二次創作小説(紙ほか)

129話「奇襲」 ( No.396 )
日時: 2016/05/22 23:35
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: ugLLkdYi)

 暗い世界。
 気持ち悪いくらいに生暖かくて、息苦しい。
 閉ざされた空間には、誰もいない。自分一人しかいない。
 いや違う。自分一人だけになったのだ。
 吐き気を催すような異臭が鼻を突く。体も動かせない。
 逃げられない場所。
 いつまでもここに幽閉され、光からも隔絶されてしまった。
 意志も尊厳も関係なく、精神も主張も無意味であり、肉体も生命も蹂躙される、壊れた世界。
 壊された世界。 
「——み——ん!」
 二度と光を浴びないと思っていた。
 なのに、一筋の光が射している。
 なぜだろうと、手を伸ばした——
「——沙弓ちゃん!」
「……一騎、君……?」
 その時、沙弓は覚醒した。
「よかった、目が覚めたんだね」
「……ここは?」
「分からないけど、テインたちが言うには、自然文明の領地らしいよ」
「自然文明……」
 意識が戻ったばかりで、まだ朦朧としかけている。
 息を吸い込む。少し冷ややかだが、澄んだ空気が鼻孔を通り抜け、肺に入ってくる。
 手がなにかを掴んだ。草だ。恐らくは雑草だろうが、それが地面いっぱいに広がっている。
 視線をさまよわせる。見渡す限り、木だ。ぐるりと首を回しても、高い樹木しか見えない。
 木々の切れ間からは木漏れ日が差し込み、不完全な暗黒を演出している。あまりに不完全なので、不思議と安心感があった。
「大丈夫? 怪我とかしてない?」
「……大丈夫よ」
 少々痛む頭を押さえて、沙弓は上体を起こした。見れば、すぐそこにはドライゼとテインもいる。
「えーっと、状況を整理させてくれるかしら」
「うん、どうぞ」
「……なにがどうなってるの?」
 少し考えるも、整理するほどの情報もなく、沙弓は率直に思ったことを口にした。
 しかしそれで、明確な答えが返ってくることはない。一騎も困り気味に口を開く。
「ごめん、俺にもよく分からないんだ。氷麗さんを仲介して転送してもらって、気づいたらこうなってたから」
「転送中に、妙な衝撃があったがな」
「うん。それも外部からね」
 ドライゼとテインが言葉を添える。
 転送中に外部からの衝撃があった。言われてみれば、そんな気もする。
「もしそれが事実なら、転送中に攻撃を受けた、ってこと?」
「可能性としては十分にあり得るだろうな」
「でも、転送っていつも一瞬だよね? なのに、その途中に攻撃なんてできるの?」
「僕らもその辺は詳しくないけど、たぶんできるよ。転送の仕組みをちゃんと理解している人なら、たぶんね」
「本当かしら……?」
 疑ってみるが、しかし今ここで疑ったところで、証明する手段がない。
 転送中の事故という可能性もある。その場合はリュンを問い詰める必要があるだけだ。
 何者かによる攻撃を受けたのであれば、その何者かを見つけなければならない。
 しかしそれよりも先に、すべきことがある。
「とりあえず、皆を探さないといけないわね。特に暁と柚ちゃんが心配だわ」
「俺も恋が心配だよ。あいつを一人にしてたら、どこで行き倒れるか分かったものじゃないし……」
「れんちゃんはこっちの世界にいた時間も長いし、それなりになんとかしそうな気もするけど」
「でも、掃除洗濯炊事、全部できないから、心配だよ」
「掃除と洗濯はさておき、食料の確保は重要ね。そういう意味では、暁はなんとかやってそうな気がしたわ」
「食料か……俺たちもそれについては考えないとね」
「私は料理できないし、そこは一騎君に任せるわ。期待してるから」
「いや、ここじゃ料理できる環境なんてないし、俺も最大限のことはするつもりだけど、沙弓ちゃんも手伝ってよ……」
 苦笑いを浮かべる一騎。沙弓も合わせるように軽く微笑んだ。
 どこかも分からない場所に飛ばされ、仲間とも散り散りになり、行き先は全く見えないほどに悲惨な状況に遭ったが、しかし話すうちに、だんだんと二人はいつもの調子を取り戻していた。
 その様子を見ていたドライゼは、訝しげに顔をしかめる。
「……おいテイン。なんかあの二人、前よりも妙に親しくなってなか? 前は名前で呼び合ったりなんかしてなかったぞ。なぜだ」
「僕だって知らないよ、ドライゼ。あ、でも一騎が前に、合宿で仲良くなった、って言ってた気がする」
「合宿だぁ? んだそれは」
「遠征、みたいなものかな……? 志を同じくする仲間たちと遠方に赴いて、目的を達することだね。ずっと集団行動で、寝食も共にするから、確かに仲間同士の信頼は生まれる。僕も水領遠征の時に、モルトやマッカランと仲良くなったなぁ、懐かしいや」
「寝食を共に、って……おい、まさか変なことしてねーだろうな……?」
「沙弓についてはよく分からないけど、一騎に限ってそれはないんじゃないかな?」
「はー……そうかよ」
 言いながら流れるような自然な動きで、テインに方へと体を倒す。その動きに、テインは少しだけ眉根を寄せた。
 ドライゼが、テインに囁く。
(テイン、気づいてるか?)
(うん、さっきね。どうする? 叩く?)
(あぁ。まずは沙弓たちの安全を確保。それから炙り出すぞ。俺が先行する)
(了解だよ)
 耳打ち会議を終え、二人はそれぞれの持ち主の元へと行く。
「それで、どうするんだい?」
「皆を探す。とにかく、今するべきことはそれだよね」
「食料とか水については……後で考えましょう。あなたたちなら、この世界の食べ物くらい分かるでしょう?」
「まあな。この世界についてはお前らよりも断然詳しい。この世界には脅威が多いからな、それにも注意しないといけない」
「脅威? クリーチャーに襲われるとでも言うの?」
「そうだ。連中はいつどこから、俺たちを狙ってるか分からないからな。たとえば——」
 と、その時。
 ドライゼはホルスターから素早く拳銃を抜き、テインも刀の柄を握る。
 そして、鋭い眼光を向けて、銃を向けた。
「——その茂みの中とかな!」
 トリガーを引き、銃口から亜音速の弾丸が飛ぶ。弾は茂みの中に吸い込まれていくが、その直前、黒い影が茂みから飛び出した。
 その姿を見て、沙弓たちは息を飲む。
 大男だ。背が高く、体格もがっしりしているが、筋骨隆々というわけではない。絞られているような、引き締まった肉体だ。
 しかしこの男、体が大きい割に、妙に存在感がない。こうして対面しているにも関わらず、うっかり見逃してしまいそうなほど、気配が希薄だ。
「軍人……?」
 ぽつりと一騎が呟いた。
 男は軍服のような服装をしていた。濃緑色を基調とした迷彩柄。上手く森に溶け込めそうな色合いで、視覚的にも存在を見失ってしまいそうだった。
 軍人のような男に対して、ドライゼが一言問うた。
「誰だお前?」
「……あなたたちに名乗る名はないであります」
 低く重い声が、森の中に響いて消える。
「【フィストブロウ】の残党かと思ったでありますが、そうではない様子……しかしその可能性も捨てきれない。いずれにせよ、ここで処理するに越したことはないと判断するでありますよ」
 刹那。
 男が動いた。
「っ! テイン!」
「分かってる!」
 テインがドライゼの脇を通り過ぎ、軍刀を抜く。その切っ先は、男へと向いていた。
 刃が男に迫るも、男はそれを受け止め、火花を散らしながら弾く。男の右手には、無骨大振りなサバイバルナイフが鈍く光っていた。
 弾かれてもすぐに立て直し、二の太刀、三の太刀と刀を振るうが、すべていなされる。
「くっ、この……!」
「成程。腕前は良いでありますな。身体の動きも洗練されている……しかし」
 何度目になるのか、テインの斬撃を受け止めると、男は今まで一切動かさなかった左手を振るう。
 すると、テインの手から、軍刀が払い落とされた。
「あ……」
「流石に体格差がありすぎるのでありますよ」
 ゴスッ、と鈍い音が聞こえる。
 男の拳が、テインの腹に叩き込まれた。テインはバタリと地に伏せる。
「テイン!」
「ちっ……クソがっ!」
 FF(フレンドリーファイア)を避けて撃たなかった弾丸を、ドライゼは二丁の拳銃から放つ。
 フルオートの全射で、あらん限りの弾を撃ち尽くした銃撃だ。
 しかし、
「……なんでありますか? この鉛弾は」
「んな……!?」
 確かに銃弾は男に命中した。それも、少なくない数。
 しかし弾は貫通せず、パラパラと地に落ちる。男も、少しのけぞる程度で、まるで堪えていない。
「防弾繊維か……!」
「戦う者としては当然の装備でありますよ。それに、銃というものは、こうやって使うものであります!」
 言って、男もどこからか銃を抜く。ドライゼのものよりもずと大きく、これまたナイフと同じように無骨なハンドガンだ。
 拳銃をドライゼに向け、撃鉄を落とし、トリガーを引く。真っ直ぐ、弾丸は飛んで行った。
 ——ドライゼの脳天目掛けて。
「うぉ……っ!?」
「この距離で避けたでありますか。そちらの技能はまずまずでありますね」
 だが、その隙に男の接近を許してしまった。
 もはや肉弾戦の距離だ。コルルならともかく、この距離ではドライゼが銃を構える暇などなく、テインと同じく男の拳によって叩きのめされる。
 地に伏した二体の語り手を流し目で見て、男はぼそりと呟いた。
「……処理完了」