二次創作小説(紙ほか)

125話「time reverse」 ( No.381 )
日時: 2016/05/04 03:22
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: uB4no500)

「まったく……本当、鼻がいいんですから」
「……? ルミス……?」
「恋さん、こちらへ。キュプリスさんもその姿でない方がいいかと」
「え? ボクも?」
「はい」
 ルミスに抱き寄せられる恋。キュプリスも言われたとおり、カードとなって恋のデッキに入る。
 一体何事かと疑問符を浮かべる恋だったが、ふと、異変に気付いた。
「あれ……いない……?」
 そこにいるはずのものが。
 復讐者の姿が、見当たらない。まるで煙のように消えてしまった。
 いや、違う。
 確かに復讐者は消えたのかもしれない。
 だが、消えたままではなかった。

「復讐……」
「……復讐する」
「……復讐の時だ……」
「……復讐を……復讐を……」
「復讐……侵略……復讐……侵略……」

 ゆらゆらと、揺らめく黒い影が現れた。
 それも、一つではない。
 二つ、三つ、四つ、五つ——もっといる。少なくとも十はいた。
 黒い人型の影。どれもすべて同じ姿形をしているが、顔を覆う仮面のようなものだけが、少しずつ違っていた。
 黒い斑点のついた白いマスク、淀むように黒ずんだガスマスク、のっぺりとした能面のようなマスク——いずれも嫌悪感を感じさせる不気味なマスクだった。
 そしてそれらの姿は、先ほど襲い掛かってきた、復讐者そのものだ。
「……なんか増えた」
「あれらすべて、復讐者です」
「あれも……? さっき倒したんじゃなくて……?」
「復讐隊は【鳳】の組織の中でも極めて特殊なんです。個体差はあるみたいですが、すべて復讐王の僕であり、影。一人を倒せば十人や二十人がこぞって復讐しにやって来ます。復讐者と一人でも戦うことになれば、バックに千人はいると思え、とザキさんには言ってましたね」
「……Gみたい」
「似たようなものです」
 ルミスはより強く恋を抱く。並んだ復讐者たちの動きを見逃さず、いつでも動けるように。
 一体だけなら倒すこともやぶさかではなかったが、これだけの数だ。いくらなんでも多勢に無勢である。
 となれば、取るべき選択は一つだ。
「……しっかり、掴まっててくださいね」
 バサァッ! と。
 彼女の背中から、純白の翼が大きく広げられた。
 そして直後。彼女は恋を抱きしめたまま、大空へと飛び立つ。
「っ……」
「逃げますよ!」
 敵の数が多いなら、逃げる方が得策だ。ルミスはそう判断し、空へと逃走を始める。
 しかし、それを見逃してくれる復讐者たちでもない。
「逃がさない……!」
「復讐する……!」
 復讐者たちも、ルミスの後を追い、飛び立つ。
「あいつら、追ってきた……」
「それはそうでしょうね! 連中の思考回路から考えれば当然です!」
 ルミスは広い大空を、高速で飛行する。
 遮蔽物どころか、雲一つない晴天の空。
 単純に逃げ回っているだけでは、数の多い向こうが有利だ。
「落ちよ……!」
 復讐者の声が聞こえた。
 直後、後方から黒いエネルギーの塊がレーザーのように飛んでくる。
「なんか飛んできた……!」
「危ないですね、当たったらどうするつもりなんでしょう」
「当てるつもりなんだと思う……弾幕ゲーは苦手……逃げる側は、ちょっと……」
「復讐……!」
 いつの間にか肉薄していた復讐者の一体が、ダガーナイフのようなものを握り、その刃をこちらに向けていた。
「おっと、危ない!」
「う……」
「復讐せよ……!」
「今度はこちらですか……!」
「うぐ……」
「復讐だ……!」
「よっと……ヒヤヒヤさせますね!」
「う、う……」
 迫り来る復讐者の攻撃を空中で躱し、そのたびに大きく体を揺らすルミス。
 ルミスに抱えられた恋は、彼女の胸の中で嗚咽を漏らしている。
「ルミス………は、激しい……」
「あ、すみません」
「……吐きそう」
 あっちこっち飛びまわっていたので、恋が酔ってしまったようだ。
 苦しそうに呼吸する恋を見て、ルミスはやや焦り気味に言う。
「が、我慢してください! もう少しなので——って、おっとっと!」
「同胞の復讐だ……!」
 鋸の一振りを躱して、ルミスは一度大きく距離を取る。
 距離を取っても光線のようなもので狙撃されるのだが、不気味な復讐者たちに近づかれるよりは遥かにマシだ。
「……?」
 ルミスは気づく。
 追ってくる復讐者たちの数が少ない。それに、速度も遅い。
 不審に思って宙で止まった、その時だ。
「……復讐だ」
「……復讐せよ」
「……復讐と侵略を」
「……復讐を【フィストブロウ】に」
 いたるところから、重く暗い声が響く。
 見れば、後方だけではなく、前方、左右にも、復讐者の姿があった。
「……囲まれた……ルミス……っ」
「…………」
 ぐるりと見回すルミス。
 後ろに三体、右に三体、左に二体、前に四体。合わせて十二体。
 ルミスは四方をすべて、復讐者に囲まれてしまったのだ。
「終わりだクルミスリィト……復讐の時だ……!」
 十二体の復讐者たちが、それぞれ得物を構える。
 鋭い短剣や、巨大な斧、分厚い鉈、先端の黒ずんだ槍など、持っている武器は様々だが、どれも殺傷能力だけは保障されている代物だ。
 ここまで包囲されてしまえば、さしものルミスでも逃げ切れない。
 少なくとも、復讐者たちは、そう思っていた。
「……うふふ」
 顔を伏せていたルミスは、小さく笑いを零す。
「復讐者の方々にも、やはり知性や理性はあるんですね」
 安心しました、とルミスは続ける。
 まるでこの包囲網も、分かっていたと言わんばかりに。
「計画通り誘導して、私を取り囲んだと思いました?」
 顔を上げ、ルミスは片手を上げる。
 指を絡ませて、力を込める。
 そして、

「残念! 包囲されているのは——あなたたちですよ!」

 パチンッ、と指を鳴らした。
 刹那。
 十二体の復讐者たちを、なにかが貫く。
「さようなら、名も無き侵略者さんたち……」
 なにか光るものが、それぞれの復讐者たちから飛び出していったのが見えた。
 そして復讐者たちは皆、ボロボロと崩れ落ちるように、大空から地上へと落ちていく。
「……なんなの、今の……?」
「彼らが私を誘導して取り囲む気満々だったようなので、ちょっとした罠を仕掛けたまでですよ」
 そう言ってルミスは、一本の細長い物を取り出した。
 それは、金色に光る時計針だ。
「彼らが私を誘導する位置をある程度予測して、その周辺にこれを撒いておきました。この針の質量くらいなら、何十本かは物質時間を空間ごと固定できるので、あとは彼らが私を取り囲んだと思って油断した隙に合図して、一網打尽です」
 理屈や原理は分からないが、ともかく復讐者たちを撃退することができたようだ。
 恋は地上に落ちて姿が見えなくなった復讐者たちを見つめるように、ルミスに問うた。
「……死んだの……?」
「彼らを普通のクリーチャーと仮定するなら、そういうことになりますね。しかし復讐者は復讐王の眷属。死んだ、という表現は些か不適切な気がしますね」
 この世にちゃんとした生を受けた存在なのか。【フィストブロウ】に属するルミスにはそれは分からない。だからあくまで推測でしかなかった。
 それに、相手は自分たちの敵だ。徹底的なまでに敵対している相手。互いに殺し合っている——強弱関係はこの上なくはっきりしているが——とでも言うような関係だ。温情も、容赦も、かけるべきではないのかもしれない。
 それでも胸の内から湧き上がってくる感情を押し殺すように、ルミスは声のトーンを少しだけ低くして、白い翼を羽ばたかせる。
「……それよりも、早くここから離れましょう。急がないと、また復讐隊にストーキングされてしまいます」
 復讐者の性質もあるが、このまま飛び続けていれば、顔が完全に割れているルミスは【鳳】にとっていい的になってしまう。なのでルミスは、適当な場所を見繕う。
 逃げることと復讐者を罠に嵌めることに集中していたため、それ以外についてはなにも考えていなかった。どうやらここはまだ火文明領のようだが、遠くの方には小さく森が見える。自然文明の領域だ。
 ルミスは自然にできた道らしきところまで飛び、降り立った。
 翼を収め、抱いていた恋も一緒に降ろす。
「ここまで来れば、大丈夫ですかね……」
「……吐いてきていい……?」
「主犯が私なので引き留めにくいのですが、女の子なんですし、もうちょっと恥じらいを持ちましょうよ」
 しかし本当に気分が悪そうだったので、ご自由にどうぞ、とルミスは言っておいた。その後のことは知らない。
 流石のルミスも、復讐者との戦闘、その後の対戦に加え、復讐隊に追われて空中を飛びまわりドッグファイトらしきことまでしたので、疲れた。恋も気分を悪そうにしているので、お互い岩壁に背中をつけて、少し休む。
 そんな時だ、いつの間にかクリーチャーの姿に戻っていたキュプリスが声を上げたのは。
「恋、なにか来るよ」
「……なにが……?」
 敵だったらまずい、まさか復讐隊がもうこの場所を嗅ぎつけたのか、などと焦りを募らせるルミス。しかしキュプリスは、どこか落ち着いていた。
 まるで、それが危険なものではないと、本能的に知っているかのように。
「ボクは感度がよくないからあんまり分からないけど……この感じは、クリーチャー……が、二体かな。それも、一つはボクと同質の。だから——」
 キュプリスが言い切る前に、なにかが聞こえてくる。
 緩やかなエンジン音。【鳳】の音速隊のような、荒々しく激しいそれではない。恋も登校中に毎日聞いている、普通の軽自動車に近い音だ。
 それが、だんだんとこちらに近づいて、やがてその姿もはっきりした。
 車だ。それもオープンカー。青黒いカラーリングで、意外と車体は大きい。
 この世界に車、それもオープンカーが普通に走っているということにシュールさを覚えずにはいられない恋だったが、車の様子から、なにかしら感じるものがあった。
 その車は普通に走行していない。このでこぼこした山道で、徐行している。明らかに走りにくそうにもかかわらずだ。
 そしてこちらが向こうを視認しているように、向こうもこちらの存在には気付いていると考えられる。それでいて徐行しているということは、道の端で座り込んでいる恋やルミスのことを考慮しているということ。
 敵ならばそのまま撥ね飛ばしそうなものだが、少なくともそうではない。むしろ——
 二人の前で、車が止まった。
「——レーダーを見てたら【フィストブロウ】らしき反応に、他のクリーチャーの反応、あとはよく分からない生体反応もあって、一体なんなのかと少しばかり混乱したけれど」
 オープンカーのドアに腕を置き、運転手は身を乗り出す。
「君だったか、ルミス」
「ミリンさん……っ!?」
 吃驚の中に安堵を含ませるルミス。この人物が、彼女の仲間なのか。
 一方、恋は別の者と視線を合わせていた。
 運転手の隣、助手席に座る人物。背が高く、眼鏡の奥からでも鋭い眼差しが光る少年。さらにその隣には、クリーチャーらしき少女。
 見覚えがある、どころではない。ある意味、恋の探していた相手だ。
 しかし同時に、恋にとっては探していない相手でもある。
 恋は、ボソッと彼を呼ぶ。

「……メガネ」
「お前か……」

 相手の少年——霧島浬も、悩ましげに頭を押さえた。