二次創作小説(紙ほか)

番外編 合同合宿1日目 「陽光の下に大海あり1」 ( No.416 )
日時: 2016/08/10 16:37
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: ugLLkdYi)

 太陽が燦々と降り注ぐ。
 砂上を焼く日差し。しかしその照りつけは、暑くもあるが、どこか心地よい。
 風が吹く。熱風の中にほんの少しの冷たさを感じさせ、磯の香りが鼻孔をくすぐる。
 見渡す先には、人、人、人。さらにその奥に見えるのも人。そのまた奥に見えるのは、限りない青色。
 時は八月中旬。そして、場所は——
「海だー! うわぁ、ひっさしぶりだなぁ!」
「うちの県には海ないものね。隣の県まで出張って来た甲斐あって、綺麗なところね」
「あきらちゃんがたのしそうで、わたしもうれしいです」
「……暑い」
 ——海。
 たった一言、たった一文字だが、それだけで気分が高揚してしまうほどに、魅力的な空間。
 遊戯部の面々——空城暁、霞柚、霧島浬、卯月沙弓、以上四人——は本日、海に来ている。
 いつもと違う環境、涼しげな海風と潮の香りは、彼女らに癒しを与える。ゆえに、毎日のように超獣世界に行き、精神をすり減らすような戦いを続けている彼女たちにとって、この上ない休息となるはずだ。
 だというのに一人項垂れている浬に、沙弓はやや呆れ気味に言う。
「なによカイ、消極的ね」
「別に海は好きじゃないしな。そもそも、よく分からん荷物を大量に持たされてる俺の身にもなりやがれ」
 浬は自分の荷物が入っているであろうボストンバッグの他に、キャリーバッグ、さらに登山にでも使うような大きなリュックサックを背負っていた。一目見て大荷物だと分かる。
 これを彼自身の意志ですべて持っているのならともかく、彼の荷物以外はすべて沙弓に無理やり持たされたものなので、彼としても
「可愛い女の子三人と綺麗なお姉さんの水着が見られる空前絶後の超サービスイベントなのよ。ギブ&テイクじゃない?」
「俺にとってのリターンは皆無だな」
 悪戯っぽく言う沙弓に対して、浬は素っ気なく返す。沙弓の言葉に過剰反応したら面倒くさいという思いと、疲労による倦怠感から、軽く流す。
「まったく、可愛げがないわねぇ」
「ねーねー! はやく泳ごうよ! もう待ちきれないよっ!」
「はやる気持ちを抑えられないのは分かるけど、ちょっと待ちなさいな。まだ来てないから」
「まだ来てない?」
 まだ誰か来るのだろうか、
「とかなんとか言ってたら、来たかしら」
 沙弓は視線を動かす。その先は、海岸沿いの道路。そこに、一台の白い車が停車した。
 そして、車から見覚えのある人影が二つ、出て来る。
 二つの影は運転席へと向かい、運転手となにか話していた。
「ありがとうございます、愛さん。わざわざ送っていただいて」
「いーっていーって。気にすんなこのくらい。それより、恋のこと頼むぞ」
「はい。本当にありがとうございます」
「おかあさん……ありがとう……いってきます」
「おう。楽しんできな」
 そうして、二人は今度はこちらへと向かってきた。
「あきら……っ」
「恋! 一騎さんも!」
 その二人は、日向恋と剣埼一騎。烏ヶ森の二人だった。
「待ってたのって、こいちゃんたちだったんですね」
「でも、烏ヶ森のみんなとは後から合流するって言ってなかった? それに、他の人たちは?」
「ミシェルたちは、まだ残ってる仕事をやってもらってる。実はちょっとごたついてて……夕方までには全部終わらせて来るってさ」
「大丈夫なの?」
「本当は俺もいた方がいいんだけど、恋が先に行くって聞かないし、恋を一人にはできないし……だから俺たちだけ先に来たんだ」
「あぁ……それは大変ね」
「だけど、皆なら問題ないし、皆も恋を気遣って送り出してくれたから、大丈夫だよ」
「うん……問題ない」
「お前が言ってもあまり安心感はないと思うが……」
 しかし一騎が大丈夫と言う以上は、大丈夫なのだろう。
 烏ヶ森の残りの面々は後から合流するとして、彼らの到着は夕方ぐらいになるとのこと。そうなると、ここでずっと待っているわけにもいかない。
「じゃあ、先に荷物を置きに行きましょうか。柚ちゃん、別荘までの案内を頼んでもいいかしら」
「は、はひ、わかりましたっ」
 どこか不安を煽られる様子ではあったが、柚を先頭にして、一度海から外れて山の方へと入っていく。
 山と言っても、歩くのは麓の辺りだけらしい。木々は多いが、道はそれなりに整備されており、人通りもある。歩き難さは微塵も感じられない。
 ちょうど木々が太陽を隠すくらいの林道に入ると、ふと一騎が口を開いた。
「……卯月さん、別荘って?」
 ずっと気になっていたのか、その口振りには、疑問が多分に含まれていた。
「ん? あぁ、今回の合宿における宿舎よ。寝泊まりする場所は必要でしょう? でも、旅館とかに宿泊するのはコストがかかるから、柚ちゃんの家の別荘を使わせてもらうことになったんですよ」
「……霞さんって何者?」
 一騎が少し顔をひきつらせている。彼にしては珍しい反応だった。
 そういえば一騎には柚の家のことを話していなかった。別段、隠していることでもないというか、周知の事実であることだし、一騎たちになら話しても構わないだろうと、おずおずと柚が口を開く。
「え、えっと……か、霞の家のもの、です……」
「霞って……もしかして、あの霞?」
「たぶんそれで合ってるわ」
「偶然の一致とかじゃなかったんだ……人は見かけによらないなぁ」
 一騎も霞という姓については知っていたようだ。感嘆を含む驚きを見せて、一騎は納得したようだった。
「でも、ありがとうね、柚ちゃん。私たちの遊びに、わざわざ別荘なんて借りちゃって」
「あ、い、いえ、わたしも合宿、楽しみでしたから……それに、わたしはおねがいしただけなので」
 でも、ぶちょーさんたちのお役にたてたようで、うれしいです。と彼女ははにかんだ。
「別荘って、どのくらいの規模かは分からないが、相当なものなんじゃないのか? よくそんなものを借りられたな……」
「おにいさんにおねがいしたら、すぐにかしてくれるって言ってました。食べ物や飲み物の用意とか、おそうじとかも、ぜんぶ先にやっておくって」
「至れり尽くせりね……そこまでされると逆に申し訳ないのだけれど」
 相手は仮にも極道なので、完全に安心安全、と言い切れないのが不安なところだ。柚の家の関係者を疑いたくはないが、後が怖い。
 しかし、一人娘とはいえ、柚のお願い一つでそこまでするというのは、少し異常とも感じられる。なにか裏があるのか、純粋な厚意なのか。もし仮に、後者なのだとしたら、
「なんとなく思ってたけど、柚ちゃんのお兄さんって、絶対に柚ちゃんのこと大好きよね」
「あー、わかる。そんな感じするよね」
「そ、そうでしょうか?」
「そうでなきゃ、妹のお願いでここまでやらないでしょ」
 と、いうことになる。
 ここは、柚の兄に感謝しておくべき、なのだろうか。
 しばらく歩くと、屋敷が見えてきた。ここが、霞家の所有する別荘なのだろう。
「うわ……大きい……」
「よくもまあこんなデカい別荘を借りられたものだ」
「それよりも、こんな大きなお屋敷を所有している方が驚きだよ……極道って凄い」
 各々似たりったりの反応を見せる。目の前にそびえる巨大な建造物を、数日間とはいえ自分たちが自由に使えるということに、現実味を感じられない。
「それじゃあ、荷物を置いたら、ちゃっちゃと着替えて海に行きましょうか」
「やったー! 待ってました!」
 暁が叫ぶ。最初に海に着いた時から疼いていたので、よほど楽しみにしていたのだろう。
 沙弓の言葉に異を唱える者もおらず、屋敷に荷物を置くと、皆で海へと向かっていく。