二次創作小説(紙ほか)

127話「砂漠の下の研究所」 ( No.390 )
日時: 2016/05/16 00:13
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: ugLLkdYi)

「——ここですか?」
 寄天烈隊員の一人から怪しい場所があるという報告があったので、奇々姫たちはその場所へと向かった。
 この広大な砂漠地帯のどこに行こうとも、景色が変わることはない。だから怪しいと言っても、一目でそれと分かるようなものはどこにもなかった。
 奇々姫はくるりとステッキを回すと、柄の先の方を握り、ステッキを長く持ってその先端を砂の中に突っ込んだ。
 ぐりぐりとねじ込むようにステッキを挿入していく奇々姫。やがて、ステッキが半分くらい砂中に埋まると、ステッキが止まった。
 それでも奇々姫は力を込めるが、ステッキの先端はそれ以上進まない。
 少しステッキを持ち上げて、力一杯振り降ろす。それでも先ほど止まったところ以上に深いところまで埋まることはなかったが、代わりに妙な感触が手に伝わった。
 もう一度同じことをする。今度はさらに力を込め、耳を澄まして。

カツン

 砂の中から、かすかにそんな音が聞こえた。手に伝わる感触も、先ほど感じたもの以上に克明だ。
「掘ってください」
 ステッキを砂中から引き抜き、隊員たちに指示を出す。力仕事は不慣れではあるが、これだけの数がいれば、そこまで時間はかからないだろう。
 奇々姫を除く奇天烈隊員総出で穴掘りをする。砂なので、掘り返す作業にはかなり手間がかかった。
「インペーさんや、獣軍隊のみなさんなら、もっとぱっぱと掘れるんでしょうねぇ……」
 つい口からそんな言葉が漏れる。
 自分の部隊に不満があるわけではないが、限定状況下でしか力を発揮できない奇天烈隊ゆえに、通常の活動が非効率的になってしまうのは、課題であった。
 もっとも、そこが奇天烈隊のよいところであり、だからこそ信頼できるのであると、奇々姫は思っているが。
 大切なのは、如何に効率的に結果を得るかではない。どれだけ価値のある結果を得られるかだ。効率のみを重視して得た結果など、ただの作業報酬であり、価値はない。真に価値のある結果とは、最大限のリスクとリターンを天秤に掛け、自分の力が及ばない領域すらをも超越して勝ち取ったものだ。
 そう、たとえば、天運に委ねた勝利などだ。
 知恵があるから、技術があるから。そんな理由では得られないもの。いくら努力しても勝ち取れず、理不尽に搾取され、幸運という絶対的に不確定の概念によってのみ手にすることができるものにこそ、最大の価値を見いだすことができる。
 奇天烈隊はそれを分かっている。だからこそ、いくら努力していなくても、力がなくても、知恵がなくても、技術がなくても、ハイリスクハイリターンのギャンブルがどれほど大切で、どれほど価値があり、どれほど刺激的で、どれほど楽しいものであるかを理解しているから、奇々姫は彼らを信用しているし、仲間だと思っている。
 それらをすべて内包している存在が、自分自身であるから。それゆえに、自分は奇天烈隊の隊長となった。
 奇に奇を重ね、遇となるか奇となるか。不確定で不確実を楽しみ、嬉々として危機を享受する者、ゆえに奇々姫。
 それが、奇々姫の侵略者としての特異性だった。
 そして、“彼女”に認められた、奇天烈な素質である。
「……掘れました?」
 少しばかり物思いに耽っていた奇々姫は、隊員たちに問う。すると彼らは首肯し、掘った穴を奇々姫に見せつける。
 奇々姫は穴まで歩いていき、覗き込む。その奥には、確かにあった。
 砂漠の陽光に照らされ、鈍色に光を放つ、金属板が。
「ほうほう、なるほど。地下に秘密基地を作っていたんですね、これは一本取られました。そして、これが入り口なんでしょうか?」
 もう一度尋ねると、恐らくそうだと言う。他の場所もいくつか掘ったようだが、金属版に不自然な切れ目があり、ここが入り口の可能性は高いとのこと。
「そうですか、ありがとうございます。しかしこの大きさの入り口となると、ちまちま穴掘りしていては埒があきませんねぇ」
 どうしましょうか、などと口では言いながら、奇々姫はトランクを開き、中からいくつものサイコロを取り出す。
「今まで掘った穴を埋めかねませんが、これで一気に砂を吹き飛ばすというのはどうでしょう? ついでに硬い扉もぶち破れるかもしれませんし、一石二鳥です!」
 奇々姫は小さな手一杯にサイコロを鷲掴みし、盛大にばらまく。
 誰も彼女の行いに異を唱える者はいない。彼女の決定は即ち奇天烈隊の意志であり、彼女が右と言えば右に進み、彼女が1目賭けをすれば全員一つの数字だけに賭け金を払う。 それになにより、奇天烈隊員にとって、彼女は女神なのだ。
 ただし、勝利の女神ではない。
 効率も確率も度外視して、無謀なギャンブルに投じる身を後ろから押してくれる、天使のような死神だ。
 あらん限りのサイコロをばらまき、奇々姫は後ろに下がって勝ち気に微笑む。
 まるで根拠のない自信に満ちた、不敵な笑みで。
「それでは、吉と出るか凶と出るか……ゲーム開始です!」
 刹那。

 砂漠が爆発した。



「死にたい……」
「ご主人様、お気を確かに」
 ミリン曰く採取が終了した浬は、魂の抜け殻のように、壁にもたれてぐったりしていた。今までの人生で最大の精神的疲労だ。エリアスの慰めが虚しく響く。
 採取(婉曲表現)によって、肉体的に多大なる負荷がかかった浬。そのせいで体はだるく、眠気まで差している。数十分前の地上でのこともあり、もういっそ寝てしまおうかと投げやりなことを考えるほど、思考能力が低下していた。
「えーっと、その、ご主人様……だ、大丈夫ですよ。ほら、私を創ったヘルメス様も、同じようなことをして材料を用意して、その結果として私ができたわけですし、気にすることじゃありませんよ!」
「……ぶっ殺すぞ」
「ひぅっ、ご主人様が荒れてます……」
 力なく応える浬に、涙目になるエリアス。脱力しすぎて、言葉のセーブが利いていない。
 なお、浬をこのような状態にした張本人は、巨大な円筒の前に張り付いていた。
「おぉ、おぉ! 素晴らしい! 素晴らしいよ浬君! 君の持つ力がこれほどとは……私は今、猛烈に感動しているよ!」
「……あぁ、そうかよ……そいつはよかったな……」
「ご主人様がもうダメです……どうしてくれるんですか!」
「む? なにが不満なのかね? 実験はこの通り大成功だ。むしろ喜ぶべきだろう」
「そういうことじゃありませんっ!」
「確かに浬君には少々負担をかけてしまった、そこは申し訳なく思っている。だからその分の疲労回復剤は用意すると言ったのだが」
「……いらねぇよ」
 虚ろな目で応える浬。この返しは二度目だっ。
「まあ、別段、身体を害することでもあるまい。彼が構わないのなら無理強いはせんよ、薬剤に頼るとそれこそ毒になりかねんからな。それよりもこの結晶龍、なんと名付けようか。円筒に眠る龍、シリンダーの中のドラゴン……」
 円筒の中身が収縮し、備え付けられている機械からカードらしきものを取り出すミリン。クリーチャーがクリーチャーのカードを持つという奇妙な光景を見た瞬間だった。
 ミリンはどうやらご満悦の様子。実験とやらは成功したようなので、そこは良いとしよう。
 では、これからどうするのか。ずっとここに籠っているわけにもいかない。浬が一人はぐれているように、他の皆もばらばらになっていることだろう。一刻も早く見つけなければいけない。
 ミリンも仲間を探していると言っていたので、そのついでにこちらの要望も通せないだろうか、と働き始めた頭を回していた、その時だ。

 研究所が大きく揺れ動いた。

「っ、な、なんだ……!?」
「地震ですか!?」
 研究所全体が、大きく振動している。それと同時に、棚から様々な器具や資料がガシャガシャと地面に落ちる。
 流石に眠気も吹き飛んで、慌てて立ち上がる浬。
 一方ミリンは、なにやら別のモニターを見て、歯噛みしていた。
「連中め……遂にここを嗅ぎ付けたか。実験が成功して、つい盛り上がりすぎてしまったよ」
 地上の確認を怠っていた、と悔しそうに舌打ちするミリン。
 そして、その直後だった。
 部屋の扉を突き破るようにして、ガラガラとローラーを鳴らしながら、彼女は黒いトランクに跨って突入してきた。
 静止すると、トランクから下りて、彼女はクイッとシルクハットの鍔を上げる。
 そして、甲高い嬉々とした声を発した。

「見つけましたよ、メガネのお兄さん……それと、ノミリンクゥア博士?」

 砂漠の下の研究所を侵略しにやってきたのは、奇天烈の侵略者を束ねる姫君——奇々姫だった。