二次創作小説(紙ほか)

烏ヶ森編 28話「暴龍事変」 ( No.348 )
日時: 2016/03/29 20:59
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: Ak1jHfcH)

 自宅のベッドの上で目が覚めた。
 時間を確認すると、もう八時過ぎだ。
「夕飯……いやその前に、生徒会の……ガイギンガは……えぇっと……」
 まだ頭が混乱している。自分が今なにをすべきか、分からなくなってきている。
 一旦落ち着いた方がいい。落ち着いて、整理して考えた方がいい。
 そう思って深呼吸していると、ギィ、と扉が開いた。
「つきにぃ……起きた……?」
「恋……どうしたんだ? というか、俺はどうしたの?」
「……はこんだ」
「運んだ?」
「うん……」
 一体なににどう運ばれたのか気になったが、恋はそれ以上は言わなかった。
 代わりに、ズイッと近寄ってきて、囁くように言う。
「つきにぃ……お腹、すいた……」
「え? あぁ、そうだな。今から夕飯作るから、ちょっと待って。こんな時間になっちゃったから、悪いけど、ありあわせでささっと——」
「……と思って、作った……」
「え?」
 作った? と思わず反復して聞き返してしまう。
 そして恋は、部屋が暗かったので見えなかったが、ずっと手に持っていたらしい器を差し出した。
「おかゆ……」
「……恋」
 どうやら、満身創痍で心身ともに疲弊しているだろう一騎のことを慮って、お粥を作ってくれたらしい。
 恋の面倒は自分が見る、と愛と約束していながら、立場が逆になってしまったことに、自責の念を感じる。
 けれどあの恋が、自分のためを思って動いてくれた。そのことについては、非常に嬉しかった。恋が今までにない成長を見せ、新たな一歩を踏み出した。それだけで、一騎は破顔するほど嬉しい。
 嬉しい、のだが。
 一騎の笑いは、非常に引きつったそれであった。
 その理由は、彼女が差し出した器の中身だ。
「恋……俺にはこのお粥は、炊いてない米にお湯を入れただけに見えるんだけど?」
 暗闇なので月明かりと廊下から漏れた光だけがそれを照らし、見づらいが、明らかに米に対するお湯の量が多い。米がすべて沈殿し、水がなみなみに注がれていた。およそ炊かれている米には見えない。
 しかも湯気なども感じられない。温かな熱気も感じられない。器からこぼれた液体が、一騎の体にかかって、その中身が水であると理解した。お湯ですらなかった。
 その、およそお粥と呼ぶには抵抗がある代物——むしろ、今から米を炊くつもりなんじゃないかと思えるような代物を見て、一騎は苦笑いを浮かべるしかない。
「作り方がわからなかったから……見よう見まね……飛天御剣流とおなじ……」
「見様見真似って、恋、俺が米を炊いてる時はいつも寝てるじゃん。俺が炊飯器使ってるとこ、見たことある?」
「ん……ないかも」
 そうだろう。一騎が起床する頃には恋は大抵は寝ている。たまに起きていても、部屋にこもっている。
 なにも知識のないのだから、できるはずがなかった。
 それにしても、こんな加工前の食品みたいなものが出て来るとは、思わなかったが。
「まあ、でも……ありがとう、恋。俺のためにと思って、作ってくれたんだよな」
「ん……」
 くしゃくしゃと恋の頭を撫でる。恋は猫のように、なされるがままに、気持ち良さそうに目を瞑っていた。その様子を見ていると、昔を思い出す。
 一騎は水を零さないよう、慎重に器を手に取ると、ベッドから降りる。
「このお粥は気持ちだけ貰っとくよ。だから後は俺に任せて」
「ん……わかった」
 そう言うと、恋はトタトタと部屋から出て行った。自室に戻ったのか。
 一騎は恋が見えなくなってから、部屋を出て、キッチンへと向かった。



 ありあわせのもので軽く夕飯を作り、風呂にも入り、再びベッドに入った一騎。
 明日も学校だ。それに、今日は色々ありすぎた。ミシェルたちの言う通り、一騎はかなり疲弊していた。
 しかし、すぐには寝つけなかった。
 暗い部屋の中で思い返すのは、今日の自分の不甲斐なさだ。
「俺は……また無力だったな」
 いや、それどころではない。
 むしろ、皆に迷惑をかけた。
 暴龍に飲まれていた時の記憶は曖昧だが、左手の感覚が覚えていた。
 大剣を振るい、恋を、ミシェルを、手にかけたことを。
 二人とも、特に気にした様子ではなかったが、一騎は少なからず責任を感じてしまう。
 しかも、それだけではない。
「ミシェルのお陰で、俺は助かったけど……でも、まだ、《グレンモルト》と《ガイギンガ》が、あの中にいる……」
 まだ、問題は解決していない。
 今でも一騎のデッキは枚数が足りておらず、超次元ゾーンのカードも一枚少ない状態だ。
 暴龍となり、《ガイギンガ》に飲まれた《グレンモルト》。彼らを元に戻し、助け出さなければ、終わらない。
 しかし、本当にそれは可能なのか?
 一騎は人間だ。本来、クリーチャー同士で起こるはずである“事変”における異分子だ。
 だからこそ、ミシェルの手で、強引にだが引きずり出されたのかもしれないと、後から《フィディック》は言っていた。
 だが《グレンモルト》も《ガイギンガ》もクリーチャー。事変における核だ。
 二人はクリーチャー同士で、互いに、ダイレクトに心を通わせた間柄。その繋がりは、一騎以上に強いはず。
 近しい二人。ということは、怒り狂った《ガイギンガ》が《グレンモルト》を完全に飲み込むのも、容易いのではないか。
 互いに心が通い合っていたからこそ、互いに近い存在であったからこそ。
 二人が一体とない、暴龍と成れ果てるのは、容易なことではないのだろうか。
 完全に飲まれてしまえば、もう二人を引き剥がせないだろう。
 仮に、まだ完全に飲まれていないとしても、どう二人を救えばいいのか、一騎には分からない。
 ミシェルがやったように、無理やり手を突っ込んで引きずり出すのか。いや、それは無理だ。あれは人間である一騎だったからこそできた芸当だというのは、さっき思い返したばかりだ。
 分からない。
 自分が、どうするべきなのか。
 どうすれば、彼らを救うことができるのか。
「……これじゃあ、恋の時の同じじゃないか」
 あの時も、どうすればいいか分からなかった。
 ただがむしゃらになって、ミシェルの言うように無茶なこともして、それで、空回って、なにもできなかった。
「あの時みたいに、また暁さんに任せるのか……?」
 いや、そんなわけにはいかない。
 これは、自分の問題だから。
「《グレンモルト》も《ガイギンガ》も、俺のせいであんな姿にしてしまったんだ。俺が弱かったから……だから」
 今度こそ、自分の力でどうにかしてみせる。
 そう思う——思いたかった。
 一騎の中には、過去の失敗が渦巻いている。
 かつての不格好な自分が、今の自分の姿を、曇らせる。
 昏い光にも、怒りの炎にも、圧倒され、飲まれてしまった自分を思い出しながら、一騎の瞼は降りていく。
 彼の意識はそのまま、闇夜と一緒に沈んでいった。