二次創作小説(紙ほか)

番外編 合同合宿2日目 「慈悲なき遊戯は豊潤が全て3」 ( No.447 )
日時: 2016/08/29 17:19
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: ugLLkdYi)

 一騎が脱落したといっても、元が大人数なので特に支障はなかった。というより、順番が早く回ってくるようになるので、ラッキー、と思っている者も少なからずいるほどだ。
 その後も無難に遊戯部モノポリーは進行していき、各人、金を稼いだり、カードを買ったり、対戦したり、目まぐるしく資産を移動させていた。
「夢谷。俺の土地に止まったから、200万デュ円を徴収するぞ」
「好きな人から700万デュ円徴収ね。暁、払いなさい」
「一騎、100万デュ円くれ」
「あ、ちょっと待って……はい、ミシェル」
「ショップマス……カード買えるけど……いいや、いらない……」
「対戦マスですね。えっと、後方の最も近い相手と対戦……黒月さん、おねがいします」
「ふぅ、ギリギリ勝てましたねー。とりあえず、空城さんには、500万デュ円、払ってもらいますよー」
「うぅ、もう少しだったのに、また負けた……」
 今しがた対戦を終えた空護と暁。普段はあまり対戦しない者どうしでも対戦する機会が自然に巡って来るので、新鮮な気持ちだった。
 それになによりも、自分ではない者が組んだデッキを使う、という点が、一番新鮮で、違和感がある。
「いつものデッキじゃないって、変な感じね」
「そうですね。なんだか、戸惑っちゃいます……」
「自分は自分で組んだデッキなので、なんかスッキリしないっす」
「対戦もそうだが、各所にあるカードショップでカードを買って、カード資産を整えるっていうのも、特徴的なルールだな。金の運用を不動産だけでなく、デッキにも向ける分、考えることが多いし、戦略性も増す」
「ま、斬新ではあるか」
「でも、まだ面白いルールが出てないのよねぇ……結構色んなレギュレーション入れたんだけど」
「そうか? さっきの『全カードオープンデュエル』はとんでもなかったぞ?」
「ゆずの思考がショートしてた……」
 ゲームは説明を聞いた開けでは真髄を理解できない。実際にやってみて分かったことがいくつかある。
 対戦要素がこのモノポリーにおいては重要だが、対戦内容にも注目すべき点が多い。それは、レギュレーションが変わること。単純に殿堂カードが使えるかどうかという問題だけではない。今まで出たものでも、デッキ構築時点ですべてのカードを一積みにしなければならない『ハイランダー限定戦』、デッキ枚数の上限を取っ払う『無制限デッキデュエマ』、そして、シールド、手札、デッキすべてを公開して対戦する『全カードオープンデュエル』と、破天荒なレギュレーションが少なくない。その中で、デッキを用意できずに不戦敗になった者も(一騎以外で)いる。
 これらの特殊レギュレーションに対応できるかどうか。また、デッキ構築を縛られることもあるので、レギュレーションが確定するまでにカード資産を整えて、どんなレギュレーションにも対応できるようにする必要も出て来る。
 準備と手間が恐ろしくかかるが、その労力があるだけあって、想像以上に奥深いゲームだ。その努力だけは、沙弓を認めてもいいと思う。
 なお、今現在トップを走っているのは、卑劣な謀略によって一騎の初期資産をすべて強奪した沙弓である。
「流石にあのデッキは酷かったな……事前にルール知ってる奴の特権じゃねぇか」
「まともなレギュレーションじゃ運用できないデッキで対戦におけるディスアドバンテージを押し付けているわけだからな。ある種の番外戦術だな。わりとグレーゾーンギリギリの行為だと思うぞ」
「いや、まともなレギュレーションじゃ運用できないって言っても、レギュレーションの種類はたくさんあるし、殿堂ゼロとかもあるのよ? それに、私以外にもまともにデッキ作ってない人、いるみたいだし」
「あぁ……俺のデッキだな。枚数が明らかに四十枚を超えてるジャンクというか……」
 ストレージの中のいらないカードを手づかみで引っ張り出したようなデッキだった。枚数が四十枚以上あるだけマシではあるが、まとまりがなさすぎて、一枚一枚のカードパワーも低い。とても実戦に耐えうるようなデッキではなかった。
「誰だよ、こんなの持って来た奴……」
 ぽつりと浬が零すと、恋が小さく返した。
「……たぶん私……」
「お前か!」
「昨夜の恨み……!」
「偶発的なうえに俺は悪くないだろ!」
「結局あの後、暁と一緒に入ることになったからよかったけど……私の邪魔をした罪は重い……そのジャンクデッキで苦しめ……」
 およそ恋とは思えない、怨恨に満ちた視線を向けられる浬。逆恨みだ、と言わんばかりに睨み返すが、恋も動じない。
「はいはい、二人とも喧嘩しない。とりあえず次、暁よ」
「うーん、そろそろお金が欲しいよ……」
 今現在の最下位は暁だ。既に資産は半分を切っており、危ない状態に入りつつある。
「数字は3だね……あ、対戦マスだ。前方の一番近い人と対戦だって」
「自分っすね。勝負っす」
「うぅ、対戦かぁ……」
 いつもなら喜び勇んでデッキを握る暁だが、なぜか今は困ったような表情を見せる。
 それもそのはず、暁はここまででも何戦かしているのだが、すべて敗北で終わっている。暁の資産が削られているのも、多くは対戦で敗北したせいだ。
 美琴の作ったデッキを握る暁と、自分のデッキを握らされた八との対戦。
 ここまで暁が惨敗していると言っても、美琴のデッキが悪いわけではない。沙弓のような意地の悪い組み方をしているわけではなく、普通のデッキだ。カードパワーの高いカードは少ないが、安価で組んだ死神デッキ。カード間のシナジーはそれなりにあり、十分運用できるデッキではある。
 しかし、
「《デスマーチ》を召喚! 《デスマーチ》と《デスプルーフ》で攻撃!」
「自分のターンっす! 《タイガ》と《エグゼドライブ》を召喚っすよ! 《ゴンタ》《青銅の鎧》《タイガ》でシールドブレイクっす!」
「あ、やば……」
「《エグゼドライブ》でとどめっす!」
 単純に暁自身が、美琴の作ったデッキを上手く扱えていないのだ。
「なにこのデッキ……遅いし、殴ればいいのかなんなのかわかんないよ……いつ攻撃すればいいの?」
「自分で考えなさい。黒単は考えないと扱えないデッキよ」
「うぅ……」
「それに残念ながら、これはゲームよ。あなたが脱落しても、喜ぶ人はいても悲しむ人は——」
「……さゆみ」
「ぶちょーさん……」
「——れんちゃんとゆずちゃんくらいよ。頑張りなさい」
「発破をかけるのか慰めるのかくらいはハッキリさせとけ」
 しかしこれがゲームである以上、暁一人に温情をかける必要がないことも確か。暁が脱落すれば、ライバルが一人減る。勝ちに近づくのだ。
 少なくとも、トップを独走している沙弓は彼女を助ける理由はない。
 むしろ搾取して脱落させることで、自分のトップを盤石にする餌だ。
「じゃあ、私のターンね。数字は5か。5マス進んで……お、面白いマス踏んだわ。『脱落者のデッキからカードを一枚ランダムで徴収』」
「死体蹴りもいいところだな……」
「でも、一騎さんのデッキって全部プレ殿なんでしょ? 基本的には使えないんじゃない?」
「死んでも価値がないわね」
「……ごめん」
 脱落してから黙々と銀行員となり、皆の移動する金を管理している一騎は、暗い表情で謝る。酷い光景だった。
「さ、さすがに今のはひどいですよ、ぶちょーさん……」
「まあそうね。プレ殿カードでも、レギュレーション次第では価値があるわね」
「そっちのフォローはいいから一騎さんのフォローをしろよ」
「いや、いいんだ浬君……俺の運がなさ過ぎたのがいけないんだ……」
 もはや完全にブルーになった一騎。落ち着くまで放っておいた方がいいのだろうか。
「——カードショップマスね。100万デュ円だけ使うわ。次、四天寺先輩ですよ」
「あたしの番か。数字は9だな……おっと」
「私と同じマスに止まったわね、シェリー。対戦よ」
「こいつとの対戦かぁ……」
 露骨な嫌そうな顔を見せるミシェル。
 単純に沙弓の性格がやりにくいというのもあるが、それ以上の理由もある。
 それは、このゲームの不平等性だ。ミシェルはそれを見抜いていた。
 モノポリーというゲームの性質上、プレイヤーはゲーム開始時点では平等だ。しかしこの特殊なモノポリーは、デッキがランダムで決定する、という点で不平等になっている。それは一騎が身を持って証明したことだ。
 とはいえその点に関しては、運で多くの物事が決まるモノポリーの原則から外れていないとも言える。結局のところ、いいデッキが手にはいるかどうかは自分の運次第だ。ミシェルは比較的強いデッキを手に入れたので、単純に運が良かった。しかしこれが他人の手に渡る可能性もあったわけで、そう考えれば不平等とも言い切れない。
 ミシェルが不平等だと思っているのは、沙弓自身についてだ。彼女はこのゲームの製作者。つまり、誰もが経験していないこのゲームを、唯一知っている人物。
 レギュレーションの種類も把握しているだろうし、このゲームで勝ちやすいコツなども知っているだろう。効率計算、確率計算、入手できるカードの種類……すべてを計算し、把握しているとは思えないが、ある程度は頭に入っているものと思われる。
 特に対戦レギュレーションの把握。どんなレギュレーションが来てもいいように、という準備は、そもそもどのようなレギュレーションがあるのかを知らなくてはならない。それを知っているのは沙弓だけ。つまり、彼女だけが自分の準備状況を正確に把握できるのだ。
 これが不平等でなくてなんだと言うのか。
「レギュレーションは……『殿堂ゼロ』ね。そこそこ面白いのを引いたわ。しかも、タイミングもバッチリね」
「……さっき、一騎からプレ殿カード強奪したばかりだからな。よかったな一騎、役に立ったぞ」
「それはなによりだよ……頑張って、二人とも」
 憂鬱な一騎を慰めながら、ミシェルと沙弓の、殿堂ゼロデュエルが始まる。