二次創作小説(紙ほか)

番外編 合同合宿1日目 「花園へ至る道の防衛線9」 ( No.430 )
日時: 2016/08/19 08:45
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: ugLLkdYi)

「負けちゃったわね……いいところまで行けたと思ったんだけど」
「お疲れさまです、ぶちょーさん。惜しかったですね……」
「《ハンゾウ》を出し惜しみしすぎたな。お前の言うように、《ガウル》が残ってる時に、とっとと使ってた方がよかったかもしれない」
「それでも大きなプレミはなかったと思いますけど……それでも、負けは負けね」
 対戦が終わった。勝者は一騎たち男子陣。一番風呂の権利は、彼らに与えられた。
 と、その時だ。
「ただいまー……って、あれ? みんな、なにしてんに?」
 ひょっこりと、何食わぬ顔で暁が戻ってきた。
「あ、あきらちゃんっ! もう、どこいってたんですか? 心配したんですよ!」
「色んな意味でね」
「あー……まあ、ちょっと散歩かな……」
「散歩……?」
「そういえば暁にはまだ言ってなかったわね。このお屋敷のお風呂は温泉だって、凄いわよね、柚ちゃんの家って」
「へ、へぇ、そうなんだ……うん、すごいね」
「……?」
 どこかおかしな様子の暁。温泉と聞いても、反応がいまいち薄い。
 さっきの返答も曖昧に濁したような感じがあったし、どこか歯切れが悪く、彼女らしくない。
「あ、でも、お風呂は男の人たちが先で、わたしたちは後なんですよ」
「そっか……よかった、準備の時間はあるんだ」
「ん? なにか言った?」
「え、い、いや? なんにもないですよっ?」
「ねぇ、暁さん。恋は見なかった? というか、一緒じゃないの?」
 今度は一騎が問うた。
 暁と同じように、どこに行ったか分からない恋。暁と一緒に行動しているのかと思っていたが、戻ってきたのが彼女一人ということは、そうではないのだろう。
「恋? さぁ、知りませんけど……」
「……ただいま」
 と、思っていると、恋も戻ってきた。
「あ、恋! 今までどこに行ってたんだ?」
「……別に」
「別にって……」
「女の子には、人には言えない秘密があるもの……詮索はデリカシーとプライバシーの配慮に欠ける愚かな行為……」
「え……あ、ごめん……?」
 重たい状に強い語調、主張で返され、気圧される一騎。これはこれで、あまり恋らしくない返答だったが、これ以上の詮索も憚られた。
 とりあえず、これで合宿メンバーは全員揃った。
「……思ったより時間食ったな。風呂入るなら早くしないと、時間なくなるぞ」
「そうだね。女の子は時間かかるだろうし、俺たちはぱっぱと入ってきちゃうよ」
「そう? なんだか悪いわね」
「合宿は明日もあるし、明日ゆっくりすればいいさ」
 この合宿は二泊三日。今日がゆっくりできなくても、明日がある。
 そのつもりで一騎はそのように返したのだが、
「そう……まあ、明日ゆっくりできればいいけどね」
「……?」
 どこか含みのある沙弓の言い分。なにか嫌な予感がする。
 しかしそれ以上追及することもせず、一騎を始めとする男子の面々は、先に風呂場へと向かった。



「お風呂あがったよー」
「本当に早いな!」
 男子たちが風呂に行ってから数十分。彼らは湯上りの姿で戻ってきた。
 早く出るとは言っていたが、想像以上に早い帰還だ。ここは旅館などではない。特に時間も決まっていないので、女子としても、もっとゆっくりしていっても良かったのに、と思ったが。
 それよりも、戻ってきた彼ら——というより、彼の出で立ちに、目が留まった。
「一騎……? なんだ、その格好?」
「なんだって、見ての通りだけど……」
「浴衣、ね」
 大抵、寝間着というものは、寝心地の良さ——即ち身体への締め付け、ひいては動きやすさ——や、普及率や量販性の高さから、ジャージやスウェットといったものが選択されることが多いが、彼はそうではなかった。
 とはいえ、浴衣というものも、日本においては元来、寝間着として使用されていたものであり、用途としては問題はない。
「寝る時って、どうしても普通の服の形をしたものだと落ち着かなくてね。家でもこうだよ」
「剣埼先輩に意外な一面が……」
「でも、剣埼さんって線は細いから、和服が似合うわね」
「つーか、家でもなんか、それ」
「ちょっと親近感わきます……家でもってことは、こいちゃんは知ってたんですよね?」
 柚が恋に呼びかける。しかし、返事はない。
「あれ……こいちゃん?」
「恋の奴、またいなくなったの?」
「あ、あきらちゃんもいません……」
「またか……あの子たちはなにをやっているのかしら? 仮にも合宿なんだし、集団行動ってものを意識して欲しいわ」
「部長が珍しくまともなことを言ってるな」
「もう面倒だし、放っておきましょう。きっとお手洗いとかでしょ」
「もう少しまともなことを言っても罰は当たらんぞ」
 仮にも後輩に対して、あまりに粗雑すぎる対応。浬には温泉が待ちきれないだけに見えた。
 しかし、いざとなれば携帯で連絡も取れる。流石に、なにも言わずこの時間帯に外に出たということもないだろう。
 時間が切迫しているわけではないが、明日も朝は早い。それに今日は海でかなり疲弊しているので、風呂でゆっくりと一日の疲れを癒したい。
 そんな諸々の欲求から、所在不明の暁と恋は放置されることとなった。
 しかし、彼女たちはまだ知らなかった。

 この屋敷には、今、彼女たちを飲み込まんとする欲望が渦巻いていることに——



「……みんな、もう行っちゃった……よね」
 周りを確認する。誰もいない。入念なリサーチと現地調査を経て、ひたすら待ち続け、自分はここにいる。
 もうすぐ、その結果が現れるはずだ。
「よし。それじゃあ、作戦開始だよ——」



「……今、こっちの方向に人はいないから、誰とも遭遇せず目的地に辿り着ける……迂回ルートだけど、成功率は高い……」
 手順を確認する。確実な結果のために。ミスは許されない。
 チャンスは、一回限り。 
「……そろそろ、か——」