二次創作小説(紙ほか)
- 119話「語り手の足音」 ( No.366 )
- 日時: 2016/04/24 05:04
- 名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: uB4no500)
時は遡り、柚が『蜂』に寄生された頃。
リュンは一人で、“ゼロ文明領”へと足を運んでいた。
十二神話のトップ。《支配神話》及び《生誕神話》の統治国家。
今はすべての統治を失い、亡国となったゼロの領地だ。
朽ちゆく城へと足を踏み入れ、リュンは奥へ奥へと入り込む。
ゼロ文明領は、十二神話を束ねる《支配神話》、《支配神話》を補佐する《生誕神話》の居城がある。ゆえにこの場所が、十二神話における集会場となっていた。
ひび割れた廊下を歩き、崩れた壁の穴を潜り、リュンは一つの部屋に辿り着く。
集会場とされていた、会議室だ。この中で行われていた十二神話の会合が、この世界における最高決定機関だった。
今は、なにも決まらない、なにもない場所だが。
リュンは扉を押し開ける。ギギギ、と今にも壊れそうな音を鳴らして、扉は開く。
「…………」
中に入り、ぐるりと部屋の中を目で見渡すリュン。
そんな彼に、一人の声が響く。
「ようこそ」
リュンは動く眼球を、一点に定めた。
部屋の中央に設置されている、朽ちかけた長机。その最奥——《支配神話》と《生誕神話》の席——その左側に、彼は座していた。
「今はだけは歓迎しておこう、オリュンポス」
「……君か」
「私を知っているのか?」
「一応ね。君は、はぐれ神話の中でも有名だから。自覚はないかい? クロノス」
クロノス、とリュンは彼の名を呼ぶ。
まだら模様のように黒いラインが引かれた、長い銀髪。
修道士のような白いローブを纏い、服の所々から、金の鎖が伸び、垂れ下がっている。
クロノスは三白眼の鋭い眼差しで、睨むようにリュンを見つめている。
しかしリュンは彼の目など気にすることなく、むしろ長机のサイドに座っている者たちに目を向ける。
右側に五人、左側に五人座っている。
ほぼ全員が初めて見る顔なので、リュンは流すように目線を動かす。
だが、ただ一人だけ、リュンは目を止める。
「ウルカさん……」
「や」
彼女は軽く手を上げて応える。
セミロングの金髪にキャスケット帽の少女。ピースタウンの工房の主であるウルカが、座していた。
「ピースタウンの工房から忽然と消え去ったって聞いたので、心配しましたよ。こんなところにいたんですね」
「まーね」
「どうしてですか? あなたはこんな場所に座るような性格じゃないでしょう? 誰かにつくような理由も、あなたにはないはず」
「果たして本当のそう思うか?」
クロノスが口を挟む。
リュンはウルカから目線を外して、長い机越しに、クロノスと相対する。
「ここに座す者たちはすべて、私の目的、意向に沿って集ったのだ。理由がないという物言いは、貴様の思い込みでしかない」
「君の目的、か。じゃあ聞こうか、クロノス。君の、君たちの目的とは、なんだ?」
リュンに問われるクロノス。
彼は間を置かず、当然の事実であるかのように、堂々と答えた。
自分たちの、目的を。
「新たな十二神話を創り出すことだ」
その言葉に、リュンは不可解だと言うように、顔をしかめる。
「新たな十二神話を創り出す、だって?」
「そうだ」
「それで、これだけの数を集めたのか」
「ただ数を集めたわけではない。彼らは皆、“語り手”だ」
「……へぇ」
クロノスから視線を外して、意外そうな素振りを装って見せるリュン。
(まあ、ウルカさんがいるし、氷麗さんの情報もあったから、概ね予想通りだけど)
リュンはそんなことを胸中で呟く。
語り手。それは、過去にこの世界に存在した、“神話”と呼ばれるクリーチャーの後継者だ。
それが、この場に集っていると、クロノスは言うのだ。
「そう、十二神話のシステムを受け継ぎ、新たな十二神話となるために、我々【十二新話】は集ったのだ。新時代の語り手としてな」
システムはそのまま受け入れ、過去の神話は切り捨てる。
それこそが、【十二新話】という集団だ。
そのことを理解しつつ、リュンはふと気になったことを口にする。
「十二神話って言うけどさ、君たちは十一人しかいないじゃないか」
見れば座している者は、右側五人、左側五人、奥にクロノス一人の、十一人しかいない。
十二神話は十二柱の神話がいてこそ成り立つ。数が足りなければ、機能しないはずだ。
「私の隣に座るはずの者は欠番でな。今はここにはいない」
リュンの言葉を軽く流して、クロノスは続けた。
「それはともかく。私は十二神話の体制を肯定する。各文明、二つの柱による神々が、それぞれの文明を治めるというシステムは、あらゆる面で見て有効だと考える」
中央集権ではなく地方分権による統制は、各文明の反発に対する負担を軽減し、各文明の特色も殺すことがない。
すべての文明がそれぞれの生き方を体現でき、その上で調和と安定の統治がもたらされる。
それが、十二神話のシステムだ。
「しかし同時に、十二神話は過去の遺物であり、この世界に混乱と騒乱を招いた元凶だ」
「十二神話を肯定するとか言っておきながら、直後にその言い分。矛盾しているよ」
「いいや、矛盾ではない。私が認めるのは、あくまで十二神話という“システム”だ。かつての十二神話として選ばれた者共は、否定する。奴らの意志も、遺志も、すべてな」
それはつまり、今、リュンがこの世界に導いている人間と、彼ら彼女らが従える語り手たちの存在を、否定するということ。
リュンが今までなしてきたことすべての否定だ。
「考えてもみろ。なぜこの世界の統治が崩れた? マナの枯渇か? 神話戦争か? 確かにそれも大きな要因の一つだ。しかし、それらの元を辿れば、それは十二神話が無能であったからだ」
「…………」
「十二神話の者共に、より大きな力があり、よりこの世界のために尽力していたならば、この世界は今も統治され、繁栄していたことだろう」
しかし、とクロノスは力強く、過去の神話を糾弾する。
「今の現実を見よ。各文明の領土は荒れ果て、クリーチャー同士は無意味に争う。新たな統治の奪い合いが起こり、野蛮な勢力も増えた。すべては十二神話の失態が招いたことだ。私は、私たちは、十二神話のシステムに則り、新たな十二神話として、奴らの間違いを修正する」
——『十二新話』として集った、この語り手たちで。
はっきりと言い放つクロノス。
少し間を置くと彼は、口元を少しだけ緩める。
「そこでだ、オリュンポス」
突然、クロノスは声の調子を変えて、リュンに呼びかけた。
「私は貴様の有能さを理解しているつもりだ。かつての神話に最も近い者——その肩書きこそ信用ならないが、しかしそれは、貴様が十二神話のシステムと最も近かったことと同義」
十二神話は認めないが、システムは認めるというクロノスから見れば、十二神話の意志を果たそうとするリュンは、最大の敵だ。
しかし同時に彼は、今のこの世界において、十二神話のシステムそのものを最もよく知る人物であると言える。
前者の敵対心を抑え込めば、後者のメリットは決して小さくない。クロノスは、そちらに手を伸ばす。
「旧十二神話と、それに縋る旧語り手共を排し、【十二新話】として、我々に協力する気はないか?」
届くはずがないが、クロノスは右手を差し出した。
リュンは彼の手にはまるで目をくれず、彼の座る席の横の、空席に視線を向けた。
「……その空席に、僕を入れるつもりなのかい?」
「それは違う。この席は先約がある。貴様はあくまで、協力者だ。なんだ、そんなに十二神話の椅子が欲しいのか?」
「いらないよ。彼らの座った席は、僕が座るべきじゃない」
だけど、とリュンは鋭い眼でクロノスを睨む。
「君らが座るべき椅子でもないよ」
「……ほぅ」
リュンは今まで隠していた敵愾心を、ここで初めて、露骨に現した。
そのまま彼は、ぶちまけるように言い放つ。
「残念だけど、君の申し出はお断りだ。君らみたいな頭のおかしい連中とつるむ気なんて、さらさらないよ」
リュンの暴言に反応を示す者たちがいたが、クロノスが目で制す。まだ動くな、と言っていた。
それを見てなのか、それとも邪魔が入らなかったからか、リュンはそのまま続ける。
「僕が信じるのは十二神話のシステムなんかじゃない。かつてこの世界を統治した、十二神話の意志だ。彼らの残した遺志にして遺産である語り手、そしてその語り手たちを成長させてくれる皆だ! 新しい十二神話? 笑わせないでくれ。君らに、彼らの後が継げるものか」
絶対にクロノスの考えとは交わらない。そんな強い意志を見せつけるリュン。
クロノスは小さく息を吐く。
期待半分くらいではあった。こうなることも予想していた。そんなことをぶつぶつと呟き、彼は顔を上げた。
「そうか……では」
それは、決心した顔だ。
邪魔なものをすべて排することを決めた目だ。
「交渉決裂だな」
パチン、とクロノスは指を鳴らした。
刹那。
「げらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげらげら!」
ガァンッ!
下品な笑い声が聞こえたかと思うと、いきなり頭を掴まれ、地面に叩きつけられた。それも凄まじい力で。
(あ、頭が、割れる……!)
眼球が飛び出しそうだ。それでも必死で目を動かして、自分の頭を掴む手の主を見る。
襤褸のような大きな布を纏っている。顔には布がかけられており、素顔は全く見えない。皺が寄った手は骨ばっているが、にもかかわらずリュンの頭蓋を砕きそうなほどの力を発揮している。
「ぐ……この!」
身体を捻り、腹を思い切り蹴り上げた。壁の方へと吹っ飛び、叩きつけられる。
まだ頭がぐらぐらしている。ゆらゆらと立ち上がると、何者かの気配を感じた。
後ろだ。
ほぼ反射的に肘鉄を繰り出す。みしぃ、とめり込む音と感触が聞こえてきた。
「はぅ……痛いですよぅ……まだなにもしてないのに、酷いですぅ……」
床に伏せる声の主は無視して、とりあえず状況確認をしようと、辺りを見回す。
そうして首を回した瞬間だ。
顔面を殴られた。
「よそ見してんじゃねぇ!」
「が……っ!」
殴られた箇所が燃えるように熱い。
のけぞっている間に、さらにボディに何発か貰う。
これ以上はまずいと思い、最後にアッパー気味の一撃を喰らうと、その勢いに任せて後ろに吹っ飛んだ。
「ぐぅ……」
だがそこに、何者かが飛びかかる。
鋭い爪が肩に食い込む。凶悪な犬歯が、リュンの首筋を噛み千切らんと光る。
「ヤバ……このっ!」
鋭利な牙がリュンの首に到達する前に、リュンはまた蹴り上げる。
そして再び、おぼつかない足取りで立ち上がる。
すると、ぽつり、となにかが顔に当たる。
(なに、水? 雫——)
刹那、じゅわぁっ、と肌に触れた水が泡を吹き出す。
(っ、水じゃない……!)
それは泡を吹き出しながら、リュンの皮膚を焼き、肉を溶かしている。
これは水ではない、酸だ。
見ればリュンの頭上に雨雲ができている。あの雨雲が、酸性の雨を降らせている。
「すぐ反応するから溺れないよ。代わりに、全身焼けただれて死ぬけどね!」
酸性の雨が容赦なく降り注ぎ、周りからも拳や爪が飛び交う。
完全にこちらを殺しにきている。十一人総員でかかられたら、流石にひとたまりもない。
しかし襲い掛かってくるのは、その半数程度だった。
残りの者は座したまま、リュンと彼に飛び掛かる者たちを見つめているだけだ。
「……参戦、しないのね」
「まーね」
「知り合いだから?」
「違うよ。あたしの領分は肉弾戦じゃないから。わざわざあんなとこに首突っ込んでケガしたくないし」
「まったくだな。連中は野蛮だ。歓迎すべきでなくなったとはいえ来客だ。中にいるうちは、それ相応の対応がある」
座している者たちは、彼らを眺めながら言う。
そんな折、囲まれていたリュンが、包囲網から飛び出した。
「逃がすな!」
クロノスが叫ぶ。それに伴い、一斉にこちらに迫ってくる気配を感じた。
リュンは走る。持てる力をすべて出し切って。
ただひたすらに、走る。
扉を蹴破り、崩れた壁を飛び越えて、走る。
「まずいことになったな、これは……!」
多勢に無勢すぎる。一対一なら勝てなくもないが、あれだけの数で袋叩きにされるとなると、流石に分が悪い。
それに、自分の役目は、連中と戦うことではないのだ。
「とりあえず、一刻も早く、このことをみんなに伝えないと……!」
そうして、リュンはゼロ文明領から抜け出した。
それでも連中は追ってくるだろう。撒くまで逃げるか、それとも仲間の下に戻るか。
「氷麗さんには言っておいたし、大丈夫だろうけど……」
少しだけ心配だった。
どうするのかは逃げながら考えるが、そちらに少しだけ比重を置いて、リュンは逃走の中へと、消えて行った——
「とどめだ、《レッドゾーン》——!」
轟くようなエンジン音。あらゆる機構が駆動し、音速を超えた爆音が鳴り響く。
「……散ったか」
拍子抜けだった。
仮にも自分と、自分の率いる『鳳』と双璧を成す『フィストブロウ』のトップであるメラリヴレイムが、こんなにもあっさりやられるとは。
革命の力など、発揮するまでもなく、侵略の力によってねじ伏せた。
それだけだった。
そして、それが真実だ。
「『フィストブロウ』の頭、メラリヴレイム……討ち取ったぞ」
踵を返す。サーキットに投げ出されたレーサーのことなど、気にしていられない。
ゴールを突き抜けたら、次に考えることは、ただ一つ。
次なるレースを——次なる侵略するものを、見定める。
「残るは、こいつの部下の雑魚ども。そいつら全員、轢き殺して——」
この世に存在するすべてを、なにもかも。
「——“侵略”してやる」