二次創作小説(紙ほか)
- 烏ヶ森編 28話「暴龍事変」 ( No.344 )
- 日時: 2016/03/25 14:12
- 名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: Ak1jHfcH)
「……んぅ」
「起きたか」
恋は覚醒する。
ゆっくりと身体を起こし、目線を声の主に向ける。
「ミシェル……」
「ったく、兄貴分が兄貴分なら、妹分も妹分だな。二人して無茶苦茶しやがって」
いつものように小言を吐くミシェルだが、そこには覇気がない。どことなく、弱っているようだった。
「つきにぃは……?」
「分からない。だが、今、葛城が追跡してる」
「そう……」
しばし沈黙が訪れる。
氷麗が追跡している。ということは、この場に一騎はいないということ。
この場に一騎がいないということは、つまり、あの龍は、本当に——
「……つきにぃは、どうしちゃったの……?」
誰に言うでもなく、独り言のように呟く恋。
沈黙に響くだけだの声。その答えが返ってくることはない。
と、そうでもなく、彼女の言葉に、ミシェルが返した。
「そいつは、こいつらが教えてくれる」
ただし、その方向は、別のところへと流される。
ミシェルの目線の先にあったのは、一騎のデッキケース——そこから出て来た、クリーチャー。
「テイン……」
「正確には僕じゃない。フィディック」
『応』
流し流しでテインの言葉を受けたのは、フィディックだった。テインとは違って、カードのままだ。
「つきにぃは、どうしちゃったの……?」
恋はフィディックに問う。
曖昧で、抽象的な問いだが、フィディックははっきりとした声で、答える。
『結論から言って、少年は暴龍に飲まれた』
「暴龍? あの馬鹿でかいクリーチャーか?」
『そうだ。あれは本来、グレンモルトがガイハートとガイアール、二つのドラグハートの力を扱いきれず、暴走したガイギンガに飲まれた——成れの果てだ』
「グレンモルトが扱いきれず……? それが、一騎のなんの関係があるっていうんだよ」
『“本来ならば”、あれはそういうものなのだ。しかし今回の事変は、少しばかり状況が違う』
状況というよりは、時代か、とフィディックは言った。
『今の世界において、我々クリーチャーは、より力のある他者に従属している。他者に従い、使役されることで、生き延びている』
「クリーチャーの中でも、強い奴がデュエリストになってるってことか。もはや人間の変わらないな」
『そういう“概念”がもたらされたからな。今はそんな時代だ。その結果、自らの肉体をぶつけ合う時代とは違い、従属しているクリーチャーは、主たるクリーチャーとの強い結びつきが生まれる』
そして、その結びつきは、両者の間に様々な効果をもたらす。
たとえば、片方の異変が、もう片方に伝播する、というようなことも起こりうるのだ。
『少年とグレンモルトの結びつきは強かった。だから、グレンモルトに起こった事変に、グレンモルトの主である少年も巻き込まれたと言えるだろう』
「巻き込まれた? そんな事故みたいな結果なのか?」
『今のは言葉の綾だ。実際には、少年にも問題があったと言えるだろうな』
「問題……? つきにぃに、なにが……?」
『少年は、ガイギンガを使役した戦いで、何度負けた?』
唐突なフィディックの問いに、二人は少々面喰らう。
「一騎が《ガイギンガ》を出して、負けた対戦ってことか? あー……」
ミシェルとて、一騎の対戦をすべて見ているわけではないが、恐らくフィディックが言うのは、こちらの世界において、何度負けたかということだろう。
自分たちは東鷲宮——遊戯部の面々ほど、こちらの世界には赴いていない。だから一騎が負けた対戦ともなれば、かなり絞られる。
そもそも、一騎が《ガイハート》を手にしたのも、わりと最近のことだ。今までの彼の行動を、できる限り思い返してみると——
「……あの時、か?」
「たぶん……」
思い出せる限りでは、二回。
一度目は、恋——当時はラヴァーという名だった——との対戦。
二度目は、恋の仇討のために戦った、ユースティティアとの対戦。
その二回ともで、一騎は《ガイハート》を龍解させ、《ガイギンガ》を呼び出していた。
しかし、その二回とも、一騎が勝利を飾ることはなかった。
『ガイギンガは、二重に勝利を重ねる龍。一度の敗北だけでなく、二度目の敗北で、奴の怒りを買っていてもおかしくはない』
「怒り……」
怒り、憤怒。
人間を罪に導く罪源ともされる激情。
その爆発は、クリーチャーであっても例外ではない。
「つまり、《グレンモルト》の未熟さと、一騎が二回も負けたことに対する怒りで、あの暴龍とやらは現れ、一騎たちを飲み込んだってことか」
『恐らくはな』
確定ではないが、フィディックの言う“事変”とやらと照らし合わせて考えると、ほぼそうなのだろう。
いきなりの出来事で混乱していたが、ひとまず原因は分かった。
しかし、
「そんなことは、どうでもいい……」
恋にとってはフィディックの説明など、なんの役にも立たない。
それ以上に、彼女には大事なことがある。
「つきにぃは、助かるの……? もとのつきにぃに、もどるの……?」
『……分からん』
フィディックは静かに答える。
『如何せん、人間を巻き込んだ事変など初めてだからな。不明な点も多い。もしかしたら、もう少年は戻れないかもしれん』
そのフィディックの一言で、重い空気が流れた。
一騎が、もう元には戻らない可能性。
それを考えるだけで、苦しくなる。胸の内が空虚になったかのような痛みと、虚無感が漂う。
今まで、部を支え、恋のために奔走した彼。
そんな彼が、一騎が、いなくなると思うと——
「なに後ろ向きに考えてるんだよ」
「ミシェル……」
「あたしたちだって、このまま身を退くわけにもいかない。分からないことは考えても分からないんだ。だったら、分かることを増やすために、なんでも試すしかない」
ここで暗くなっても、なにも解決しない。
どんなに小さな手がかりでも、関係ないとさえ思えるようなことにすらも、彼は突っ込んでいった。
彼女の——恋のために。
それと同じことだ。
一騎がどうなるのかは未知数。ならば、未知を既知にするために、どんな手段でも方法でも、やってみるしかない。
「うん……わかった……」
「暗いのはいつものことだが、浮かない顔で黙ってられるとこっちもやりにくいんだよ。お前は生意気でしゃしゃり出るくらいがちょうどいい」
『……これも、あくまで可能性の話だが』
二人の間に、フィディックが割って入った。
『本来この事変は、グレンモルトがガイギンガに飲まれるだけで終わるものだ。クリーチャーがクリーチャーを飲み込む、形式的に言えば、それだけのことだ』
「形式的には、か。なら、その形式が崩れることもあるってのか」
『そうだ。その形式に人間である少年が紛れ込むと、本来の形式から外れることとなる。本来の形式から外れた事象が示す答えは、概ね二つ。一つは、なにかしらの反応を起こし、別の事象に変化すること』
化学反応のようなものだ。異物が混入することで、本来起こるはずの反応とは、別の反応を示す。Hの原子どうしがくっつくだけならば水素になるだけだが、O——酸素が混入すれば、それはH2Oの水となる。
「《グレンモルト》と《ガイギンガ》がHで、一騎がOってわけか……いっしょくたになると、まずいことになりそうだな。で、もう一つは?」
『もう一つは、異物の混入とみなされ、その異物を取り込むか、排除することだ』
「異物……」
体内に入って来た細菌に対する抵抗と同じだろう。体の中に細菌などの異物が入って来れば、体はそれを追い出そうとする。
それと同じように、暴龍にとって一騎が異物だと判断されれば、それを排除しようとするだろう。
『こちらの場合だと、少年の存在が完全に飲まれるか排除される前に、少年を暴龍から引き剥がせば、少年を救うことができるやもしれん』
「本当……?」
『あくまで可能性の話だが、それなりに現実味のある可能性だと思う』
見たところ、あの暴龍は苦しそうだった。
それはつまり、暴龍の中でグレンモルトがガイギンガに抵抗しているということ。まだ、すべてを飲み込み切っていないということ。
グレンモルトが飲まれていないのであれば、ついでのような存在である一騎も、まだ完全に飲まれていない可能性が高い。
「具体的な方法は全然だが、道筋は見えてきたな」
「うん……今度こそ……」
今度こそ、一騎を助ける。
そう、恋は意気込みを見せていた。
その時だ。
「話はまとまったようですね」
スッ、と何者かが背後に現れる。
「つらら……」
「ただいま戻りました。例のクリーチャーは発見しましたよ」
「早いな」
「何度もやってるうちに慣れてきましたので。そうでなくても、あれはすぐに見つかります」
「? どういう意味だ?」
「見れば分かると思いますが、簡単に言えば、あのクリーチャー——」
少し言い淀んでから、氷麗は、ゆっくりと口を開く。
「——無差別に周辺地域のマナを貪っています」