二次創作小説(紙ほか)
- 番外編 合同合宿2日目 「月夜に二人は冥府を語る1」 ( No.439 )
- 日時: 2016/08/26 09:39
- 名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: ugLLkdYi)
「——で、これはどういうことなの?」
女子たちが風呂から上がったところで、居間に全員が集められた。
集められたと言っても、放っておけば勝手に集まるのだが、今回は形式的に明確な召集がかけられたのだ。
その理由は、部屋の真ん中で正座をしている、暁と恋の二人だろう。
二人とも気まずそうに口をつぐんでおり、目線も合わせない。なので沙弓は、二人の首根っこを掴んで引きずってきた一騎と浬に目を向けるが、
「知らん。本人から聞け」
「えっと、俺もなんだかよくわからない……」
こんな調子である。
「後のことは知らん。そっちで煮るなり焼くなり好きにしてくれ」
「そういうことだから……俺たちはこれで」
「あ、ちょっと……!」
そう言って二人は、空護と八も連れて男子部屋に引っ込んでしまった。追って問い詰めることも考えたが、一騎まで黙っているということは、よほど話したくないことなのか。
「煮るなり焼くなりって、物騒な物言いだけど……カイと剣埼さんが急にあなたたち二人を連れて来て、私たち集めて、どういうことなのかまるでわけが分からないわ」
肝心の証人が二人消えた。
となれば残るは二人だ。
「だからとりあえず……どういうことなの、あなたたち?」
沙弓は正座している暁と恋に視線を向けた。
「ぶ、部長……あのね、これには深いわけがあってね……」
「さゆみ……私は、さゆみの人格を認めてる……さゆみは優しい、話せばわかる……」
「いや、そういうのどうでもいいから、とりあえずなにがあったのか、分かるように説明してちょうだい——」
男部屋にて。
腰を下ろした一騎と浬に、空護が尋ねた。
「それで部長、霧島君。あの二人となにがあったんですかー?」
「なんなんだろう……女の子が女風呂に行くことを食い止めた、のかな?」
「は?」
「もっと詳しくお願いするっす」
「馬鹿馬鹿しすぎて、とても俺の口から言う気にはなれん」
覗きの犯行を食い止めたと言えば聞こえはいいのかもしれないが、女が女風呂を覗きに行こうとしたのでを阻止した、だなんて自分で言って意味が分からない。あまりにふざけた行動を、自分たちが咎めようとは思わなかったし、わざわざ口にする気にもなれなかった。
その後、暁と恋の処遇がどうなったのか、男子たちはわからないまま、就寝時間を迎えた。
しかし、丑三つ時も過ぎ、皆が寝静まった頃。
一騎はふと目を覚ました。
「……眠れないな」
むくりと起き上がる。仄かな月明かりが照らす室内を見回すと、当然ながら静かだ。朝から海に行った浬、夕方まで部活の業務をこなしていた空護と八。全員、疲れているのだろう。よく寝ている。
一騎も境遇としては同じなのだが、しかし、目が冴えて眠れなかった。理由は恐らく、
(合宿が楽しみで、興奮して寝てられないな……)
自分もまだまだ子供だと、内心笑ってしまう。
(……ちょっと、気晴らしでもしようかな)
自分の荷物を軽く漁ってから、一騎は男部屋を出た。
家でもたまに眠れない時はある。そういう時は、よくこの気晴らしをして、気持ちを落ち着けたものだ。思考はゆるやかに脳に休息を求めさせ、興奮を鎮静させる。最近は夜中まで起きている恋に注意することが多くなり、むしろ興奮することの方が多いが。
居間を使おうかと思ったが、居間だとそれぞれの寝部屋のすぐ近くだ。物音を立てたり、電気をつけると、皆の睡眠を邪魔してしまうかもしれない。
なので、別の部屋を使うことにする。台所と隣接した、本来なら食事や宴会で使うのだと思われる部屋がある。そこなら邪魔にならないだろう。
そう思って、その部屋に移動しようとするが、
「ん……なんだろう、電気がついてる……?」
部屋の前まで来ると、襖の隙間から光が漏れていることに気付く。誰か起きているのだろうか。
男部屋には全員揃っていた。となると女子の誰かだろうか、などと考えながら、襖を開いた。すると、
「あら?」
中にいたのは、沙弓だった。脚の低い木製の長机の上に、何枚ものルーズリーフを広げて、ペンを走らせている。
「卯月さん? どうしたの、こんな夜中に」
「それはこっちの台詞だけれども、先に答えるなら、私は明日の予定のチェックとか、準備をしているだけですよ」
「明日の準備?」
見れば、部屋の隅には大きなバッグがあり、口が空いている。そこから板のようなものが飛び出しているが、なにかはよくわからなかった。
机の上のルーズリーフは、計画表だろうか。びっしりと書き込まれており、かなりの量がある。
「これを全部、今夜のうちにやってたの?」
「まさか。ほとんど事前に作ってましたって。ただ、あんまり細かい計画は立ててなかったから、今日一日、カイに無計画すぎるって口うるさく言われてね。あいつに言われっぱなしなのも癪だし、だから少し練り直してたのよ。あ、でも大きな変更はないし、重要なことはちゃんと知らせますから」
「卯月さんって、思ったよりも真面目なんだね」
「……どういう意味?」
「あ、いや、変な意味じゃないよ。ただ、もっと自由な人……暁さんに近い気質の人かと思ってたから」
自由奔放、傍若無人。少し極端な表現だと思うが、一騎は沙弓の性格については、そんな風に感じていた。
自分の好きなことを、好きなようにやる。この合宿も、元はと言えば沙弓の発案だし、ほとんどは彼女が計画したものだ。合同合宿という体を取っていたので、一騎も部長として計画に協力していた。その中で彼女については見てきたが、沙弓は自分がやりたいと思ったこと、興味を持ったことには、全力を尽くす人物であるようだ。
だから、何者にも縛られずにいるのかと思ったが、他人に指図されてすぐに実行に移すというのは、少し意外だった。
もっとも、相手が浬だから、というのはあったかもしれないが。
「私はやる時はやりますよ。流石にあの子ほど考えなしじゃありません」
「そっか。そうだよね、東鷲宮の部長だもんね」
「そういう剣埼さんは、こんな夜中にどうしたんですか?」
「俺はもっと単純だよ。眠れなくてね。気晴らしに、最終日のための調整でもしようかなって」
「こんな時間に?」
「こんな時間に」
復唱して答える一騎。いつも似たようなことをしているので、日課ではないが、一騎にとっては普通のことだ。
しかし、一人なら調整する気でいたが、沙弓を見つけたことで、気が変わった。
「って、最初は思ってたけど、邪魔じゃなければ、ちょっと時間いいかな? 大したことじゃないんだけど」
「? 別に大丈夫ですけど。大体のことは終わってるし。なんですか?」
ペンを置いて、ルーズリーフをまとめながら沙弓は首を傾げる。
「ちょっと、卯月さんとも話がしたいな、って思っててさ」
「あぁ、そういうこと……それなら、私と同じね」
「え?」
沙弓も一騎に話しておきたいことがあったのだろうか、と今度は一騎が首を傾げていると、沙弓はまっすぐに一騎を見つめて、口を開いた。
「カイのこと、お礼を言っときたくて」
「お礼? 俺、浬君になにかしたっけ?」
まるで身に覚えがない。今日、浬としたことと言えば、海でのことと、デュエマくらいしかないはずだ。
「たぶん、特別ななにかはしてないと思うけど、あいつ、随分と剣埼さんに懐いてますよ」
「そ、そうかな……」
「そうよ。ほら、東鷲宮の遊戯部って、女所帯でしょ? カイはあれでも異性が苦手っていうか、女嫌いの気があるから、いつも居心地悪そうにしてるの」
「そうなんだ、そうは見えなかったけど……」
「ところがどっこい、そうなんですよ。異性に対しては結構人当たり強いのよ。烏ヶ森の人でも、シェリーや美琴とはほとんど話してないでしょ? 遊戯部でも、暁だけじゃなくて、柚ちゃんともあんまり話したがらないのよね」
「言われてみれば、今日一日だけでも、浬君が女の子と話してるところって、あんまり見たことないな……」
時々、恋と話していることがあったが、大抵は恋の方から突っかかっていた気がする。覗き騒ぎで恋を捕まえた時も、恋の思い込みだと聞いた。
「でも、今回の合宿で、剣埼さん、焔君、夢谷君……烏ヶ森の男の子と交流を持てて、カイ、楽しそうだったわ」
「う、うーん。確かに話は弾んだけど、そんなにかなぁ」
「私は付き合いが長いから、なんとなく分かるんですよ」
沙弓本人がそう言うなら、そうなのかもしれない。浬は否定しそうだが。
「小学校の頃も、たぶん今のクラスでも、カイと仲のいい男友達っていないし、元々あいつは人間関係の構築が下手くそだからね。こんな機会でもないと、同性同士で密な交流もできないから、そういう面でも、今回の合宿は良かったと思ってるわ。話が合う相手もできたみたいだし、だから、改めてお礼を言わせてもらうわ」
「そんな、お礼を言われるほど大したことはしてないよ。俺も楽しかったし」
そこまで言われるようなことをした覚えはない。一騎としては、自分がしたいと思ったことをしただけだ。特別なことはなにもないし、彼の事情を察しての行動でもない。ただただ、自分が彼に興味を抱いただけだ。
だから、礼を言われるようなことではないのだが。
「そう……とにかく、あいつのこと、これからもよろしくお願いします」
「そう言われると、ちょっと照れくさいけど……うん、こっちもよろしく。って、本人はいないけど」
「いいのよ。あいつは案外照れ屋だから、そういうことは口に出さないし」
「確かに。そんな感じする」
本人のいないところで、二人は笑う。
ただただ、楽しそうだからというだけで、特別な意味は見出していなかった。しかし、沙弓にとって、浬にとって、誰かにとって、この合宿が大きな意味を持つのであれば、それは良いことだと思う。
それだけで、今回の合宿を引き受けた甲斐があるというものだ。