二次創作小説(紙ほか)

26話「アカデミー学園」 ( No.84 )
日時: 2014/05/22 03:24
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: hF19FRKd)

 クリーチャーを追うエリアスを追う浬を追っていくと、他の部屋とは見るからに違う、厳かな空気を発する扉を発見した。
「突入です、ご主人様!」
「おい、やめとけって——」
 その発見した矢先、エリアスは開きかけた扉を開け放つ。浬の制止はあと少しのところで届かなかった。
「というわけで——あ!」
「む……」
 部屋の中は、教室ではなくもっと格調高い雰囲気を醸し出していた。普通の学校で言うところの、校長室だろうか。
 その中にいたのは、先ほど走り出したクリーチャーともう一体——片手に本を携えた背の高いクリーチャーが向かい合い、話し合っているようだった。
 二体は部屋に突入してきた一行を見遣る。そして背の高い方のクリーチャーが、恭しく頭を下げる。
「これはこれは、ようこそ我が校にお出でくださいました」
「は……えっと……」
「どうもご丁寧に……かしら?」
 戸惑う一行。相手の態度は、少なくとも無断で侵入し、学園長室らしき部屋に突入した者たちに対する態度ではなかった。普通なら怒ってもいいはずだ。
「私の名は《アカデミー・マスター》。本校の学園長です」
「はぁ……」
 クリーチャー、アカデミー・マスターはそう名乗り、
「今回の事は偶発的に起こった出来事に過ぎないでしょうが、しかし我々にとってはまたとない好機。この機を逃すわけにはいきません」
「いや、あの……なんの話?」
 彼の言っていることがまったく理解できない。このクリーチャーはなにを言っているのだ。
「……実は、今現在、我が校は経営不振に陥りかけているのです」
「なんか語り出したぞ……」
 暁たちのことなどお構いなしで、アカデミー・マスターは学校について語り出す。
「教師の質の低下、良好とは言えない立地、授業内容の不足……考えられる要素はいくらでもありますが、それらは小さな原因の一つでしかないのです。本当の要因はなにか、我々は膨大な計算をし、その結果を導き出しました」
「その、原因はなんだったんですか?」
「花です」
「……は?」
 なに言ってんだこいつ、とでも言いたげな浬の眼。しかしアカデミー・マスターは、そんなことなど意にも介さず、
「我が校には花が足りなかったのです。聞くところによると、他の星の学校と呼べる組織では、マスコットのようなものが存在しているとか。我が校には、それが決定的に欠けていたのです」
「……えーっと……」
 なんと返せばいいのだろうか。そんなことを、真面目くさって言われても反応に困る。
「さらに我々は、どのようなマスコットがいいのか、再び計算しました」
「暇なことしてるわね……」
 沙弓の言葉など聞こえずアカデミー・マスターは、その結果、と指差す。
 指差されたのは、浬——
「あなたが、本校の看板に相応しいという計算結果が出ました」
「はぁ? なんで俺——」
「エリアスさん、是非ともあなたを我が校に招き入れたい」
「……え?」
「……は?」
 ——ではなく、エリアスだった。
「わ、私ですか……!?」
「その通り。我が校が誇るハイパー・コンピューターをフル稼働させて導き出した答えです。間違いはありません」
「一体なにをどう計算したんだよ……」
 正直かなり怪しいところなのだが、しかし今はそれどころではない。
「どうでしょうエリアスさん」
「で、でも、そんなこと、いきなり言われても困ります……どうしましょう、ご主人様」
「……ご主人様はやめろ」
 浬はそんな風に答えた。いや、答えたことになっていないか。今は関係のないことだ。
 だが、浬の中で答えは決まっていた。
「要するにお前らは、学校の利益のためにエリアスが欲しいということだな」
「そうなりますね」
「断る」
 アカデミー・マスターの要求を、浬は一蹴する。
「エリアスをお前らに渡すつもりはない」
「ご主人様……」
「ふむ、確かにこちらとしても無理な要求なのは百も承知ですが、だからといってこの千載一遇のチャンスを逃すわけにはいかないのです」
 と、アカデミー・マスターの纏う空気が変わった。ほんの少しだけ、攻撃的な気配を感じる。
「なので、こうしましょう」
 攻撃的なまま、アカデミー・マスターは一つ提案を持ちかけた。
「こちらから二つ、条件を提示します。あなたにはそのどちらかを選んでいただきたい」
 そう言って、指を二つ立てるアカデミー・マスター。
「一つは、取引です。我々の提示するものと、エリアスさんとの交換」
 そして、
「二つ。野蛮な方法だとは思いますが、互いに賭け金となるものを提示し、戦い負けた側が提示した賭け金となるものを差し出すというものです。勿論この場合、そちらにはエリアスさんを提示してもらいますが」
 つまり、交換するか奪い合うか、という話だ。
 もしその条件を受けるのであれば、浬が選ぶ道は後者しかない。だが、
「馬鹿馬鹿しい。わざわざ俺がその誘いに乗るメリットなんて、なにもないじゃないか」
 その通りだ。浬がアカデミー・マスターの誘いに乗ったからと言って、浬が得するとは限らない。エリアスを失う危険を背負いだけだ。
 だが、
「……とりあえず、我々が提示するものを公表しましょう。これです」
 と言ってアカデミー・マスターは、片手を伸ばす。するとその手の上に、結晶が現れた。
「なんだ……?」
「龍素です、ご主人様!」
 エリアスが興奮したように食いついた。
「龍素? あれがか?」
「あれはただの結晶体でなんの価値もありませんが、要するに向こうは、自ら解明した龍素や龍素記号を交換条件に提示すると言っているだと思います」
「その通りです。《賢愚神話》の眠る地から得た龍素と龍素記号、そして我々が解き明かしたそれらすべての研究成果をベットし(賭け)ます」
「《賢愚神話》の眠る地……ヘルメス様の生み出した結晶龍を……?」
「それって、窃盗じゃないのか?」
 《賢愚神話》が眠っていた場所、つまり《賢愚神話》の研究成果を補完していた場所から龍素や龍素記号を持ち出したと、彼は言っている。それは盗賊と変わらないように思える。
「あの悪名高き《賢愚神話》が放置していたものです。あのままあの地で腐らせておくより、我々の研究材料とした方がよっぽど有意義です。もっとも、他の者もあの地から龍素を抽出したようですがね」
 だが、アカデミー・マスターはそんな言い分で弁解する。悪名高き戸言われるような《賢愚神話》とはなんなのか気になったが、今はそれよりも、
「ご主人様! この勝負、受けて立ちましょう!」
「エリアス……」
「一応、私の主人だったヘルメス様の研究成果を横領されて黙っていられる私ではありません。それにここで勝てば、その研究成果を私たちのものにできます」
「理由はそれか」
 主人に対する敬意とかからではないようだ。
 しかし、元々ここに来た理由は、龍素を探してということだった。それを考えれば、まっとうな理由かもしれない。
「……まあ、お前がそう言うならいいだろう。負ける気なんて毛頭ないからな」
「交渉成立ですね。先に言っておきますが、私もこの学校の長です。あまり見くびらないでいただきたい」
 そんなことは言われるまでもない。自らそのような方法も視野に入れていたのであれば、それなり実力はあるはずだ。
「なんでもいい。気は乗らないが、タダでは帰れそうにないからな」
「……目敏いですね」
「どういうこと?」
「廊下に教師っぽいクリーチャーが張ってるわ。数は多くないけど、なにもせずに無事帰るのは無理そうね」
「わ……本当です」
 開きかけた扉から、ちらちらと見え隠れするクリーチャーの影。もう片方のクリーチャーが呼んだのだろうか。
「負けてから襲ってきたりしないだろうな」
「我々もそこまで卑劣ではありません。勝負の結果は遵守します」
「そうか」
 ならいいがな、とまだどこか疑っている節のある言葉を発しながら、浬はデッキに手をかける。
「こんなことに首は突っ込みたくないが、こうなってしまったらやるしかない。エリアス」
「承りました、ご主人様! 神話空間、展開します!」
 威勢のいいエリアスの掛け声と共に、神話空間が開かれる。
 浬とアカデミー・マスターは、その中へと誘われていくのであった。