二次創作小説(紙ほか)
- 131話「殺戮の資格」 ( No.406 )
- 日時: 2016/11/04 23:26
- 名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: U7ARsfaj)
「——ドライゼ!」
パァン!
一瞬だった。
叫び声が響き、それと同時に拳銃の撃鉄が降ろされ、次の瞬間には弾丸が空を突き破っていた。
ラーザキダルクが振り下ろそうとしていた腕を止め、自分に向かって放たれる弾丸を払い退ける。
隠兵王がラーザキダルクの注意が逸れた隙を突き、体をバネのようにはねさせて森の奥へと跳び退き消えた。
すべてが、一瞬の出来事だった。
「……あんだぁ? てめぇら……!」
隠兵王の姿が消えていること、足音も気配も感じないことを確認し、今からの追跡はほぼ不可能であると判断を下してから、ラーザキダルクはようやく沙弓たちの存在を認知した。
殺意に満ちたラーザキダルクの魔手から、隠兵王を逃がした、沙弓たちを。
魔眼の視線を向ける。最大の獲物を、今まさに手にかかる寸でのところで邪魔され、逃がされたのだ。ラーザキダルクの眼には、隠兵王に向けられたものと同じくらい、強烈な殺意が込められていた。
しかし、沙弓は臆さない。
「てめぇら、どういうつもりだ?」
「私は私のしたいと思ったことをしているだけよ」
「目の前で殺しとかされると、胸くそ悪ぃんだよ」
沙弓の横に立ち、ドライゼも応戦する。
その後ろでは、一騎とテインが、少しだけ不安そうな表情を見せていた。内心では彼女の行動を止めたいところではあるが、堪える。それに、むしろ二人は沙弓側だ。
銃を向け、敵意にも近い視線で睨み、攻撃を仕掛けてきた二人を、ラーザキダルクも睨み返す。
「てめぇらの事情なんざ知らねぇが、奴はてめぇらを殺そうとしたんだぜ? 助ける理由はねぇだろ」
「そういう問題じゃないのよ」
「じゃあどういう問題なんだよ」
「あなたには言っても分からないわ」
取り合うつもりはあるのか、ないのか。
沙弓はなにも語ろうとしない。ただ、目の前の魔王と睨み合うだけだ。
しばらく膠着していると、やがてラーザキダルクが口を開いた。
「……まあいい。てめぇらがどういう理由で俺の邪魔をしたのか、真意は知らねぇが、なんとなく読めるぜ」
目線の次は、身体を向ける。
「目の前で殺しは胸くそ悪い、だったか。闇のクリーチャーの台詞とは思えねぇが、ルミスもよくそんなことをほざいてたから、分からないでもねぇが——」
カッと、ラーザキダルクのめが見開かれる。
「——甘いんだよ!」
そして、奈落の奥底から這い上がるような怒号が轟いた。
「最終的にてめぇらの主張は、状況の問題じゃねぇ。てめぇらの見てないところで殺せば問題ないか? いや、そうじゃねぇ。てめぇらの主張は、“殺しそのものを許容しない”だ」
「……どうかしらね」
はぐらかすが、意味はない。
その返答は、ほとんど肯定していることと変わらない。
沙弓も、ドライゼも、アルテミスとの邂逅もあり、生死の観念が非常に強い。それゆえに、ラーザキダルクの行為は無視できなかった。
ありていに言ってしまえば、特に沙弓は人間として、殺すほどのことをしなくてもいい、と暗に抗議しているのだ。
それが、ラーザキダルクの逆鱗に触れる。
「てめぇらの思考は、甘いしぬるいんだよ! 俺たちはてめぇらとは違う次元、違う立ち位置にいんだ! てめぇらの物差しで勝手に測るのは構わねぇが、その測ったものを押しつけてくんじゃねぇ!」
ラーザキダルクの怒声が放たれる。一つ一つの言葉が、感情的で重い。声量だけでも鼓膜を破きだが、さらに声の気迫が凄まじく、耳の穴をぶち抜きそうな勢いだ。
それでも沙弓たちは、口を一文字に結んで、ジッと彼を見つめていた。
「てめぇらの生活基準や倫理観なんざ知らねぇけどな、俺たちは今、常に死と隣り合わせなんだよ! 眠る時でさえも奇襲を警戒し、精神をすり減らし、肉体を酷使する。そんな恐怖の日々を送ってんだ! そのうえで、【鳳】の野郎どもに殺されてんだ! 毎日毎日、必ず! どこかで仲間が【鳳】に殺されてる! それでも! てめぇらは黙って見てろって言うのかよ!」
怒りをあたりにまき散らす。その間も、彼の頭で巡っているのは、仲間のことだった。
昨日死んだ仲間、一昨日死んだ仲間、今日死んだ仲間、明日死ぬ仲間——彼の怒りはすべて、【フィストブロウ】すべての怒りだ。
だからこそ、か。
沙弓は一度、口をつぐむ。
「…………」
「はっ、だんまりかよ。言い返す言葉もねぇか? てめぇらも、その程度の覚悟で俺の邪魔をしたってことなのか? あぁ?」
「……私には、私の思うところがあるのよ。自分の怨恨を、相手を手にかけることで清算するだなんて、認められないわ」
「あいつをここで殺しておけば、今日や明日、殺されるかもしれない俺の仲間が救われたかもしれない。そうだとしてもか?」
「そうだとしてもよ」
沙弓の返しに、ラーザキダルクは反応を示さない。激情に走らず、冷酷な眼差しも向けない。まるで表情が変わらないが、やがて溜息を吐き出すように、言葉を漏らした。
「……話になんねぇな」
それは諦めだった。
分かり合うことを放棄した瞬間だ。
殺意の込められた視線をよりいっそう強くして、ゴキゴキと腕を鳴らしている。
そして、構えた。
「今からあいつを追っても追いつけねぇだろうし、先にてめぇらからぶっ殺す」
彼の抱く殺意の矛先が決まった。今度は、沙弓たちを殺戮せんとする。
ラーザキダルクの殺気が肌に突き刺さる。気迫だけで痛みが走るほどだが、沙弓は顔色一つ変えずに、彼に立ち向かっていた。
そして、横で侍る相棒に、呼びかける。
「……ドライゼ」
「あぁ」
ドライゼは威嚇のために構えていた銃を下げると、ホルスターに仕舞った。
そして、カードの姿となり、沙弓のデッキに入る。
今にも飛び掛かり、沙弓の喉笛を引き裂くような視線で睨みつけるラーザキダルク。彼を牽制するように、沙弓は口を開いた。
「先にゲームのルールを決めておきましょうか」
「あん? ゲームだぁ?」
ラーザキダルクは露骨に苛立った表情を見せる。
「てめぇ、舐めてんのか? 【鳳】の奇天烈連中じゃねぇんだぞ。俺たちの殺し合いがゲームなわけねぇだろ」
「私にとってはゲームよ。殺し合いなんて物騒なものじゃなくてね」
「……はんっ。てめぇとはとことん話になんねぇな」
諦めたように吐き捨てるラーザキダルク。対する沙弓は、どことなく余裕を感じさせる佇まいで、淡々と言葉を発していく。
「ルールは単純にしましょう。勝った方が負けた方の要求を飲む。これでいいかしらね?」
「俺はてめぇらに要求なんざねぇがな。邪魔だからぶっ殺すだけだ」
「異論はない?」
「話になんねぇ奴に異論なんざあるわけがねぇだろうが。勝手に言ってろ」
「じゃあ勝手に言わせてもらうわ。交渉成立ね」
そうして、二人の間での会話は途切れた。
ラーザキダルクは地面を蹴り、一息で距離を詰める。凶悪な殺戮の爪を振りかぶり、ルールも交渉も関係なく、一方的な死を叩きつける。
しかし、
「残念ね。私たちのゲームは」
「こっちだよ」
ラーザキダルクの爪が、沙弓の肌に触れる直前。
神話空間が開かれた。
犠牲、殲滅、殺戮——死の形は様々で、死との接し方、死との経験は個人によって異なる。
沙弓とザキ。二人の衝突は、繊細かつ深淵な“死の観念”“死に対する向き合い方”が原因であった。
それは、二人にとっての譲れないもの。
二人が生きる上で、大きな位置を占めるものだ。
それゆえに、この衝突は避けられなかった。
深く暗い森の中で二つの闇が、互いの死を掲げて、激突する——