二次創作小説(紙ほか)

番外編 合同合宿1日目 「花園へ至る道の防衛線2」 ( No.423 )
日時: 2016/08/15 15:13
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: ugLLkdYi)

「——リュンさん、大丈夫ですか?」
「あぁ、氷麗さんか……ありがとう」
「また、随分とボロボロになりましたね……」
「まったくですよ……けほっ。連中ときたら、隙を見ては僕のところに押しかけて来るんだ。相手をするのも大変ですし、逃げ回るだけでも精一杯です。その逃げ回るにしたって、連中はどんな鼻をしているのか、すぐに嗅ぎ付けて来るんですけど」
「確か、ウルカさんが向こうにいると仰ってましたよね。なら、端末に発信器のようなものがつけられているとか……」
「ごほっ……その可能性もありますね。だから、こうして逃げる合間に調べてるんですけど、専門外だからなかなか上手くいかないんですよね。時間も少ないですし」
「なら一度、向こうに戻ってもいいのではないでしょうか? 座標を特定しているのは私たちだけですから、流石にあちらの世界にまでは来れないでしょうし」
「いや、なにがあるか分かりませんからね。かふっ……暁さんたちになにかあったら困るから、最低限のことはこっちで解決しないと」
「……ところで、風邪ですか? さっきから咳き込んでいますが?」
「さぁ、どうでしょう。免疫力には自信あるから、ただの風邪だとは思わないけど……まあ、些事ですよ、この程度。それに、これだけボロボロにされたら、多少のウイルスは関係ないです……ごほっ、ごほっ」
「そうですか? まあ、リュンさんがそう言うなら、そういうことにしておきますけど……でも、逃亡生活もそろそろ限界では?」
「確かにそうですね。いい加減、どこかで見切りをつけないと……って、言ってる傍から、来たようですね」
「応戦しますか?」
「僕はね。氷麗さんは逃げてください。今、あなたがやられる方がまずい」
「……このことは、皆さんに伝えますか?」
「いや……まだ、よしておきましょう。落ち着いたら、ちゃんと説明します。そこまで緊急でもないですからね」
「その様子で言われても、説得力ないですよ」
「ははは、そうですね……それじゃあ、また後で。」
「はい。次は、なにか食べられるものを持って行きます」
「ありがとうございます。連中を切り抜けたら、東の方——火文明の山を超えて、水文明の沿岸地域の方に移動する予定です」
「了解です。では、お気を付けて——」



 急ごしらえの夕飯は、それなりに成功だった。
 調理器具はほとんど揃っており、暁がピザ生地とオーブンを、一騎がパスタと大皿を見つけたので、皆で取り分けられるような料理にしようということになり、一品一品にあまり時間をかけず、それでいて量を作るという課題もクリアできた。洗い物は大変だったが、そこは人数がいて、台所もやたらと大きかったので、特に問題はなかった。
 そうして夕飯を終え、今で皆が自由時間を謳歌している時だった。
「そういえば、風呂ってどうなってるんだ?」
 ふと浬がそう言った。
「なによカイ、そんなにお風呂に興味あるの? やらしいわね」
「ぶん殴るぞ」
 沙弓の軽口にいちいち反応しても仕方ないと思いつつも、拳を握る浬。今日だけでも実際に何度か殴っているので、その拳は見せかけではないことが既に証明されている。
 しかし、入浴の問題があるのも確かだ。
 海に行く時には、暁があまりにも急かすのでこの屋敷の設備確認を怠っていた。そのため、この屋敷の風呂事情がどうなっているのかは分からない。
 一人ずつ入らなければいけないのか、それとも大浴場のようなものがあって、男女で分かれているのか。ここは銭湯ではないので、流石に後者はないだろうが。
「この屋敷の施設説明は柚ちゃんに一任するわ。はい、柚ちゃん。どうぞ」
 質問を受けた沙弓は、そんな風に柚へとバトンを投げ渡す。
 確かに、この屋敷については沙弓によりも柚の方が詳しいだろうが、あまりに投げやりな態度で、少し腹が立つ。
 しかしその立腹も、柚の言葉ですべて吹き飛んだ。
「は、はひっ。えっと、このお屋敷には、温泉が湧いてるそうです……」

『温泉!?』

 その場にいた全員の声がはもる。それらの声は一様に、吃驚に満ちていた。
「屋敷に温泉だなんて、極道って凄いのね」
「絶対そういうことじゃないと思うがな……」
「誰が管理してるんだろう……」
「えっと、でも、混浴らしいので、時間をずらして入らないと、ダメですね……順番、どうしましょう?」
 流石に旅館などではないので、男湯、女湯と分かれているわけではないようだ。
 時間をずらせば問題ないが、ならば問題となるのは、どちらが先に入るかだ。
 正直なところ、多くの者は先だろうが後だろうがどちらでもいいし、どちらになったところで不平も不満も出ないのだが、とはいえ温泉などという言葉を聞いてしまえば先に入りたいと思うわけで。
 結論を出すなら、どちらかと言えば先がいいが、後になっても不満はないという、順当かつ調和的で単調極まりない回答が返ってくるだけだ。
 それでも、その調和を乱しそうな人物がいるので、問うてみるが、
「あきらちゃんは、どっちが……って、あれ? そういえば、あきらちゃんはどこですか?」
「ん? 言われてみればいないわね。どうりで静かだと思ったわ」
「恋もいないな」
 気づけば、暁と恋、両部の問題児二人の姿が見えなかった。
「二人でどこかに行ったのかな?」
「……あり得る話なのが怖いわね」
「? どこが怖いんすか?」
「まあ、もしもそうなったら手遅れってことで。柚ちゃんとの一件以来、あの子も大人しくなったし、大丈夫だと信じましょう」
 無情だった。
 しかしそうだった場合はもう手の施しようがないことも事実なので、仕方ないことなのかもしれない。
「じゃあ、順番はどうする?」
「どうするって、そんなの決まってるじゃない」
 スクッと立ち上がる沙弓。
 彼女は最初からそうであると決めっているかのように、声高に宣言した。
「女子と男子でそれぞれ代表を立ててデュエマをすればいいのよ」
「……いや、意味わからんし、デュエマする必要はないだろ」
 もっともな指摘だ。
 しかしそんな当たり前の指摘を無視して、沙弓は続ける。
「でも、そのままデュエマしても面白くないから、こうしましょうか」
「まずデュエマを確定させんな」
 浬の抗議も虚しく響くだけ。沙弓は止まらない。
 反論を続けようか少し考えたが、このままだと無視され続けるだけだと半ば諦めることにした。とりあえず今は、口をつぐんでおく。
「今この場には、ちょうど女子四人、男子四人いるわ。それぞれの代表者が、その四人のデッキを“合わせて”対戦するっていうのはどう?」
「……意味が分からん。つまりどういうことだ?」
「じゃあ具体的に言うわね。それぞれ代表者を立てる……まあこれは、遊戯部から私、烏ヶ森から剣埼さんでいいかしらね。この二人でデュエマする」
 もはやデュエマで入浴順を決めることは確定事項となっているようだ。異を唱えたそうにしている者は浬の他にも見受けられるが、とりあえず今は黙っている。
「で、デッキだけど、女子は私、柚ちゃん、シェリー、黒月さんの四人のデッキを全部混ぜて一つのデッキとする。男子は剣埼さん、焔君、夢谷君、カイの四人のデッキを一つにするの」
「……つまり、40枚×四人で160枚のデッキを使うってことか?」
「そうよ。混沌としてて面白そうじゃない?」
「馬鹿じゃねぇのか?」
 四人のデッキを合わせるだなんて、どれほど荒唐無稽なことだろうか。
 まず、四人のデッキの方向性が同じとは限らない。いや、バラバラであるとさえ言えるだろう。コンセプトだけでなく、文明だって違うのだ。特に遊戯部の面子は単色デッキを使用しているので、特に調和性がない。そのうえ、いつもの四倍の枚数で対戦を行うとなれば、今まで通りの効率計算もできないし、そんなジャンクデッキがまともに動くわけがない。それに、他人のデッキを混ぜるなど、マナーの面でも問題だ。自分のデッキを他人に握らせるだなんて、ましてやそれを他のデッキと混ぜるだなんて、好ましく思わない人もいるだろう。それどころか、嫌悪感を示すことも十分あり得る。
 そう、思っていたのだが、
「楽しそうだね。いいんじゃない?」
「自分も面白そうだと思うっす」
「他人が自分のデッキを動かしているところは、確かに見てみたいかもしれませんねー」
「わ、わたしは、その……ぶ、ぶちょーさんがいいと言うなら……」
「……マジか」
「諦めるしかないな、これは。あたし個人としては、別に問題はないが……」
 思った以上の好感触。まともそうなミシェルも抗議を放棄している。
 同じく諦念の滲んだ雰囲気を出している美琴が、浬に尋ねた。
「ねぇ、あなたたちのところの部長って、いつもこんなんなの?」
「今日はいつにも増して暴走してるっぽいな……流石に止めたいところだが……」
「止まらないでしょうねぇ。ああいう人が、ああなったら」
「……なんか場慣れしてますね?」
「去年の部長が、今のあなたたちの部長に似てたのよ」
「それは……大変でしたね」
 あんなのに似た部長がこの世に何人もいると考えると、ぞっとしない話だ。
「それじゃあ、各々準備しましょうか。今からデッキを弄るのはなしね」
 と沙弓が言い出して、もはや逆らえない雰囲気。
 浬も完全に諦めて、大人しくデッキを出すことにした。