二次創作小説(紙ほか)

123話「略奪」 ( No.373 )
日時: 2016/04/25 22:44
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: uB4no500)

 轟々と燃え盛る炎の中から——その炎を纏いながら、赤き機体が飛び出す。
 《ザ・レッド》は己のバイクと一体化、巨大化し、赤き伝説として走る。
「で、出た……!」
 暴走した侵略者、《レッドゾーン》。
 恋との対戦でも、コノクリーチャーがいたからこそ、3ターンキルなどという荒業をやってのけた。
 超高速にして超火力。スピードを突きつめた破壊力が、暁にも襲い掛かる。
「《レッドゾーン》がバトルゾーンに出た時、相手の最もパワーが高いクリーチャーをすべて破壊する! 《コッコ・ルピア》を破壊!」
「《コッコ・ルピア》が……!」
 瞬く間に、爆走する《レッドゾーン》に轢かれ、《コッコ・ルピア》は無残な姿で散っていった。
 これでは、次のターンに《ボルシャック・NEX》を出すことができない。
 いや、それ以前の問題だ。
「周回遅れを待つつもりはない。このまま走り切るぞ……《レッドゾーン》でTブレイク!」
 拳で一撃、脚部で二撃。一気に三枚のシールドが削り取られた。
「《トップギア》で最後のシールドをブレイク!」
 続く《トップギア》の放つ弓矢が、残った一枚のシールドを撃ち抜く。
 シールドゼロ。まだ相手の場には《ブレイズ・クロー》が残っている。
 このままでは、恋と同じように、3ターンで終わらされてしまう。
「う、く……まだ、だ!」
「あん?」
「S・トリガー! 《熱血龍 バトクロス・バトル》召喚! 《ブレイズ・クロー》とバトル!」
 《トップギア》に砕かれたシールドから、龍が飛び出す。
 《バトクロス・バトル》は燃え盛る拳を振りかざすと、《ブレイズ・クロー》を殴り飛ばした。
「《ブレイズ・クロー》は破壊だよ!」
「……はんっ、3ターンキルは免れたか」
 どこか不貞腐れたように吐き捨てる。
 宣言はしていなかったが、3ターンで決まるルートを辿っていながら、それが達成できなかった。S・トリガーという不確定要素による妨害とはいえ、最後の最後で決まり切らなかったことに不満があるのだろう。
「さらに! 私の火のドラゴンがバトルに勝ったから、《太陽の語り手 コルル》をバトルゾーンに!」
 《バトクロス・バトル》の勝利によって、暁の手札から《コルル》が飛び出す。
 暁たちにとっての、希望の星となる、語り手のクリーチャー。
 しかし、
「これでターン終了だが……もうレースは終了だな」
「…………」
「《トップギア》を殴り返すところまでは行けるだろうが、今のお前では《レッドゾーン》までは届かない。諦めろ」
「……くぅ」
『暁……』
 小さく唸る暁。
 確かに、その通りだ。
 《コルル》を出したものの、今のマナは4マナ。《コーヴァス》どころか、ドラゴン一体だって出せない。
「……呪文《ネクスト・チャージャー》を使って、手札を入れ替えるよ! チャージャーはマナへ!」
 シールドブレイクで増えた手札を、山札の下に送り込む。そしてカードをドロー。
「《コルル》で《トップギア》を攻撃!」
 続けて、《コルル》に指示を飛ばす。《コルル》は飛翔し、隙だらけの《トップギア》を殴り倒した。
 しかし、そこまでだ。
「……ターン、終了……!」
「終わりだな」
 そう静かに告げると、スピードを落とすかのように、声のトーンが下がる。
 今までの荒々しい走行とは違う。確実にこちらを潰す。そんな、殺気が伝わってくる。
「特別だ、追加でもう一周だけ走ってやる。《音速 ニトロフラグ》を召喚」
 《レッドゾーン》の走るサーキットに、新たな侵略者が立つ。
 そしてその侵略者は、《コルル》に向かって駆け出した。
「《ニトロフラグ》で《語り手》を攻撃、《ニトロフラグ》はパワーアタッカー+2000、攻撃中のパワーは5000だ。《語り手》を破壊!」
『くっ、ぐぁぁ!』
「あぁ! コルル!」
 破壊され、墓地に落とされる《コルル》。
 これで、この盤面は完全に侵略されてしまった。
 シールドも、クリーチャーもいない。
 暁は赤き侵略者たちに、成す術なく侵略されてしまったのだ。
 サーキットの向こうから、燃え上がる機体が駆けて来る。
 暁にとどめを刺すために。
 完全に、完璧に、完膚なきまで、侵略を果たすために。
 赤き轟速の伝説が、最後の一撃を放つ。

「《轟く侵略 レッドゾーン》で、ダイレクトアタック——!」



 神話空間が閉じられる。
 全身に硬い地面の感触が伝わってくる。気を失ってはいない。意識はある。しかし、体は動かない。地に伏せたまま、動かせない。
「とりあえず、力でねじ伏せた。どうだ? 侵略の力は。てめーの理想に近いか?」
「…………」
「だんまりかよ。まあいい」
 ザッザッと地面を踏み締める音が、地中を通して聞こえる。
 こちらに近づいているのだ。逃げようにも逃げられない。
 体は動かない。よしんば動けたとしても、とても逃げ切れる気がしない。相手はクリーチャー、自分は生身の人間だ。肉体的な差が大きすぎる。
「お前は見込みはある。人間とはいえ、強くなろうとする意気込み自体は悪かねぇ。ちっとばかし調教は必要だろうが、その辺はインペイにでも任せるか」
 ザッ、と音が止まった。
 足を止めたのだろう。心なしか、影がかかったように暗い気もする。
 首と眼球を精一杯動かして、見遣る。
 そこには、暁に手をかけようとする、侵略者の姿があった。
「……侵略完了——」
 抵抗する力も残っていない。このまま自分は、侵略者に飲まれてしまうのか。
 侵略されて、しまうのか。
 その時だ。

「やめるんだ!」

 張り上げるような声が響く。
 聞き覚えのある声だ。
 確か、前にもこんなことがあったような気がする。
 なんとか首を回そうとするが、上手く体が動かない。声の主が見えない。
 しかし、ヘルメットの向こうにある吃驚で揺れた眼差しは、しっかりと見えた。
「……なんでてめーがいるんだ?」
 ぽつりと、ガソリンが漏れ出るように、呟いた。
 それほどに驚愕することが起こっているのか。
 暁は体を動かす。寝返りを打つようにして、仰向けになる。
 そして、遂にその姿を見た。
 同時に、侵略者もその名を呼んだ。

「生きてたのかよ——メラリヴレイム」

 ザザッと、侵略者と同じように崖から滑り降りるのは、メラリヴレイム——メラリーだった。
「てめーは轢き殺したと思ったんだがな。なんで生きてんだ?」
「さて、どうしてだろうね」
 高圧的な言葉にも臆することなく、メラリーは飄々と返す。
 だが、ふっ、とその眼が鋭くなる。
「私のことなんてどうでもいい。その子になにをするつもりだ」
「なにを? てめーがそれを知ってどうするっていうんだよ」
「止めるさ。そのためにここにいる」
 暁を挟んで、二人は睨み合う。
 全身から放たれる覇気、殺気は、暁に向けたもの以上だ。近くにいるだけで、息苦しくなる。
「今更のこのこ出てきやがって……一度轢き殺されたことを、もう忘れたみてーだな」
「本当は君たちの前に姿を現すつもりはなかったんだけどね。けれど、これを見て見ぬ振りはできない。彼女は、私も目を付けていたからね」
「あん……?」
 訝しむような声を上げる。

 ——私も目を付けていたからね——

 確かに、メラリーはそう言った。
 その言葉の真意がつかめない。ハッタリで適当なことを言っている……風にも見えない。
 なにか怪しい。今更こうして再び現れたことといい、生きていながら今まで姿を見せなかったことといい。
 確実になにか企んでいる。
「……ごちゃごちゃ考えて動くのは性に合わねーし、てめーに恐れをなしたみてーで気に食わねーが、仕方ねぇ。ここは素直に身を退く——」
 少しずつ、放たれていた気迫が収まっていく。緊張した空気が徐々に緩和していく。
 と、思われたが、
「——わけねーだろうが!」
 緊張が張り裂けた。
 収めかけていた気迫が一気に飛び出し、同時に暁の首根っこを掴み取る。
「うぐ……っ」
「やめろ! その子を離せ!」
 メラリーも飛び出す。肉薄する寸前で、掴んでいた手を離し、暁は宙に放られる。地面に落とされる前に、メラリーが抱きとめた。
「大丈夫かい?」
「う、うん……」
 少し首が絞まったが、大したことはない。
 しかし、それ以上に大切なものが、失われていた。
「今だけだ。そいつは一旦諦めてやるよ」
 崖の上から声がする。見上げると、既にバイクに跨っていた。
 そしてその手には、二つのものが握られている。
「ただし、こいつらはもらっていくがな!」
「! 私のデッキ……それに、コルル!」
 力尽きたようにぐったりとしているコルル。それを無理やりデッキケースに押し込んでカードとして詰め込むと、乱雑に仕舞い込んだ。
「勘だが、お前とはまた合い見える時が来るだろうからな。駆け引きなんてガラじゃねーが、これは次のレースのために取っておいてやる」
「な、なに言ってんのさ! 返してよ!」
「返せと言われて返したら、【鳳】の名折れだ。返すわきゃねーだろうが」
 吐き捨てるように言うと、イグニッションキーを回し、アクセルを踏み込む。
「じゃーな。次会う時を楽しみにしてるぜ、人間。それと——メラリヴレイム」
「…………」
 最後にそう言い残して、赤いバイクは走り去ってしまう。
 暁のデッキと、彼女の相棒たる語り手を奪って。