二次創作小説(紙ほか)

烏ヶ森編 28話「暴龍事変」 ( No.349 )
日時: 2016/03/31 11:35
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: Ak1jHfcH)

 翌日。
 暴龍の一件もあり、気が急く一騎だが、それでも日常は待ってくれないし、合わせてもくれない。
 学級委員だとか、日直だとか、諸々の事情によってやや遅れ気味に、一騎は部室の扉を開いた。
「来たか、一騎」
「ミシェル……氷麗さんは?」
「あいつを追跡してるみたいだ。どうも、この前いた場所から離れているらしくてな。部室に来た途端、向こうに行ったぞ」
「そっか……」
 暴龍の居場所は不明。
 ということは、今は手を出せないということだ。
「……なら、俺も部のことをやるよ。生徒会の人に頼まれたことがあるんだったよね」
「そっちはどっちかっていうとついでで、向こうは部長になにか用事があったみたいですけどねー」
「剣埼先輩から出向く必要はありませんよ。生徒会の方から必要なら来るでしょうし、それまで待てばいいでしょう」
「え、でも……」
「構うことはない。あんな連中のことなんてほっとけ。それよりこっちを手伝え。あいつら、本当に面倒なことを、しかも大量に押し付けてきやがった……夏休みまでかかるぞ、これは」
「本当、大変っす」
「……つかれた、つきにぃ……」
 改めて見渡すと、いまだ慌ただしい部室。
 誰も彼もが一様に疲れた様子だということもあり、一騎は手近にあったプリントを手に取る。
「うーん、それじゃあ、皆の作業を手伝うよ——」
「——ただいま、戻りました」
 と、その瞬間。
 部室の一角に、氷麗が現れた。どうやら、向こうから戻ってきたようだ。
 氷麗は一騎の姿を見つけると、声をかける。
「あぁ、一騎先輩。いいところに」
「氷麗さん、どうしたの?」
「なんか、やけに早いな? 見つかったのか?」
「いえ、そちらはまだなんです……一度戻ったのは別件でして、少し、一騎先輩に来て欲しいんです」
「? 俺だけ?」
「はい」
 氷麗は首肯する。
 そして、その別件を、伝える。

「テインさんが、お呼びです」



 一騎だけが連れてこられたのは、広大な砂漠の中にポツンと佇む、要塞だった。
 ボロボロに朽ち果てた、廃墟のような場所。
 ここは、一騎が初めてこちらの世界に来た時、テインと出会った場所だ。
 確か、北部要塞フォース・フォートレスと呼ばれている要塞だったか。
 どこもかしこも老朽化し、風化し、崩れているが、比較的状態がまともな一室で、彼は待っていた。
 一騎は、背を向けているテインに呼びかける。
「テイン? どうしたの?」
「一騎……」
 テインが振り返る。
 その顔は、沈んでいた。今朝起きてすぐに覗き込んだ鏡に映る自分の顔よりも、よりいっそう沈んだ顔だった。
 沈み切った表情のまま、テインはおもむろに口を開く。
「君には、謝らなくちゃいけない」
「《グレンモルト》と、《ガイギンガ》のこと?」
「あぁ……」
 やはり、彼もそのことを気にしていたようだ。
 しかし、一騎よりも、彼はさらに深く考え込んでいた。
「一騎。僕は良かれと思って、君に様々な武器を与えた。《プロトハート》を開放した時も、《ガイアール》を呼んだ時も……そして、《ガイハート》を、目覚めさせた時も」
 一騎は想起する。
 最初に手にした《プロトハート》。フォートレスに立ち向かった《ガイアール》。そして、恋と刃を交えた《ガイハート》。
 そのどれもが、一気に新たな力を貸してくれた。
 だが、今はそのうちの一振りが、欠けている。
「僕が君に武器を与えたのは、君が力を欲していたから。恋ちゃんを救うために奔走する君は、凄く輝いてた。必死で、空回りしてる時もあったけど……それでも、一途で、一心に、ひたむきに頑張る君を、僕は支えたいと思った」
「テイン……そんなことを……」
「僕は焦土神話の語り手。かつて、焦土神話率いる軍隊の、軍師だった。だからかな。必死で戦う誰かを見ると、応援したくなるんだ。だから僕は、ずっと君に付いてきていた」
 一騎に、力を貸すために。
 数ある龍の剣を、彼の手に握らせるために。
 すべては、一騎に強くなってほしいという、一心からだった。
「だから僕は、君が求めるものを、すべて与えた。恋ちゃんを助けるための、強くなるための力を、与えた——与えすぎたんだ」
 テインの語調が、強くなる。
 自責と憤りに、悲しみが加えられた、後悔の声が響く。
「身の丈に合わない剣は、主に刃を向く。僕はそのことを失念していた。時期尚早な《ガイハート》を、無理やり握らせてしまった。そのせいで、君を辛い目に遭わせてしまったし、モルトとギンガも……あんな姿にしてしまった」
「…………」
「事変については、僕も少し知ってる。一騎はミシェルにすぐ引っ張り出されたから無事だったけど、早くモルトとギンガを引きはがさないと、モルトはギンガに飲まれてしまう」
 一騎が考えていたように、人間である一騎よりも、クリーチャー同士である《グレンモルト》と《ガイギンガ》の方が結びつきやすい。そのため、飲まれる時間も、質も、一騎より早いはずだ、とテインは言う。
 そしてテインは、項垂れて、力なく、漏らすように言葉を紡ぐ。
「全部、僕のせいだ。僕がすべてを見誤ったから、一騎も、モルトも、ギンガも……みんなを、不幸にしてしまった」
「テイン……」
「僕は軍師失格だ……もう、隊長に合わせる顔がないよ……」
 良かれと思った行為は裏目になり、大事な仲間が失われようとしている。
 すべては、テインの軽率で浅はかな行動が招いたことだった。
 懺悔するようにすべてを吐き出したテインは、掠れた声で続ける。
「ごめん、泣き言ばかり言っちゃって……君に謝るだけのつもりだったんだけど」
「いや……いいよ。話してくれて、ありがとう」
 慰めの言葉は、言えなかった。
 彼の感じている責任は、その場凌ぎの言葉で慰められるほど、軽くはない。
 それが分かり、一騎は、なにも言えなかった。
「ねぇ、一騎」
 帰り際に、テインは一騎の名を呼ぶ。
「僕は君の刃となれるのかな?」
 そして、語りかける。
 語り手として。
「僕は、君の振るう剣として、相応しいのかな?」
「…………」
 一騎は、彼の問いかけにも、答えられなかった。



 時刻は、もう七時を回ろうとしている。
 夏なのでまだ明るいが、生徒会に押し付けられたという業務をこなしているうちに、すっかり遅くなってしまった。
 慣れない仕事で力尽きてしまった恋は先に帰ったため、今は一人だ。
 一人で、帰路についている。
 たった一人で夜道を歩く中、思い返すのは、テインとの対話だ。
 一騎は小さく呟く。
「……軍師失格、か」
 彼は自分のことをそう称した。
 今回の“事変”を未然に防ぐ術があったとすれば、それは、《ガイハート》を振るうタイミングだろう。
 二度の敗北によって怒り狂った《ガイギンガ》。
 敗北そのものは一騎が未熟であったせいではあるが、《ガイハート》を振るうに足る力量があったかどうかというところは、テインが判断していた。
 時期尚早。確かにそうだったのかもしれない。
 テインは、一騎の力量を見極められなかった。だから《ガイギンガ》の怒りを買う結果となった。
 恋を救うための力が必要だと思って、彼が託した剣は、諸刃の剣だったのだ。そして、今では持ち主を飲み込む魔剣だ。
 主の力を正しく判断できず、傷つけてしまったテイン。軍師としては、確かに失格だ。
「でも、それを言ったら俺も、部長失格なのかもな」
 俺も人のことは言えないな、と自虐的に呟く一騎。
「恋は救えなかったし、皆には迷惑かけっぱなしだし、今だって……」
 今だって、問題はなにも解決できていない。
 恋を助けようと奔走しても、結局は暁に助けられた。
 暴龍に飲み込まれた時には、ミシェルに助けられた。
 暴龍を助けようと思っても、今は氷麗に任せきりだ。
 一騎がいない間に、生徒会とも揉めている。自分がいればもっと丸く収められたと思うと、やるせない気持ちになる。
 そのせいで今の仕事も増えている。部員たちの負担は増え、皆一様に疲れ切っていた。
 こんな状態を作り出してしまうようでは、自分も部長失格だ。
 こんな体たらくでは、部長なんて大役は自分には務まらない。
「……部長、か」
 ふと、思う。
「そういえば俺……なんで部長になったんだろう」
 なんでと問われれば、それは任命されたからと言う他ないが、なぜ自分が任命されたのだろうと、思った。
 自分を部長に推薦した人物。前年度の部長。
 その姿が、ぼぅっと一騎の頭の中で浮かび上がる。
「……久しぶりに、話したいな」
 彼女のことを思い出し、そんなことを考えた。
 いつも自分たちを導いてくれた人。頼りになって、なんでも任せられる、この人になら付いていけると、そう思わせる人。
 前部長なら自分の悩みを解決してくれる——だなんて甘えた考えを持ったわけではないが、なにかを教えてくれると思った。去年までのように、なにかを伝え、そして、道を示してくれると。
 彼女ならば、もしかしたら。
「会いに行こう、先輩に——」