二次創作小説(紙ほか)
- 126話「賭け」 ( No.382 )
- 日時: 2016/05/04 08:59
- 名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: uB4no500)
暁がメラリヴレイムに、恋がクルミスリィトに出会う頃。
同時刻、浬もクリーチャー世界のどこかに飛ばされ、気を失っていた。
飛ばされてからどれくらい時間が経ったのか、浬は全身で感じる猛烈な熱さで目が覚めた。
「う……熱……っ」
「あ、ご主人様! 目が覚めましたか、よかった……」
「エリアス……」
体を起こし、彼女——エリアスの姿を見る。が、視界がぼやけてよく見えない。
近くに手を這わせると、彼女がなにかを差し出してきた。それがなんなのかはすぐにピンと来たので、受け取って装着する。
視界が明瞭になった。
同時に、今自分がどこにいるのかを、理解する。
「ここは……砂漠……?」
「えぇ。詳細な座標は分かりませんが、地質の状態からして、恐らく火文明領のどこかだと思われます」
どうりで熱いと思った。燦々と照りつける太陽の下、熱された砂の上で寝ていたのだ。熱中症にかかる危険性が非常に高く、一歩間違えれば死んでいたかもしれない。
そのせいなのか、視界ははっきりしているが、頭が上手く働かない。自分のいる場所は分かっても、自分の置かれている状況の整理ができない。
「……俺は、一体……」
「えっと……ご主人様、頭は大丈夫ですか?」
心配そうに、上目遣いで見上げるエリアス。
浬は拳を握り、それを彼女の頭に振り下ろした。
「痛ぁっ!? な、なんでですか!?」
「罵倒されたからムカついただけだ」
「違いますよぅ、頭を打って、記憶が飛んじゃってるんじゃないかと思っただけですぅ……うぅ、なにも殴らなくたって……」
「…………」
言われて、思い返す。
遊戯部で部室に集まり、恋だけでなく、珍しく一騎も一緒になって超獣世界へと向かう手はずとなっていた。二人との合流はこちらの世界でということになり、リュンによってこちらの世界に転送され、そして——
「……どうなったんだ?」
「恐らく、リュンさんの転送が失敗したのだと思われます。しかし、あの感じは妙でした。まるで、外から衝撃を受けたみたいに、散りましたね」
転送が失敗。そんなこともあるのか、と浬は呟く。
思えば、どんなカラクリなのかも分からず、ワープで星間移動をしているのだ。なにかのミスで大事になりかねないなと、今更ながら思う。
しかしそれはそれだ。失敗のリスクや可能性が極めて低いからこの方法を取っていたのだろうと、一応考えておく。
今考えるべきは、転送に失敗したこと。そして、その結果だ。
周りを見渡す。他に人はいない。
エリアスに尋ねる。他には誰も見ていないと言う。
「つまり、原因は不明だが、リュンの転送は失敗して、俺たちはバラバラになったってことか」
「はい、恐らくは……」
ようやく頭が回りだした。
しかし頭が回転したところで、現状では分からないことも少なくない。とりあえず、どうやって他の仲間を見つけるかを考えなくてはならない。
いやその前に水と食料だ。特に水。熱さ及び暑さにやられて、身体中の水分がかなり飛ばされてしまっている。喉も渇きに渇いており、実は声を出すことすら苦しい。早く水分をとらなければ、本当に脱水症状を起こして倒れかねなかった。
とそこで、実は自分は今、相当危険な状況、命の危機に瀕しているのではないかとということを自覚してしまい、ゾッと恐怖心が襲い掛かる。
「……! ご主人様、クリーチャーらしき気配がします。なにかが来ますよ!」
その恐怖心をさらに刺激するように、エリアスが叫ぶ。
砂煙が舞い上がり、前方になにがあるかなどは見えない。
しかしやがて、うっすらと影が差す。一つではない。複数だ。巨大な波のように、なにかの集団がこちらに向かって歩いてくる。
なにか危険なものを感じたが、脱水症状を起こす寸前で、疲労困憊の浬は、なかなか立てないでいる。
そうしているうちに、その集団の姿が、明瞭になっていく。
「おやおや? こんなところで人を見つけるだなんて、なんて偶然なのでしょうか」
舌足らずなようでいて流暢さを感じさせる、矛盾した喋り。妙に耳に残る甲高い声。
少女だった。小柄で華奢な、子供らしい矮躯。しかしその意匠は、燕尾服にシルクハット、白手袋を嵌めた手には黒いステッキを持っている。また、足元には大きめの黒いトランクケースがあった。
その手品師のような格好とそぐわない幼さが、彼女の奇妙さを引き立てていた。
「あ、でもわたしは人探しをしてるんでした。あなたは、【フィストブロウ】の方……では、なさそうですね」
「……誰だ」
小さく、そして短く浬が問うと、少女は大仰な身振り手振りで、わざとらしく慌てる素振りを見せる。
「おぉっと、これは申し遅れました」
そしてシルクハットを脱ぎ、その下の青いショートヘアを露わにしながら、ペコリとお辞儀をする。
「わたし、奇々姫と申します。まだまだ若輩者ですが、こう見えて、【鳳】の奇天烈隊長なんですよ?」
「キキヒメ……? キテレツ……?」
「大百科ですか?」
「なんでお前がそんなもの知ってるんだ」
というツッコミはさておき。
奇天烈隊というものはよく分からないが、【鳳】という名前は、聞き逃せなかった。
「【鳳】、ということは、いつかのバイク野郎と同じ組織の者だな」
「おっと? わたしたちのリーダーと面識がおありで? ははぁ、これは驚きです。しかし、仮にもわたしたちのお頭に向かって野郎とはずいぶんな言いぐさ。いえいえ、あの人の性格からすれば、しかたないですか」
いちいち言動に身振り手振りが加わり、演技っぽいというか、胡散臭い。
どことなく芝居がかった口調に、およそ少女らしくない慇懃無礼な態度。笑顔を振りまいてはいるものの、気は抜けない。
「それはともかく! お兄さん、なかなかの美男子でいらっしゃる」
「は?」
奇々姫は、突拍子もなくそんなことを言う。
さしもの浬も、面食らって呆けていた。
「お召し物もさぞご立派なことでしょう。どこかの資産家の息子さんですかねぇ」
「いや……この服の価値なんぞ知らんが、普通の家庭の出だ」
自分たち人間の価値観と、クリーチャーの価値観の違いは分からないが、特におかしな家庭環境で育ってはいない。変わっていると言えば、居候を一人抱えているくらいだ。
「おや、そうですか。それは残念。しかし、決めたことはくつがえしませんよ! お兄さん、ちょっくらわたしと賭けをしませんか?」
「賭けだと?」
ここで浬に疑念が戻る。一度は抜けかけた気を引き締め直す。そして、考える。
賭け、つまりはギャンブル。それをしないかと、奇々姫は言った。
一体それはどういう意味なのか。
浬が自分の中で答えを出す前に、奇々姫は続ける。
「わたし、先ほども言ったように、奇天烈隊という一部隊を率いる者でして」
言いながら奇々姫は、ステッキをくるくる回して、カンッ、とトランクを叩く。
すると、
「このように、頼りになる部下の方々がたくさんいるんですよ」
彼女の背後から、ぞろぞろと人型のクリーチャーが存在を主張し始める。
いずれも燕尾服やスーツ、黒いベストなどを着ており、トランプ、サイコロ、コイン、ダーツなどを持っていたり、身に付けたりしている。その数は数えきれないが、二十人以上はいるだろう。
まるでカジノの従業員か、ディーラーのようだと、浬は思った。カジノに行ったことはないので、想像だが。
これらのクリーチャーすべてが、奇々姫の部下。つまり、彼女の命令一つで動く駒だ。
「わたしとしては、このかけがえのない出会いを祝して1ゲームだけでもしたいところなのですが、あなたが断るのならば、【鳳】の一隊長としての指示を出さなければならないのですよ」
「…………」
要するに、断れば多数の部下に襲わせるという意味だろう。ほとんど脅しだ。多勢に無勢で、しかも肉体的にかなり困憊している浬としては、それは避けたい。
なのでとりあえず、浬は黙って彼女の話を聞くことにした。
「拒否しないということは、ゲーム参加でオッケーということですね? ではそういうことでお話を進めまして、賭けの内容です。まずは大枠ですよ。わたしとあなたで戦って、あなたが勝てば、この場は見逃しましょう。しかしわたしが勝てば、あなたの持ち物すべてをいただきます。あ、もちろん身ぐるみも全部ですよ。体の方はけっこうですので」
「え、身ぐるみもですか!? そ、それってご主人様を剥くってことですか!?」
「そういうことですね!」
「そ、そそそ、そんなことが認められるわけが! 私だってまだ一度もご主人様の裸体なんて拝見したことないんですよ!」
「落ち着けエリアス。今考えるべきはそこじゃないだろ」
いつもならなにかしら手が出ているところだが、憔悴している今はそれすらも億劫だ。
それよりも考えるべきは、賭けの内容。
それは、浬にとっては良いことが一つもないのだ。
負ければ身ぐるみを剥がされ、勝てばここでの出会いがなかったことになるだけだ。リスクに対してリターンがない。
奇々姫は部下を使って浬を脅してまで、この賭けを持ちかけている。
それは、つまり——
しばし考え込んでいると、奇々姫が首を傾げて浬に尋ねる。
「んん? どーしました?」
「賭けの内容に不満がある」
浬は図々しく言い放った。
保身を考えれば、こんなことは言うべきではないのかもしれない。しかし相手は、わざわざ必要もない賭けを提案している。浬一人の身ぐるみを剥ぎたいなら、賭けなどせず、背後に控える部下を使えばいい。なのにそうしないということは、恐らく彼女の思考は道楽的なものに傾いている。
打算的にやっていることではないならば、損得勘定や純粋な利益を相手は求めていないということになる。それならば、こちらの要求も多少は通るのではないかと、少しだけ希望を持ってみる。
そんな希望に縋る動機は、酷く単純なものだが。
「俺が勝ったら、お前らの持ち物をいただくというのはどうだ?」
「ん、んんん? わたしたちのですか?」
「あぁ」
「と言いましても、大したものは持っていませんよ? トランクの中には遊び道具が入ってるだけですし、他の皆さんも似たり寄ったりかと。あとは精々、わたしのおやつと飲み物くらいで」
ビンゴだ、と浬は胸中で微笑む。
なぜ遊び道具やおやつが入っているのかはさておき、水と食料を持っているのならば、浬にとって、この勝負にも価値が出て来た。
「勝った方が負けた方の持ち物をすべて貰い受ける。内容的には対等だと思うが?」
「まあ、そーですねー。じゃあこうしましょうか。わたしが勝ったら、あなたの持ち物をすべてもらう。これに変わりはありません。ただし私が負けた場合、わたしの持ち物に加え、今いる奇天烈隊の物資をすべてあなたに差し上げたうえで、あなたを見逃してあげましょう」
リターンが一気に増えた。浬が今最も欲しているもの、水と食料が手に入ったうえに、このクリーチャーの大群から逃れることができる。
勿論、約束を反故にされる可能性はあるが、それを考え出すと賭けは成立しないし、最初から反故にするつもりなら、そもそもこんな賭けを持ちかけたりはしない。
しかし、奇々姫が再提示した賭けの内容には、また違うベクトルで不可解な点があった。
「いいのか? 勝った時のリターンが、俺の方が大きいぞ?」
最初は明らかに浬のリターンが小さかったので、苦言を呈したが、今度は浬のリターンの方が大きくなった。
どちらも所有物を賭けたことになるが、浬が自分一人分の賭け金に対し、奇々姫は部隊一つ分の賭け金だ。しかもこの場を見逃すおまけつき。リターンは明らかに浬の方が大きい。
浬としてはありがたい話だが、それで相手に有利な条件を突きつけられたりするのも困るので、できるだけ勝算があるような形にするべく、そこを突っつくが、
「構いませんよー? ハイリスクハイリターン、自分に不利なギャンブルの方が、ゾクゾクして楽しいじゃないですか。それに——」
ニヤリと、奇々姫は勝気に微笑む。
そして、はっきりと言い放った。
「——わたしは負けるギャンブルはしない主義なので」
一瞬の静寂。浬も、返す言葉が出ない。
どころか、彼女の気迫に、気圧されかけていた。
(なんだ、こいつの自信は……)
不可解だ。一体その自信はどこから来るのか。なんの根拠があって、そんなに勝気になれるのか。
不思議で、不可解で、理解できず、疑念を募らせるばかりだ。
表情が硬く、そして暗くなっていく浬に対して、奇々姫は弾けるような明るさで続ける。
「とーぜんっ、勝負の内容は公平です。あ、そうですね。では、その勝負の方法はどういたしましょうか? 賭けの仕掛け人であるわたしの不正を疑うでしょうし、あなたにゲームを決めていただきますね。ルーレットですか? 丁半ですか? それとも麻雀? カードゲーム?」
「なんだそのラインナップは……とりあえず麻雀はいらん」
ふと、とある彼女の顔が浮かんだりしたが、すぐに頭の中から追い払う。
そして彼女が提示した中から、自分にとって一番やりやすく、それでいて有利を取れるだろうゲームを、選択する。
「……カードだ」
「カードですね。では王道にポーカーでも——」
「いいや」
奇々姫の言葉を遮る。
そして、腰から一つの箱を取り、掲げた。
「こっちだ」
「……? ……あぁ!」
奇々姫は、最初はその意味が分からなかったようだが、すぐに理解したようで、頷きながら手を叩く。
「はいはい、そちらですね。なるほどなるほどー、あまり経験はありませんが、戦略的かつ知的で天運にも頼るいいチョイスじゃないですか。その提案、乗りました!」
意外と乗り気だった。相手はクリーチャーなので、こういう形式での対戦は突っ撥ねるかもしれないと思ったが、やる気のようで助かった。
いつもなら無理やり空間に引きずり込むところだが、今回は一人を倒してもその背後に多数の敵が待っているので、下手に手出しができない。相手の顔色を窺い、気分を良くして、調子の乗らせ、自分の有利なところに誘導するしかない。
「勝負の内容が決まったことですし、このゲームに相応しい舞台を、用意するとしましょうか」
そう言って、彼女の周囲、そして自分を取り囲む一帯の空間が、変質するような感覚。
徐々に自分と相手の姿が飲まれていく。完全に舞台が整う間際、彼女は楽しそうに笑う。
そして、宣言した。
「それでは、侵略開始です——!」