二次創作小説(紙ほか)
- 115話「欲望——強欲」 ( No.357 )
- 日時: 2016/04/12 00:50
- 名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: Ak1jHfcH)
困った。いやさ、迷った。
どうすればいいだろうか。
集めるべきものはすべて集めた。本当ならもっと色々収集したい気もあるが、最低限のノルマはクリアしている。当初の目的は達している。
だからこれ以上の長居は無用だ。早く奴を呼び戻し、帰るべきだろう。
それなのに、迷っているのは、まだまだ貪欲になれるかもしれないからだ。
最低限のノルマで満足せず、より大きな力を得るために動く。それもまた悪くない。
それに、思った以上に“いい身体”だったことも、効いている。
このまま使い捨てるには惜しい。勿体ない。
もっと馴染ませて、完全にしたい。
そのためには、馴染ませる作業が必要だ。その作業として、適当にまた力を吸収すればいいだろう。
とはいえ、それにもリスクが伴う。
完全にするための作業があるということは、今はまだ完全ではない。その隙を突かれて、綻ぶ可能性は否めなかった。
相手がそれを意図していなかったとしても、どんなきっかけで崩れるか分からないのだ。やはりここは、安全運転で行くべきだ。
ゆっくりと立ち上がる。片腕を上げて、手を開く——
「——ゆず」
——開きかけたところで、声がした。
透き通るような、はっきりとした声。それでいて、耳の奥が熱くなる。その熱さは、自分にとっては甚だ不愉快だった。
声の主は分かっているが、振り返る。
その先には一人の少女がいた。
開きかけた手を結んで、軽く動かす。
そして、身体を彼女に向けて、その名を呼ぶ。
少女の記憶のすべてに散らばる、彼女の名前を。
「あきらちゃん」
「……あきらちゃん」
彼女——柚は振り向いて、暁の名を呼ぶ。
その前になにやら手を結んだり振ったりと、妙な行動をしていたが、関係ない。
暁は周りに目配せして、歩を進める。柚に近づいた。
柚は視線だけで周囲を見渡す。そして、木々の間に立っている人影を見つけて、独り言のように言う。
「ぶちょーさん、かいりくん、こいちゃん……あ、つるぎざきさんもいらっしゃるんですか……みなさん、おそろいで」
一騎の存在に少し驚きを見せるが、相変わらず、蕩けたような虚ろな眼差しで、虚空を見つめている柚。
他の面々が動く様子はない。柚と相対するのは、暁一人だけだった。
それに合わせるように、柚も歩を進め、暁の前に立った。
少しばかり身長差があるため、柚が少し上向きになる。互いに見つめ合うように向かい合ったまま、暁が先に、口を開いた。
「ゆず。君の目を、覚まさせに来たよ」
「? 言ってることが、よくわかりません……」
柚は小首を傾げる。その挙動は、いつもなら口元を緩ませる所作になるところだが、今は怒りにも似た、不快な感情を湧き上がらせる。
拳を握り締め、暁は柚に問うた。
「ねぇ、ゆず。聞いてもいい?」
「なんでしょう」
「どうしてこんなことをするの?」
率直な問いかけだった。
しかし柚は、傾げた小首をさらに傾げ、疑問符まで浮かべている。
「こんなこと? なんのことでしょう?」
「とぼけないでよ。浬や部長や私、それに恋……みんなを襲ったことだよ。なにか、理由があるの?」
「うーん、どうしてでしょうね……理由、理由ですか。あるような、ないような……」
またはぐらかす。
やはりおかしい、自分の目的を明確にしないことが。
眼は虚ろだが、やってることは不思議と頑なである。そこに、不安定さは感じられない。
「……君は、本当にゆずなの?」
「なにを言っているんですか、あきらちゃん。わたしは、わたしですよ」
「…………」
わたしは、わたし。
霞柚という一人の人間——彼女は、そうは言わない。
そこに、暁は違和感の正体を掴んだ気がした。
「……私は、どうしていいか分かんない。催眠術の解き方も、憑りついた幽霊を追い払う方法も、人を説得する技術も、なんにもない。私が持ってるのは、二つだけ」
暁はポケットの中をまさぐり、一つの箱を取り出した。その箱は、デッキケースだ。蓋を開け、デッキを出す。
「このデッキと、ゆず。君との思い出だけ」
「おもいで、ですか……」
「うん。中学生になってから、いろんなことがあったよね」
デッキを握り、目を瞑り、暁は回想する。
自分と柚が東鷲宮中学校に入学してからの、様々な出来事を。
「クラスメイトにデュエマ挑んだり、遊戯部に入ったり、リュンにこっちの世界に連れていかれたり……それからも、たくさんのことがあった」
さらに思い返す。遊戯部に入ってからのこと、こちらの世界であったこと、デュエマを通じて感じたことを。
「ゆずのお兄ちゃんに隠れてデュエマやってるのがばれたし、一緒にアイドルのライブにも行った。青葉に引っ張られて放送室に連れてかれたし、ゆずと恋がケンカしたこともあったよね、あの時は本当に焦ったよ」
ふっ、と微笑む暁。
しかし次に暁が目を開いた時、彼女の眼は笑っていなかった。
暁は、疑ったような眼差しで、柚に詰問する。
「私の中にはゆずとの思い出が全部、詰まってる。ゆずの中には、私との、みんなとの思い出は、あるの?」
「…………」
柚は答えなかった。
そこに暁が、すかさず言葉を挟む。
「ないんだね」
「……さぁ、どうでしょう」
また、はぐらかす。
しかし今度は間が置かれ、どこか返答に困ったようにも見えた。
もう少しで見えそうだった。彼女に感じる、不自然さの正体が。
「忘れたなら思い出させてあげる。知らないって言うなら教えてあげる、私たちの思い出……ただし、本当のゆずにだけね」
「本当のわたし、ですか」
否定もせず、肯定もせず、柚は暁の台詞を反芻する。
少しずつ、柚の中から違和感、不自然さが滲みだしてくる。
それを感じるたびに、だんだんと自分のできること、すべきことが分かってきた。
やはり自分は話し合いで物事を解決するなんて器用な真似はできない。いつだって、誰にだって、自分の思いを力任せにぶつけることしかできない。
昔からそうだった。そして、今も。
そう思うと、少しだけすっきりする。やることは単純明快。難しいことは考えず、本能と感情のままに、伝えるだけだ。
「ゆず! 私の、私たちのすべてを、君に叩き込むから! 覚悟してよね!」
「……しかたないですね、あきらちゃんは」
デッキを突きつけて来る暁。大して柚は、いなすように息を吐く。
そうしてから、でも、と逆接して言った。
「そうやって熱くなるあきらちゃんのことは、好きですよ」
「私は、そんな冷たいゆずは嫌いだよ!」
暁も間髪入れずに言い返す。
刹那。
二人の間の空間が、徐々に歪み始めた。
「待っててね、ゆず……!」
——そうして、神話空間が開かれる。