二次創作小説(紙ほか)
- 132話「煩悩欲界」 ( No.407 )
- 日時: 2016/06/26 02:14
- 名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: ugLLkdYi)
「ん……」
鼻孔をつっつく草木の香。微かな木漏れ日に照らされ、柚は目を開いた。
「ルー!」
「……プルさん?」
「ルールー!」
プルの声を聞きつつ、体を起こす。
森だった。木と草しか見えない。光が届く程度には明るい森だが、少しばかりの薄暗さが不安感を刺激する。
それに、それだけではない。
「……あきらちゃん?」
親友の名を呼ぶ。しかし、応答はない。
「ぶちょーさん、こいちゃん、かいりくん……みなさん、どこですか……?」
返事は来ない。柚の小さな声はすべて、森の中に吸収され、消えていく。
「ひとり、ですか……」
ふと、柚は思い出す。
あの『蜂』の存在を。
柚が『蜂』に寄生されたときも、柚は一人だった。仲間とはぐれ、一人になったところを狙われた。
あの時の恐怖が、柚の内側からじわりじわりと、染みるように広がっていく。
「ルー」
「あ……ごめんなさい。今はプルさんがいましたね」
しかし、すぐにハッと気づかされる。
そうだ。あの時と違って、今は彼女が、プルがいるのだ。本当の意味で一人ではない。そう思うと、心強かった。
「と、とにかく、みなさんを探さないと……でも、どこにいるんでしょう。それに、ここはどこなんでしょうか?」
「ルー、ルールールー、ルー」
「自然文明の森、ですか。みなさんも、この森のどこかにいるのでしょうか……」
そもそも、なぜはぐれてしまったのか。柚の記憶では確か、一瞬で終わるはずの転送中に、強い衝撃を感じて、気づいたらこうなっていた。
思い返してもよく分からない。暁のような考えなしではないとはいえ、自分は沙弓や浬のように頭も良くない。これだけの情報では、自分一人で考えても、答えは出せない。
だから柚は、自分のすべきことに尽力することにした。
即ち、仲間を見つけること。
他の皆も同じように自分を探しているだろうし、それが最優先事項であると、柚は考えた。
「でも、どっちにいけばいいんでしょう……」
まったくアテがないので、仲間を探そうにも、どこからどう手をつけていいのか分からない。
この森の中を探すべきなのか。それとも、一旦森から出るべきなのか。それすらも分からない。
勇気を出して一歩を踏み出そうとしたものの、視界は真っ暗。なにも見えないし、なにも分からない。
いきなり、足が止まってしまった。
ガサガサ
その時。
茂みから音がする。
「っ、誰、ですか……?」
この状況、この心境。『蜂』に寄生された時のことが、再び脳裏をよぎる。
また彼が出て来るのではないか。そんな恐怖が襲いかかる。
しかし。
「なんだ、【フィストブロウ】かと思ったが、ただの小娘か」
茂みから現れたのは、遊戯部の者でもなければ、『蜂』でもない。
袈裟を着た禿頭の男たちだ。三人いる。皆一様に同じ袈裟で、錫杖を持ち、頭も剃髪されているのであまり判別がつかない。
袈裟に禿頭。その出で立ちはまるで、僧侶のようだった。
男たちの一人が、また声を発する。
「小娘といえど、気を抜くな。【フィストブロウ】の一味の可能性もある。ノミリンクゥアやクスリケウッヅなどの例もあるからな」
三人の僧侶が、ジリジリと柚に迫り寄ってくる。彼女を逃がさぬよう、囲い込むように。
「あ、はぅ……プ、プルさん……」
「ルー……!」
想像していた恐怖ではないが、それとは違う、未知なる存在による恐怖が襲いかかる。
後ずさる柚。彼女を守るように柚が前に出るが、相手は三人。
しゃりん、しゃりんと錫杖が暗い森に響く。その音は少しずつ近づいていく。
僧侶たちの眼が一際鋭くなった。その時——
「——ふせろ!」
小さな影が飛び出した。
「っ!? 何者だ!?」
一瞬の出来事だった。
いくつかの閃きが見えた。暗闇の中で、キラ、キラ、となにかが煌めく。
「ぐおぉ!?」
すると、そんな断末魔を上げながら、バタバタと僧侶たちが倒れていく。
頭が現状の処理に追いつかない。柚が呆然としていると、
「こっちだ!」
「ルー!」
「はわっ……ぷ、プルさん……!」
プルがその声に引かれるように、森の奥へと進んでいく。柚も慌てて彼女を追って走る。
やがて、足を止めた。
どれくらい走っただろうか。足場の悪い森だ。慣れない場所を走ったせいで、酷く疲れた。
「ここまでくれば、だいじょうぶだ」
小さな影が振り返る。その姿を見て、柚は思わず呟いた。
「……かわいい」
それは人ではなかった。
等身だけなら、プルたちとさほど変わらない体格。全身が毛で覆われており、耳は大きく尖っている。背中の下側には、細めのモールのような尻尾が生えていた。
明らかに人間ではない。クリーチャーだ。背には風呂敷、腰にも刀剣を納めた鞘がぶら下がっている。
しかし、くりくりとした黒い瞳にはどことなく愛らしさがあり、小動物のような容姿も相まって、恐怖はまるでなかった。
「? どうした?」
「あ、いえ……その……」
「そういえばまだ、なのっていなかったな」
どことなく舌足らずで、幼い印象を与える声と口振りで、妖精と話ているような気分だった。
「おれのことは、ウッディとよんでくれ。おまえのなは、なんだ?」
「わ、わたしは、柚といいます……」
「ゆず、だな。おぼえたぞ」
ウッディはまっすぐに柚を見据えて、コクコクと頷く。
「あの、さっきはありがとうございました」
「ルールー」
「きにするな。あいつらは、おれのてきだ。このけんをぬくりゆうは、それでじゅうぶんだ」
ウッディは腰に下げた剣を揺らして答えた。
「ゆずは、あいつらにねらわれていたのか?」
「わかりません……あの、わたし、おともだちとはぐれちゃって、その……探している最中んです」
「そうか。なら、おれとおなじだな」
「ふえ?」
「おれも、なかまをさがしているんだ。ばらばらになってしまってな」
「そうだったんですか……」
同じ境遇の柚とウッディ。どことなくシンパシーを感じる。
それはウッディとしても同じだったのか、彼は柚を見上げて言った。
「これも、なにかのえんだ。また、あいつらがおそってくるかもしれない。おれが、ゆずをまもるぞ」
「え……い、いいんですか?」
「かまわない。おんなをひとりにしてのこすのは、あとあじがわるいしな」
キリっとした表情で言い切るウッディ。小動物のような姿のわりに、言っていることは男前だった。
出会って十分と、経たない仲だが、彼からは敵意を感じない。邪悪な気や、嫌な予感もない。プルも好意的だ。
心が落ち着く。穏やかな気持ちになる。そしてなによりも、信頼できる。彼の言葉、言動、出で立ち。そういったものではなく、彼から伝わる“心”から、そう思えた。
だから。
柚は、彼を頼ることにした。
「えっと……じゃあ、おねがいします。ウッディくん」
「おう。まかせろ、ゆず」
「報告します」
暗い森の中。
木の柱を何本か埋め込んで建てられた、簡易的なテントのようなものがあった。かなり簡素な造りだが、赤い紐が結わえつけられていたり、金の輪っかや鈴などが括りつけられていたりと、どことなく宗教的に見える。
テントの中に立つ人影に対し、袈裟を着た禿頭の男が、頭を垂れて告げる。
「三界隊第百二部隊が、何者かの奇襲に遭い、負傷しました」
淡々とした、事務的な口調だった。男はそのまま続ける。
「百二部隊の報告によりますと、奇襲に遭う直前、百二部隊は所属不明の娘と接触していたようです。そして、娘と接触した直後に奇襲を受けたとのこと」
「娘?」
そこで初めて、テントの中の人影は反応を見せた。
振り返り、袈裟の男へと問う。
「どんな娘だ?」
「報告によりますと、年端もいかぬ若い……というよりも、幼い娘だそうで。スノーフェアリーとおぼしきクリーチャーと共に行動しているとのことです」
「スノーフェアリーか」
「それと、これは不確かな情報なのですが……」
男が歯切れ悪く切り出す。
確定していない情報ほど、人を攪乱させるものはない。それゆえに、男も切り出しづらいのだろう。
「なんだ。申せ」
しかし人影は気にせず促す。
情報に惑わされるのは、情報の取捨選択と優先順位の決定ができないから。必要な情報を選択し、正しく優先順位を付けることができれば、情報に踊らされることはない。
上官に促され、男は報告する。
「百二部隊が奇襲に遭った際、クスリケウッヅと思われる姿を目撃したという情報があります。如何せん、奇襲された際のことですので、誤認の可能性もあるのですが……」
「ふむ……」
少し考え込む仕草を見せる。
木葉が擦れる音すらも吸い込むほどの静寂。
やがて、おもむろに口を開く。
「……【鳳】三界隊、参るぞ。【フィストブロウ】の可能性がある者共はすべて抹殺する。準備せよ」
「はっ! では、他の隊にも連絡を——」
「待て。話は終了ではない」
足早に急ごうとする男を制して、薄暗いテントの中から、木漏れ日の差す森の中へと歩む。
「本当にクスリケウッヅの存在が確認されたのならば、貴様たちでは苦心するだろう。それに」
その姿は、別世界から現世へと、移り変わるかのようだった。
「その小娘のことも気になる——儂も、出向こうか」