二次創作小説(紙ほか)

121話「十二新話」 ( No.370 )
日時: 2016/04/24 19:00
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: uB4no500)

「どうしたの? なんか、ずいぶんとやつれてるけど」
「来るのが遅いわよ。もうこっちは合宿まで終わっちゃったっていうのに」
「ごめんよ。ちょっと、色々あってね……」
 リュンは体を起こしながら言う。その言葉には、やはり覇気が感じられない。疲れているようだ。
 なぜ彼はここまで疲弊しているのか。そのことと共に、彼には聞きたいことがあった。
「リュン、なにがあったの? 色々って、なんなの?」
「俺たちには言えないことなのか?」
「……そんなことはないよ。むしろ、言わなければならないことだ。それを言うために僕は、追っ手を振り切ってここまで来たんだから」
「追っ手、ですか……?」
「そういえばこの前も、切羽詰った様子で戻ってきたあなたは、そんなこと言ってたわね。連中が追ってくる前に逃げるとかなんとか」
 追っ手、連中。
 不穏な響きだ。彼はいったい、なにに狙われているのか。
「とにかく話すよ。僕らの新たな脅威となるだろう集団——【十二新話コンセンテス・ニュー】について」
「【十二新話】……?」
「まず、君たちが無意識に抱いているだろう常識を覆すよ」
 そう前置きして、リュンは語り始めた。
「かつて十二神話と呼ばれる偉大なクリーチャーたちが、この世界を治めていたことは知っているよね。その十二神話たちの正統後継者が、君たちの有する《語り手》のクリーチャーであることも」
「えぇ。断片的にだけど、それについては、多少は理解しているわ」
「この世界は、十二神話たちによって秩序が保たれていた。だから、神話と言えば、十二神話のことを指す場合が多いんだけど、神話と呼ばれるクリーチャーは十二体だけじゃない」
「どういうことだ?」
「僕らの世界では、神のような存在として、説話の中で語られるような強大な力を持つクリーチャー——書いて字の如く、神話の如き力を持つクリーチャーのことを、神話のクリーチャーと呼ぶ。そして、そういった神話のクリーチャーは、多く存在していた。多くと言っても、唯一無二の存在であることは変わりないし、他のクリーチャーと比べれば、単一個体の数は一体だけと、少数だったけど」
 通常のクリーチャーよりもさらに強大な力を持つクリーチャー。神話の中で語られるかのような力を持つ、神話のクリーチャー。
 それが彼らの世界の根幹を成す存在だ。
「えっと……つまり、神話のクリーチャーっていうのは、十二体だけじゃなかった、ってことですか……?」
「そういうこと。数ある神話の中でも、この世界を統治するに相応しいとされ、選ばれた十二体のクリーチャーが、十二神話と呼ばれる存在だ。他のクリーチャーは、強いことには強いけど、世界を統治するには向いてなかったってこと」
 力があることと、他者を操ることは別物だ。
 統治、統率。そういった、他者に働きかけ、行動する方向を示すことは、一種の才気も要する。単純に力があるだけでは務まらない。
 だからこそ、十二神話と、そうでない神話に分かたれたのだろう。
「神話のクリーチャーは、様々な理由でもう僕らの世界にはいないわけなんだけど、神話のクリーチャーの存在が完全消滅したわけじゃない。彼らの遺産とも言うべきものが残っている」
「? どういうこと?」
「語り手よ、暁」
 沙弓が答えた。リュンも頷いている。
 神話のクリーチャーはもうあの世界にはいない。しかし、彼らが残した、彼らの遺志を継ぐ後継者が残っている。
 コルルやテインなどの、語り手のクリーチャーがそうだ。彼らがいる限り、神話の存在は完全に消えたとは言えない。
「前置きが長くなったけど、ここからが本題だ。【十二新話】はクロノスというクリーチャーを頭にした語り手の集団。かつての十二神話というシステムそのものを利用しながら、十二神話の席を総入れ替えしようとしている」
「席を、入れ替える……? どういうこと?」
「十二神話は、ゼロを含む各文明二名ずつ、男神六柱、女神六柱、合計十二の神々から成り立っている。ゼロ文明からは《支配神話》と《生誕神話》、光文明からは《慈愛神話》と《守護神話》、水文明からは《海洋神話》と《賢愚神話》、闇文明からは《冥界神話》と月光——《月影神話》、火文明からは《太陽神話》と《焦土神話》、そして自然文明からは《豊穣神話》と《萌芽神話》。以上十二の神話が、十二神話と呼ばれるクリーチャーたちだよ」
「ほとんどは知っているが、《支配神話》《生誕神話》《守護神話》《豊穣神話》は初めて聞くな」
「そこはまだ僕らも存在を把握していないからね……問題はそこじゃないんだけど。【十二新話】は、これら十二名の神話の席をすべて総とっかえして、自分たちがそこに座ろうとしている」
「え、ってことは、コルルたちはクビってこと?」
「彼らとしては、そういうことになるんだろうね。過去の十二神話の語り手も否定する存在だった。ゆえに、【十二新話】と呼ぶんだろうね」
 新たな十二神話を創り出し、新たな統治と調和をもたらさんとする集団、【十二新話】。
 旧来の十二神話の力をそのまま継承している語り手を有する暁たちとは、真っ向から衝突するような相手だ。
 語り手の敵は語り手。知らなかったからだが、予想もしていない構図だった。
「でも、分からないわね。私たちの語り手は、十二神話の後継者って話だけど、それはつまり、リュンたちの世界にもう一度秩序を取り戻すための存在ということ。だけど、私が神話のクリーチャー——アルテミスと対面して、ドライゼと交わす言葉を聞いて、思ったわ。ドライゼたち語り手は、自分たちの主人について語り継ぐだけじゃない。ただ、かつての神話を継承して、もう一度秩序を取り戻すだけの存在じゃなかったんだって」
「それは俺も感じたな。あいつらはただのシステムじゃない。意志と人格を持った生き物だ。今でこそ、主人の力を語り継ぐという使命があるようだが、それ以前からの思いや交流はあったみたいだ」
「だから、とりわけ神話と深い関係にあった配下のクリーチャーが、語り手に“近い”存在であったと、推理することはできるわ。これはどの神話でも言える話。だけど、語り手が秩序を再構築するための機能っていうのは、十二神話たちがこの世界を去った時に、彼らに与えた使命なんじゃないのかしら。《語り手》という名前も、その使命に沿って付けられたと考えられる。だから、その使命を背負っていない神話の配下のクリーチャーは、語り手とは呼べないと思うの」
 十二神話という世界の秩序を背負うクリーチャーだったからこそ、彼らには後継者である語り手が必要であった。
 しかし十二神話に属していない神話は、統治という役目がなかったはず。にもかかわらず、語り手が存在しているのは、些か不自然に思えた。
 そもそも語り手は、外界からの力がなくては目覚めることがない。まさか、他の自分たちのような人間が、あと十二名もいるとでも言うのだろうか。
 その疑問にリュンは、首を振りつつも、肯定する。
「沙弓さんの推理は概ね当たってるよ。だけど、君らの考える語り手と、連中の語り手はまた違うんだ。」
「語り手が、違う……?」
「多くの神話は、なんらかの形で自分の存在を、その断片を、世界に残している。十二神話は語り手や神話継承という形でその断片を残したわけだけど、その形を取っているクリーチャーは多いんだ」
「十二神話でなくても?」
「十二神話でなくても、だ。自分の子孫を残したいという思いは、どんな生き物にでもある。クリーチャーだろうと、神話だろうと、それは同じ。自分の宝物、技術、意志などを、誰かに継がせたいと思うのは、知性ある生き物なら当然のことだ。だから、十二神話の語り手とは生まれた経緯も、与えられた使命も、本質的なものもまるで違うけれど、十二神話でない神話のクリーチャーにも、その神話の後継者となり得る語り手が存在するんだよ。ただし、これは沙弓さんの言った通り、連中は統治のための語り手ではないから、元から封じられていない。単に、十二神話の遺志を継いでいるだけだ」
 役割や本質は違えど、十二神話の語り手も、十二神話でない語り手も、どちらも語り手として存在している。
 そして十二神話ではない語り手は、十二神話の語り手とは違うがゆえに、単独でも行動できる。封印という手順を踏んでいない。
「まとめると、《時空の語り手 クロノス》を筆頭に、十二神話以外の語り手で構成された十二名の語り手集団が、【十二新話】だ。その目的は、かつて十二神話であった神話の語り手を排除して、自分たちが新しい十二神話となること」
 今の語り手を否定し、新しい語り手の十二神話を構築する。
 その意味を本当の意味で理解できている暁たちではなかったが、それでも、【十二新話】が新しい脅威となることだけは分かった。
 そんな彼女らに、リュンは付け足すように言った。
「あと、これは僕も驚いたんだけど……【十二新話】の一人として、ウルカさんがいたんだ」
「え? ウルカが!? なんで?」
「それは僕にも分からない。【十二新話】の組織としての目的は、十二神話のシステムをそのままに、新たな十二神話を配置して新しい秩序を創るってことだけど、彼女がそんなことに興味を示すとは思えない」
 ピースタウンの工房で機械を弄ったり服を仕立てたり、そんな生活をずっと続けていて、この世界のこともリュンらに丸投げしていたような人物だ。
 とても、新たな秩序のために協力するような人柄ではない。
「僕の予想では、【十二新話】は一枚岩じゃない。たぶん、それぞれの語り手に思惑がある。クロノスは、そこに付け込んで語り手たちを集めたんだろう」
 つまり、ウルカもなにか個人としての目的があるのだ。もしくは、弱みを握られてクロノスに利用されている。
 それがリュンの考えだった。
 今まで対立的に話を進めていたところで、おずおずと柚が手を上げた。
「あ、あの。でも、同じ語り手さんたちなら、仲間になれるんじゃ……」
「無理だね」
 柚の意見を、リュンは一瞬で斬り捨てた。
 十二神話とそうでない神話。立場こそ違うが、どちらも同じ神話で、同じクリーチャーだ。手を取り合えることもあるはずだと、柚はそう言いたかったようだが、リュンからすれば、それはあり得なかった。
「クロノスは従来の十二神話と、その語り手たちを信用していない。僕の考えとは真っ向から衝突している」
 一度は手を組むことも提案されたが、それはリュンの方から断っている。相手がどうこう以前に、リュンの方針として、彼らとは相容れない。
「十二神話は、世界を治めるために選ばれたクリーチャーたちだ。その語り手たちも、彼らの意志を受け継いでいる。逆に言えば、十二神話以外の神話とその語り手に、この世界を治めるだけの力量と器はないと言える」
「流石に暴論じゃないか? どうやって十二神話とやらが選ばれたのかは知らないが、適正に近い神話もいたようにも思えるが」
「それは否定しないけど、そうとも言い切れないよ。実際に彼らに会えば分るさ。連中は頭のネジが何本も飛んでる連中だからね。僕も集団リンチされたうえにいつまでも追い回されたし、まともに会話できるだけでいい方さ」
「確かにあの時のリュン、ボロボロだったよね……」
 かなり急いで転送されたので、詳細には思い出せないが、それでもかなり汚れて傷ついていたことは思い出せる。
 あそこまで酷く手傷を負うとなると、話が通じないというのも、あながち嘘ではないのかもしれない。
 それも、十二神話と違い、この世界の秩序を再構築するために選出された語り手ではないからだろう。
「新たな敵……ね。この前の『蜂』といい、リュンの言う【十二新話】といい、穏やかじゃないわね」
 独自の調和を創りだそうとしている、【神劇の秘団】。
 従来までの統治を侵略し、革命を起こす、【鳳】と【フィストブロウ】。
 この世界のあらゆる生命を滅し、秩序すらも壊す、【蜂群崩壊症候群】。
 そして、十二神話ならざる語り手たちによって過去の機能をなぞろうとする、【十二新話】。
 この短期間で、様々な勢力が一気に姿を現した。
 とても、穏やかでいられる状況ではない。
「それで、今日はどうするの?」
「【十二新話】を叩く。僕一人じゃどうしても多勢に無勢だけど、君らなら連中を打破しうる力があるからね。君らの有する十二神話の語り手は、ぽっと出の語り手に負けるほどやわじゃない。そして彼らを使役する君らは、己を使役する者がいない連中にはない力がある」
「最近やたらめったら褒めそやすけど、褒めてもなにも出ないわよ?」
 しかし、自分たちと【十二新話】で決定的に違う点は、クリーチャーとして使役する者がいるか否かだ。
 その違いが吉と出るか凶と出るかは自分たち次第だが、【十二新話】との差をつけるならば、それを生かすことは必須と言えるだろう。
「僕の話は以上だ。連中の狙いは最初から僕らに固定されている。他の集団よりも、危険度も優先度も上だ。だから、早急に迎え撃つ必要がある」
「いきなり大事になったな。お前のすることはいつだって唐突だったが」
「もう今更ね。仕方ないから付き合ってあげるわ。ドライゼたち以外の語り手っていうのにも、少し興味があるし」
「私はウルカが気になる。ウルカはコルルたちのことは知ってたんだよね? なのに、なんで私たちと戦うようなことをするんだろう……」
「わ、わたしも、気になります……」
 皆、それぞれの思い、考えを秘めている。
 それらを確かめるためにも、彼ら彼女らは、何度だって行かなければならない。
 クリーチャーたちの住まう、超獣世界へ。
「じゃあ、転送するよ。恋さんには詳しい話はしてないけど、氷麗さんを通して話は行ってるはずだから、転送時に合流して、君らが会うのは向こうになると思う」
「やっぱりあいつも来るんだな……」
「あと一騎君も今回は来るって」
「え!? 一騎さんも!? やったぁ!」
「なんか緊張感ないわね。そこがいいんだけど」
 リュンは端末を操作する。
 たった一瞬だ。体感ではほんの一瞬のうちに、転送は終わる。
 次に目を開けた時、そこにはいつもの見慣れた面々がいるはずだ。
 だから、祈ることも、願うこともなく、特別なことなどなにもなく、いつものように、身を任せる。
 しかし、忘れてはならない。
 いつだって、“いつものようになる”とは、限らないことを。
 たった一瞬、されど一瞬。
 刹那の時でありながら、悠久の時とも感じられる時の流れを経て、いつものように仲間と共にあるのか。
 次に目を開いた時、そこには誰もいない。
 そんなことだって、起こりうるのだ。
 そして、それが今だということも、あり得るのだ——