二次創作小説(紙ほか)

124話「復讐者」 ( No.375 )
日時: 2016/04/30 15:45
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: uB4no500)

 意識が戻る。しかし、瞼が閉じたままなので、視界は暗いままだ。
 瞼の向こう側が熱い。じりじりとした光が照りつけていることが分かる。
 眩しい光を視界に入れるのは億劫だったが、今はかつ目しなければならない時だと、重い瞼をゆっくりと持ち上げる。
「…………」
「恋! 目が覚めたんだね」
 声が聞こえるとともに、日差しを遮るように誰かが覗き込む。起き抜けの日差しほど憎いものはないので、ちょうどよかった。
 そんなことを思いつつ恋は目の前の顔を認識する。
「キュプリス……」
 ぼそりと呟く。特に意味はない。
 顔が近い彼女を押し退けて、恋は体を起こす。一度眠りにつくと、できればずっと寝ていたい性分だが、毛布もシーツもないこのゴツゴツした硬いベッドで寝続ける気にはなれなかった。
 手で自分がさっきまで寝ていた岩肌の寝台をさするろ、風化してこぼれ落ちた砂が手につく。
 そこで恋は自覚する。この場所は、自分の知らない場所であると。
「……ここは……?」
「火文明領、サンライズ・マウテンの北部ですよ」
 思わず口にしたら、思わないところから答えが返ってきた。
 キュプリスではない。彼女の向かい側、二人で恋を両側から挟むようにして、彼女はそこにいた。
 まず、まっすぐに下ろした長い白銀の髪が目を引く。修道服のような白いガウンには、所々に金糸の刺繍が施されており、また黄金の鎖が伸びていて、彼女が腰のあたりで吊している金色の懐中時計と繋がっていた。
「……誰?」
「ボクらを助けてくれた人だよ。人って言ってもクリーチャーだけど。恋を介抱してくれたんだよ」
「クルミスリィトといいます、ルミスと呼んでください」
 穏やかに微笑んで、クルミスリィト——ルミスは名乗った。
 ルミスは聖女のような微笑みを絶やさず、回想するように続ける。
「それにしても驚きましたよ。歩いていたら、いきなり目の前に倒れた人が現れるんですもの」
「いきなり……あらわれる……?」
「リュンさんの転送が失敗して、転送先が狂ったんだろうね。その時の衝撃で、気を失ったんじゃないのかな?」
「あぁ……」
 思い出した。
 そうだ。転送の際、いつもなら一瞬でこちらの世界に来るはずが、なにか猛烈な衝撃を感じたのだ。その後のことは覚えていないが、気を失っていたということは、そういうことなのだろう。
「……あきらは……?」
「コルル君たちの姿も見えないし、気配も感じない。誤転送先はバラバラになっちゃったんだと思うよ」
「ん……むぅ……」
 唸る恋。
 どういう理屈で、転送先がデタラメになったり、皆がバラバラになったのかは分からないが、恋にとって重要なのは理屈ではなく結果だった。
 仲間とバラバラになってしまったということは、一緒に転送された一騎とはぐれたというだけではなく、こちらの世界で合流する予定だった暁たちとも会えなくなったということだ。
「……せっかく、会えると思ったのに……リュン、使えない……無能すぎる……」
「今回はかなり緊急事態だったっぽいけど、その辺はあとで問い詰めてもいいかもね」
 それよりも、とキュプリスはルミスの方を向く。そして、ペコリと頭を垂れた。
「なにはともあれ、ありがとうございます。あなたのおかげで助かりましたよ。ほら、恋もお礼言わなきゃ」
「つきにぃみたいなことを……」
 キュプリスに促されたせいか、やや得心いかぬ様子ではあったものの、恋も軽く頭を下げる。下げると言っても、少し前に倒した程度だったが。
 そんな恋の態度を気にする風もなく、ルミスは軽く笑ってみせた。
「いいえ、私も流石に見て見ぬ振りはできなかったので……ただ」
 ふっ、とルミスの目が鋭く細くなる。
 その視線は、恋の後方に注がれていた。

「——追いつかれてしまったようです」

 ぼそりと呟いた直後だ。
「復讐する……」
 ゆらりと黒い影が現れる。
 太陽の光すらも飲み込んでしまうほどに黒い。体も、ゆらゆらとなびくように揺れており、どこか不安定な様相だった。
 姿形がはっきりしないそれは、辛うじて人型らしいことが見て取れる。顔に当たる部分だけは白く、兜のような仮面を付けていた。その仮面の頬にあたる部分には、鳥のようなシンボルが、焼印のように刻まれている。
「……なに、こいつ……クリーチャー……?」
「そうみたいだね」
 キュプリスが返す。見るからに人間らしい雰囲気がない。そもそもこの世界にいる人間など、ごくごく限られているのだが。
 しかし普通のクリーチャーとはどこか違う。なにが、とは言えないが、強いて言うならば空気だ。
 影から発される空気感が、今まで感じたものとはどこか違うのだ。クリーチャーのようでありながら、別物のようでもあるような、そんな違和感。
 ルミスがそっと口添えをする。
「彼らは復讐者。復讐王に仕える、彼の手駒です」
「ふくしゅうしゃ……?」
「言ってしまえば、復讐王のために、復讐することばかりを考えている連中ですよ」
 復讐。
 やられたことをやり返すこと。因果応報とも言う。
 報いは当然のリスクという考え方もあるが、恋の世界のモラルにおいては、あまり美徳とは言えない概念だ。
 むしろ、凄惨さを広げる、血生臭い行為として扱われることが多い。
「私は連中に追われているんです。特になにかをしたつもりはないのですが、なにかにつけて復讐復讐と言って襲ってくるので、もうストーカーですね」
「きもちわるい……」
「まあもっとも、私が【フィストブロウ】で、相手が【鳳】である以上、戦いは避けられないことなんですけども」
「【フィストブロウ】……【鳳】……」
 聞いたことのある名前だった。
 忘れもしない、超高速の侵略を、あの時の屈辱と共に思い出す。
 そう恋が回想していると、ルミスが前に出た。
「あなたを巻き込むわけにはいきませんので、恋さんとキュプリスさんは下がっててください。絶対に手を出してはいけませんよ」
 ルミスは恋とキュプリスを、岩陰まで逃がした。
 スッとルミスの手元が光る。彼女の指の間に、なにかが挟まっていた。
 針だ。それも少々特殊な形状をしている、金色の時計針。
「……復讐する……!」
 おぞましい声を上げ、復讐者が迫る。手には、鉈のような巨大な剣が握られていた。
 ルミスは挟み込んだ針を、射出するように投げる。しかしこれを復讐者は、体を揺らすように避け、大剣を薙ぎ払う。
 後ろに下がって距離を開き、大剣の一撃を回避。しかし復讐者は、薙ぎ払う勢いを回転に変え、その運動のまま振りかぶる。
「復讐……!」
「相変わらず、しつこさばっかりなんですから!」
 唐竹割りのような斬撃を横に飛んで躱すルミス。
 復讐者は突く、薙ぐ、斬るの連続攻撃でルミスに襲い掛かるも、ルミスはガウンを翻してその攻撃を避け続ける。
 しかしルミスも避けてばかりではいられない。隙を見て針を飛ばすが、ゆらゆらとした不気味な動きで、復讐者はルミスの攻撃をすべて透かしてしまう。
 その動きのまま、復讐者は踏み出した。
「……っ」
「復讐、する……!」
 陽炎が揺らめくような動きで肉薄する復讐者。彼の刃が、ルミスの身に届かんとする、その時だ。
 ぐっ、と。
 復讐者の動きが一瞬鈍る。見れば、彼の手は鎖が巻き付かれていた。
 その鎖は奥の岩陰へと伸びており、そこから二つの顔が覗いている。
「危ない危ない、危機一髪だった」
「キュプリス……ぐっじょぶ」
 復讐者の刃がルミスを切り裂く直前に、キュプリスの伸ばした鎖が復讐者の攻撃を止めていた。
 間一髪でキュプリスに助けられたルミスだが、彼女は安心するどころか、焦ったような表情を見せている。
「っ、ダメですってば……! 下手に復讐者に手を出したら——」
「——復讐する……!」
「え」
 ガバッ、と復讐者は大きく踏み込んだ。地面を蹴り飛ばすように、瞬発的に、飛びこむように恋とキュプリスへ突撃する。
 長大な刃を、彼女たちに向けて。
「……!」
 復讐者。それは、復讐隊に属する、復讐王の眷属。
 他の部隊と比べてかなり特殊な立場にある彼らだが、【鳳】の侵略者が持つ“成し遂げたい欲望”は持っていた。
 それは、復讐すること。
 なにかをされたら、なにかを返す。どんなに些細なことでも、報復を行う。二倍三倍、十倍二十倍、その規模はどんどん膨れ上がり、すべてを奪い尽くすまで復讐の連鎖は止まることがない。そしてその発端は、あらゆる事象から起こりうる。
 零を何倍にしても零にしかならないが。
 一でもあれば、彼らはそれを何倍にも増幅させて復讐する。
 どんな相手に対しても。どんな時であっても。
 復讐の最中でさえ、彼らの復讐は増幅し、連鎖するのだ。
 そう、たとえば。
 【フィストブロウ】のサブリーダーとの交戦中に、邪魔してきた人間と語り手が出て来れば、新たな二人は立派な復讐対象と成り得る。
 復讐対象に刃を向けない道理はない。一瞬でカタのつく相手であれば、先に簡単な方から復讐を終わらせる。ただそれだけのことだ。
 そうして復讐者は大剣を振るう。
「いけない……っ!」
 復讐者の刃が、恋とキュプリスへと迫る。
 ルミスは思い切って飛び、復讐者を止めようとするも、距離が足りない。ワンテンポ出遅れているので、復讐者には追いつかない。
 ——緊急事態ですし、かくなるうえは——
「恋!」
「……っ」
 咄嗟に目を瞑り、腕で身を守るように身を縮める恋。さらにその前にはキュプリスが盾になるかのように立つが、意味があるとは思えない。
 キュプリスも防御態勢を取れていない。復讐者の大剣は、キュプリスの鎖も身も簡単に断ち切るだろう。当然、恋の肉体など、紙切れと同じように斬ってしまうかもしれない。
 だからいくら身を硬くしても意味はない。このまま真っ二つに両断されてしまう。
 だが、しかし。
「……?」
 ふっ、と。
 恋は恐る恐る目を開く。なにかが起こった様子がない。
 視界にも、なにもなかった。広がっているのは岩山の岩肌のみだ。
 復讐者も、ルミスもいない。
「……どういう……」
「恋、神話空間だ」
「神話空間……?」
「ルミスさんが、神話空間を開いたんだ」
 見れば確かに、目の前の空間が少しばかり歪んでいる。
 自分が復讐者にやられそうになった直前、彼女は復讐者を神話空間に引きずり込んで、自分を助けてくれたのだろう。
「……ルミス」
 恋はぽつりと、彼女の名前を呼んだ。
 その声は、目の前の空間に届く前に、儚く消えた。