二次創作小説(紙ほか)

127話「砂漠の下の研究所」 ( No.391 )
日時: 2016/05/16 22:36
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: ugLLkdYi)

「いやはや、まさかこんな砂漠の真っただ中の下に秘密基地を隠していただなんて、びっくりですよ」
 くるくるとステッキを回しながら、奇々姫を室内を見回すように歩を進める。彼女の足音と、耳に残る甲高い声が部屋に響く。
 奇々姫はある程度のところまで歩くと、おもむろにしゃがみ込み、トランクの中を漁り始めた。
「ちょっとすみません。地上はどうにも暑くてかないませんね。喉が渇いてしまいました」
「敵陣に乗り込んできて水分補給か。余裕だな」
「いざとなれば、わたしの信頼する部下のみなさんが助けに来てくださいますし、わたし一人でもそれなりの事態なら切り抜けられる自身はありますので」
 言いながら奇々姫は、トランクからペットボトルのような容器を取り出す。しゅわしゅわと泡が立っており、炭酸水のように見える。
 奇々姫は容器の蓋を外し、口をつけた。
「んく、んく……ん、んん、ぷはぁ! ふぅ、スッキリです」
「……よくもまあ、そんなゲテモノを飲めるな」
「おっと? その発言は聞き捨てなりませんね! わたしをバカにするならともかく、ヒーローソーダをバカにすることは許しませんよ! これはどんなものにも代えがたい、どれほどのコインを積んででも手に入れる価値のある——いや、むしろ無限の価値を備えた至高の一品なんですから!」
「変な体液が混じってる炭酸水じゃないか。成分的には毒のようなものではないが、体内で生成され、口腔から吐き出されるものだ。衛生面が不安だな。それと、研究者としての威厳を無視して言うなら、生理的に無理だ。あと純粋に不味い、味がない」
「味の好みはともかく、味がないだなんて失礼ですね! これの味がわからないなんて、人生の楽しみ方を一つ失くしているようなものですよ。もったいない」
 などと頬を膨らませて憤慨する奇々姫は、容器に蓋をして、飲んでいたヒーローソーダなる飲料をトランクの中に放り投げるように落とす。
 だが次の瞬間には、彼女の表情はいつも通りに戻っている。とんだポーカーフェイスだ。
 奇々姫は鼻孔をほんの少し動かす。その仕草に、浬の体が少しだけビクッと跳ねた。
「それよりもここ、なんかにおいますねぇ……くんくん」
「やめろ、嗅ぐな……」
「くさいというか、ちょっと独特のにおいがしますね。また変な実験でもしてたんですか?」
「変なとは失礼な。そこにいる浬君の力を借りた、【フィストブロウ】きっての大発明さ。このにおいは、浬君の努力の結晶とも言えよう」
「あんたも変なこと言ってんじゃねぇ」
 浬は非難の声を漏らすも、それは虚しく木霊するだけだった。
 しかしこの状況、【鳳】の侵略者が研究所に乗り込んできたという、浬にとってもミリンにとっても、悪い状況だ。
 片や、地上で負けて身ぐるみを剥がされかけており、片や、狩りの対象とされている。
 およそ歓迎できる来客ではなく、特に敗北を喫した浬は身構えるが、ミリンがそれを制するように前に出た。
「下がりたまえ、浬君」
 浬を自らの後ろに置き、ミリンは奇々姫を向かい合う。
 彼女も【鳳】には狙われている立場。できれば戦闘は避けたいと思うだろうに、ここで浬を庇うようにして奇々姫に立ち向かっている。
 色々あったが、やはりミリンは浬を味方してくれている。そのことを、深く実感した瞬間だったが、
「君はまだ行為の後で、疲れているだろう? ここは私に任せろ」
 やはり、彼女には配慮が決定的に欠けていた。若干キメ顔で言うミリンだが、浬に強要したことを考えれば、最低の発言だ。
「……あぁ、そうだな。あんたに任せる……」
 しかし疲れていることは事実。体は気だるげだし、精神はもっとズタズタのボロボロなので、ここは大人しく引き下がった。
 そうして、改めてミリンと奇々姫が対面する。少女の身体に燕尾服姿の奇々姫も奇妙だが、同じく少女の姿で白衣をまとったミリンも普通とは言い難い。
 おかしな出で立ちの少女が二人、多少なりともの敵意を見せながら、相対する。
「ノミリンクゥア博士、ですか」
「なにかね?」
「いえいえ、あまりお会いしたことがなかったものですから、ちょっと緊張してまして」
「緊張? 君からは随分と縁遠い言葉に聞こえるがね、奇々姫。それよりも、さっきの揺れは君の仕業か?」
「はい、そうですよ? 少々乱暴になってしまいましたが、そこはご容赦ください。ちょーっと賭けてみたかったんですよ」
 と言って奇々姫は、腕を振り、袖からばらばらとなにかを床に落とす。
 サイコロだ。六面が均一な面を持つ立方体。それぞれの面には1〜6つの点が穿たれている。
 大きさは奇々姫の手にもすっぽり収まる程度。一見してなんの変哲もないサイコロだ
 一つ、浬の足元に転がってきた。何気なくそれを拾おうとすると
「やめたまえ。危険だよ」
 ミリンが制した。
 ただのサイコロにしか見えないが、なにが危険なのか。
「さすが博士ですね。というか、わたしの手の内は透けちゃってますか」
「そうでなくてもにおいで分かる。浬君のにおいに紛れさせてるつもりなのかもしれないが、微かに火薬のにおいがする」
「火薬だと?」
「そうだ。つまりそれは爆弾なのだよ。暴発を警戒するなら、触らない方がいい。というか触らないでくれ。誘爆して研究所が埋まる」
「……!」
 戦慄する浬。今、奇々姫がばら撒いたサイコロ、それらがすべて爆弾だというのか。
 サイコロ自体は小さい、その中に詰まっている炸薬の量はさほど多くないだろうが、数がとにかく多い。十や二十では利かないほどの数だ。
 これらの爆弾がすべて爆発したとしたら……考えるだけでも恐ろしい。
「で、人の研究所にサイコロを撒いてなにをしようというのかね?」
「そんな怖い顔しないでくださいよー。わたしは、ちょっと遊びたいだけですよ?」
「遊びだと? 悪いが、私は子供の遊びに付き合うほどの余裕はないのだが」
「またまたぁ、つれないですね。でも、博士も博士で楽しいこと、たくさんしてるんでしょう?」
「私の研究のことか? ふん、それを君の児戯と同じにされては困るな。私の研究は遊びなどではない。いつだって真剣さ」
「遊びが真剣じゃないなんて、ひどい偏見ですよ。わたしは遊びにだっていつも真剣です。全力全開、全身全霊で遊びに尽くしますよ? この世は、楽しむ余裕を失った人から死んでいくんです。だから博士も楽しみましょうよ」
 熱っぽく語りつつ、彼女の言う“遊び”を要求する奇々姫。
 彼女にとっての遊びは、あらゆるものを賭けた、熱狂的なゲーム。確率を超えた先にある価値を求める、狂った賭博だ。
 幼くとも【鳳】の一隊長。それ相応に威厳があり、そしてそれ相応に壊れている。
 ミリンは諦めたように息を吐いた。
「……君との議論も時間の無駄かね。まあいい。で、君の遊びとやらはなんだ?」
「乗ってくれましたね、ゲーム成立です!」
「まだ乗ってない。話を聞くだけだ」
「はいはい、分かってますよ。なに、簡単な賭け事です。わたしは今、博士の研究室に爆弾をばら撒きました。これの起爆権を賭けて、わたしと勝負しましょう」
 穏やかではない提案をされる。概ね予想はしていたことではあるが。
「具体的に言いますね。わたしが勝ったら、この研究室を爆破します。でも、博士が勝ったら、爆破しない。わたしも奇天烈隊のみなさんといっしょに撤退します。これでどうですか?」
「私にメリットがない賭け事だな。まあいいさ。起爆する権限は今、君が持っているんだろう? ここを爆破されると困る。ならば大人しく受けようじゃないか」
「いいですねぇ、賭けは成立しました。では、肝心のゲームはどうしましょう? せっかくですし、爆弾サイコロ使ってスリリングなチンチロでも——」
「いいや、これにしよう」
 そう言ってミリンが掲げたのは、先ほど円筒の中から取り出したクリーチャー——そのカードだ。
「あー……またですか。いえいえ! あまりできないゲームなので、むしろ大歓迎ですよ!」
 一瞬、辟易したような表情を見せるが、即座に笑顔を取り繕う奇々姫。この表情筋の器用さは素直に感服する。
「それでは、賭けの内容も、ゲームのチョイスも済んだところで、さっそく始めましょう!」
「あぁ。君たち【鳳】に対抗するために生み出した、私の“革命”の力を初お披露目と行こうか」
 互いに、言葉では表しづらい、気迫のようなものを発しながら、構える。
 同時に、二人の賭博の場が、用意されていく。

「それでは! 侵略ゲーム、スタートです——!」