二次創作小説(紙ほか)

番外編 合同合宿終了 「再び統治と誕生の世界へ」 ( No.527 )
日時: 2016/11/02 04:01
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: U7ARsfaj)

 ガタン、ゴトンと一定のリズムで車体が揺れる。時間はわりと遅いが、まだ夏だということもあり、車窓から注がれるのは眩しいほどの夕陽だった。
 三日間にわたる東鷲宮と烏ヶ森、二校合同合宿は終わった。烏ヶ森の面々とも別れ、遊戯部の部員たちは帰りの電車で揺られている。
「いやー、楽しかったわねぇ、合宿。色々と想定外のこともあったけど、それがチャラになるくらいには楽しかったわ。皆も仲良くなれたし、なんやかんやでやって良かったわ」
「…………」
「中学生だけで三日間も外泊なんて、なかなか厳しいものがあったけど、お屋敷一つ貸切っていうのが大きかったわね。お陰でおばさんの許可も取りやすかったし、柚ちゃん様々ね」
「…………」
「カイ? 私が話振ってんのに無視するのはやめなさい」
「なんで俺なんだよ」
 遂に浬が口を開いた。いつも通りのムスッとした表情で、どこか機嫌が悪そうだ。
 しかし沙弓もいつも通りで、そんな浬を無視して続ける。
「だって、暁も柚ちゃんも、こんなだからね」
 横目で隣に座っている二人を見遣る。
 暁も柚も、互いに肩を寄せ合い、小さな寝息を立てて眠っていた。
「三日目は午前中だけだったけど、あのトーナメントもだいぶ盛り上がったからね。二人とも疲れたんでしょう」
「……そのトーナメントのことなんだが」
 浬は寝ている二人に視線を向ける。ぐっすりと眠っていて、なかなか起きそうにはない。それを確認すると、今度は沙弓に目を向けた。
 まっすぐに彼女を見据える。どこか、非難がましい眼で。
「ゆみ姉。一つ、聞かせろ」
 浬は「部長」ではなく「ゆみ姉」と呼んだ。
 それはつまり、この場は自分たち二人だけの場であるとということ。
 誰も関与しない、二人だけの空間であると、暗に主張しているということの表れだった。
 二人だけだからこそ、言えることがある。二人でなければ、言えないことがある。
 浬はずっと黙っていたそれを、口にした。
「なんで、あんなトーナメントやったんだ?」
「どういう意味かしら?」
「とぼけんな。あんたは知ってるだろ……俺のこと」
「まあね。それが?」
 こともなげに、どこ吹く風で簡単に言ってのける沙弓。
 その態度が、浬の神経を逆撫でする。
「知っててなんで、あんなことやったんだよ。対戦カードもランダム。場合によっては、俺はあいつと当たっていた」
「だから?」
「だからって……」
「あんまり自惚れないでほしいわね、カイ。確かにあなたは私にとって特別な存在であるけれど、だからといって特別扱いしてあげるわじゃないのよ。私には私のやりたいことがあるしね。それは、あなたがあなたとしてやりたいこととは別だし、互いに譲歩し合うものでもない」
「…………」
 黙らされる浬。一言も言い返せなかった。
 沙弓は畳み掛けるように、さらに続ける。
「あのトーナメントであなたがあの子と戦うことになっても、私には関係ない。それはあなたが計画するものであって、私はあなたのためにお膳立てなんてしないわよ」
「……わかったよ。俺が悪かった」
「だけどね、カイ」
 スッと、沙弓の表情が和らぐ。
 お互いに切り離された話し振りではなく、むしろ、こちらに歩み寄るように、彼女は告げる。
「仮にあなたが、あなたの目的のために謀反することになっても、その結果として遊戯部から離れることがあっても、それによって多くの非難や軽蔑を受けても、私だけは取り違えないから」
 そして、

「そこだけは安心しなさい。どんなに多くの人を敵に回しても、私はあなたの味方よ、カイ君」

 ガタン、ゴトンと。
 車体が揺れる音だけが聞こえる静寂。規則的な振動が、二人の世界で響いている。
「……その呼び方やめろ。いつの呼び名だよ……むずむずする」
「うふふ、実は私もゆみ姉って呼ばれるたびにそんな感じしてたし、ちょっとは私の気持ちがわかったんじゃない?」
「あんたの気持ちなんて知るかよ」
 だが、しかし、
「まあ、その、なんだ……」
 少し戸惑う。言葉を選ぶ。自分で言おうとして困惑する。
 口にするのも恥ずかしいが、これは言葉にしなくてはいけないような気がする。
 だから浬は、しっかりと告げた。
「……ありがとうな、ゆみ姉」
「別に。私もあなたには恩があるし、可愛げなくても大事な弟分で副部長だからね」
 また静寂。しかし今度は、ずっと短い静寂だった。
「合宿、どうだった?」
「……楽しかったよ。ありがとうな、ゆみ姉」
「そう、それはよかったわ。というか、なんだかんだであなたが一番楽しそうにしてたわよね」
「楽しかったことは認める。今までにない体験、経験ができて、色んな話も聞いた。見聞も広がったと思う……とにかく、いい刺激だった」
「私としては、そんなことは関係なしに、単純に楽しんでほしかったけどね。でも、そうね。糧になったと言えば、カイと一騎君があんなに意気投合するだなんて、私は思ってもみなかったわ……私の目的としては、ハチ君と仲良くなってもらう予定だったのに。まさか一騎君とはねぇ……お互い逆ベクトルに生きてると思ってたけど、蓋を開けてみれば意外と似た者同士っていうのが面白いわね」
「そういえばゆみ姉。あんたはいつの間に一騎さんと仲良くなってたんだ? 夜にどうこう言ってたが……」
「あぁ、あれね。別に大したことじゃないわ。まあ、あの夜のことはしばらく忘れられそうにないけど」
「……これはどう解釈すればいいんだ? 二人の人間性を信用していいのか……?」
「ご自由にー」
 ひらひらと手を振って軽く流す沙弓。彼女と一騎の言う「あの夜のこと」は、いまだ誰もその全貌を知らない。
 それっきり、二人の間で会話がなくなり、また静寂が訪れるが、この静けさもまた、長くは続かなかった。
 少しばかりの雑音の直後、車内にアナウンスが流れる。

『次は、中雀、中雀。お降りのお客様は——』

「着いたか。電車の移動だけでも結構かかったな」
「安いプランにしたら変なルートになったしね。加えて鈍行ばっかりだと、そうなるわ」
「こいつら、起こさなくてもいいのか」
「いやいや、いいわけないでしょう。暁、柚ちゃん。ほら、駅着いたわよ」
「んにゃ……? ぶちょう……?」
「ふぁ……わたし、ねちゃってました……?」
「ぐっすりスリーピングだったわね。ほら、早く出る準備しなさい」
 沙弓に促され、まだ少し寝ぼけ眼のままだったが、暁と柚はそれぞれ荷物を持つ。
 電車が止まり、扉が開くと、四人は駅のホームへと降り立つ。
「帰ってきたぁー!」
「長かったですね……」
「ここまで来たら、もう各自解散でいいわよね」
 そんな沙弓の一言で、旅の疲れもあってか各々は素早く帰路につく。
 長かった合宿は、これで終わった。
 しかし、彼女たちの夏はまだ長い。
 革命と侵略の抗争。新たな神話。反転する運命。世界を崩壊へと導く意志。
 そこにあるのは、温くて甘い日常とは程遠い、非現実的で壮大な世界。
 一時の安寧は、ひとまずここまで。

 また、かの世界へと戻って行こう——