、姿を現す。
 一騎の姿と——この爆発の原因が。
「っ……んだよ、これは……!」
「つき、にぃ……?」
 一騎の姿と爆発の原因がその姿を現す。
 そう、現れたのだ。

 剣崎一騎であるはずの存在であり、この爆発を引き起こした元凶である、巨大な龍が。

『グ、グ、ガ、ガアァァァァァァァイッ!』

 龍は、轟く雄叫びをあげる。
 まるで、怒っているような怒号だ。
 同時に、苦しそうでもある。
 なにかに囚われているかのような、そんな叫びだ。
「なんだよあれ……一騎、なのか?」
「一騎先輩の姿は見えません……“あれ”が一騎先輩だという確証はありませんし、私にもどういうことかは分かりませんが、これは……」
 バリキレの姿もなかったが、彼は既にカードの姿となって、地面に落ちていた。
 一騎がいない。バリキレにやられたわけでもない。爆発に巻き込まれて木端微塵になった——そんなことは考えたくないが——可能性もあるが、人間の身体を欠片も残さず吹き飛ばすほどの爆発ではなかったように思える。
 あの爆発で伝わってきたのは、熱や衝撃以上に、痛みだった。
 肌に、妙な痛みが走ったのだ。感情に訴えかけるような、震え上がるような痛みだ。
 まるであの爆発は、心が暴発したものであると言っているかのような、悲痛さがあった。
 しかしそんなものはどうでもいい。問題は、目の前のあの巨大な龍だ。
 一騎の姿はないが、一騎のデッキらしきカードは、バリキレと共に地面にばら撒かれている。カードだけ無事で、本人が消えるだなんてことも考えにくい。
 ということは、やはり、
「一騎……どうしちまったんだよ……!」
 あれは、一騎なのだろう。
 その姿にはいつもの温厚な彼の面影はない。無情なまでに自制心を取り払い、自我を捨て、怒りという感情の衝動に駆られた、暴龍の姿しかなかった。
 愕然と一騎を——一騎であるはずのなにかを見上げるミシェルたち。
 ふと彼女の横を、小さな影が駆け抜けた。
「つきにぃ……っ!」
「おい、お前! どこ行く!? 待て!」
 恋が、単身で走り出す。
 ミシェルは慌てて腕を伸ばすが、彼女の手を空を掴んで空振りする。
 後方から聞こえるミシェルの制止も振り切って、恋は、暴龍の下へと駆けた。
「つきにぃ……どうしちゃったの……?」
『グガアァァ……!』
 暴龍から、一騎の声が聞こえない。熱と怒気がこもった唸り声だけが、彼女の耳に届く。
 恋の言葉は、届いている様子がない。その事実に、恋は呆然と立ち尽くす。
「つきにぃ……」
「恋さん!」
「おい! いい加減に戻って——」
 ミシェルが焦って恋を呼び戻そうとする、その時。

『——ガアァァァァァァッ!』

 再び、暴龍が咆える。
 あらん限りの怒りを吐き出しているかのようなその叫びは、恋の小さな身体くらいならば、簡単に吹き飛ばしてしまいそうなほど轟く。
 その声を聞くだけで、身体が燃えるように熱くなる。燃える炎の中に、身を投げ込まれれた気分だ。
 いつかの自分の仲間たちも、こんな気分を味わったのだろうか——恋は、そんな昔のことを考えた。
 彼女の意識がほんの少し離れた一瞬。
 暴龍は、三度目の咆哮を上げる。

『ガアァァァァァァァァィッ!』

 その咆哮は、天を衝き、地を抉り、木を燃やし、心を焼き付ける。
 そして。
 今までで最も荒々しく、神話空間が、開かれた——



「……神話空間……」
 ぼそりと恋を呟いた。この場、この雰囲気は、今まで幾度と感じたものだ。感覚で分かる。
 手元には五枚の手札、正面には身を守る五枚のシールド、真横には山札。
 そして前方には、立ちふさがるようにして、暴龍の姿があった。
「あの龍が開いたものみたいだね。ということは、やはりあれはクリーチャーか」
「違う……」
 キュプリスの言葉を、恋は即座に否定した。
「クリーチャーじゃない……あれは、つきにぃ……」
 神話空間の感覚以上に、この感覚は絶対だ。
 いくら人の姿をしていなくても、言葉が通じなくても、あれは一騎だ。それだけは間違いないと、恋は自分の感覚に誓って断言できる。
 同時に、彼女は決意する。
 あの時、彼が伸ばした手を、自分は振り払ってしまった。その償いではないが、次は自分が彼に手を差し伸べる番だ。
「つきにぃ……今度は、私が……」
 小さく紡いで、恋は手札を掴み取った——