二次創作小説(紙ほか)

122話「離散」 ( No.371 )
日時: 2016/04/25 01:21
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: uB4no500)

「やーっとできたよ」
 ウルカはキャスケット帽をかぶったまま、額の汗を拭う。
 彼女の目の前には、巨大な大砲が鎮座していた。大量のコートがその大砲に繋がれており、なにかの機械と接続している。
 そこに、クロノスが現れた。
「遂にか。今まではこちらに来たところを追跡し、攻撃していたが、それがあればこちらに来たと同時に迎撃できるのだな?」
「理屈上はそうだね」
 手にしたスパナを放り投げて、ウルカは地べたにそのまま、仰向けになる。
「一週間かけた甲斐あって、精度は期待していいよ。寸分違わず、正確かつ確実に、転送タイミングに合わせて射撃できる」
「威力はどうだ?」
「……どーだろ」
 曖昧に答えるウルカ。その返答が気に食わなかったのか、クロノスは鋭い視線で彼女を睨む。
 ウルカはあっけらかんとしていたが、しかし自己弁護するように言った。
「わかんないかなー。こういうのって、単純な攻撃力とかの問題じゃないんだよね。ダメージ計算なんだよ、要するに」
「ダメージ計算? どういうことだ」
「超簡単に言うとね、相手に与えられるダメージは、自分の攻撃力と相手の防御力を計算に組み込んで、その結果として算出されるわけ。つまり、あたしは超兵器を作っていくらでも攻撃力を上げられるけど、相手の防御力次第では、ノーダメもあり得るってこと」
「それは、この砲に効果はない、ということか?」
「ノーダメってのは極端な例だけど、もしかしたらダメージ薄いかもね。まあでも、みんなのリンチは結構効いてたみたいだし、手負いの今なら、致命傷を与えることも可能な気はするけど」
 どこか他人事のように言うウルカ。今だけではない。ずっとこうだ。
 そんな、他人事の調子のまま、彼女は続ける。
「あいつの力って、あたしもよく知んないからさ。とにかくすごい奴ってのはなんとなく分かってるけど、数値化できてないし、まだなにか隠してるっぽいし。温存された力を使われたりしたら、この『ウルカバズーカ試作1号』も、ただの玩具になるかも」
「……まあいい。奴は本来の力を解放していないようだが、温存しているようには見えなかった。私の見立てでは、なんらかの理由で使えないと見た。気にするほどのことではないだろう」
「ふーん……あ」
「どうした?」
「反応めっけ。十分後に大気圏突入、その一分十三秒後には射程圏内突入だよ」
 どこからか取り出した端末と、クロノスの吊り下げている懐中時計を見比べて言うウルカ。
 それを聞いたクロノスは、ローブを翻して、兵に出撃命令を下す指揮官のように踵を返した。
「今までは逃げられてばかりだったが、今度こそは仕留めてみせる。古び腐った十二神話の語り手どもも抹殺対象だが、連中を導く奴は真っ先に消さねばならない。ウルカ、総員に伝達せよ」
「白いのと緑のはたぶん動かないよ? 特に酒乱ジジィは偉ぶって、酒と一緒に発酵してるよ」
「なら出れる者だけで構わん。お前はその砲の準備に取り掛かれ。それが終わり次第、チオ、レブンゲ、パンデルム、シコメ、ラグナ——そしてウルカ。お前たち六名で出動せよ」
 名指しで呼ばれた。
 ご指名に預かり光栄の至り——とは思わない。ウルカは、自分が前線に立つようなタイプだとは思っていないし、後ろで機械を弄ってる方がよっぽど性に合う。
 しかしそれでも、出なくてはならない。
 それが、“彼”のためになるのならば。
 燃え上がる使命感と、慣れないことへの惰性から、ウルカはやや気の抜けた返事を返した。
「……はーい」
 そして彼女は、自作の大砲に向かい合い、調整を開始する。



「あーん……?」
「どう致しましたか、主」
「見ろよガジュマル、あれあれ」
「……あの光は……」
 ガジュマルは、肩から這い出ている自分の主——『蜂』と自称し、そう呼称される異形のクリーチャー——の指し示す方角を見遣る。
 そこには、一筋の光が天に向かって伸びていた。
 その光はしばし柱のように立っていたが、やがて消える。そして、光の破片が、四方八方に散った。
「砲撃、のようですが」
「あぁ、やけに大掛かりだなぁ。俺らの蜂の巣からも見えるとか、派手すぎて笑うしかないな」
「あの砲撃の意味は一体……」
「さーなー? どっかの馬鹿共が騒いでんじゃね?」
 適当に返す『蜂』。自分から話題を振っておきながら、もう興味が冷めたようだ。
「それよりも、今日も動くとしようかね」
「……彼女ですか?」
「おうおう、その通りよ。もう俺、あの子に惚れちまったわ。寝る時も喰う時もあの子の身体が忘れられん。なにがなんでも欲しいのよ」
 羽音が一段と大きくなる。興奮しているのだ。
「最近まったく音沙汰なかったけど、そろそろ会えないかねぇ。数少ない【蜂群】の面子を総動員して、頑張っちまおうか」
 『蜂』はカチカチと顎を鳴らすと、羽音をさらに大きくして、さらに大声で叫んだ。
「おーい! ファイ! ちょっと来いや!」
「はちさん、どうしたの?」
「うおっ、意外と近くにいたんか」
 ぬっと闇の中から出て来たのは、少年だった。
 さらさらの金髪に、エメラルドグリーンの瞳。背丈は低く、幼げな雰囲気を醸し出しているが、顔立ちは整っている。
 ファイと呼ばれた少年は、『蜂』の異形に臆することもなく、彼を見つめては小首を傾げている。
「今日もおしごと?」
「おうよ。お前にも頑張ってもらうかんな。頼むぜぇー?」
 『蜂』がカチカチと顎を鳴らす。
 それを聞くと、ファイは目を輝かせて、
「はちさんのお願いなら、ぼく、がんばるよっ」
「その意気その意気。ファイはいい子だ。よしよししてやろう」
「えへへ……」
 細長い足をガジュマルの肩口から伸ばし、ファイの頭を掻き回すように撫でる『蜂』。どう見ても刺々しい足が食い込んで痛いはずだが、ファイは気持ち良さそうに目を細めている。
 そんな様子を見て、ガジュマルは唸る。
「むぅ……」
「なんだガジュマル、お前もしてほしいか?」
「いえ、そういうわけでは……」
「ガジュマルさんも、頭なでなでしてほしいの?」
「違う」
 巨大な蜂が少年の頭を撫でるというシュールな光景に困惑していただけだ、と内心でも反論しておく。
「さて、お遊びはこの辺にしとくか」
「おしごと、行くの?」
「そうだ。お前には期待してる、頑張れよ、ファイ」
「うんっ、がんばる」
 ファイはエメラルドの瞳を輝かして、子供っぽい無邪気な笑みを浮かべる。
 それは世界の滅亡だとか、新たな統治だとか、そんなこととはまるで関係のない、純真無垢な心からの笑み。
 その動機も、マクロなものではない。素朴で、純朴で、小さなものだ。
「はちさんの——“ともだち”のために」



「……?」
 暗い森の中を歩く、一人の男がいた。
 男は脚を止め、木々の切れ間から覗く空を見上げ、顔をしかめる。
「なんだ、あの光は……?」
 天に昇る光の柱はやがて消えたが、同時に、違う光がいたるところへと飛び散った。
 そのうちのいくつかは、この森の方へと落ちていく。
「【鳳】か……? いや、連中があんな大掛かりな兵器を使うとは思えねぇ。だったら、ミリンさんが言ってた、なんとかって組織の仕業か……?」
 しばし考え込む男だが、すぐに思考を放り投げた。
 こんなことは考えても仕方ないことだ。あの光がなんなのかも分からない。何者の仕業なのかも分からない。分からないことを考えても仕方ない。
 あれが【鳳】の仕業なのならば一考の価値はあるものの、その可能性は低いと結論付けた。可能性が低いということは、その可能性は切り捨てたということとほぼ同義だ。
 それよりも今は、その『鳳』に追われている仲間たちのことの方が、優先事項だ。
 こんなところで立ち止まっている暇はない。一刻も早く、仲間たちの安否を確認しなければならない。
 男は止めた足を再び動かし、暗い森の中を進んでいく。



 衝撃が走った——気がする。
 たった一瞬の出来事、刹那の内に行われることであるがゆえに、今までがそうであり、今もそう思っているからこそ、この感覚は奇妙だった。気がする、だなんて曖昧な表現も、そのためだ。
 本当に衝撃が走ったのかどうかも分からない。それでも、そんな気がしたのだ。
 仲間たちの声が聞こえてくる。

 ——なんだ!? なにが起こってる——

 ——なんか、ヤバそうね——

 ——はわわわ……あ、あきらちゃん——

 ——……変な感じ、する……身体が、揺れて……——

 ——どこかに、吹き飛ばされる——

 なにが起こっているのかは分からないが、今が非常に危険な状態にあることだけは分かった。
 踏ん張っていなければ、身体がどこかに飛んで行ってしまいそうだ。
 身体にかかる力はどんどん大きくなり、踏ん張るのも辛くなってきた。もう、限界だ。

 ——なにかが直撃して……まずい、安定しないし、保存状態を維持できない……飛び散るぞ——

 誰かが叫ぶ声が聞こえた。
 すべては一瞬の出来事。

 その刹那の間に、仲間たちは皆——バラバラになった。