二次創作小説(紙ほか)
- 番外編 合同合宿2日目 「月夜に二人は冥府を語る2」 ( No.440 )
- 日時: 2016/08/26 23:48
- 名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: ugLLkdYi)
「あ、そうそう。卯月さんに聞きたいことがあるんだ」
ふと、思い出したように一騎は沙弓に尋ねる。
「聞きたいこと? なにかしら」
「ここからはただの雑談なんだけどね。浬君から聞いたんだけど、卯月さんって、浬君と一緒に暮らしてるんだよね」
単なる興味。好奇心から、尋ねる。
浬と話していると、浬も沙弓について言及していることが少なくなかった。居候の分際で態度が大きいとかなんとか。愚痴っぽかったが、そこで気になったのだ。
「言い難かったら、無理に聞くつもりはないよ。居候って、なかなかない境遇だと思うんだけど、卯月さんと浬君って、従弟とかだったりするのかな? それとも、腹違いの兄妹とか……」
「そういうわけでもないわね。血はまったく繋がってない、赤の他人よ」
血縁関係はない、赤の他人。
それでも、沙弓が霧島家にいる理由。それは、
「私の両親は、二人とも、もういないから」
「あ……ごめん。そんなこと言わせるつもりはなかったんだけど……」
「ああ、いいのよ、気にしないで」
言って沙弓も、しまった、というような表情を見せる。空気を重くしてしまったことに、責任を感じているようだ。
一騎も一騎で、少し考えればわかることだったと、自分の軽率さを反省する。しかし同時に、彼女に親近感を覚えた。
「そっか、居候って、そういうことなんだね……俺と同じか」
「え?」
「俺も両親がいなくてさ。俺が小さい頃に、交通事故で他界してるんだよ」
次は自分の番だと言わんばかりに、先ほど沙弓が明かしたことと、ほとんど同じ言葉を紡ぐ一騎。
「当時の俺は、いくつくらいだったかなぁ。あんまり覚えてないけど、物心がつくかどうかってくらいだったと思う。両親が二人ともいなくなった俺には、他に親戚とかもいなかったから、俺の両親と仲の良かった愛さん——恋のお母さんに引き取られたんだ。だから俺も、日向家に居候してるんだよ」
中学に上がってからは自活まがいのことをしていたこともあったが、少なくとも今は日向家に住んでいる。
昔から一緒なので、妹のような感覚ではあるが、恋との血縁関係は勿論ない。つまり、一騎も居候だ。
最初は少し呆けていた沙弓だったが、やがて彼女の表情が綻ぶ。
「なんだか、私たちって凄く境遇が似てるのね」
「そうだね」
二人揃って天涯孤独の身。今は弟分、妹分の家に居候。
同じ境遇の人間がこんなに近くにいるとは思わなかった。どこか不思議な感覚だ。
安心したような、胸の内のざわつきを取り除くような感覚。親近感、というものだろうか。
そんな身近な感覚が沸き上がり、二人はさらに話を弾ませる。
「ねぇ、今の生活に、不満とか感じないかしら?」
「特に考えたことはないなぁ。恋のお母さんが別居してるから、家のこと仕切ってるのって、今は俺だし」
「そうじゃなくて、両親のこと、思い出したりとか」
「うーん……正直、ほとんどない。聞いた話だと、俺の両親は共働きで、資産家で、いつも仕事しているような人だったらしいよ。だから遺産相続とかの話が大変だったらしいけど。でもその時に、二人の愛の形は仕事の結果だ、とか言われて。俺がいるのに酷いよね?」
笑いながら言うが、沙弓は笑ってくれなかった。
神妙な面持ちで、黙っている。
「……実際、俺は両親となにかした記憶がない。一緒に遊んだり、出かけたことはなかった。二人とも、俺に構う時間は全然なかったんじゃないかな」
「それって、寂しくない?」
「後から知った時はちょっとそう思った。でも、恋のお母さんが両親に代わって俺の世話をしてくれてたから、当時はそう思わなかったな。あの人が俺の母親みたいなものだったし、それに、俺よりもずっと幼かったけど、恋もいたからね」
父親はいない。母親は愛。幼い頃から、一騎の感覚はそうだった。
だから両親がいない今、なにかを感じることはなかった。他人の両親を見ても、自分が変わっている、程度にしか思わない。
自分にとっては、それが普通だから。
「……私は、たまに思い出すわ。両親のこと」
ぽつりと、零すように沙弓は言った。
彼女は俯いていた。
「なにも知らないって、私には羨ましい……どんなに“知りたくないこと”があっても、“知ってしまったこと”は覆せないから……それが“知るべきこと”であったとしても、自分の意志は介入できない……」
「卯月さん……?」
沙弓が顔を上げた。
どこか、表情が翳っているように見えた。
「十年……くらい前。地震があったの、知ってる?」
「地震? ……あぁ、話には聞いたことあるよ。俺はその地域には住んでなかったし、何年も後にニュースで見たり、新聞を読んで知った程度だけど」
場所は確か、九州だったはずだ。主に長崎や佐賀で大きな被害が出て、世間的にもかなり騒がれた震災だった——
「私、被災者だったのよ」
「え……?」
一瞬、一騎の思考が停止する。
被災者。災いを被った者。
彼女は、自身がそうだと言ったのか。
「私の両親も、その時にね……」
「それは……」
なんと言えばいいのか分からなかった。
被災者は心身共に大きな傷を負う。特に揺れ動く精神はデリケートなもので、両親を失っているとなれば、なおさらだ。
言葉が続かない。突然のカミングアウトに、思考が追いつかない。彼女を慮る気持ちと、自分の日常からかけ離れた不幸が、驚愕によって混沌に掻き混ぜられ、一騎の言葉が詰まってしまった。
なにも、言えなかった。
「ごめんなさい、こんな話しちゃって」
「いや、その……話を切り出したのは俺だから。申し訳ない……」
なんとか絞り出したのはそんな言葉だった。なにに対しての謝罪なにか分からず、一騎は混乱したまま頭を垂れる。
それっきり、二人の間に言葉はなくなった。重い空気だけが、部屋に充満する。
すると、やがて沙弓が、唐突に立ち上がった。
「なーんか湿っぽくなっちゃったわねぇ。って、ほとんどは私のせいだけど」
笑いながら言う沙弓。この空気を変えようとしているのが分かった。
沙弓は一騎に背を向けて、明日の準備とやらのために持ってきたと思われる荷物を漁り始める。
「私も気晴らしがしたくなっちゃった。ねぇ、ちょっと付き合ってくれない?」
「付き合うって、なにに?」
「これ」
彼女が取り出したのは、一つの箱。それだけで理解した。
一騎も今の空気は耐えがたいものがある。それになにより、年下の女子がこうして気を遣っているのだ。それを無下にはできない。
彼女の気遣いに感謝しながら、一騎はそれに乗ることにした。
「いいよ。わざわざ俺の調整に協力してくれるんだ。ありがとう」
「あらら、真面目な烏ヶ森の部長さんでも、そんな冗談言えるんだ?」
「本気だよ。少なくとも、半分は」
そう言って一騎も、持ってきたデッキケースを握り込んだ。