二次創作小説(紙ほか)

烏ヶ森編 28話「暴龍事変」 ( No.345 )
日時: 2016/03/26 17:33
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: Ak1jHfcH)

 西部要塞から少し離れた岩山。
 この岩山は火山で、地下にマグマ溜まりがある。
 今は休火山となっているため噴火の心配はないそうだが、蓄積されたマグマには、一緒にマナも溶け込んでおり、それが地上に噴き出しているとのこと。
 そのため、この岩山は常に超高温の気候かつ高濃度のマナが充満した場所だった。
 そんな場所だったのだ。
 ほんの、数時間前までは。
「……さむい」
「しかも空気が薄いというか、なんか息苦しいぞ。そんな標高の高い山なのか、ここは」
「この場所が頂というわけでもありませんが、標高100mもないと思います」
 山の気温は100m高くなるごとに0.6度低くなると言われているが、そんな誤差みたいなものではない。明らかな寒気が、肌を伝っている。
 それに100m程度では息苦しいと思えるほど空気が薄くなるはずがない。
 そもそもこの山は、熱気に溢れた超高温で、空気はマナも混じり息が詰まるほど高密度になっているような場所だ。寒気だとか、息苦しさだとか、そのようなことを感じるはずがない。
 なぜ、それを感じるのか。
 それにはなにかしらの原因があり、その元凶は、すぐそこに存在していた。
 少し歩くと、“それ”の姿が、否応なしに視界に入ってくる。
「こいつは……」
 紅蓮に染まる巨躯。右腕には銀河の楯に、左腕には銀河の剣となった、怒りの龍。
 そして、自分たちの長。
 暴龍に飲み込まれた一騎の姿が、そこにあった。
 しかしその状態は、奇怪なものだった。
「つきにぃ……」
「……これは、どういうことだ?」
「最初に言いましたよ。無差別にマナを貪っていると」
 暴龍はそこに鎮座していたわけではない。赤ん坊のように四つん這いになり、顔面を地面に突っ込んでいる。
 非常にシュールな光景だが、突っ込んでいる地面から噴き出しているものを見ると、二人は戦慄する。
 赤いなにかがボゴボゴと湧き水のように噴出している。だがそれは湧き水なんかではない。地中のマグマが滲み出たもの、溶岩だ。
 暴龍は地面から噴き出している溶岩を、犬食いしているのだった。
「溶岩を喰うって、どうなってんだよ……」
「あれは溶岩を喰らっているのではなく、溶岩と一緒に噴き出しているマナを喰っているのですよ」
「マナを……? どうして……?」
「そこまでは分かりません。しかし、この調子で喰い続けられると、流石にまずいことになりそうです」
「あんな犬食いのペースでもか?」
「犬食いだけなら、問題ないんですけどね」
 そう言って、氷麗は暴龍の周りを順番に指差す。指差した場所は、いずれも溶岩が噴き出していた。
 よく見れば、溶岩と共に、赤い炎のようなものも噴き出している。恐らく、これがマナなのだろう。
 だがそのマナは、なびいている。なにかに引き寄せられるように。そしてマナが引き寄せられる先には——暴龍がいる。
「ポンプみたいな口でマナを吸い上げて、他の穴からもマナを吸収しているようです。凄まじい速度でマナを吸っています。この寒気や空気の薄さも、ここら一体のマナの濃度が急激に低下している影響です。そしてその元凶が、“あれ”です」
「…………」
 マナを貪る暴龍。その様は、理性も知性もかなぐり捨てた、本能だけで動く獣のようだった。
 これがかつての一騎だと思うと、見ていられない。思わず目を逸らしてしまった。
 それほどに目の前の暴龍は、醜い存在だった。
「なぁ」
「なんでしょう」
「お前は、あいつが戻ってくると思うか?」
 どこか弱気なミシェルの声。
 先ほどは恋にああ言ったが、こうして一騎が一騎でなくなった様子を直視してしまうと、陰りを生んでしまう。
 本当に、一騎は戻ってくるのか、と。
「……分かりません」
 ミシェルの問いに、氷麗は静かに答えた。
「私は“事変”に関しては詳しくありませんし、この世界のドラグハートの誕生に関わったわけでもありませんし、ましてや太陽神話や焦土神話らと接点があったわけでもありません。一騎先輩が、無事に元に戻るかどうかを問われても、なにも答えられません」
「……ただ」
「?」
「一騎先輩は戻って来なくてはならない……少なくとも、リュンさんならそう言うでしょう」
 語り手を持つ者として。
 一騎は、戻ってもらわなくてはならない。
「私も……つきにぃには、戻ってきてほしい……おかあさんと、約束もしたし……今日のばんごはんも、作ってくれないと……私、困る……」
「……そうだな。滞ってる書類もあるし、部長がいないと、うちの部はなにも動けないしな」
 各々、事情は違えど、一騎には帰って来てもらわなくてはならない理由がある。
 それだけで十分だ。
『ガアァ……』
 その時、暴龍が動いた。
 振り向いて、こちらの姿を赤い瞳に映す。
「ミシェル……」
「あぁ。今度はあたしの番だ」
 不気味な唸り声をあげる暴龍に、ミシェルは一歩近づく。
(……改めてこいつの前に立つと、昔の自分を見てるみたいだな……)
 そう思うと、不快なような、懐かしいような、なんとも言えない気分になった。
「あの時はお前に随分とお節介焼かれたが、立場逆転だな」
 今は、自分が干渉する番だ。
 暴龍にその言葉が届くのかは分からない。昔の出来事を思い出せるのかどうかも不明だ。
 それでも、ミシェルは言葉を零した。
「……かかってこいよ、部長」
『グゥ……ガアァァァァァァァァァァッ!』
 暴龍は咆える。
 空を、地を、震撼させ、轟かせ。
 神話空間を、こじ開けるように——