二次創作小説(紙ほか)

123話「略奪」 ( No.374 )
日時: 2016/04/30 02:25
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: uB4no500)

「体、大丈夫かい?」
「うん、もうだいぶ動けるようになったよ。ありがとう」
 岩壁に背中を預け、暁は休んでいた。
 《レッドゾーン》によるダメージは決して小さくなかったが、それも回復し、立って歩けるほどになった。体はもう大丈夫だろう。
 しかし、心の方は、大丈夫とは言い難い。
「コルル……」
「略奪は侵略者の基本行動だけど、まさか語り手を攫っていくとはね。私にも予想外だった」
「私、どうしよう……みんなはいないし、デッキも、コルルまでいなくなっちゃうなんて……デッキがないから戦う力もないし、どうしたら……」
 急に、心細くなる。
 今までは仲間と一緒だったから、強気でいられた。遊戯部の仲間、烏ヶ森の仲間。人間の仲間がいない時でも、デッキの中にいるクリーチャーたちが、コルルらがいたから、今まで戦えたのだし、前に進むことができた。
 しかし今はどうだ。遊戯部や烏ヶ森の仲間はおらず、デッキはすべて、そしてコルルまでもが、奪われてしまった。
 仲間がいない。力もない。
 そこにいるのは、一人の非力な少女だ。
 たった一人ではなにもできない、無力な少女。
 それが、今の自分だった。
「……力、か。やはりそれが、この世界の真理なのかもしれないな」
「え?」
「いや、気にしないでくれ。ただの独り言だよ。それよりも、君——暁、といったかな」
 メラリーは暁の顔を覗き込む。
 そして、穏やかな声で言った。
「君に頼みがあるんだが、いいかな?」
「頼み? 私に? でも私、なにもできないよ……?」
「そんなことはないさ」
「そんなことあるよ。だって、デッキもなにもないし……」
「戦うためのクリーチャーがいないと言うのなら、私が助力しよう。その上で、君に頼みたいんだ」
 メラリーの意志は強かった。暁の言葉では、簡単には引かないことがありありと見て取れる。
「そこまで言うなら……なに?」
「私は今、死んだことになっている」
 急にそんなことを言われ、戸惑いを覚える。
 確かに、なんで生きているんだ、などと問われていた。それだけ、メラリーが今ここにいることは、“あり得ない”ことであったのだろう。
「君らと出会った時のことを覚えているかな? あの後すぐ、私たち【フィストブロウ】は、【鳳】と仲違いをしてしまってね。表向きでは、私が死に、【鳳】が【フィストブロウ】を殲滅するようになったんだ」
「えぇ!? 殲滅って、そんな……」
「だから今、私の仲間たちは、【鳳】の侵略者たちに狙われているだろう。私の仲間ならどうにか切り抜けられるとは思うが、私としては皆のことが気がかりなんだ」
 暁が仲間を思い、仲間がいないがゆえに心細くなるように、メラリーにとっても仲間は大切な存在だ。
 【フィストブロウ】はほとんど潰れかけており、今もなお、【鳳】の魔の手に追われている。それを黙って見ていることはできない。
 だから、
「私の仲間に力を貸してくれないだろうか? 君が失った力は、私の力を代わりにしてくれ」
 そう言ってメラリーは、暁の手を強く握る。いや、なにかを握らされた。
 メラリーの手が離れると、暁の手には一つのデッキが握られていた。
「これ……! いいの?」
「構わないよ。それと、人間の口に合うかは分からないが、これも」
 さらにメラリーは、背負っていた袋を地面に落とす。中を開けると、食料に水、毛布などが入っていた。
「こんなものまで……でも、メラリーは?」
「私は大丈夫だ。少なくとも、人間よりは頑丈で長生きできるようになっている」
 冗談めかして言うが、事実その通りだろう。
 袋の中には、まだ結構な量の食糧と水が入っている。大雑把な見積もりだが、少なくとも一週間は持ちそうだ。
 顔を上げると、メラリーがこちらを見つめている。真摯な面持ちで、懇願するような眼差しを向けていた。
「君に私の力を託す。だから君には、私の代わりに【フィストブロウ】の力になってほしい」
「……助けてもらったわけだし、お礼としてそのくらいのことはするけど、メラリーはどうするの?」
 侵略者に襲われていたところを助けられ、こうしてデッキと食糧に水まで貰ったのだ。暁とて義理人情を忘れた人間ではない。その恩返しはしたいと思う。
 しかし、仲間を助けるというのなら、それをわざわざ無関係な暁に頼む必要はない。メラリーの仲間なのだから、メラリーが助けに向かえばいいと考えるのが普通だ。
 それをしないということは、それができないような理由があるのだ。
 そう、たとえば、その間にしなければならないことがある、などといったことが。
 メラリーは暁に背を向けながら、独り言のように言う。
「私は……力を求めに行くよ」
「力?」
「あぁ。この世界を塗り替えられるほどの、力を探しに行く……皆のためにね」
「……メラリー」
 暁の目に映るメラリーの後姿は、どこか暗い影を宿していた。
 その姿は、正義に操られた彼女とだぶって見えた。しかし彼女と違い、手が届きそうなところに、メラリーはいない。
「じゃあ、頼んだよ。暁」
「あ、メラリー……っ」
 もう少し話を聞きたかったが、メラリーは流し目で暁を一瞥すると、跳躍して岩山を登っていく。その姿は、瞬く間に見えなくなってしまった。
「……行っちゃった」
 遂に暁は一人残される。
 メラリーが消え去った方向をしばらく見つめると、暁は手にしたデッキを握った。
「なんかよく分かんないけど、メラリーに貸してもらったこのデッキは、大切にしなきゃ」
 剥き身のままのデッキを、落ちないようにポケットに仕舞い込み、食料などが入った袋を担ぐ。
 心細さは解消されていない。仲間とは離れ離れ、いつものデッキもコルルも奪われ、メラリーさえもいなくなってしまった。
 行き先は不透明。どこに歩いて行けばいいのかすらも分からない。
 それでも進むしかないのだ。
 仲間と出会い、そして、取り戻すためにも。
「……行こう」
 たった一人で、暁は歩み出す——



「——まさか、あの野郎が生きてるとはな」
 法定速度など存在しない世界。思うがままの速度で赤い機体を駆りながら、吐き捨てるように呟く。
 本当に、まさかの出来事だ。木端微塵になったと思って死体は探さなかったし、とどめを刺したという確認も怠っていたが、それでもあそこまでピンピンしているとは思わなかった。あの様子では、命からがら助かった、というわけでもなさそうだ。
「どーにも臭いな……一応、知らせてやるか」
 速度を少し落とし、バンバンとフルフェイスのヘルメットを掌で叩く。
 このヘルメットには通信機が内蔵されていた。一部の仲間——【鳳】の幹部——と連絡を取るための、簡易的なものだ。簡易的と言っても、通信範囲は一文明の領土内ならば余裕で繋がるレベルのものだが。
 ヘルメットの中に内蔵されており、しかもフルフェイスなので、音が漏れることはないし、聞き取れないということもない。ヘルメットをフルフェイスにしている“本来の理由”ではないものの、その副次的な恩恵だった。
「おい、キキ、インペイ。応答しろ」
 自分の声がヘルメットの中で反響する。ザザザ、という軽いノイズ音が聞こえると、通信機から二人の声が聞こえてくる。
『はいはーい! どうしましたか?』
『なにか問題があったでありますか?』
 あまり速度を出しすぎると、通信に障害をきたすと開発部にしょっちゅう言われていたが、問題なく通じたようだ。自我をほんの少し抑えて、速度を落とした甲斐があった。
 聞こえてくる二人の声は鮮明だ。同時に聞こえてくるが、聞き慣れた声だ。この程度ならば簡単に聞き分けられるので問題ない。
 頭の中で、今から言うべきことを整理する。【鳳】の頭として、どのような指示を出すべきかを考える。
 考えるのは性に合わないが、それが自分の務めだ。一集団のトップに立ったからには、それは当然の義務だ。 
 出すべき指示をある程度まとめる。あとは勢いでなんとかなるだろうと思い、言い放った。
「メラリヴレイムが生きていた」
 沈黙が訪れた。たった一瞬だったが、その一瞬の間にも、周りの風景が一変するほどの時間だ。
『……それはそれは、驚きですね。これ【フィストブロウ】に流したら、情報料取れちゃいますよ?』
『あなたが我々に直接伝えたということは真実なのでしょうが、それ以上に、あなたが仕留めそこなったということが信じがたいでありますな……』
「んなこた自分でもわかってんだ。とにかく、メラリヴレイムは生きている。それが今の事実だ」
 今現在起っている、同盟破棄からの【フィストブロウ】狩りは、そもそもメラリヴレイムの死が切っ掛けだ。ゆえに、メラリヴレイムが生きているという事実は、多少なりとも【鳳】にとっては好ましくないもので、少なからず【フィストブロウ】に恩恵がある。
 しかしそれでも、【鳳】の進むべき道は同じだ。
「奴が生きていようがどうしようが、【鳳】の目的は変わんねぇ。【フィストブロウ】殲滅作戦は続行だ。だが、メラリヴレイムの動向には気を配れ。奴はなんか企んでいるようだからな。最優先で消すべきターゲットだ。奇天烈隊、獣軍隊の指揮はそれぞれお前らに任せる。他の部隊にも、お前らから伝えろ。以上だ」
 矢継ぎ早に指示を飛ばしていく。押し付けがましく言っていることは自分でも分かっているが、それを拒否する相手ではなかった。
『りょーかいしましたっ!』
『了解であります』
 快諾の返事が聞こえると、ぷつりと通信が切れた。
 ヘルメットの内側に向けていた意識を、外へと戻す。面白みのない岩山と、その先にある森が見えた。もう自然文明領。
 目の前に自然の領域はあるものの、行く先は特に決まっていない。とりあえず大陸を軽く一周するか、などと呟いて、進路を沿岸の方へと変える。
 ふと、仕舞い込んだデッキケースのことを思い出す。果てる寸前の語り手のことはどうするべきだろうか。今はまだ動けないようだが、やがて回復し、暴れられ、抵抗されると面倒だ。
「……開発部長んとこ寄るか。確か、ちょうど自然文明領の森に、簡易研究所を構えてるっつってたしな」
 すぐさまUターンし、沿岸に向かう予定だった進路をまた変える。進む先は、先ほど見えた自然文明領の森だ。沿岸に向かわなくても、そこから一周すればいい、などと軽く考える。
 考えることはすべて、略奪、侵略。
 種は蒔いた。その種が実になって、また自分の前に現れる時を待つ。
 勿論、ゆっくり待つつもりはない。その間にも、自分は走り続ける。
 自分の走りを、彼女が追えるようになった時。自分と同じサーキットに立てるようになった時。
 その時が、本当の侵略の時だ。
「……行くか」
 アクセルを強く踏む。落としていたスピードを一気に上げ、危険域レッドゾーンに到達するほどの速度で、この世界を駆け抜けていく。
 刹那の後には、そこには砂煙だけが舞い、誰もいなかった。