二次創作小説(紙ほか)
- 番外編 合同合宿1日目 「陽光の下に大海あり2」 ( No.417 )
- 日時: 2016/08/10 19:45
- 名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: ugLLkdYi)
完全に遊びの体を成しているが、暁たちがこうして集まったのは、名目上は合宿のためだった。
それも、東鷲宮と烏ヶ森における、合同合宿。
もっともその名称は本当に名目上であり、事の発端は「休みになったら皆で遊びに行きたいわね」と沙弓が何気なく言って「じゃあ恋とか一騎さんたちも呼ぼうよ!」と暁が便乗し「あきらと遊ぶ……絶対、行く……」と恋が制御不能になり「皆にも呼びかけて、なんとか夏に予定を合わせようか」と一騎の承諾も得て計画された、まごうことなき遊ぶことが目的の旅行だ。
しかし、ただ単純に遊ぶだけとも言い切れない。
この日のために、沙弓は一騎と打ち合わせをして、その上で入念な準備を重ねてきたのだ。
ゆえに、忘れてはならない。
遊戯部部長が、この合宿を計画したということを——
「海だあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
屋敷に荷物を置き、水着に着替えて、海に着くや否や、暁は駆け出した。
そして、咆哮の如き声を張り上げて、単身で真夏の砂浜を激走していった。
「あきら……待って……」
「あ、あきらちゃん、走るとあぶないです……というか、そんな大声をだすとはずかしいです……っ」
その奇行にしばし呆気にとられていたが、すぐ気を取り直した恋と柚が、彼女の後に続く。
「……はしゃぎすぎだろ、あいつ」
「正直なところ、私もそう思う。なにがあの子を駆り立てるのかしら」
遠くの方で小さな水柱が立つのが見えた。あの勢いのまま海に飛び込んだのだろう。危険行為として注意されかねないからやめてほしいと、切に思った。
「暁さん、怪我してなければいいけど」
「あれだけはしゃいで怪我してたら世話ないな。その時は自業自得だろう」
「まあ、ちょっとやそっとの怪我じゃ、今のあの子は止まらなさそうだし、放っておきましょう」
「大丈夫かなぁ……恋も」
「柚ちゃんもいるし大丈夫じゃない?」
「霞がいても不安だろう、あの面子だと……」
ドッボーンッ!
と、漫画みたいな擬音が轟きそうな海面を叩く音とと共に、水飛沫が飛び散る。いや、そんな生易しいものではなく、小さな水柱が立つほどの勢いだ。柚も恋も、生まれて初めて水柱というものを見た。
感動半分で呆然としていると、水面から暁の顔が飛び出した。
「ぷはっ! ふぅ、スッキリした」
「もうっ、あきらちゃん! あぶないですよっ!」
「あはははは! ごめんごめん。いてもたってもいられなくてさぁ。でも、もう大丈夫! 今ので頭冷えたから!」
本当だろうか。とてもそうには見えないが。
「それよりも、海だよ海! ゆずと恋もはやく!」
「は、はひ……」
「うん……」
「あ、ここ、意外とすぐに深くなるから、気を付けてね」
だからあんなに派手に飛び込んでも無事だったのだろう。かなり勢いつけて遠くまで飛んで行ったが、もしまだ浅瀬で、頭でもぶつけたらどうするつもりだったのだろうか。
いや、恐らくなにも考えていなかったのだろう。それでこそ暁らしいと言えば、らしいが。
「いやぁ、海はいいねぇ。本当に久しぶりだよ」
「……あきら、海、好き……?」
「んー? 好きっていうか、なんかテンション上がるよね! プールじゃ味わえないこの波の感じとか! 砂浜とか、潮風とか!」
思いのほか、風流な答えが返ってきた。しかしその気持ちは分からなくもない。
プールにも海や川などの、自然を再現した施設、設備はある。浜辺のように砂を盛ったり、波を起こしたり、流れるプールも、流れという点では海や川と通ずるところがあるだろう。
しかしそれらは、あくまでも再現。本物で味わう感覚には敵わない。
「まぁ、それだけじゃないけどねー」
スッ、と。
暁の目つきが、目の色が、ほんの少しだけ変質する。
「薄着……もとい水着の女の子がたくさん見られるからね。天国みたいなところだよ」
「……あきらちゃん?」
「おっとっと、なんでもないよ。それよりどうしよっか。浮き輪とか、ボールとか持って来てる?」
「……つきにぃがいくつか持って来てた」
「ぶちょーさんも、ボールなら用意するって、言ってましたよ」
「そっかぁ。じゃあ部長たちのところに一回戻る……前に、もう少しだけ、ここで観察、じゃない。海に浮かんでよっか」
暁は仰向けに近い態勢を取って、器用に水面の上を滑っていく。
「はぅ、でもわたし、泳げません……これ以上ふかいところだと、足つかないですし……」
「私も……」
「……やっぱり一度、部長たちんところ戻ろうか」
「さーて、どうしようかしらね」
砂浜にビニールシートを敷き、パラソルを立てて、荷物を置く。とりあえず拠点は完成した。
「とりあえず、誰か一人はここで荷物番をしてなきゃいけないけど」
「なら俺がする。動きたくないからな」
「清々しいくらいに引き込もり丸出しの発言ね」
「まあ、霧島君は眼鏡があるから海に入りにくいよね」
「仕方ないわね。と言っても、私もまだ出る気はないんだけど。もう少しくつろいでから——」
「ぶちょー!」
と、沙弓が腰を下ろそうとしたとき、溌剌とした声が響いた。
「暁! 無事だったのね」
「え?」
「一人で海に飛び込んで帰ってこないから、海底に頭を打って溺れたのだとばかり……みんなでライフセーバーの人に助けを求めに行こうかって話をしてたのよ」
「えぇ!? そうなの!?」
「いや、そんな話はしてないよ……」
「部長、変に現実味のある嘘を吹き込むのはやめろ」
「なんだ、嘘か……」
「でもいきなり爆走して海に飛び込むのはやめてちょうだい。ちょっと、いやかなり、私たちも恥ずかしかったから」
「大事なのはそこなんだね……うん、ごめんなさい」
そんな茶番を繰り広げるうちに、はっと暁は思い出したように口を開く。
「そうだ部長、ボールとかない?」
「ボール? あぁ、いくつか持って来たわ」
「いくつか? そんなにいらんだろ、ボールなんて——」
「硬球と軟球、どっちがいいかしら」
「野球ボールかよ! 海になんてもん持って来てんだあんた!」
「残念、テニスボールよ」
「テニスボールは硬式軟式だろ!」
「霧島君も、そういう問題じゃないよね?」
ツッコミがおかしな方向に逸れる。脇で棒立ちになっている暁は、そもそも硬球と軟球の意味すら理解していないようだった。
「よく分かんないけど、ボールないの?」
「大丈夫よ。ちゃんと持って来てるから。何ポンドがいいかしら?」
「いい加減にしろ」
と、いよいよ収拾がつかなくなりそうだったので、そうなる前に沙弓の頭を殴って止める。手加減はしたので問題はないはずだ。
「はいはい。ちょっと待っててねー」
やっとまともに動く気になった沙弓は、自分の荷物の中から潰れたビーチボールを取り出すと、それを暁に手渡した。
「空気は自分たちで入れてね。それじゃあ、頑張って」
「えー、部長も一緒に遊ぼうよー」
「私は暑いから動きたくないわ」
「おい、さっきの台詞そのまま返すぞ」
彼女の言う、引きこもり丸出しの発言を、自分自身でしているのだから世話ない。
面倒くさそうな顔をして、動く気配を感じさせない沙弓だったが、暁も負けじと彼女の腕を引っ張る。
「そんなこと言わずにさー、行こうよー、遊ぼうよー。ゆずと恋も向こうで舞ってるんだからー。ねーねー」
「あーもう、腕引っ張るのはやめなさい、子供じゃないんだから……分かった分かった。仕方ないわね。ちょっとだけ付き合ってあげるから」
「ほんと? やった! じゃあはやくはやく!」
「わかった、わかったから! 引っ張るのやめて——」
暁に腕を引かれて、そのまま沙弓は砂浜の向こうへと消えてしまった。