二次創作小説(紙ほか)

番外編 合同合宿1日目 「陽光の下に大海あり3」 ( No.418 )
日時: 2016/08/11 15:00
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: ugLLkdYi)

「……面倒なのと、うるさいの。二人が同時に消えたな」
 沙弓が暁に連れて行かれてしまうと、ぽつりと呟いて、浬はビニールシートの上に腰を下ろす。
 女子たちがこぞって行ってしまったので、自分はここに残るしかなくなった。そもそも、それを望んでいたのだが。
 さて、暇つぶしに持って来た本でも読もうか。しかし、浜辺とはいえここは海だ。それに、よく考えたら潮風で本が傷むのではないかと思い、どうしようか考え込んでいると、隣に誰かが腰掛ける。
 一騎だった。
「……行かなくていいんですか?」
「うん。ここから見ておくよ。暁さんや卯月さんはいるけど、恋のことも心配だし。監視員、じゃないけどね」
「そうですか」
「本当は一緒にいた方がいいんだろうけどね。ほら、海だとナンパとかもあるし」
「……はっ」
「今の鼻での笑いは……?」
「いや、なんでも」
 しかし過剰に心配することではないだろう。なんだかんだ彼女らはまだ中学生だし、ここからなら、彼女たちの姿も見える。だから一騎も、彼女たちには混じらず、ここにいるのだろう。
 だが、それだけではないようだ。
「それに、霧島君とも、少し話をしておきたいなって思ってたんだ」
「俺と?」
「うん。ほら、東鷲宮と烏ヶ森って、実はあんまり交流がないじゃない? だからこそ今回の合同合宿が企画されたんだけど……それがなくても、もっと鷲宮の人たちと交流を持っておきたいと思ってたんだ」
「はぁ」
「それと、俺個人として、霧島君と話がしたいと思ってたし」
「……なんで俺なんですか?」
「特に理由はないよ。ただ、ほら、鷲宮に男の子って、霧島君しかいないからさ」
 確かにその通りだが、だからなんだというのだろうか。気を遣っているのだろうか。しかしそれはいらぬ心配だ。
「女所帯に男一人ってのは、俺が一番自覚してますよ。別にもう気にしてないです。男みたいな奴と、気にするだけ無駄な奴がいますし」
「あぁ、いや、そんなつもりはないんだけどね。ただ、男同士、話したいこともあるってだけで」
「……?」
 よく分からなかった。彼がなにを考えているのか、なにを狙っているのか、なにが目的なのか。
 女だらけの団体の中に男一人。今日も一騎たちが来るまではそうだった。その気苦労に、気を遣っているのではないのか。
 自然と疑るような視線を向けてしまう。それを見て、一騎は軽く笑う。
「前に卯月さんからちょっと聞いたけど、霧島君って、なんというか、目的をはっきりさせたがるんだね」
「部長から……どういうことですか?」
 あの女は一体なにを吹き込んだのか、と今はいない彼女を恨みまがしく思いつつも、一騎の言葉を待つ。
 彼はなにを言い、なにを伝えようとしているのか。
「えっとね、少し強い言葉になるんだけど、霧島君は「どんなことにも必ず意味があるし、行動することにはすべて意義を持たせなければならない」みたいな考えは、どう思う?」
「……まずは、前半と後半で区切りますね。まず前半ですが、無意味な物事はこの世界には存在します。薬にも毒にもならない、意味のないものだってあります」
「ふむ、成程ね。じゃあ、後半は?」
「極論だと思いつつも、基本理念は賛同できます。無意味なことをしても仕方ないですからね。人間に与えられた時間は有限なわけですし、無駄はできるだけ省きたい」
「……君は本当に中学生かい?」
 抑えているようだが、一騎は小さく苦笑いを浮かべていた。それを見て浬は、溜息を吐きそうになる。
 やってしまった。過剰に隠しているつもりはないが、自分の考え方が歳不相応なことは理解している。だから、今のようなことを言っても、マセたガキだ、と思われてしまうのだ。同級生に同じことを言っても、理解されないか、変な奴と後ろ指を指されるだけだろう。
 実際、昔からそういうことはよくあった。小学生の頃から、なにを言っているのか分からない、難しい言葉ばかり使って気取っている、厨二病、エトセトラ——そんなことはよく言われたものだった。最近では、かなり抑えるようにして、できるだけ人前では出さないようにしていたのだが。
 一騎からは、それと似た雰囲気を感じた。
 だが、彼はすぐに柔和な表情に変わる。
「でも、そうやってしっかりと物事を考えられるのは、いいね」
「っ……」
 返ってきた言葉は、今までにない、柔らかな言葉だった。
「中学一年生で、人間に与えられた時間は有限だ、だなんて、なかなか言えないよ。歳不相応ではあるけど、将来設計がしっかりしてる証拠だね」
「……そうですか」
「将来、なにかやりたいことでもあるのかな?」
「…………」
「あ、話が逸れちゃったね。さっきの質問はそういうことを言いたかったんじゃなくて、すべてのことに意味があるとは限らない、ってことだよ」
 話を巻き戻す一騎。
 しかしその言葉は、浬も肯定したことだ。
「俺も全部の物事に意味があるとは思ってませんけど。そう言いませんでしたか」
「そうだね、俺が言葉足らずだった。だからね、他の人によって引き起こされる物事でも、特に意味のないことはあるってことだよ。自分では無意味を生み出さないかもしれないけど、無意味なことを生み出す人もいるんだよ」
「あぁ……」
 理解した。要するに、自分の考えが他人にも通じるとは思うな、ということなのだろう。恐らく。
「霧島君は、特に目的のないお話は嫌いかな?」
「まぁ……積極的にしたいとは思いませんね」
「しても意味がないから?」
「俺の考えだと、そういうことになりますか」
 目的がないということは、その行為の結果に成果が伴わないということ。簡単に言えば、無駄だ。
 無駄なものは嫌いだった。非合理的で非生産的。生きるうえで、そのようなものに価値を見いだせない。
 徹底しているとは言い難いが、この考え方を曲げるつもりはなかった。生きるということは、如何にして無駄を省いていくことか、と思っているくらいだ。
 しかし残念ながら、この考え方はあまり理解されない。例の部長に話した時も「完遂できないことを考える方が無駄よ」などと切り捨てられてしまった。
 だから今も同じような答えが返ってくる。浬は、そう思っていたが、
「そういう考えも、否定はできないよね。せっかく色んな経験をしても、それが自分の力にならないのは、誰だって嫌だろうし」
 一騎の言葉は、浬の予想とは違うものだった。
 否定しない。理屈っぽくて、冷酷とさえ言われたことのある思考回路。それを、彼は拒絶しなかった。
 そのうえで、彼は続ける。
「俺からしてみれば、如何にして無駄なものを有益に変えるか、ってことが肝要だと思うんだけどね」
「無駄なものを有益に変える……?」
「そう。一見すると無駄に見えること、実際にやってみても、やっぱり無駄だと思えたこと。そういうことはたくさんあると思うけど、その主体は自分なんだ。自分の行動次第では、得られる成果はどんな形にも変えられる……そうは思わない?」
「…………」
 返す言葉もなかった、と言うと、まるで自分が論破されたように聞こえるが、そうは感じなかった。
 最初に否定されなかったからなのか。それとも彼の物言いがそう感じさせるのか、分からないが、言いくるめられたという感覚はない。
 むしろ、視野が広がったような気分だ。
「自分の経験を自分の身にするのは、自分だからね。自分の努力次第で、いくらでも変わるさ。どんなことでも、ね」
 そう締め括る一騎。
 彼の言葉が、胸の中にスッと浸透していく。
「って、なんだか説教みたいになっちゃった。ごめんね、変な話して。本当はこんな話するつもりなかったんだけど……退屈だった?」
「……いえ。そんなことは、ないですよ」
 そう。そんなことはない。
 自分の考え方が如何に狭かったかを教え込まれた。よく頭が固いと言われる浬だが、こんな風に、自分の考えを発展させ、昇華させられたのは、初めてだった。
 お人好しで、温和で、周りに流されそうな人だと、どこか侮っていた。実際そうなのかもしれない。しかしそうだとしても、彼は自分よりも、数段上に、数歩前に立っている男だ。
 ほんの少し話をしただけだが、それだけは分かった。
 いや、好ましくない表現ではあるが、そう“感じた”。
「まあ、今のは俺の、っていうか元々は先輩の受け売りで、それを俺なりに考えた結果なんだけど——だから、あんまり気にしなくていいよ」
「いえ、身に染みました」
 自分次第で、無駄なことでも有益に変えられる。
 気づこうと思えばすぐに気付けたことかもしれないが、それを知ろうとも思わなかった自分は、視野が狭かった。
 見聞と視野の広がり、そして自分への戒めを深く刻み込みつつ、その後も二人は会話を続けた。