二次創作小説(紙ほか)
- 130話「死の意志」 ( No.401 )
- 日時: 2016/05/31 03:41
- 名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: ugLLkdYi)
「——!?」
——と、思われた。
しかし直前で、一騎の衣服を貫き、皮を破り、肉に触れたところで、男の手は止まった。
俊敏な動きで振り返ると、慌てたようにナイフを構え直し、暗い森の奥へと鋭い眼光を向ける。
「この気配……! まさか……」
もはや自分が殺そうとしていた相手のことなど、眼中にないとでも言うかのように、意識を集中させている。
凄まじいまでの、強烈な気配。
その気配は、ただの気配ではない。刺す、斬る、貫く、殴る、潰す、吊る、絞める——あらゆる破壊の意志を孕んだそれは、そう、“殺気”だ。
痛いほど肌で感じる殺意。隠す気がないのか、隠しきれていないのか、その殺気は沙弓たちでも分かるほどに漏れ出ていた。
やがて、森の奥の闇から、這い出るように、何者かが姿を現す——
「——よぅ」
悪魔の言葉を聞いた気がした。
低く唸るような声色。言葉の一つ一つから感じる。相手を消し去ろうとする、純然たる殺意。
見ているだけで、近くにいるだけで、全身に刃物を突きつけられるような緊張感が纏う。
悪魔は、なんでもない調子で、しかしそれでいて確かな殺気を孕ませ、空気を震わせ、声を発する。
「久しぶりじゃねぇか」
「……ラーザキダルク、やはりあなたでありましたか」
男はその人物を、ラーザキダルクと呼んだ。
声だけでなく、その風貌も、悪魔のようだった。
鋭すぎる眼孔は、血走ったように筋が浮き出た目玉は、魔眼として埋め込まれている。口元から覗くのは、八重歯というには禍々しすぎる牙。両手が少し不自然に大きく、指先から伸びる爪も、ナイフのように鋭い。
一見すると人間のような姿をしているが、明らかに人間にはない特徴が見て取れる。
だからこそ、だろうか。彼を悪魔のようだと感じるのは。
彼は沙弓たちにとって、幸運の存在となるのか、それとも不幸をもたらすのか。
ラーザキダルクは尖った歯を見せつけるように、口を開いた。
「なんかドンパチしてるみてぇだから、【フィストブロウ】か【鳳】かと思って来てみたが……とんだ大物が見つかったもんだ。なぁ、隠兵王」
「……覚えていたのでありますか、自分の名前」
「おいおい、【鳳】の重鎮の一人がなに言ってんだ? いくら俺がてめぇらに興味ねぇつっても、その程度のリサーチはしてんに決まってんだろ。てめぇらんとこのリーダーと、奇々姫、そして隠兵王……【鳳】幹部の重役三人じゃねぇか。それともなんだ? てめぇは自分が隠れる存在だからつって、自分の知名度も低いと思ってのか?」
「……まさか。あなたが我々の名前を憶えていたことが、少々意外だっただけでありますよ」
男——隠兵王は、ナイフを構えたまま、一切の油断も隙も見せず、ラーザキダルクと対面する。
先ほどまで、一騎や沙弓と相対していた時とは、警戒の仕方がかなり違う。それほどに彼にとって、ラーザキダルクは脅威となり得る存在ということだろうか。
「しかし、【フィストブロウ】は各地に散っていると聞き及んでいるのでありますがな。あなたも仲間探しをしているのでは? その最中に、自分のような者に構う余裕があるのでありますか?」
「余裕もクソもねぇよ。てめぇ自身が、俺の目的でもある。だからなにも問題はない。むしろ、適当にほっつき歩いてただけでてめぇみてぇな大物が出てきたんだ。殺したいほどに嬉しいぜ」
「殺したい、とな。はて、自分があなたになにかしたでありましたか?」
「まあな」
ラーザキダルクは、三白眼の鋭い眼光を、さらに鋭くして、隠兵王を睨みつける。
「ここで、てめぇにうたれた恨みを晴らしてやる」
「……もしや、あの時のことをまだ根に持っているのでありますか?」
心当たりがあった様子の隠兵王。その瞬間、彼は呆れたように、しかしどこかラーザキダルクを嘲るように、息を吐いた。
「随分と了見の狭い。狭量でありますな。自分の撃った足も、もう完治しているでありますよ。それをいまだ引きずるのは、少々みっともないかと」
「あん? てめぇ、なにか勘違いしてねぇか?」
隠兵王の言葉に、ラーザキダルクは殺意のこもった視線を向けながら、口元では危険な笑みを浮かべる。
「俺が晴らす恨みは、俺が撃たれた恨みじゃねぇ……てめぇらに討たれ死んでいった、俺の仲間たちの恨みだよ」
「……メラリヴレイムでありますか」
「あの馬鹿のことなんざ知らねぇよ。どっかで馬鹿みてぇに生きてんだろ、どうせ」
吐き捨てるラーザキダルク。途端、露骨に不機嫌そうな表情を見せる。
「んなこたどうでもいい。それよりも、【フィストブロウ】狩りとか言ったか。はんっ、ふざけやがって」
「我々はただ、我々のリーダーの意向に従っているにすぎないでありますよ。それに、メラリヴレイムのいない“今”が【フィストブロウ】を壊滅させる好機であります。そんなに自分たちの集団を大事にしたければ、リーダーを捜してくればよろしいかと」
「興味ねぇな」
その一言で、ラーザキダルクは切り捨てる。
隠兵王は、ほんの少しだけ、傍目には分からないくらいに、眉根を動かした。
ここまでで、会話の噛み合わなさを感じる。自分たちが想定していた【フィストブロウ】の動き、考え、スタンス——そういったものが、ラーザキダルクの前では適用されない。こちらの読みがまるで通用しない。
彼の目的が、見えてこないのだ。
そんな隠兵王の心中を察したわけではないだろうが、ラーザキダルクは隠兵王が引っかかっていたことを口にした。
「他の連中……特にルミスはメラリーのことを随分と気にしていたが、勝手に死んだことになるリーダーなんざ放っておけばいいんだよ。そんなのはルミスとかミリンさんとかウッディとか、ぬるい奴らに任せときゃいい。勘違いしてるみてぇだから教えてやるが、今の俺の目的は二つ。その一つが……てめぇら【鳳】をぶっ殺すことだ」
「我々を殺す、でありますか……」
「【フィストブロウ】狩りとかふざけたことやってるみてぇだからな。なら俺は、【鳳】狩りをしてやろうってこった。壊滅すんのはてめぇらだ」
追い込む側が、逆に追い込まれる。戦場では多々あることだ。想定外の事態、無意識の油断、そういった隙となる要素が、反撃を許し、反逆を引き起こす。
「鼠美殿ではありませぬが、窮鼠猫を噛む、でありますか」
油断していると足元をすくわれかねない。しかもその相手がラーザキダルク。
少しでも隙を見せれば、即刻“死”に繋がるほどに、危険な相手だ。
隠兵王はラーザキダルクに意識を向けたまま、横目で沙弓たちを見る。
「……寿命が伸びたでありますな。【フィストブロウ】の悪鬼羅刹、ラーザキダルクが相手では、さしもの自分でも片手間に戦うことはできないであります」
「よそ見すんなよ」
その一言で、隠兵王が周囲にも向けていた意識は完全に遮断され、目の前の男だけに集中する。
ラーザキダルクに対抗するように、負けずとも劣らない殺気を放つ隠兵王。一触即発の剣呑な空気が、二人の間に張り巡らされた。
「ここは森……てめぇの戦場に合わせて戦うのは、愚策だな」
よそ見をするなと言っておきながら、ラーザキダルクは目線どころか、首をぐるぐる回して周囲を確認して言った。
対して隠兵王は、反論するように返した。
「如何なる場所であっても獣軍隊の戦場は変わらないでありますよ。戦場はすべて自分たちのものであります」
「はぁん。ま、そんな建前知ったこっちゃねぇがな」
しかし明らかな相手の土俵で戦うつもりはない。
ゆえにラーザキダルクが選ぶ戦場、そして戦争は、“これ”だった。
「あんまやったことねぇけど、なんとかなるだろ」
刹那。
ラーザキダルクと隠兵王を包む空気が変質し始める。
「さぁ、最期の戦争と行こうぜ、隠兵王」
「えぇ。あなたの最期の勇姿、見届けるでありますよ」
互いに言いながら、神話空間に飲まれていく。
二人の戦場が、作られていく。
「それでは。侵略作戦、開始であります——!」