二次創作小説(紙ほか)
- 烏ヶ森編 28話「暴龍事変」 ( No.350 )
- 日時: 2016/04/01 00:21
- 名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: Ak1jHfcH)
烏ヶ森からは少し離れたところ。ここからなら、東鷲宮が近い。
しかし一騎が向かったのは、暁たちのいる東鷲宮ではなかった。そこから商店街を抜けた向こう側。
そこにあったのは、学校だ。
雀宮高等学校、と門には刻まれている。
もう下校時間になっているのだろう。自分とは違う制服を着た高校生たちが、門を潜って出て来る。見慣れない制服を着ている一騎の姿は少し目立ったが、ほとんどの生徒は一瞥するだけで、すぐに去っていく。
やがて、一つの男女の集団が目についた。
こちらが存在を認識すると同時に、向こうもこちらの存在に気付いたようで、その集団から離れて駆け寄ってくる。
「ツッキー! もう来てたんだ、相変わらず早いね」
「先輩を待たせるわけにはいかないので」
「そーゆーとこも相変わらずだなぁ、ツッキーは」
「野田先輩も、お変わりないようで」
半年前に見た姿と、全く変わらない。一騎はそこに懐かしさを感じた。
野田ひづき。一騎の一つ上の先輩で、彼が在籍している部の、前部長だった人間。
中高一貫なので高校受験の必要はなく、エスカレーター式に上がっていけるのが烏ヶ森なのだが、彼女はそのまま持ちあがることをせず、この雀宮高校を受験して進学したという、特例中の特例な変わり種だった。
そのため、一騎もわざわざ彼女に会うために、こんなところまで足を伸ばすことになったわけだ。
しかし、そんな労力は苦でもなんでもない。
今、自分が抱えているものに比べれば、なんてことはなかった。
そう暗くなっていると、ひづきが抜けて来た集団の残り組がやって来た。小学生かと思ってしまいそうなほど背の低い女子生徒と、特徴が皆無と言っていいほど目立つところが見つけられない男子生徒だった。
「ひーちゃーん! その人は? もしかして彼氏さん!?」
「あはは、違うよー。中学の頃のこーはい。久々にお話するんだよ」
「へぇ、あたしたちの汐ちゃんみたいな感じかな?」
「まあ、似たようなもんじゃないか?」
女子生徒の言葉に、男子生徒が流すように答える。
「珍しく空城くんと帰れそうなところ残念だけど、そーゆーわけだから、今日はここでね。バイバイ、このみちゃん、空城くん!」
「ばいばーい」
「また明日、野田さん」
手を振って、二人と別れを告げるひづき。
一騎は、ふと聞こえてきた名前に首を傾げる。
「空城……?」
去り際に、そう呼ばれた男子生徒に目を向ける。
(顔つきは暁さんに似てる……そういえば、高校生のお兄さんがいるって——)
「ツッキー」
ひづきの声が聞こえる。
そこで一騎の意識が、彼女に戻った。
「で、話ってなに?」
「あぁ……えっと……」
しかし意識が違う方へ向いていたため、反応が遅れた。
これではいけないと、思考を切り替える。今日は、彼女に話があって来たのだ。本来の目的を忘れるな、と自分に言い聞かせる。
「とりあえず、立ち話もなんなので、どこか入りましょう」
「うん、分かった」
そうして、二人は並んで歩き出した。
一騎とひづきは、適当に駅近くの喫茶店に入った。
二人は向かい合って座り、一騎はコーヒー、ひづきは紅茶をそれぞれ注文する。
しばらくして、注文したものが運ばれてきた。
「あ、代金は俺が払います。こうして時間を取らせてしまっていますし」
「いいよいいよ、ふつーに自分の分は自分で払うよ」
「いやでも」
「中学生にたかるなんてカッコ悪いしね。そんなにお金ないから奢るのは無理だけど、ちょっとは先輩を立たせてよ」
「は、はい……」
奢らないのならば立たせたことにならないのではないか、と思ったが、口には出さなかった。
それよりも、今は大事なことがある。
「で、聞き直すけど。話ってなに、ツッキー?」
一騎が切り出すよりも先に、ひづきから先に話を振ってきた。
「……先輩」
一騎は少し間を置いてから、おもむろに口を開く。
「なんで俺を部長にしたんですか?」
「? なんで、って……」
驚いた、というより、困惑しているような素振りを見せるひづき。
その困惑は、答えづらいと言うよりも、答えなくてはならないのか、と言っているかのようだったが、ひづきは答えた。
当たり前だ、と言うように。
「そんなの決まってるじゃん。今の三年生って、ツッキーとミミちゃんの二人でしょ? そりゃー、その二人から選ぶなら、ツッキーしかいなくない? 確かにミミちゃんはめちゃくちゃ優秀だけど、あの子は二年の終わりから入ってきたわけだし、キャリアで言えば一年の春から入部してるツッキーの方が断然あるんだから、どっちも優秀なら経験豊富なツッキーの方が適任だよね。空護くんや美琴ちゃんも優秀だけど、三年生で部長になれる人がいるのに、それを差し置いて二年生が部長っていうのは、私はやりたくないなぁ」
非常に理に適った、正論すぎるほどの正論だった。
しかし同時に、消極的な決め方だとも思った。
どっちもいい。その中で、どっちがいいかを決めるうえで、ひづきは在籍期間の長さを提示した。それはそれで、筋道の立った選び方だ。
しかしそれは、どちらが部長として相応しいか、ということであって。
一騎が部長に相応しいのはなぜか、という問いの答えではない。
「……っていうのは、建前ね」
「建前?」
「そう。こっからが本音」
にやり、と口の端を釣り上げて言うひづき。困惑の表情はポーズだったようだ。素振りも建前だとは思わなかった。
「まずね、ツッキー。私はツッキーのことは優秀だと思ってるよ。勉強できるし、スポーツもできるし、料理は美味しいし、他人には優しいし、真面目だし、ゲームもできるし、非の打ちどころがないくらいによくできた人間だと思ってる。しかもそれを鼻にもかけない人格者。大人びてて、穏やかで落ち着いてるし、こんなできた人間は初めてだった。最初に見た時は驚いたよ」
「はぁ……」
「本当、すごい大人びてたよ、ツッキーは。だからかな、人望もあったし。みんなの声に耳を傾けて、それを行動に起こすことができる人でもあった。ミミちゃんは我が道を行くタイプだから、そーゆーのには向いてなかったけど」
でもそういう生き方も素敵だよね、とひづきはミシェルをフォローする。これは建前でもポーズでもない、本心だろう。
こういうことをさり気なく言えるあたり、彼女も十分できた人間だと、一騎は思う。
「だからツッキーは、大人っぽくて、大人びてた。だけどね、ツッキー」
紅茶を少し含ませてから、ひづきは言った。
「“大人びてる”と“大人であること”は、違うんだよ」
「大人びてると、大人であること……」
字面は似ているが、並べてみると、その二つは明らかに違う。
その意味の違いは、どれだけの深さがあるのか。
「この世界にどれだけ本当の“大人”がいるんだろうね。私も、できるだけ大人の女性になれるような努力はしてるけど、まだまだ子供。ぜーんぜん、自分の理想に近づかない」
「野田先輩の、理想……?」
「まー、私の理想が高いってのもあるかもしれないけど、せめて“大人”にはなりたいよねぇ」
半分笑いながら、冗談めかして言うひづき。実際、半分くらいはジョークで言っているのだろう。
ただし残りの半分は、本気で言ってるだろうが。
「ツッキーは、“大人になることって”、どういうことだと思う?」
「大人になること? 成人を迎える、って意味じゃないですよね?」
「モチのロンだよ」
「それは些か古いのでは……えぇっと、大人になること……自分のすべきことを、すべて自分でできるようになる、とかですかね?」
「そういう捉え方もあるんだろうけど、ツッキーらしいね」
はぁ、と溜息を吐くひづき。
なぜここで、溜息なんて吐くのだろうと、一騎は戸惑う。
自分はなにかまずいことを言ったのか。古いと言ったことが気に障ったのか、などと思っているうちに、ひづきは続ける。
「……ツッキーはさぁ」
テーブルに肘を着き、諌めるように、ひづきは言った。
「人の話は聞けるけど、自分の話はできないよね」
「っ!」
その言葉に、一騎は思わず息を飲んだ。
いまだかつて言われたことのない言葉。その言葉一つで、一騎の動悸が跳ね上がる。
核心を突かれたような気分だ。けれど、それが自分の核心なのかどうか、分からない。
分からないが、その言葉は、一騎の中に大きく響き、ずっしりと重くのしかかった。
「私はずっと思ってたんだ。ツッキーって、人のやってほしいことを聞いて、その通りにやってくれるんだけど、ツッキー自身はどうしたいのか、ツッキーはなにをするのか、なにを求めているのか、なにが理想なのか……そういうこと、なかなか話してくれなかったよね」
「それは……」
「しかもツッキーのタチが悪いところは、言わないで潰れるんじゃなくて、言わないままでも自分で解決しちゃうところだよね。確かに自分で解決できるなら、他人に言って力を借りる必要なんてないけどさ」
だけど、とひづきは目つきを少しだけ鋭くする。
「世の中、自分の力でできることは本当に限られてるんだよ。自分の限界をを知らない身の程知らずは愚か者でしかない。ツッキーは自分の限界を、ちゃんと弁えてる?」
自分の身の程、限界。
自分はどこまでやれるのか。どこが上限なのか。
それは、人ひとりが思っている以上にちっぽけだ。それを、一騎は理解しているのか。
ひづきは問うた。
一騎は重い口を開き、答えた。
「……そのつもり、ですよ。俺にだって、やろうとしても、無理だったことはあります……今までも、今この時だってそうです」
あまり口を付けていない、コーヒーの黒い水面を見つめる一騎。そこに映るのは、黒ずんだ自分の姿。
無力で、身の程を弁えない力を行使するような、自分がいた。
恋を救おうと思っても、力が足りなかった。
その力は自分には不相応で、今も仲間を蝕んでいる。
無力さ、脆弱さ、惰弱さ。そういった限界の壁が、一騎の前には立ちはだかっていた。
そして自分は、その壁を乗り越えられないでいる。ずっと、ずっと、昔から、今でも、それを感じている。
「あんな思いはもう嫌です。俺は、本当に無力だった。だから、だからこそ、今度こそは、俺一人でも解決できるように、俺はもっと強く——」
「そこがダメなんだよねぇ、ツッキー」
一騎の言葉を遮って、ひづきはダメ出しした。
そしてまた、溜息。しかし先ほどのものよりも軽い。
「やっぱりツッキーはそうだった。失敗しても、ぜーんぜん反省できてない。挫折を経験したことない人はみんなこうなのかな?」
「ど、どういうことですか?」
急にダメ出しを受けて、たじろぐ一騎。
一騎にとって、先の言葉は彼なりの決心だった。今までの後悔を孕み、今起こっている問題の解決する決意を含ませた、一騎の意志だ。
それを、軽く流すようにダメ出しされれば、文句の一つでも言いたくなる。
しかし一騎に言葉を続けさせず、ひづきが言葉を紡ぐ。
「いい? ツッキー。ツッキーになにがあったのかは知らないけど、ツッキーに必要なものは、自分の声を伝えることだよ。その一回目はやむを得ずって感じだったみたいだけど、そこから学ぶべきは、『次は一人できるようになろう』じゃなくて『次からはみんなの手も借りよう』だから」
「みんなの、手を……?」
「そう。ツッキーは優秀だからなんでもできると思うけど、いつか自分の限界を超えてくるようなことが起こるよ。そういう時は、他人の力を借りるの」
限界なら、既に感じている。
しかし、彼女の言うことは、限界を感じた時の対応だ。
無力な自分は強くなることで、さらに進めると思っていた。
「ツッキーは元々のポテンシャルがずば抜けてるし、初期ステータスは断トツのAトップなわけ。だから大抵の雑魚キャラなら瞬殺できるけど、ボス戦だとそうはいかない。ゲームのボスって、普通はプレイヤーより強く設定されてるからね。いくらポテンシャルやステータスが高くても、一人じゃ敵わない。だから、仲間の力を借りるの」
「仲間の力を、借りる……」
「そうそう。今のツッキーの考えは、パーティー一人の癖に『魔王には勝てない。だったらレベル上げだ』って言ってるようなもんだよ。レベル上げも大事だけどさ、それ以前の問題。そりゃ一人じゃ勝てないよ、そういう風にできてるんだもん。だからツッキーが取るべき選択肢は『仲間を増やして、一緒に戦おう』、そのために『酒場に行って、仲間に声をかけよう』だよ。特に大事なのが、声かけのところね。ツッキー、全然他人を頼ろうとしないんだもん」
仲間を集めるために、仲間に声をかける。RPGゲームでは王道だ。
現実でも同じ。協力を仰ぐためには、その旨を伝えなければなにも始まらない。
伝える。
それが肝要なことだ。
「大人になるって、そういうことじゃないのかな。パーティー一人じゃ魔王が倒せないみたいに、人間は社会の中で、一人じゃ生きられない。他人の力を借りないといけない。けれど社会は、他人の力を借りることを、自然な形として形成していない。それを、自然な人の輪を——人の和を構築することができれば、人は大人になれるんだと思う。それって要するに、他人に自分の意思をちゃんと伝えられるようになる、ってことなんだけど」
「人の和……自分の意思を伝える……」
自分には、それが欠けているということなのだろうか。
あまり自覚していなかった。というより、まったく考えたこともなかった。
今日、今この時。ひづきに言われて初めて、一騎は自分という人間の知らない面を垣間見た。
「ツッキーは受け身すぎなんだよ。もっと、他人を頼ってもいいんだよ?」
スッ、と。
ひづきは身を乗り出して、一騎に顔を近づけた。
今までの明るい声ではない。落ち着いた、優しい声で、彼女は語りかける。
「大丈夫、みんなツッキーのこと大好きだし、優秀な子ばっかりだから。ミミちゃん、空護くん、美琴ちゃん、みんなツッキーの力になってくれる。仲間を信じて。だから、伝えよう、ツッキー自身のこと」
「先輩……」
「って、そーゆーことを知ってほしいから、私はツッキーを部長にしたんだけどね。本当は自分で気付いてほしかったのに、ツッキーってばずるい子だから、喋らされちゃった。もう、言わせないでよね」
「え、あ、す、すいません……?」
とそこで、サッと身を退いて、あっけらかんとした調子でひづきは笑った。
恋の照れ隠しの所作と、少し似ていた。一騎も思わず笑みが零れる。
「でも、全部自分で解決しようとしないで、私に相談しに来たのは成長だね。一歩前進! これはポイント高いぞ?」
「そ、そうなんですか」
「だからこのまま前進しようね。後ろに下がっちゃダメだよ?」
後退することなく、前進する。それが成長。
一騎が求め、そして求められているものだった。
「話は、以上かな?」
「……はい。ありがとうございました」
「いやいや、このくらいお安い御用だよ。私も久々にツッキーとお話できて楽しかったし。部室に行けなくてごめんね」
「いえ、先輩もお忙しいでしょうし、無理なさらず」
「ふふふ、でも今度、久しぶりに遊びに行こうかな。ミミちゃんたちとも会いたいし」
お互い、残っている冷めかけたコーヒーとと紅茶をすべて飲み干して、店を出た。
思ったよりも話し込んでしまっていたようで、時間は五時を過ぎていたが、外はまだ明るい。
「先輩、家まで送っていきますよ」
「いいよいいよ。私の家、駅とは逆方向だし。ぶっちゃけ烏ヶ森の高等部通うより、雀宮通う方が楽なんだよね。徒歩通学できる距離だし」
「でも、夏とはいえ危ないんじゃ……」
「気遣いは嬉しいけど、ツッキーは自分のことをなんとかしようね。他人を頼らせる前に、他人に頼る! もっと他人に、自分の言葉を伝える! 分かった?」
「は、はい……」
「というわけだから。じゃーねー! バイバイ、ツッキー!」
「さようなら、先輩」
そう告げると、二人は別れた。
駅に向かって歩く一騎。道中、彼女の言葉を思い出す。
「俺のことを伝える、か……」
それが、自分に足りなかったことなのだろう。
今までの自分は後退していた。顧みるということを、履き違えていた。
反省の仕方を間違えた反省に、意味はない。それは進化ではなく退化を招きかねない愚行だ。
知らず知らずのうちに、自分はその愚行を犯していた。そして、考え方も、愚考となっていた。
そのことを、今日を、気づかされた。
「先輩に会って、よかったな」
やはり彼女は、道を示してくれる。
部長という役職こそ、今は自分が受け継いでいるが、一騎にとっては、ひづきはいつまでも、部長という偉大な存在であった。
どこか蟠っていたものが、スゥッと消えていた。
自分の進むべき道が見え、そこに向かって行けるだけの勇気を得た。
迷いも不安もない。自分のするべきことも見えた。
だからあとは、実行するだけだ。
自分自身を、伝えるということを——