二次創作小説(紙ほか)

127話「砂漠の下の研究所」 ( No.387 )
日時: 2016/05/12 21:40
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: ugLLkdYi)

「うぅー、もう、なんなんですかぁ……」
 雨が止み、今まで通りの激しい日差しが奇々姫たちに照りつける。
 しかし長い時間雨に打たれていた奇々姫は、体を震わせていた。
「はぅ……へぷちっ」
 寒そうに鼻を押さえる奇々姫。
 日差しが戻ったとはいえ、強い雨に晒されていた彼女は、全身ずぶ濡れだ。体が冷えてもおかしくはない。クリーチャーが雨に降られた程度で冷えるのかどうかは、甚だ疑問だが。
「いやいや、いくらわたしが水文明のクリーチャーでも、寒いものは寒いんですよ」
 と、誰に言っているのか分からないことを呟きつつ、奇々姫は怪訝そうに空を見上げた。
 そこには当然のように灼熱の青空が広がっている。先ほどの雨などまるで感じさせない。
「うーん、こんな砂漠で雨なんて降るんですかねぇ、おかしいですよねぇ。それにあんな狙ったようなタイミングなんて……」
 奇々姫は先ほどの大雨に不信感を抱いていた。
 この乾燥しきった砂漠で急な雨。あり得ないとまで言い切ることはできないが、相当珍しいことではある。
 そしてなにより、今から賭けに勝った商品をいただくという絶好のタイミングで降り、彼に逃げられた。
 まるで、奇々姫のしようとしていたことを、邪魔するかのようだった。
「どうしましょう。なんか萎えちゃいましたけど、とってもいい配当金のにおいがしますねぇ。進むべきか、退くべきか……」
 しばらく唸って、奇々姫はしゃがみ込む。トランクを開け、中から円形の薄い金属片を取り出した。表側に【鳳】のシンボルが描かれた、一枚のコインだ。
「よし、これで決めましょう。表が出れば進む、裏が出れば退く。イッツ、コイントスです!」
 ここでも運に任せる奇々姫。しかしそれが、奇天烈の侵略者としての在り方だった。
 彼女は親指でコインを弾き、天高く飛ばす。そして、落ちてきたコインを掴むと、手の中に収めたまま左手の甲に乗せる。
「表か裏か。前に進むか後ろに退くか。わたしの天運はどちらを向いているのでしょうか」
 奇々姫は手を退ける。
 そこには、征服の鳳が煌めいていた——



「革命の力?」
 ミリンの言葉を復唱する浬。比喩かなにかなのか。彼女の発した言葉の意味は、浬にとって測りかねるものだった。
「私の研究テーマだ。君を助けたのも、それが関係している」
「?」
「とりあえず座りたまえ。話が長くなりそうだからね。椅子はないが、床は掃除してあるから問題ない。その辺の配線や資料も、適当退けてもらって構わないよ」
 ミリンに促され、浬は言われるままに床に座り込んだ。侵略者が徘徊している地上よりも安全な場所は確保したとはいえ、疲労が回復したわけではない。正直、立っているだけでも辛かった。
 さらにミリンは、ビーカーを棚から取り出すと、すぐ近くにある蛇口のようなものを捻って、水らしきものを注いだ。それを浬に差し出す。
「飲みたまえ」
「…………」
「変な薬は入れていない。疑うなら、私が先に飲もうかね?」
「……いや、いい。貰っておく」
「善意でお水もらってるのに、ご主人様は偉そうですね」
「うるせぇよ」
 渡されたビーカーに口をつける。確かに普通の水のようだ。ほぼ常温で飲みやすい。浬は一気に飲み干して、ビーカーを床に置く。
「それで、革命の力を生み出すとはどういうことだ?」
「意味としてはそのままの意味だが、意訳するなら、私の研究に協力してほしいといったところか」
「いきなり意訳されても分からん」
「だろうね。順序立てて説明するよ」
 椅子に座ったまま、床に座った浬を見下ろす形で対面するミリン。
「私は今、仲間探しをする傍ら、【鳳】に対抗するための力について解析し、それを物質化するために研究している」
「それがさっき言ってた研究テーマというやつか。それで、その【鳳】に対抗する力というのはなんだ?」
「革命だよ」
 革命。
 それは、最初にミリンが発した言葉だった。
 彼女が生み出そうとしている力。
 本来の革命の意味は、従来の価値観や常識を根本から覆すこと。旧来までの体制を打ち壊し、新しく塗り替えることだ。
 侵略に対抗する力が革命なのだとしたら、それは侵略者によって侵された領域を壊し、覆すものなのだろう。
「私はメラリーやルミス、ザキのように、先天的な革命の力を持っていない。後から人為的に、その力を植え付けただけなんだ」
「植え付けた……」
 サラリと流すように言うミリンだが、その表現にそこはかとなく寒気を覚える。
 ノミリンクゥア。一見してまともそうに見えるが、こうして対話していると、話の端々から異常さが感じられた。
 彼女も、伊達に賢愚神話の下についていたわけではないということなのだろうか。
「だから私の革命は不完全だ。そして、それは私だけではない。多くの仲間たちは、私のように革命の力が弱い者がいる。だから、そんな仲間のためにも、【鳳】の侵略に対抗すべく、革命の力を日々研究しているというわけだ」
「成程な。ウイルスに対してワクチンを作るようなものか」
「完全に侵略者を打破できるとは限らないが、侵略が侵してくる領域とその所業がもたらす結果に作用させる力が革命だ。ゆえに、理論上は対侵略用の特効薬となりえるはずだ」
 その理論をより詳細に聞きたいところではあったが、恐らく浬の知識では理解できないと思われるので、口をつぐんだ。
「ここまでが革命の力、私が開発しようとしている力についてだ」
 とにかく革命の力は、【鳳】が操る侵略の力に対抗し得る可能性を秘めた力であり、【フィストブロウ】にとっては要となる力なのだ。ミリンは仲間のために、その力を開発しているという。
 まとめると、そんなところだろう。
「次に、君に協力を仰いだ理由だが」
「まだ説明が続くのか」
「君は理屈として物事を理解しないと納得してくれないようだからね」
「む……」
「図星を突かれちゃいましたね、ご主人様」
「これくらい対話していれば、相手の大まかな性格、気質、傾向を掴むことくらいはできる。それに君は、存外分かりやすいというか、単純というか、性質がかなり偏重しているようだからね」
 既にこちらのことを見抜かれているようで、少々癪だった。
 しかし理屈を説明されないと納得できないという点については反論しがたいものがあるので、浬は黙って聞くことにした。
「私としてもこういう説明は煩雑なのだが、これも信用を得るためだ。君に協力してもらわなくては、私の革命は完成しないからね」
 少し本音を漏らしつつも、ミリンは続けた。
「前提の説明から入ろう。この世界に限らず、あらゆる世界の生命体は、体内になにかを巡らせている。たとえば君たち人間であれば、血液がそうだな。私たちクリーチャーにも、血が巡っている種は少なくない。だが、巡っているのはそれだけではない。クリーチャーにはマナが駆け巡っているが、それは君たち人間も同じだ」
「そうなのか?」
「あぁ、かなり微弱だがね」
 大気中の成分の割合で言うところの、二酸化炭素よりも少ない、その他に含まれる割合の中の一つ程度だと、ミリンは例を挙げる。
「このように、すべての生命体は、体内になにかしらの物質を巡らせている。これらの体内を巡る不可視の物質すべてを総称して、“波動”と呼ぶことにしよう」
 血液などの可視化できるものを除いた、体内を巡るもの。波動。
 今現在においても、自分の体内には未知の波動が巡っていると、ミリンは言う。
「波動は種ごとに違うケースが大半だが、中には個体ごとに違うものがある」
「個体ごとに?」
「そうだな。君は、性に合うとか性に合わないとか、もしくは物事に対する感覚的な好き嫌い、技術の習得や熟練に差が生じたことはあるかね?」
 唐突な質問に少々面食らう。
 素直に答えるべきだろうか。しかしこちらを見透かすような目を気にしてか、嘘は吐かないが、一般論を含ませて答えた。
「まあ、ないとは言わない。当然、あって然るべきだと思うが」
「その通り。これらの例はあって当然のことだ」
 そのまま肯定された。少し負けた気分になった。
「なぜこういったことが生じるのか。それも波動で説明がつくのだよ。一つの生命体が体内に巡らせている波動の数は膨大だ。すべてを観測しきることは私にもできない。その膨大な波動が、自分が関わる物事と合致するか否かで、先ほど例に出したことが起こるのだ」
「波動が合致すれば、それは性に合うことだったり、好きなものだったり、習得や熟練しやすいことだったりする、ということか?」
「その通りだ。流石、なかなか聡明じゃないか」
 パチパチと手を叩くミリン。無自覚なのだろうが、やや上から目線の物言いが気になる。
 しかしそんなことに目くじら立てていても仕方ない。ミリンも浬に分かるように説明しようと努力していると思われるので、ややこしいことが一つ理解できてよかったと考えることにする。
「もう一つ例を上げよう。君たちがクリーチャーを使役する技術——いや、様式というべきかな。それはデュエル・マスターズと呼ぶらしいが、その中で——」
 と、そこで。
 ミリンは、核心的なことを、浬に問いかけた。
 こちらの世界に来るようになってから、浬が抱き続けていた謎。
 期せずして、それが今、浬の前に現れる。
「——“カードが自分に応えてくれる”というようなことがないかね?」