二次創作小説(紙ほか)

烏ヶ森編 28話「暴龍事変」  ( No.351 )
日時: 2016/04/03 07:12
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: Ak1jHfcH)

 一騎が部室を訪れると、既に部屋の中には、一騎以外の部員が全員集まっていた。
 一騎は、ミシェル、空護、美琴、八、恋、氷麗を順番に見遣る。
「いいところに来ましたね、一騎先輩」
 最後に目を合わせた氷麗は、一騎に対して言う。
「先ほど、例のクリーチャーの居場所が判明しました」
「本当かい? どこにいるの?」
「最初に私たちが登った山——先輩はその時はまだ飲まれていましたが——です。あの時はかなり低いところでしたが、今は標高の高いところで居座っているようですね」
「ということは、前よりも過酷な環境、ってことか」
 さらに、暴龍は今までの間、どこかしこでマナを喰らい続けてきているはず。
 以前よりもさらに巨大な力を得ていると考えて間違いないだろう。
「それでも、俺は行くよ」
「おい一騎、お前また無茶する——」
「大丈夫だよ、ミシェル」
 一騎はミシェルの言葉を遮る。
 そして、一度部員たちを見回した。
「今回の件がどれだけ危険なことなのかは、俺も理解しているつもりだよ。だから、もしもの時は、俺もみんなの力を借りたいと思ってる」
「……部長の口から、そんな言葉が聞けるとは」
「ここまでダイレクトに協力を仰がれたのは、初めてな気がしますねー」
「一騎……」
「もう無茶はしないよ。みんなに、凄く迷惑をかけちゃってるしね……だから今回は、俺一人で、行かせてほしい」
 言ってることは今までと同じ。しかし、その中に内包される彼の意志は、今までのものとは明らかに違っていた。
 今までの彼の言葉を比べて、その重みが違っていた。無理に背負い込んでいるのではない。自分の背負うべきものを見極めたうえで、その重みを感じさせている。
 だからか、いつもなら突っかかるミシェルも黙したまま、一騎の目を見つめている。
「つきにぃ……だいじょうぶ……?」
「大丈夫だよ、恋。俺はもう無茶はしない、みんなもいるしね。だからもしもの時は、助けてくれないか?」
「……うん、わかった」
 コクリと恋は頷く。
 誰も一騎を止めなかった。
 いつもならこういう時は不安に駆られる。だが、今はそれがない。
 それは、剣埼一騎のなにかが、確実に変わっていた証左だった。
「氷麗さん。転送、お願いできるかな」
「……了解です」
 そう一騎に言われ、転送準備をする氷麗。
 機械に弱い彼女がその準備に手間取っている間、スッと一騎の傍にミシェルが寄ってくる。
 そして彼女は、耳打ちした。
「一騎」
「ミシェル? どうしたの?」
「お前、なにがあった?」
 ミシェルは、率直に尋ねる。
 つい先日の様子とは明らかに違う一騎の立ち振る舞いを、怪訝に思ったのだろう。
「……野田先輩と、話をしたんだよ」
「ひづき先輩と? また懐かしい名前を出してきたな。いつだ?」
「昨日。その時、先輩に教えられたよ。俺が“部員のことをちゃんと見れてない部長”だって」
 あれから、一騎は彼女に言われた言葉を思い返し、反芻し、自分の中で一つの答えを見つけた。
 その一つが、それだった。
「俺はみんなが動きやすいような部を作ることが、部長の責務だと思ってた。でも違った。俺自身がどうしたいかを、ちゃんとみんなに伝えなきゃいけなかったんだね」
 誰かの言葉に耳を傾けるは大事だ。だが、それだけで人の上には立てない。
 下にいる者を管理するだけが上の役目ではない。下にいる者を引っ張り上げることも、必要なことなのだ。
 そのためにも、トップが方針を打ち立て、伝えなければならない。
「ここ半年、ミシェルには随分と注意されたけど、考えてみれば当然だったよ。俺、みんなにちゃんと伝えもせず、勝手に突っ走ってた。そりゃ、失敗もするし、心配もかけるよね」
「……ようやく理解したか。遅いっての、馬鹿野郎」
「……ごめん」
「転送準備、できました」
 氷麗の準備が完了したようだ。
 ミシェルは身を退き、一騎は前に出る。
 そして、もう一度部員の顔を見渡し、憧れの戦場に赴く少年兵のように、晴れやかな表情で、一騎は言った。
「——行ってきます」




 転送されたのは、前に訪れた岩山を、さらに登ったところ。
 そこでは、羽織りに軍刀を携えた彼が待っていた。
「一騎……」
「テイン」
 沈んだ表情のテイン。
 暴龍に立ち向かうために、一騎はここに来た。しかしその前にも、解決しなければいけない問題があった。
「テイン、俺は君に来て欲しい。二人でガイグレンのところに行くんだ」
 まず一騎は、テインにそう言った。
 テインは顔を上げるが、その顔は、疑心と不安に満ちている。
「いいの? 僕なんかが行っても……また、君を辛い目に遭わせるかもしれないのに」
 主の力を見極められず、分不相応な武器を解放してしまった軍師。
 その未熟さは今回に限らず、今後の起こりうるなにかしらの出来事に際しても、足枷になりかねない。
 枷を嵌めたまま、暴龍に立ち向かう。そのリスクは、あまりにも大きい。
「だから、僕が一緒に行ったとしても、力になれないどころか、また君を傷つけてしまうかもしれないのに」
「その時はその時だよ」
 なんでもないように、一騎は返した。
 そして、続ける。
「それにね、テイン。《ガイギンガ》がああなってしまった原因は、俺にもあるんだ」
「え……?」
「君は俺の力量を測れなかった。そして俺は、《ガイギンガ》の強さに応えられるだけの力がなかったんだよ」
 確かに、分不相応な武器を与えたのはテインだ。主の力を正しく判断できなかった彼の眼には、狂いがあった。それは確実にテインの失態だ。
 しかし与えられた武器を使いこなせず、逆に飲まれてしまったのは、他でもない一騎自身だ。一騎が自分の望みに耐えうるだけの強さを持っていれば、そもそもこんなことにはならなかった。自分の力を超えた望みを持たなければ——と言うのはあまりに酷だが、自分の望む力を受け入れられるだけの強さがあれば、テインの眼を狂わせることも、そもそもなかったと言える。
 ゆえにこれは、テインだけの失態ではない。一騎の力不足も、原因なのだ。
「俺は本当に無力なんだよ。昔も、今も。大切な人も、仲間も、守れないくらいに」
 だからさ、と一騎はテインに語りかける。
 ミシェルや後輩たち、恋、ひづき、暁たち遊戯部の面々に対してとも違う、彼だけに対する、優しい声で。
「テイン、一緒に強くなろう」
 ただ一人の相棒であり、唯一無二の剣として。
「俺には君の力が必要だ。俺はまだ、剣の握り方も分からないんだから。最後まで俺に全部教えてよ、軍師さん」
「一騎……」
 顔を上げ、一騎を見つめるテイン。
 彼はなにかを言おうと口を開きかけたが、出て来る言葉を飲み込む。
 そして、ふっと笑みを零した。
「……握り方が分からないは、言いすぎだよ」
「そうかな」
「そうだよ。もう、振り方くらいは覚えてるだろう。だから次に教えなきゃいけないのは……型、かな」
「型?」
「うん、型。技と言い換えてもいいかな。その剣を十全に扱った動きを完成させないと」
「俺はずっと我流だったってことか」
「そうだね。我流も大事だけど、その前にきちんとした定型を覚えないと。型破りは、型を完璧にしたからこそできることなんだから」
「そっか。我流のままじゃ、確かに強くなれないね。なら型をちゃんと習得しないと……そのためにも——」
 一騎とテインは、山の頂へと目を向ける。
「——助けよう」
「僕たちの、仲間を——」



 山の頂。
 標高もかなり高いだろう。外気は刺すように冷たく、空気も薄い。
 しかし、同時に凄まじい熱気と、詰まるような息苦しさを感じる。
 そんな矛盾したこの場所に、彼はいた。
「ガイグレン……!」
 槍のように尖った山肌に登り、まるでRPGの魔王のような佇まいで、暴龍は鎮座している。
 なにかを貪っているわけでもなく、ただじっと、真っ赤に血走った眼で、暴龍は一騎とテインを見つめていた。
 一騎は少しずつ暴龍に近づきながら、呼びかけるように口を開く。
「ガイグレン。俺だよ、一騎だ」
『ガアァ……』
 一騎の呼びかけに応じたのか、暴龍は唸り声を上げた。
「理性は残ってる……? モルトは、まだ生きてるのかな」
「ガイグレン! 聞いて欲しいんだ」
 今度は声を張り上げて、叫ぶように語りかける。
「俺たちは、グレンモルトを、君を解放しに来たんだ。君が怒っているのは分かった。それが、俺たちの未熟さのせいだっていうのも、理解してる。だからこれは、その罰なんだろうね」
 二重に勝利重ねる龍、《ガイギンガ》。
 彼にとっての勝利とは、必ず為すべき使命である、絶対的なルールだ。
 即ちこの“事変”は、そのルールを破った一騎たちに対する罰に他ならない。勝利という使命を遂行できなかった、一騎とグレンモルトに対する、ルール違反のペナルティだ。
 同時に、勝利こそが存在理由であるガイギンガの誇りを穢した、怒り。
 その結果が、今だ。
「でも、こんなやり方は間違ってるよ。君という剣を振るうに相応しいのは、グレンモルト以外にはいない。僕は、そう思ってる。君は怒りに任せて、自分の相棒を消してしまうつもりかい?」
『グウゥ……』
「モルトだって悔やんでるはずだ。君に勝利を授けられなかったこと、君の誇りを踏み躙ってしまったこと、そして、己の未熟さと不甲斐なさを。彼を取り込んでいる君が、それは一番分かっているんじゃないのかな?」
 今の暴龍は——ガイギンガは、グレンモルトと一心同体。
 彼らの思いは、ダイレクトに繋がっていると考えてもおかしくない。
「君の怒りは理解できるけど、いつまで駄々をこねてるつもり? いい加減にしないと、手遅れになるよ。君の癇癪で、君は自分の仲間であり相棒を殺すことになる」
「テイン」
「……ごめん、火に油だったかもね」
「俺らは戦いに来たんじゃない、俺たちの意志を伝えに来たんだ」
 そして、彼らを救いに来た。
 そのことを忘れてはいけない。
「ガイグレン。俺たちはただ、仲間を失いたくないだけなんだ。グレンモルトも、ガイギンガも、共に戦った仲間だ。それが消えようとしているなんて、見過ごせるわけがない」
 だから、と一騎はさらに一歩、近づく。
 張り上げた声を落ち着かせ、穏やかに、諭すように、呼びかける。、
「もうこんなことはやめよう。このままじゃ、みんな不幸になる。俺は、仲間がいなくなるなんて、大事な誰かが消えるなんて……嫌だよ」
 過去を思い出す。
 既にいなくなってしまった人たち。いなくなってしまいそうだった彼女。
 また同じ悲しみを、味わいたくはない。
「それにね、ガイグレン」
 だからこそ、一騎は伝える。
 自分の、思いを。
「俺は、俺たちは……君と——」
 刹那、

『ガアァァァァァァァァァァァァァイッ!』

 暴龍が咆えた。
「一騎!」
「……やっぱり、戦うしか、ないのかな」
 怒り狂ったような咆哮。
 一騎たちの言葉に逆上したのか、はたまた別の要因によるものなのかは分からないが、どちらにせよ、暴龍自身がどんどん怒りに飲まれていることは確かなようだった。
 こうなってしまえば、向こうも見境なしに暴れ回ることだろう。そうなれば力ずくでも鎮めるしかない。
「できれば戦うのは避けたかったけど……致し方ない、か」
 気は進まないが、そうするしかないのであれば、選択肢が一つしかなければ、それを選択する以外に道はない。
 だが、
「今の俺で、勝てるのかな……」
 気持ちで負けるつもりはなかった。ひづきの言葉もある。絶対に暴龍を、グレンモルトとガイギンガを救うという意志は曲げない気でいた。
 しかし現実的に考えて、今の戦力はどうだろうか。
 一騎はそっと自分のデッキに触れる。《グレンモルト》も《ガイギンガ》もいない、今の自分のデッキ。
 現在の一騎のデッキは、最も強力だった切り札が抜け、大幅に戦力ダウンしている。
 それでいて戦う相手は、その切り札だった存在。
 生半可な力で敵う相手ではない。今の自分の力で本当に倒せるのか、不安に駆られる。
「大丈夫だよ、一騎」
「テイン……」
 その時、テインが語りかける。
 頂に登る前、一騎が彼に語りかけたように、穏やかで、優しい声で。
 それでいて、勇ましく、頼もしい声で、彼は語る。
「モルトとギンガがいない穴は僕が埋める。《ガイハート》に代わって、僕が君の刃となるよ、一騎」
「……うん、そうだったね」
 危うく忘れるところだった。
 そうだ。自分には仲間がいる。彼女もそう言っていたではないか。
 それを思い出すと、途端に力が湧いてきた。目の前の暴龍に、立ち向かう勇気も出て来る。
 最後に一歩、二人は踏み出した。
「頼んだよ、テイン」
「あぁ、任せてくれ」
 二人は暴龍に立ち向かう。
 一人の戦士と、一振りの剣として。

「ガイグレン。絶対に君を救ってみせる——今度こそ」