二次創作小説(紙ほか)

烏ヶ森編 28話「暴龍事変」 ( No.347 )
日時: 2016/03/29 14:09
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: Ak1jHfcH)

 意識が蘇る。
 重い瞼は開かないが、身体は妙に寒い。
 もしかして死んだのかとも思ったが、背中がやたらゴツゴツしており、胸から心臓の鼓動も聞こえる。なので、恐らく生きている。
 うっすらと目を開く。雲が適当に浮かんでいる、青い空が見えた。
「……一騎、いるか?」
 呼びかけてみる。反応はない。
 身体を起こそうとするも、上手く力が入らない。
 そこで、自分の右手が、なにかを握っていることに気付いた。あまりに強く握りすぎて、感覚が麻痺していた。
 首だけ回して、右を向く。
 そこには、見慣れたお人好しの面があった。自分の手は、彼の右手をがっしりと掴んでいる。
「……おい、生きてるか?」
「…………」
「……死んだか?」
「う……」
「生きてるか……」
 そこでようやく、ミシェルは身体を起こせた。手を掴んだままだったので、引っ張られるように、一騎も起き上がる。
「っ……ミシェル……?」
「よぅ。引っ張り出せたようで、なによりだ」
「引っ張り……? えっと、どういう——」
「つきにぃ……っ」
 バッ、となにかが一気に覆いかぶさる。
 さらさらとした髪が顔にかかった。肉付きの薄い身体がのしかかる。
「恋……」
「つきにぃ、よかった……本当に、よかった……」
 一騎の胸に顔を埋める恋。
 いつもの淡々としているようだが、彼女の声は、少し震えていた。
 それだけ自分は彼女を心配させてしまったのだろうと、一騎は恋の髪を梳くように、頭を撫でる。
「ごめんよ、恋。心配かけた」
「本当に……今日のばんごはん、食べられないと思った……」
「そっち?」
 きっと照れ隠しだろう。恋は顔を埋めたまま、一騎の服の裾をギュッと掴んで離さない。
「一騎……」
「テイン」
 恋を抱きとめていると、今度はテインがやって来る。
「君にも、心配かけたね」
「うん……」
「? テイン? どうかした?」
「いや……」
 どこか浮かない顔をしているテイン。
 しかし彼は曖昧に濁して、言葉を続けなかった。
 その様子にどこか訝しむ一騎だったが、ふと、思い出す。
「あ……そうだ、ガイギンガは!?」
「山の頂の方へ行ってしまったようですね」
「なら、早く追いかけないと……! グレンモルトもあの中に——」
「おい待て」
 山頂の方へと駆け出そうとする一騎を、声が制した。
 直後、首根っこを掴まれ、ガクンッと体勢を崩す。
 振り返る。一騎の襟元を握りしめていたのは、ミシェルだった。
「いくらなんでも行かせるわけないだろうが。一旦戻るぞ」
「でも……!」
「でもじゃない。あんなクソ熱いところにいたんだ、お前だって相当疲弊してるはずだろ。あたしもそうだし、あいつも同じだ。深追いは禁物だ」
「でも——」

「でもじゃねぇつってんだろ! いい加減にしろ!」

 一騎の拒否の言葉に、ミシェルが怒声をあげる。
 彼女はそのまま一騎の身体を回すように正面を向かせ、襟首を握り締め、グイッと持ち上げる。身長差があるので完全には持ちあがらないが、なすがままの一騎は爪先立ちになった。
 ミシェルは下から一騎の顔を見上げる。だがその形相は修羅のようで、完全にキレていた。
 ミシェルの鋭い眼光が、一騎を射抜く。
「あたし言ったよな? 無茶しそうなら全力で止めるって」
「…………」
「今のお前は、なにも顧みてねぇ。自分が今どんな状態にあるのかも理解してない。息が上がってる自覚はあるか? 腕もまとに上げられてないぞ。足取りだってふらついてるし、重心がぶれぶれだ。動きも鈍い。なにをするにも、この上なく悪い状態だ。なのにあんな化け物を追うだなんて、無茶も無茶、無茶苦茶だ」
 一騎を下ろすと、今度はどんっ、と勢いをつけて突き放す。一騎はふらふらと後退する。
 そして、
「そんな状態のお前を行かせるかよ。そのままお前が行ったところで、犬死にしてもおかしくない。だからあたしは——」
 ぶんっ!
 と、空を切る音が聞こえる。
 それを認識した時には、大上段に放たれたミシェルの拳は、一騎の顔面、その目の前で、寸止めされていた。
「——ぶん殴ってでも、お前を止めるぞ」
 そう吐き捨てるように言うと、拳を下す。
「……ごめん」
「ミシェル……こわい」
「しかし四天寺先輩の言う通りです。恋さんも、四天寺先輩も、一騎先輩も、皆さんかなり体力を消耗しています。確かにあのクリーチャーは、非常に獰猛で、強力なクリーチャーです。放置しておけば危険ですが、万全でない状態で戦う方がもっと危険です。ここは一度身を退いて、ベストコンディションに整えてから立ち向かう方が得策かと」
「うん……ミシェルと氷麗さんの言う通りだ。今日はもう、帰ろう」
 流石にここまで言われて、我を通せる一騎ではなかった。
 憂う表情であったが、一騎はミシェルらの言う通り、先に進むことを断念する。
 そして、元の世界に。自分たちの部室に、帰るのだった。



「……ただいま」
「あ、先輩方。遅かったっすね」
 氷麗に転送され、部室に戻ってくる一騎たち。
 しかし、自分たちが出る前と比べて、空気が少し変わっていた。
 美琴は机に噛り付き、空護と八がなにやらプリントを持って部室内をあっちこっち動き回っている。なにかを探しているようだ。
「……なんか、慌ただしいな?」
「えぇ。さっき生徒会が怒鳴り込んできたんです」
「あいつが? マジかよ……用件はなんだったんだ?」
「剣埼先輩を出せ、って。いないって言ったら逆上されて、ついでに面倒事を色々押し付けられて……もうやってられませんよ」
「自分、生徒会の人って初めて見たっすけど、きっつい人っすね」
「うちの部は生徒会とは犬猿の仲ですからねー。正確には、部長が目の敵にされてるだけですが」
 今にもペンを投げ出しそうな美琴に、上辺では平静を繕っているが、額に汗を浮かべて疲労を見せる空護。八は相変わらず能天気そうだが、どこか弱っているように見える。
「あのクソ会長、ネチネチネチネチしつこい奴だな。こっちはそれどころじゃないってのに」
「なにかあったんですかー?」
「あぁ、えっと……」
「いい。あたしが説明する」
 一騎を押し退けて、ミシェルが皆に今回のあらましを伝える。
 氷麗に言われたとおりにクリーチャーを倒そうとしたこと。その時に一騎が暴龍に飲まれてしまったこと。暴龍の正体、《ガイギンガ》の怒りの理由。一騎が飲まれた理由。一騎が飲まれてから、ミシェルが引きずり出すまでのことをすべて。
「……それはそれは、そちらも随分と厄介なことになってるようで」
「部のこともあるのに、生徒会に向こうの世界にで、首が回りませんね」
 深い溜息を吐く美琴。ほぼ生徒会に対するものだろうが、相当鬱憤が溜まった溜息だった。
「本当にごめん。とりあえず、生徒会の人から受けたっていう仕事は俺が——」
「いや、お前はもう帰って寝ろ」
「でも」
「でもじゃない……って、三回も言わせんな。あっちもやってこっちもやって、お前はなにがしたいんだよ。いいからここはあたしらに任せて、お前は休め」
「いや、でも、皆が忙しい時に、俺だけ休むなんてできないよ」
 食い下がる一騎。満身創痍なはずだが、心意気は立派だった。
 しかし、そんな彼に対し、今度はミシェルが、はぁ……と深い溜息を吐く。
 そしてその後、頭を押さえながら、低い声で言った。
「……おい、誰かタクシー呼べ」
「え?」
「もしくは先公の車でも可。人間一人運ぶ手段を用意しろ」
「ミシェル? なにを——」
「一騎……歯ぁ食いしばれ」
 シュッ、と風を切る音。
 刹那——

 ゴスッ

 ——鈍い音が、一騎の顎から、響いた。
 ガクリ、と膝から崩れ落ち、そのまま一騎は前に倒れ込んだ。
「もう忘れたのか? さっきも言ったぞ。無茶するなら、殴ってでも止めるって」
 床に伏した一騎を見下ろして、ミシェルは吐き捨てる。
 流石に、一同は唖然としていた。ミシェルの気性が荒いことは知っていたが、実際に拳を振るうことは滅多にない。それも、一騎相手に。
 少しの沈黙が訪れる。
「……綺麗なアッパーカットでしたねー、顎先直撃。軽く脳震盪起こしてKOですかー」
「最近は滅多に出なかった四天寺先輩の拳が出るなんて、よっぽど部長への鬱憤が溜まってたのかしら……」
「部長、大丈夫っすかねー」
「ミシェル……ひどい……つきにぃ、痛そう……」
「ひどくねーよ。悪いのは全部こいつだ。お前もこいつと一緒に帰れ。こっちはあたしらでなんとかするから」
 手で追い払うような仕草をするミシェル。
 恋は心配そうに一騎を見ていたが、ミシェルに指示されると、こくりと頷いた。
「ん……わかった」