二次創作小説(紙ほか)
- 115話「欲望——強欲」 ( No.356 )
- 日時: 2016/04/10 23:31
- 名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: Ak1jHfcH)
「んー……あれ、私……」
「起きたわね、暁」
「部長……?」
目を覚ます暁。こちらを覗き込んでいる沙弓の顔が見えた。
元々あまり動いていないが、気を失っていたせいでさらに頭は回転していない。そのため、ほとんど本能で身体を起こそうとするが、
「あれ、身体が動かない……? というか重い?」
「悪いけど、少しそのままでいてあげて」
「え?」
目だけ動かして下を見ると、色素の薄い髪が視界に飛び込んできた。
続けて見えるのは、肉薄の小さな矮躯。ところどころ服は裂けており、汚れている。
暁の服をギュッと握ったまま、目を閉じている少女が、暁の体に乗っかかっていた。
「恋!? な、なんかボロボロだけど……まさか」
「えぇ、柚ちゃんよ」
暁は恋を起こさないように、ゆっくりと上体だけを起こす。
「恋までやられるなんて……」
「……全滅、だな」
そう浬が呟いた。
浬に始まり、沙弓、暁、そして恋。
四人とも、柚の圧倒的な力の前に、叩き潰されたのだった。
「……いや、まだだよ」
握る恋の手を解き、暁は木の幹に手を付きながら立ち上がった。
「どこ行くの」
「ゆずんとこ」
「やめておきなさい。無駄よ」
「そんなことない! 柚の目が覚めるまで、私は何度だって戦うよ! 何度も続ければ、もしかしたら、いつか……」
「そんな根性論の話をしているんじゃないわ。そもそもあなた、デッキは足りてるの?」
「あ……」
言われて暁はハッとする。自然と手はデッキケースに触れていた。
気を失ってから、デッキの中身は確認していない。しかし、その違和感には気付いた。
この目で確かめたわけではないが、感覚で分かった。今の自分のデッキには、なにかが足りないことに。
完全ではない不完全。デッキは、デッキとしての形を完全に保てていない。
つまり、四十枚のカードで構成されていない。
英雄のカードが——《ガイゲンスイ》が、欠けている。
「カードが足りてないのに、あの子のところに向かっても、意味はないわ。言葉で分かってもらえると思ってるなら、行けばいいと思うけど」
「それは……」
「私たちのデッキから穴埋めとしてカードを抜くって手もあるけど、明らかに腐るカードが入った欠陥デッキで、あの子に勝てるかどうか」
この場にいる全員、デッキカラーがバラバラで、しかも単色デッキだ。S・トリガー期待で入れる程度の価値しかない。
それに、何度でも戦うと言っても、そう何度も戦えるとは限らない。
一度目は、英雄のカードを失うだけで終わった。
だが、二度目になったら、一枚や二枚のカードだけで済むとは限らないのだ。
「ここにいる全員、デッキが足りない状況か……笑えないな」
「これからは補充用のカードでも持ち歩こうかしらね」
笑えないと言いつつも、自嘲気味に乾いた笑みを浮かべる浬。同じように、空虚な表情で冗談めかすように言う沙弓。
どんよりと濁った、諦めという空気が、二人からは滲み出ていた。
「浬、部長……どうしたの? 二人とも」
諦念に駆られたような二人に対して、暁は必死な眼で、訴えかける。
「なんでそんな簡単に諦めちゃうの……? デッキのカードが足りないくらいで、諦めちゃダメだよ! そうだ、一度元の世界に戻って、デッキを組み直せば——」
「暁」
沙弓が暁の言葉を遮る。
そこには、自嘲的な笑みも、空虚な表情も、諦念も感じさせない。しかしそれでいて、それらすべてを含むようだった。
彼女は、暁に言い聞かせるように、彼女の肩を掴む。
「私も諦めてるつもりはない。でも、どうしたらいいか分かんないのよ」
「部長……でも」
「デッキが足りてないだけじゃない。あの子の場所も分からない……あの子の目的が英雄なら、私たちはもう、あの子からすべて搾取されてしまっている。あの子が私たちと接触する理由はもうないから、向こうから来ることはまずないと思っていいわ」
柚の目的が英雄ならば、彼女は目的を完遂している。今、この場にいる全員は、英雄のカードを奪われているのだ。
目的を達した彼女がこちらに再び接触する理由はないと言っていいだろう。、
「しかも、こんな時に限ってリュンはいない。いつ戻ってくるかなんて分からない。私たちは、少なくともしばらくの間、外界との接触が絶たれているのよ」
「それは……」
「限りなく詰みに近い状況だな」
自分たちは、地球から離れ、宇宙という広大な海の中で、超獣世界という孤島に放り出されたようなものだ。
まさかあのリュンに限って、戻って来ないということはあり得ないだろう。しかし、それがいつになるかどうかは分からない。今回のリュン行動も、今までのそれと違い特殊だったのだ。
先行きは不透明。一寸先は闇だ。
「今の私たちは、悪いことが重なりすぎている。闇雲に動いたら、さらに最悪を重ねるだけよ」
「でも、だからって……!」
「分かってる。私だって、柚ちゃんをどうにかしたいと思ってる……でも」
解決策が見えない。
どうすればいいのか、分からないのだ。
分かっていることと言えば、柚の目的が英雄で、その目的が達成されただろうということ。自分たちがまともに戦えないこと。それくらいだ。
悪いことしかない。できることは限られているどころか、なにもできないようなものだ。下手になにかをすれば、痛い目を見るだけ。そう疑心暗鬼に陥るほどに、今の状況は悪い。
どうしようもない状況。それでもどうにかしなくてはいけない。
そんな苦渋の板挟みになって、身動きが取れない。その苦しさにもがき、喘いでいる。
その時だった。
道標の灯のように、“彼”が現れた。
「あ、いたいた」
穏やかで、柔らかい。しかしそれでいて、芯の通っている声。
心の奥底から、安心できるような温かさが、滲み出てくる。
「やっと見つけたよ……みんなボロボロだけど、大丈夫?」
「い、一騎さん!?」
それは、剣埼一騎その人だった。
森の中を歩き回ったのだろう。頭に枝葉を付け、息も少し上がっている。また、腕の中でなにかを抱えているようだった。
烏ヶ森の部長である彼が、なぜこの場にいるのか。一同は吃驚と共に、疑念を募らせる。
「どうしてここに……っ!?」
「恋がちょっと心配で……って、恋!? なんか、ボロボロだけど……!?」
「それについては追々説明するわ。それで、剣埼さんは、なんでここに」
「あ、それはね。俺は本当はただの付添いで、本当に用があるのは、氷麗さんの方なんだ」
「どうも」
一騎の後ろから、氷麗が顔を出した。
「私も用があるというわけではないのですけど、リュンさんから言いつけられていまして」
「リュンから? なんて?」
「『今回は暁さんたちとは別行動をするけど、いつ戻れるか分からないから、帰りが遅いようだったら迎えに行ってください』、と。事前に取り決めた約束では、規定の時刻になるまでにリュンさんからの連絡がなければ、私がこちらに向かう手筈となっていたので、こうして迎えに来た次第です」
「……あの野郎、そういうことは先に言っとけよ」
「なにはともあれ、助かったわ。でも、私たちはまだ帰るわけには——」
「そういえば、道すがらこの子を見つけたんだけど、なにかあったのかな?」
沙弓の言葉を遮って、一騎は腕を開く。
すると、腕に抱かれた“彼女”が、視界に飛び込んできた。
「ルー……」
「プル! 無事だったんだ!」
「ルールー」
力なく声を発するプル。柚とはぐれているようだったが、一騎たちに発見され、回収されていたようだ。
今まで柚のことばかり気にしていたが、実のところはプルの捜索もしなければいけなかった。しかしこうして無事なところを見ると、少し安心できた。
ただしそれは、プルのことは、だ。
根本の大きな問題は、なにも解決していない。
「プルさんだけがはぐれているところを見ると、なにやら不穏なものを感じますね」
「……霞さんに、なにかあったの?」
暁たちの様子を見てやっと察したのか、今まで陽気な口ぶりだった一騎の声のトーンが落ちる。
沙弓も、救援に駆けつけてくれた彼らに事情を話さないわけにはいかないので、おもむろに口を開き始めた。
「実は——」
「——成程。そんなことが……」
一通りの話を聞いて、一騎は目を伏せた。
一騎が来てくれたことは、純粋に心強い。氷麗もいるので、いつでも帰ることができるという心的余裕も生まれた。
しかし状況が劇的に変わったわけではない。一騎が来たことで、シューティングゲームの残機が一つ増えたようなものだが、今のゆずを相手にして、残機が一つ増えたくらいで、どうにかなるのかどうか、甚だ疑問である。たとえ一騎であっても、柚に勝てるかどうかと言われると、勝てると断定できない。
それほどに、今の彼女の力は、彼女と戦った全員に染みついていた。
「ルー、ルー」
「プル?」
「ルールー」
「……なに言ってるのか分かんない」
彼女の言葉が唯一理解できる柚はいない。なのでプルの言葉は、まったく分からない。
しかし、彼女の言いたいことが分からないというわけではない。
言葉が理解できなくとも、プルの言いたいことは、伝わってくる。
プルも同じなのだ。暁たちと同じく、柚を助けたいと思っている。
それだけは、暁にも伝わってきた。
「よし! プル、一緒にゆずの目を覚まさせよう」
「ルー!」
「だから、待ちなさいってば。デッキが足りてないって、さっきも言ったと思うけど?」
「あぁ、そうだった……どうしよう」
「……俺のデッキ、使う?」
頭を抱える暁に、一騎がぽつりと提案した。
「え? 一騎さん?」
「暁さんのデッキは赤単だよね。なら、足りない分は俺のカードを使えば、無理なく補充できると思うけど」
「確かにな。合理的ではある」
色の合わないカードを穴埋めで入れるよりは、デッキとしての完成度は高くなるだろう。
だが、色を合わせた程度でなんとかなるのならば、そんなことは問題ではなかった。
「一騎さんの提案はうれしいけど、でも……今のゆずを倒すなら、そのままじゃ……」
「暁さん……」
「…………」
暁は黙り込んだ。
今の柚に打ち勝つのなら、今の暁のままでは無理だ。柚は暁のすべてを知っている。その上で、暁の力をも取り込んでいる。
そして、暁が負けた一因の一つが、柚の見たことのない力。浬、沙弓、恋と、仲間たちから吸収した力。それらを混ぜ合わせた混沌としたものが、彼女の強さの根源だ。
認めたくないが、今の彼女は、変わってしまった。
その上で、柚がすべての色を取り込んで、自身の色すらも塗り替え、染め上げたように。
暁も、別の力を用いなければならないかもしれない。
「……一騎さん」
暁は静かに口を開いた。
まっすぐに、真摯な眼差しで、一騎の眼を見つめている。
「一騎さんのデッキ……貸してくれませんか?」
「カードじゃなくて、デッキを、か」
「はい。もちろん、私のカードも使いますけど、今の私のデッキのまま、ちょっとやそっとカードを入れ替えただけじゃ、ゆずには届かないんじゃないかって……私も、本当は分かってるんです」
彼女と実際に戦って、彼女の力のすべてを味わって、彼女の秘めた欲望を体感して、理解している。
まともにぶつかっても今の柚には勝てない。
「一騎さんのデッキを私が使っても、ゆずに勝てるとは限らないけど……でも、ゆずに私の言葉を伝えるなら、まず、私が少しでもゆずに近づかないと」
彼女が変わってしまったのならば。
自分も一緒に変わってみせる。
そして、最後には二人一緒に、いつもの自分たちに戻るのだ。
それが暁の決意で、覚悟。
ジッと見つめ合う二人。やがて、一騎は口元を綻ばせた。
「……分かった。最初から止めるつもりなんてなかったけど、その決意を聞いちゃったら、渡さないわけにはいかないね」
そう言うと、一騎はデッキケースから《テイン》のカードだけ抜いて、残りのカードをすべて、暁に手渡した。
「ありがとうございます! 一騎さん!」
「これで俺も、やっと暁さんに恩返しができたよ。ほんの少しだけだけど」
「そんなことないですよ……とても、心強いです」
恋と——ラヴァーと名乗っていた時の彼女と戦った時と、似た気分だった。
しかし今度は、誰かのためではない。
いや、確かに、仲間のため、みんなのため、柚のため、という気持ちはある。恋の時だって、ただ単純に他人の——一騎のために戦ったわけではない。
だが今は、確かに言える。
純然たる、自分のためだと。
自分がこうしたいと思ったから、戦うのだと。
「ルー!」
「うん。プルも、一緒にゆずを元に戻そう」
進むべき道は定まった。
そうと決まれば、と暁は自分のデッキを取り出す。一騎のデッキをそのまま使うわけにはいかない。暁なりに調整する必要がある。
浬と沙弓は、デッキを弄る暁を傍らで眺めながら、言葉を交わす。
「部長、いいのか?」
「正直なところ、少し心配だけど……このまま手をこまねいているわけにはいかないのも確かだし、ここで賭けてみる価値は、ありそうじゃない?」
「……勝率の計算なんて、できないぞ、俺は」
「こういうのは勘よ。なんとなく、やってくれそう、って思ったら勝ち」
「なんだそれは。非科学的だな。理解できん」
「あなたは、そうでしょうね。でも、そういう理解できないものに負けたことのあるあなただからこそ、分かるんじゃない?」
「…………」
「ま、とりあえず今は、信じるしかないわ。暁と柚ちゃんを」
それが、今の自分たちにできること。
そう言って、二人は、暁を見つめていた——