二次創作小説(紙ほか)

番外編 合同合宿1日目 「花園へ至る道の防衛線11」 ( No.432 )
日時: 2016/08/23 12:19
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: ugLLkdYi)

「ん……そうだ、忘れてた」
「どうかしましたかー?」
「いや、明日の朝食を考えておかないといけないと思ってさ」
「あぁ、そういえば。どうせあの部長はなにも考えてないだろうしな……」
 今日の夕食すら無計画だったのだ。温泉に浮かれて明日の朝食のことなど頭から飛んでいるだろう。とても信用はできない。
「確かお米と炊飯器も用意されてる。パンもいくつか種類があったし、大抵のものは作れるかな。皆は、ご飯とパン、どっちがいい?」
「俺はどっちでも」
「なにが出ても、部長の作ったものなら食べられるっすよ!」
「なんでもいいっていうのが実は一番困るんだけど……そうだなぁ。朝はご飯の人とパンの人で分かれるだろうし、どっちとも用意するかな。余ったらご飯はお昼に回せるし。とりあえず準備だけしておこう」
「まるで自分の家のような思考回路になってますねー……」
 彼の性分だろうか。世話焼きであることは誰もが知っているが、そこに家庭的な性が混じり、合宿メンバーの料理番と化していた。
 合宿のメンバーでまともに包丁を扱える数少ない人間なので、ありがたいことではあるのだが。
「なにか、手伝うこととかありますか?」
「いや、大丈夫だよ。準備って言っても、たぶんお米を研ぐくらいだろうし、一人でやった方が効率いいから」
「こういうのって、あんまり一人に押し付けるべきでもないと思うんですけどねー」
「気にしないでいいのになぁ。俺たち、そんなに気を遣うような仲じゃないわけだし」
 そう言われてしまうと、なにも言い返せない。歯がゆい感覚を胸の奥に残したまま、三人は一騎の後姿を見つめていた。



「えーっと、パンは特に準備が必要ないから、用意するのはお米だけだよね。となると十合……は多いかな? 女の子が六人だし、恋は少食だから、七合くらい炊けばいいかなぁ」
 台所に通じる廊下を歩きながら、ぶつぶつと呟く一騎。早速、明日の朝食について思考を巡らせていた。
 炊事は毎日やっているが、いつもは自分と恋の二人分だけを考えていたのが、今は十人だ。如何せん人数が多く、食事情を知らない相手もいるので、諸々のことを考慮しなければならない。
 多く炊いた方が良さそうだと思いつつも、皆が少食だった場合はどうしようかと、少しばかり心配になる。合宿メンバーは、見るからに大食いな人はいないように見えた。というより、比較的少食な人の方が多いような気がする。
 合宿は三日間。あまり余らせても、処理に困る。炊飯にしても、どのくらい食べられるのかを予測して、量を調節し、上手いことその加減をしなければならない——
「ん……?」
 と、その時だ。
 廊下の途中で、誰かの後姿を発見した。
 その誰かは、すぐにわかる。一騎は後ろから声をかけた。
「暁さん?」
「っ、一騎さん……!?」
 ビクッと身体を震わせて振り返るのは、暁だった。
「どうしたの? さっきは部屋にいなかったけど」
「えーっと……」
 先ほどまで部屋におらず、どこに行っていたのか、ずっと気になっていた。こんなところでなにをしているのだろうかと、一騎は問う。
 対する暁は、どこか焦ったような様子で、視線をあっちこっちに彷徨わせている。明らかに挙動不審だが、一騎は首を傾げるだけだ。
「そうだ。暁さんは知らないか。男子はみんなあがったから、女子はみんなはもうお風呂に向かったよ。」
「へ、へぇ……早いですね」
「女の子は長いと思って、早めに出たんだ。暁さんも早く……って、そういえば、そっちはお風呂だったね。ってことは、今向かうところだったのかな」
「そ、そうなんですよー。じゃあ、私はここで——」
「あ、でも、着替えとか洗面具とかないね?」
 ザクリ、なにかが突き刺さった。
 それはとどめの一言。その一言で、退路を失った。
 暁は、そんな表情をしていた。
「それは、えぇっと……」
 言い淀む暁。小さなポシェットを下げているが、しかしその中に着替えが入ってるとは思えない。まさか、今着ている服を着回すほどずぼらでもないだろう。
 さらに彼女は風呂場に向かっていた。忘れ物をしたのであれば、一騎とは逆方向に向かっているはずだ。そうでもないということは、やはり、彼女は風呂場に向かっていたのだろう。
 着替えも洗面具もなく、風呂場に向かう意味が、彼女にはあるのか。
 一騎がそんな風に思考を進めていると、やがて暁が、観念したように、諦めたように、口を開いた。
「……しょうがない。一騎さんには話すよ」
「? なにを?」
「一騎さん。これは、一騎さんの人柄を信じて言いいます。他のみんなには、絶対に言わないでくださいね」
「う、うん……?」
 なにやら神妙な面持ちで、声のトーンも低く重苦しい。それほど、彼女は重要なことを口にするということなのだろうか。
 今まで見たことないほどの真剣な目つきで、暁は一騎をまっすぐに見据え、そして、告白した。

「私は今から——女湯を覗きに行きます!」

 一瞬、なにを言っているのか理解できなかった。 
「女湯を、のぞきに……って」
 のぞき、ノゾキ。取り除くという意味か。女湯を除きに行く。日本語表現的には違和感が残るが、決して通らないわけではない。
 しかし、女湯を除いてなんの意味があるのだろうか——そんなことを考えてから、暁の言う「のぞき」が、「覗き」であることを、一騎は理解した。
 覗き。他者に存在を感知されず、その様子を観察すること。主に着替え、入浴など、肌を晒す場や行動に対して行われることが多い。
 そしてそれは勿論、人間的に悪いことだ。
「ダ、ダメだよ! 覗きは犯罪だよ!」
「分かってる! 分かってるけど……私はこの日をずっと待ち望んでいたんです!」
 焦って引き留めようとする一騎だが、暁は止まらなかった。
「遊戯部と烏ヶ森、みんなの裸を見ることができる機会なんて、そうそうない。激レアの氷麗がいないのが残念だけど、この合宿は千載一遇のチャンスなんですよ!」
「で、でも、それなら一緒にお風呂に入ればいいだけじゃ……」
「違うんですよ一騎さん! 一緒に入るのと、覗くのは、まったくの別物なんです! 興奮度が違うんです!」
「こ、興奮度ってなに……? そんなことよりも、覗きは犯罪だし、見られた人が嫌な思いをするから、絶対ダメ! 人間倫理に反するよ!」
「うぅ、一騎さんなら分かってくれると思ったけど、一騎さんの人の良さが裏目に……!」
 ぐぐぐ、と悔しそうに歯ぎしりする暁。正直に明かせば、一騎を丸め込めると思ったのだろうか。
 しかし実際は、一騎は暁を引き留めている。しかし暁はそれに応じるつもりはなく、二人は対立していた。
「そもそも、風呂場に行くなら、覗きにならないんじゃ……」
「甘いね一騎さん。なんで私が今まで、姿を見せていなかったのか。その理由を理解していないよ」
「暁さんが姿を見せていなかった理由……? はっ! そうか……」
「そう! 今まで私は、覗きに最適な場所を探していたんだよ! 入念なリサーチの甲斐あって、お風呂場から少し外れたところに裏口を見つけられた。その裏口から、外に出れば、仕切りの隙間からお風呂場を覗くことができる!」
「俺たちに隠れてそんなことを……!」
 暁が消えていた理由が判明し、戦慄する一騎。自分たちの知らないところで、そんな恐ろしいことを……! と、わなわなと震えていた。
 だが、やがて一騎は自身を落ち着かせる。ここは一度、冷静にならなければならない。本当に冷静になれているかどうかはともかく。
 ややあって、一騎はゆっくりと宣言した。
「暁さん。俺は一人の人間として、君を止めないといけない。君に、そんな犯罪行為をさせるわけにはいかない」
「止めないで一騎さん! 私には、すべてを投げ出してでも手に入れたいものがあるんだよ!」
 あくまで暁を止めようとする一騎。しかし暁も食い下がる。絶対に折れなかった。
「一騎さんは知らないと思うけど、私はこれでも女の子が大好きなんだよ!」
「そ、そうなの?」
「そうだよ! ぶっちゃけ男の子よりも好きですね! 可愛いもん!」
 急激かつとんでもないカミングアウトだった。流石に唐突すぎて、一騎も困惑する。一度落ち着かせた気が、また荒ぶり始める。
 しかしそんな一騎のことは置き去りにして、暁は滔々と語り続ける。。
「背のちっちゃいこも可愛くていいですけど、胸のおっきいこもロマンがあっていいですよね。あ、でも部長はカッコイイから好きだなー……って、そうじゃなくて!」
 自己修復して、軌道修正する暁。今日の彼女は随分と稼働が良いようだ。
「とにかく! 私は女湯を覗きに行くよ!」
「ダメだよ! 年長者として、そんなことはさせられない!」
「やっぱりか……一騎さん、どうしても止めるっていうなら……」
「止めるっていうなら……!?」
 暁は睨むように一騎を見据える。一騎も困惑を大きく滲ませた瞳で、見つめ返す。
 短い睨み合いが行われる中、暁はポケットの中から、なにかを取り出した。
 箱に収められた、カードの束。
 それを、暁は一気に突きつける。

「私と——勝負だよ!」