二次創作小説(紙ほか)

127話「砂漠の下の研究所」 ( No.389 )
日時: 2016/05/15 17:48
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: ugLLkdYi)

「それで、どうやって波動とやらを取り出すんだ?」
「方法はいくつかあるが、今は時間が惜しい。最も確実で手っ取り早い方法を取ろうか。しかし、少しばかり君に負担をかけてしまうかもしれない。疲弊しているところ、申し訳ないがね」
「少しくらいなら構わん。で、どうするんだ?」
「君の身体そのものを使う」
 ミリンは真顔で言った。
 対する浬は、あまりにストレートな表現に、顔をしかめる。
 いや、それ以上に、彼女の言葉にどこか不穏さを感じた。なにか、妙な怖気が身体を巡る。そんな不快感。
 不安を募らせる浬のことなどお構いなしに、ミリンは続ける。
「正確には、君の身体から、“生命を吹き込むための素”を抽出する。生命力の根源的なものをそのまま利用するから、確実に命を吹き込むことができると言ってもいい。それに、これは生命のサイクルの中で絶対的に存在するものであるため、採取も容易だ。その時に君の身体に少々負担がかかるのだが」
「……おい、なんか嫌な気がしてきたぞ」
「ちなみにこの手法は、ホムンクルス——いわゆる人造生命体を生み出す際にも使われていた。原始的な方法なため、今ではあまり使われないが、原始的であるがゆえに確実である。能率は良くないがね。大量生産にも向かない。そうだな、自分の遺伝子を確実に残すためとか、“個人の性質”を重要視する場合は利用するかな」
「あ、私も分かっちゃいました……」
 エリアスも苦笑いを浮かべる。
 ミリンが欲しているもの。それを知って顔が引きつる二人だが、ミリンはそれに気づいていないのか、今までと同じ調子のまま、もう一つビーカーを浬に差し出した。
「というわけで、採取するから、出してきたまえ」
「…………」
 受け取れない。
 要求されているものがものなので、流石に軽々しく受け取れなかった。
 ミリンはそんな浬の心情に気付いていない。なぜ受け取らないのか疑問符を浮かべている。
「ん? もしかして今の説明で分からなかったか? すまない、君なら既知の知識だと思ったのだが、違ったか。では具体的に言おう。せ——」
「やめろ言うな!」
 それ以上は倫理的にも言わせてはならないと思い、慌ててミリンの口を塞ぐ。
「うむむ、ではなにが問題なのだ?」
「なにがって、いろいろ問題だろう……その、倫理とか」
 なまじ知識があるだけに、恥じらってしまう。もごもごとはっきりしない物言いで、ささやかな反論をする浬。
 しかしミリンには、その反論は届いておらず、疑問符を浮かべ続けるだけだ。
 しかも疑問符を浮かべるだけではなく、自分でそのまま別の方向へと考えを進めてしまう。
「……興奮剤がないのが不満なのか? 参ったな、その手の薬剤は必要ないと思って切らしている。今すぐ調合しようにも、材料もない」
「そういうことじゃない」
「そうだ。ならば私が手伝おう。ちょうど今の私は少女の姿だ。男性体に対してならば、視覚的、聴覚的、嗅覚的に性的興奮を与えることが可能だろう」
「違うつってんだろうが!」
 ミリンの無遠慮な物言いに、遂に怒声を上げる浬。
 彼女はあくまでも研究のためであり、他意はないのだろうが、流石に耐えきれない。
「君はなにを怒っているのだ? ……あ、そうか。私としたことが失念していた。すまない、同性愛者への配慮が足りていなかったな」
「俺は同性愛者じゃない!」
「ではなんだ? 異種族に対してしか興奮を示さない特殊な性癖なのか? 確かに私はクリーチャーだが、今の姿は人間のそれに近いからな……」
「そんな特殊な性癖もねぇよ!」
 どんどん自分の嗜好が誤解されそうな方向へと進んでいく。
 このままではいけないと、どうにか軌道修正したいところだが、変に思い込みが激しいのか、ミリンは止まらない。
「むぅ、この姿は稼働率が高くて案外よかったのだが、開発のためだ。君のために身体を弄ろう。なに、安心したまえ。私は過去に男性体を114回、女性体を100回、無性別体を125回、雌雄同体を99回、無生物体を64回、概念体を7回ほど経験している。性別などとうの昔に忘れ、肉体への執着もすべて捨てている。君が望む身体を提供しよう」
「その発言が一番安心できねぇよ! なんなんだあんた!? 腹の中が思い切りマッドネスじゃねぇか!」
 声を荒げる浬。怒鳴り散らしていたせいで、疲れがドッと押し寄せてきた。ぜいぜいと肩で息をしながら、目の前の研究者を睨むような目つきで見据える。
「本性を隠してやがったな、こいつ……!」
 ついでに浬のクールぶった化けの皮も剥がれかけていた。
「イカれた研究者だって話はデマかと思いましたけど、本当にマッドサイエンティストでしたね……」
 どこか変な奴だとは思っていたが、想像以上におかしな研究者だった。人間とクリーチャーであるのだから、考え方——倫理観の違いなどはあってもおかしくないが、それにしてもあまりに無遠慮すぎる。
 地球ならセクハラで訴えられるほどの問題発言だ。
「ふーむ、どうしても嫌というのであれば、こちらも強硬手段に出ざるを得ないな」
「……は?」
「人間の身体は脆いと聞く。動きも鈍い、力も弱い、簡単に拘束可能である。それに刺激を与え続ければ、必ず反応が出るはずだ」
「おい、待て……」
「君は大事な協力者だ、手荒な真似はしたくない。できれば君自身の手でやってほしいのだがね」
 ミリンは白衣のポケットから小さな機械を取り出す。いくつかのボタンがついているリモコンのようで、いつでも押せるように手をかけた。
 あのボタンが押された時、浬はどうなってしまうのか。想像できないが、トラウマを受け付けられるレベルで酷い目に遭うだろうことは想像できた。
「さぁ、どうする? 自分の手で行うか、私に無理やり出させるか。君がマゾヒストの可能性も考慮して、選ばせてあげよう」
「…………」
 選択肢は、なかった。
 自分はマゾヒストなどではないと反論することもなく、両手を上げて、ただただ降参するだけだ。
 仕方なくビーカーを受け取る。「この部屋を出てすぐ右に個室があるから、そこを使いたまえ」と最後に良心的な配慮をしてくれた。
 しかし去り際に、彼女は追撃するように言う。
「失敗の可能性も考慮して、量はできるだけ多く頼むよ」
「……分かったよ」
 もはや言い返す気力もなかった。