二次創作小説(紙ほか)

番外編 合同合宿1日目 「陽光の下に大海あり4」 ( No.419 )
日時: 2016/08/11 21:13
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: ugLLkdYi)

 他愛もない、学校のこと、勉学のこと、趣味のこと、部活のこと——なんでもない話がしばらく続いたところで、四人が戻って来た。
「ふぅ、遊んだ遊んだ。海を満喫した気分だよ!」
「この子の体力はどうなってるのかしら……倒れそうなんだけど……」
「はひ……わたしも、です……」
「あきらについてくの、ちょっと、大変……ニートには辛い」
 戻ってきた四人の中で、暁だけ満足そうに笑顔を見せていたが、残りの三人は一様に疲れ切っていた。遠くからちょいちょい眺めていたが、随分と彼女のに振り回されたようだ。
 頭は弱いが、身体を動かすとなると、暁の能力も生かされるらしい。
 三人の様子を見て、一騎が口を開く。
「疲れたなら、お昼にしない? 時間もいい頃合いだし」
「あぁ……もうそんな時間なのね」
「そういえば、お昼ってどうするんですか?」
「特に考えてないわ。食材は屋敷にあるって聞いてるけど……」
「えー。今から作る気にはなれないなぁ。ご飯食べたらまた遊びたいし」
「どこまで行く気だこいつは……」
 どうやらまだ動くつもりらしい。普段は遊戯部でデュエマばかりしているから気付かなかったが、暁は思った以上に体育会系なのかもしれなかった。
「別にお昼ぐらいは俺が作ってもいいけど……」
「それはそれで魅力的な提案だけど、今から屋敷に戻るのも面倒だし、せっかく来たんだから、あそこで食べて行かない?」
 と言って沙弓が指差したのは、砂浜にぽつんと立つ、壁が吹き抜けられた小屋。
 いわゆる海の家だ。
「でも、人で混んでるんじゃないかな? 時間も時間だし」
「とりあえず行ってみてもいいんじゃないんですか? 混んでたらその時に考えましょう」
「無計画だな……」
 しかし沙弓の言うこともある程度は賛同できる。
 またも、特に異を唱える者がいなかったので、とりあえず一同は、海の家へと向かって行った。



 やはり、思った通り海の家はかなり混雑しているようだった。
 この炎天下もあるのだろうが、流石に列を作って並んで待つような人はいないが、それでもパッと見て、人でごった返していることがわかる。
 とりあえず小屋の前までは来たものの、この混み具合を見て、入るかどうか悩んでいると、従業員らしき女性がこちらに気付いた。
「らっしゃい! 六名ですか? たぶん少し待ってもらうことになりますけど」
「どのくらい待ちますか?」
「んー? ちょっと待っててくださいねー」
 と言うと、女性は店の方に顔を出して、誰かを呼ぶように声を張り上げる。
「おーい、リュウ坊!」
「ナガレだ」
 すると、すぐさま一人の男が現れた。
 男というより、少年だ。歳は暁たちよりも3、4歳ほど上だろうか。大人びているが、高校生ぐらいに見える。背は高めで、線は細いが、腕や胴を見ると、それなりに引き締まっているようだ。
 眼はぼんやりとしているようで、虚空を感じさせる、たゆたうような雰囲気。それでもそこにいるという確固とした気配。とにかく、掴みどころのないような、不思議な少年だった。
 そして、そんな彼に反応を示す者が、二人。
「っ……」
「あなたは……!」
「恋? 一騎さん? どうしたの?」
 珍しいことに、二人は動揺しているようだった。恋は目を見開いており、一騎も震えている。
 そして二人の視線の先には、少年がいた。
「? なんだ?」
「…………」
 疑問符を浮かべている少年。恋はなにか言おうと口を開こうとして、すぐに閉じる。自分でも、なにを言えばいいのか、分からない様子だ。
 そんな恋に代わって、一騎が前に出る。そして、少年に告げた。
「……お久し振りです。覚えてますか? 俺たちのこと」
「……? 誰だ?」
 覚えていないらしい。
「えっと、五年前……に、なりますか。鳥羽田少学校の……」
「五年前……鳥羽田小……あぁ」
 思い当たる節があったようで、少年は思い出したと言うように声を発する。
「あの時は、すまなかった」
「あ、謝らないでください。むしろ、こっちこそ、まだあの時のお礼を言ってなくて、申し訳ないです。あの時は、本当にありがとうございました……恋」
「ん……その……ありが、とう……」
「礼を言われることではないのだがな。結局、俺のしたことは、結果的にはなんの解決にもならない、無意味なことだったのだからな」
 しかしその例は受け取っておく、と少年は言う。
 三人の中で話が広がっていく中、遊戯部の面々、そして女性は置いて行かれていた。
「なに? なんのこと?」
「たぶん、恋の小学校の頃のことじゃないかなぁ……昔、上級生に助けてもらったことがあるって、一騎さんが言ってたような気がする」
「まぁなんでもいいが、リュウ坊。客を待たせるなよ。後ろが詰まったらどうする」
「ナガレだ。とりあえず中に入れ。ちょうどさっき、大人数の客が捌けたところだ。席は空いている」
 それはちょうどよかった。
 そのまま六人は、少年に促されるままに席につき、ランチタイムへと入る。



 少年は、水瀬流と名乗った。今は高校二年生で、先ほどの女性従業員——というより、ここの店長らしい——とは浅からぬ付き合いで、地元ということもあり、夏になるとこの海の家を手伝っているそうだ。
 六人が各々昼食を食べ終えたところで、流がやって来た。
「食い終わったか」
「あ、はい。美味しかったです」
「俺が作ったわけではないから世辞はいらんぞ」
「お世辞抜きでも、普通においしかったと思うけど……」
 メニューは定番のやきそばやカレーやラーメンといったものだが、確かに味は良かった。特に、妙に盛られていたイカやワカメや魚の切り身などの海産物が絶品だ。
「ところで、ずっと気になってたのですけど……」
 流が食器をトレイに乗せている最中、柚がおずおずと尋ねる。
「あの、向こうにあるのはいったい……?」
 柚が指差す方向には、区切られたスペースができていた。そしてそこには幾人もの子供が集い、そして見覚えのある台があった。
「あれか。あれはデュエマスペースだ」
「なんで海の家にそんなものがあるのよ……」
「子供が遊ぶスペースだな。賑やかしにもなる」
「海に来てまでデュエマやってんなよ……」
 至極もっともである。
 さらに理由を付随するなら、店長の趣味らしい。正確には、店長の昔馴染みとデュエマを通じて交友が深かったから、思い入れがあるのだとか、その友人に集客効果が望めるようなことはないかと尋ねた結果だとか、色々あるようだが、どこまで本当で本気なのかは分からない。
「せっかくだ。お前たちもやっていくか?」
「え? いいんですか? でも、お仕事の邪魔になるんじゃ……」
「構わん。そもそも、あそこで子供の相手をすることが、本来の業務だからな」
「そうなんだ……」
 彼と店長との間に、どのようなやり取りがあってそんな役目を任されているのか。
 しかし通常時は普通に接客や、場合によっては厨房も任されているようなので、この海の家に関することなら、ほぼすべて手伝っているのだろう。
 さて、そうなると、誰があのスペースを使うかになる。子供たちもいるので、使うなら一回にしておきたいが。
 すると、恋が口を開いた。
「……あの」
「どうしたの、恋?」
「……私と、デュエマ、してほしい……」
 珍しく、恋から名乗り出た。
 それも彼女が視線を向けているのは、暁でも一騎でもなく、流だ。
「……俺とか?」
「うん……」
「……分かった」
 少々意外そうな顔をしていたが、流れはゆっくりと頷く。
 そして彼は、対戦スペースへと向かっていく。
「それにしても、恋から言い出すなんて珍しいね」
「……あの人とは、一度、ちゃんと話しておきたかったから……それに」
「それに?」
「あの頃の私は、もういないから……今の私は、今ここにいる私だから……」
「……そっか」
 言葉足らずだが、彼女も流に対して、大きな恩義を感じている。そのことだけは、伝わってきた。
 恋も流の後ろに付いて、対戦スペースへと移動する。そこでは、流が子供たちに囲まれていた。
「リュウー! オレとデュエマしようぜー!」
「なぁリュウ! この前のアレ、どうやんのかおしえてくれよー」
「リュウくん! デッキが上手く組めないんだけど、どうすればいい?」
「俺はナガレだ」
 集る子供たちに対しても、その一言ですべて斬り捨てた。無情なのか面倒くさいだけだったのか。しかし子供たちは、そんな風にあしらわれてもまったく堪えていない。むしろ嬉しそうに、楽しそうに彼についていくばかりだ。
 その光景だけで、彼は子供たちに慕われていることが分かった。
 ただ同時に、海岸にはどのようなコミュニティが形成されているのか、少々疑問を感じたが。
「少し懐かしい客との対戦希望があるから、お前たちのことはまた後だ」
「本気のデュエマ? マジなデッキ使うの?」
「あぁ、そうだ」
「ってことは、リュウのアレみれるの? ネプなんとかっていうの!」
「出せればな」
「わぁ、リュウくんの本気のデュエマって久し振りだね。楽しみ」
 と、子供たちも楽しそうに騒いで観戦に回る。
 なんとなくアウェー感が漂う状態だが、そんなことを気にする恋ではない。デッキケースを握り締め、かつての恩人と相対する。
「……始めるか」
「うん……」
 そうして、恋と流。二人の対戦が、始まった。