二次創作小説(紙ほか)

126話「賭け」 ( No.385 )
日時: 2016/05/07 13:11
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: uB4no500)

 非常にまずいことになった。
 浬のシールドは残り一枚。場のクリーチャーも一掃されてしまった。
 奇々姫の場には《マイパッド》と《ディーラー》が残っており、残りのシールドも危うい。このままではやられるのは時間の問題だ。
 なんとかしてこの場を切り抜け、逆転の一手を打たなくてはならない。
(この状況を打開するには、大きな一撃が必要だな……なんとかドラゴンを残して《キリコ3》を叩き込むか、《エリクシール》で大型を呼ぶ。こちらに有利を作るには、それしかない……!)
 絶え間ないビートダウン、そこに侵略による攻撃性能の強化が加わることで、強烈な猛撃となって浬に襲い掛かる。
 そのため、浬はかなり防戦となっていた。攻撃を凌ぐだけで精一杯で、まともに攻撃の準備を整えることができず、序盤の不幸も重なって流れを完全に持っていかれた。
 ここで流れを引き寄せるには、大量のアドバンテージを稼ぐようなパワーカードで優位性をもぎ取るしかない。浬が有するカードの中で、それができるカードと言えば、《キリコ3》だ。このクリーチャーの召喚を目指すことが、勝利への道筋となるだろう。
「俺のターン。《コスモ》と《アヴァルスペーラ》を召喚! 《アヴァルスペーラ》の能力で山札の上から五枚を見て、《ブレイン・チャージャー》を手札に!」
「時間稼ぎですかー? 稼いで得するのはお金だけですよ? わたしのターン! まずは呪文《ガード・ビジョン》です! あなたの山札を拝見させていただきますよー?」
 再び浬の未来を覗かれる。覗かれるだけならまだしも、自分の未来を操られるのだ。およそ気分がいいものではなかった。
「続けて、《マイパッド》と《ベガス》を召喚です! 《ベガス》の効果で山札をめくってくださいなっ!」
「…………」
 捲れたカードは、《甲型龍帝式 キリコ3》。
 コスト8のカードだった。
 それでいて、浬が逆転するために必要な切り札だ。
「はーい、ジャックポット! 配当金をガッポリゲットです!」
「く……っ!」
 また当てられ、手札を増やされる。息切れせずに攻撃できるところが水文明の強みだが、それだけではない。息切れせずに展開して殴りつつ、大型クリーチャーの踏み倒しや大量バウンス、加えて山札操作まで交えて攻めるための資源として、大量の手札を使いこなしている。
 水文明は手札を増やすことが得意だが、手札ばかりが多くても意味がないことも多い。浬もそれは過去に何度も経験しているが、奇々姫は違う。大量の手札をしっかりと自分の戦略に組み込んで、それらを持てあますことなく使い切って、十全に利用している。
 浬と奇々姫では、コントロールとビートダウンというデッキタイプの違いこそあれ、奇々姫が高い技量を持ったプレイヤーであることは間違いなかった。
(《キリコ3》が山札に下に戻された……こうなると、あとは《エリクシール》で引っ張り出すしかないか……)
 手札には《エリアス》もおらず、場のクリーチャーのコスト合計も足りていない。《キリコ3》を繰り出すための手間が増えてしまい、ますます苦しくなった。
 だが苦しむ浬を奇々姫は待ってはくれない。
 何度だってコインを賭け、繰り返しゲームを要求する。
 侵略という、一方的かつ押し付けがましい、残虐なゲームを。
「それでは、準備も整ったところで、次の攻撃に移りましょう。《ディーラー》で攻撃です!」
「《コスモ》でブロック——」
「おっと! 待ってください、焦ってはいけませんよ? ゲームのルールは最後までちゃんと聞く。基本的なマナーです」
 奇々姫が攻撃に移る。浬は並べたブロッカーで、その攻撃を防ごうとするが、その前にストップをかけられた。
 指を一本立てて横に振る奇々姫。そして、彼女は宣言した。
「《ディーラー》が攻撃する時、侵略発動です!」
「侵略だと? だがそいつはコマンドじゃない、《ベガスダラー》は出せないはずだ」
 《ディーラー》の種族はリキッド・ピープル閃と侵略者。《ベガスダラー》の進化元は水のクリーチャーだが、侵略条件は水のコマンドが攻撃する時だ。奇天烈という冠詞があってもマジック・コマンドではない《ディーラー》が攻撃したところで、侵略は不可能なはず。
 しかしそれは間違いだ。その思考は、《ディーラー》がなぜ奇天烈の名を冠しているのかを考えていない。
「《ディーラー》では《ベガスダラー》に侵略できないと申しますか。残念ながらそれは違いますね! 本来なら説明料をいただくところですが、今回は特別にタダでお教えしましょう! 《ベガス》のおかげでわたしは、このターン“ターン最初のドロー以外で”カードを引いています。なので《ディーラー》能力が発動、《ディーラー》はこのターンに限りパワーが+2000され、種族にマジック・コマンドを追加します!」
「種族にマジック・コマンドを……っ!」
 それはつまり、
「種族にコマンドを得た《ディーラー》は、《ベガスダラー》の侵略条件を満たしています! 行きますよ、侵略進化!」
 《ディーラー》は、その身に熱狂を纏い、突貫する。
 ハイリスクハイリターン。失敗を恐れず成功を求める姿勢。確率論など関係なく、スリリングなギャンブルのために、その身を捧げる。
 刹那、大量のコインが《ディーラー》へと降り注ぎ、彼の身体を変形させ——侵略する。

「オールイン! 《超奇天烈 ベガスダラー》!」

 《ディーラー》が侵略し、《ベガスダラー》が再三現れる。
 同時に、場に回転盤ホイールがセットされ、ルーレットの準備が整う。
「本日のゲームも終わりが近づいてまいりました。さあ、カードをお捲りください」
「…………」
「ご安心ください。種も仕掛けもございませんので」
 嘘だ。
 つきさっき、明らかに《ガード・ビジョン》でカードを操作していたのだから、彼女の言葉が真実であるはずがない。
 操作した三枚の中にコスト5以上のカードが一枚しかないという可能性もあるが、奇々姫のこの自信は、恐らくそうではないことを示しているのだろう。
 否応なしにゲームに参加させられて、負けることを決定づけられたギャンブルを強制されている。
 理不尽だ、と嘆きたくなった。
「それでは、はい!」
 奇々姫の掛け声とともに、浬は山札を捲る。
 捲られたのは——《賢愚神智 エリクシール》。
 コスト8のカードだった。
「《エリクシール》……!」
「申し訳ございません、ご主人様。まさか、このような形で敵に利用されるだなんて、想定外で……」
 それはそうだろう。浬だって、こんなことは計算外だ。
 申し訳なさそうに山札の下へと戻っていく《エリクシール》を見届けながら、浬は険しい顔でバトルゾーンを見遣る。
 《キリコ3》だけでなく、《エリクシール》までもが山札の下に行ってしまった。どうにかしてどちらかを山札の底から引き上げて手札に加えるしかなく、よりいっそう逆転が困難なところまで追い込まれる。
 さらに悪いことに、捲られたカードはコスト5以上なので、《ベガスダラー》の“当たり”の能力が発動してしまう。
「さあ、残りのクリーチャーはすべて手札にお帰りください! そして、最後のシールドをブレイクです!」
 《ベガスダラー》の能力で、再び浬のクリーチャーが一掃される。このままだと、最後のシールドを割られ、残ったクリーチャーにとどめを刺されて終わりだ。
「くそっ……S・トリガー! 《英雄奥義 スパイラル・ハリケーン》! マナ武装7で、お前のクリーチャーをすべてバウンスだ!」
「むむむ! ギリギリで耐えられてしまいましたか、残念です。では仕方ないので、ターンを終了しましょう」
 クリーチャーがいなくなった盤面を見て唸りながら、奇々姫はターンを終了する。
 しかしクリーチャーがいないのは浬も同じ。どころか浬は、シールドすらゼロだ。
 恐ろしいほど単純に、浬の圧倒的不利が目に見えている。
「もう一度《コスモ》と《アヴァルスペーラ》を召喚! 《アヴァルスペーラ》の能力で、山札から《スパイラル・ゲート》を手札に!」
 前のターンにしたことの繰り返し。再び《コスモ》と《アヴァルスペーラ》、二体のブロッカーを並べて守りを固め、呪文を手に入れる。ついでに、山札の上のカードを下に送り込み、山札下に送られた《キリコ3》や《エリクシール》を山札上に引き上げようとする。微々たる変化だが、なにもしないよりはマシなはずだ。
 これを繰り返せば、じき《キリコ3》が手札に来るはず。その時にドラゴンを残せていれば、逆転も見えてくるはずだ。
 しかしどれだけ守りを固めても、浬のシールドはゼロだ。一撃でも喰らえば即、敗北に繋がる。
 奇々姫は、そんな浬が固めた守りに、イカサマと天運で武装して突っ込んでくる。
「《マイパッド》を召喚! そして、進化です!」
 浬の防戦とチャージャーによって、水単色のビートダウンにしてはあり得ないほど溜まったマナを使い、奇々姫は勝負に出た。
 まずは《マイパッド》を普通に召喚。そして、その上に進化クリーチャーを重ねる。
 今回のゲームのディーラーを務める、熱狂的な奇天烈の侵略者を。

「——《超奇天烈 ベガスダラー》!」

 侵略を使わず、最後は普通に進化してきた。しかし侵略でなくとも《ベガスダラー》の能力は発動する。
 このターン奇々姫は《マイパッド》と《ベガスダラー》のマナを支払うのが精いっぱいで、《ガード・ビジョン》を使っていない。もしかしたら手札にもないのかもしれない。そのため、山札は操作されていない。
 つまり、完全に運任せ。
 浬の生死を分かつギャンブルだった。
「それでは、最後の賭けを始めましょう。種目はルーレット、本日の数字は5。配当金は、潤沢な知識か、城壁をも壊す激流です」
 何度目になるのか、またしてもルーレット回転盤ホイールがセッティングされる。
 ディーラーは《ベガスダラー》。この一球が、奇々姫の勝利、そして浬の敗北に直結する、重要な一戦。
 リスクの少ない奇々姫が、状況的にも心理的にも圧倒的有利なゲームだ。緊迫した空気の中、《ベガスダラー》はボールを放った。
 回転盤ホイールが回り、カンカンとボールが音を立てて跳ねる。
 その音は死刑宣告になるのか、それとも——
「種も仕掛けもございません——はい!」
 虚言ではない真実を口にした奇々姫の声と共に、ボールが窪み(ポケット)に収まる。
 同時に、浬は山札の一番上を捲った。自分の生死を決定づける、重要な一枚を。
「さぁ、どうでしょう……!?」
「……!」
 果たして、このゲームの結果は——

 ——《理英雄 デカルトQ》。

 コスト7のカードだった。
「ラッキーセブン! 大当たりです! さあさあ、そんなご主人など捨てて、みなさんお帰りくださいなっ!」
 奇姫はルーレットで稼いだ配当金をばら撒く。その金に目が眩んだ浬のクリーチャーはすべて、手札へと戻ってしまった。
 そして、浬を守るクリーチャーは、いなくなった。
 最後の大博打、浬は敗北した。
 それを宣告すべく、ディーラー自らが、浬へと迫り来る。

「《超奇天烈 ベガスダラー》で、ダイレクトアタックです——!」