二次創作小説(紙ほか)

119話「語り手の足音」 ( No.365 )
日時: 2016/04/17 22:05
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: Ak1jHfcH)

 しばらくの間、一同は取り残される。
 やがて口を開いたのは、暁だった。
「……同類、って?」
「まさか、あいつも語り手なのか?」
 ガジュマルは確かに、語り手ども、と言った。同時に、同類相手でも容赦はしない、とも。
 それはつまり、語り手に向けられた言葉ということ。語り手を相手に、同類と呼ぶ。その二つの言葉から推察されるのは、ガジュマルが語り手であるという可能性だった。
 彼は語り手なのだろうか。
「分かりません。ですが、私たちに近いなにかを感じる気はします……でも、とても大きな力です。私たちよりも、ずっと」
「大きな力? ライみたいなものかしら」
「いや、あいつよりもさらにデカい。あれは、単なる語り手の器じゃないぞ」
「それにボクら語り手は、この世界外の生命体による手を借りないと、目覚めることはできない。この世界のクリーチャーが、封印を解けるはずがないよ」
 ライのような例外も存在していたが、他にもそのような例外が存在していたのか。
 それとも語り手ではないなにかとして、彼は同類と呼んだのか。
 はたまた別の力が作用しているのか。
 真実は分からない。
 だが今は、それを考えるよりも先に、すべきことがある。
「あ、そうだ……ゆず!」
 再び暁はゆずへと駆け寄る。他の面々も後に続いた。
 『蜂』は彼女から出て行った。割り開かれた胸も元に戻っているし、流血もない。身体は綺麗なままに見える。
 柚の異常の正体である『蜂』は消えたので、柚はもう元に戻っているはずだ。しかし、寄生されたことによって、彼女になにかしらの影響が出ていないとも限らない。
「ゆず! ゆず! 起きて! ねぇ、ゆず!」
 まずは意識を戻さなければ、と暁は柚の小さな肩を揺さぶる。
 しばらく揺すっていると、柚の瞼が小さく動く。そして、彼女目がゆっくりと開かれた。
「……あきら、ちゃん……?」
「ゆず、よかった……!」
 暁は目を覚ました柚を抱きしめる。
 確かな温もりを感じる。身体に傷もない。
 しかし暁の背中から、すすり泣くような声が聞こえる。肩にも湿り気を感じた。
 柚の、声だ。
「あきらちゃん、わたし……ごめん、なさい……」
「いいんだよ、ゆずは悪くない。悪いのは、全部あいつだよ」
 泣きながら謝る柚の背中を、暁はぽんぽんと優しく叩く。
 だが柚は、悲しそうに紡ぎ続ける。
「わたし、あせっちゃいました……プルさんが神話継承して、もっと強くなれると思って……もっとがんばれるんだって思ったら、さっきの蜂さんが来て……」
 強さを求める。その“欲”に付け込まれ、寄生された。
 強くなりたいと強く願ったからこそ、彼女の欲望は大きく強くなった。
 強大な欲こそが、彼の餌だったのだろう。餌を求めてきた『蜂』に干渉され、己の欲を抑えきれず、寄生を許してしまった。
 それが、彼女の“弱さ”だった。
「わたし、またあきらちゃんに迷惑をかけて……いつまでも、変わんないです……がんばろうとしても、ぜんぜんダメで、わたし一人じゃ、弱いままで……」
「ゆず。いいんだよ、無理しなくても」
 ギュッと。
 暁は、より強く柚を抱きしめる。
「弱いからなにさ。一人で強くなれないなら、一緒に強くなればいいじゃん。私たちは、昔からそうだったでしょ?」
 小学生のあの時。初めて出会ったあの時。
 あの時から、二人は一緒に歩き出した。
 そして、これからも。
「一人で突っ走って強くなろうとしないでさ、一緒に頑張ろうよ。ね、ゆず」
「あきらちゃん……」
「それに今は、友達もたくさんいるんだから」
 そう言って暁は、仲間たちを見回す。
 浬、沙弓、恋、一騎。皆、共に強くなれる仲間だ。
「私はしょっちゅう周りが見えなくなっちゃうけど、それでも、ゆずのことは見失わないし、見失いたくない」
 だから——
 ふっ、と悲しげな声をあげる暁。彼女も目尻から雫を流し、訴えるように、より強く柚を抱きしめた。
「もう、一人でどこかに行かないで……!」
 それは彼女の懇願だった。
 涙を流すほどに大切な親友への願いだ。
「あきらちゃん……はい、ごめんなさい……」
 柚も暁の身体を抱く。
 互いに涙を流し、抱きしめ合う。そこでは二人の友としての情が渦巻いていた。
 何者も入り込めない二人だけの聖域を築く暁と柚。
 だが、その聖域を容易く打ち砕く、“彼”が現れた。

「皆……ここにいたか」

 ドサッ、と。着地したというより、墜落したと表現した方が正しいと思われるくらい、自由落下気味に、誰かが降りてきた。
 その姿を見て、一同は目を見開く。
 それは、リュンだった。
 こちらの世界に来て早々、どこかへと消えてしまったリュン。今の今までどこにいたのか分からないが、彼の着衣は酷く乱れており、体のところどころに傷も見受けられる。
 加えて彼は、息を切らし、目を血走らせ、どこか焦っているようだった。
「リュン!? ど、どうしたの? なんか、ボロボロ——」
「説明は後だ! “連中”が追って来る前に、戻るよ!」
 暁の言葉も遮り、切羽詰った様子で叫ぶリュン。
 彼は握りしめた端末を手早く操作すると、息もつかせぬ勢いで転送を開始する。
 なにもかもが瞬間的だった。
 なにかを問うことも、尋ねることも、考えることもできないまま。

 暁たちは、地球へと帰っていった。



「……反応、消えたよ。あっちの世界に逃げられたね」
 セミロングの金髪に、キャスケット帽を被った少女が、手にした端末を見ながら、呟くように言った。
 すると、横から荒っぽい声が飛ぶ。
「なんか胡散くせーな。本当にあいつの居場所とかわかんのかよ?」
「分かるよ。だって、あれ作ったのあたしだし。正確には、座標設定できるようにしたり、調整しただけだけど」
 付けられた因縁を軽く躱す少女。なにを言われても、彼女は飄々と受け流す。
 また別の方向から、今度は幼げな言葉が聞こえてくる。
「こっちからあっちに移動することはできないの?」
「無理じゃないけど、座標が分かんないからなー。あ、でも、向こうがこっちに来るタイミングは、ある程度分かるよ」
 そう言うと、また別の方向から、不気味な高い声が響く。
「そぅなんですかぁ……さすがですねぇ」
「どういう理屈だ?」
「君らに説明して分かるかな? あっちとこっちの距離は光年単位で離れてて、転送速度は光を越える。光を超えるってことは、時間の感覚もあたしたちが知覚しているものとはかけ離れるから、結果としてこっちとあっちの間で時差が発生する。その時差が発生する時間内で、転送の際に起こる歪みを認識して、その歪みから空間の物質把握を介することで——」
「あー、もういい! そんな小難しい話を聞いてると、頭が痛くなる」
 荒っぽい声の主は、頭を振って少女の言葉を払い除ける。理屈っぽい話は苦手なのだろうか。
 少女はふぅと息を吐く。
 一同は立ち止まっていた。ターゲットに逃げられたから、これ以上の追跡が不可能だから、すべきことを見失っていた。
 いや違う。まだだ。
 さっき自分で言ったではないか。向こうが現れるタイミングは分かる、と。
 そんな少女の考えと同調したかのように、後方から、最も重く響く声が聞こえてくる。
「理屈などはどうでもよいが、奴のこちらの世界への侵入のタイミングは分かるのだな? ならば、次に奴がこちらの世界に現れるまで、準備をしておこう。奇襲をかける」
 その言葉に、一同は頷く。少女も同じような頷いた。
 しかし彼は少女の方に向いた。他の誰でもない、少女にだけだ。
 なにか失態を犯した、などということはないだろう。その点では安心だが、なにを言われるのかは概ね見当がついていたので、軽い気怠さがあった。
 頭の中で自分に言われることを再生しながら、少女は彼の言葉に耳を傾ける。
「そのためにも、奴がこちらの世界に来るタイミングを掴む必要がある。それについては任せたぞ——」
 そして彼女の名を呼ぶ。
 誇り高き“あの人”に名づけられた、自分の名を。

「——ウルカ」

 断ることはできなかった。
 自分のためにも、あの人のためにも。
 気は進まないが、やるしかない。
 そんな相反しかけた思いで、返事をする。
「……はーい」