二次創作小説(紙ほか)

烏ヶ森編 1話「並行」 ( No.96 )
日時: 2014/05/24 13:01
名前: モノクロ ◆QpSaO9ekaY (ID: hF19FRKd)

 某県某所に存在する中高一貫校、烏ヶ森学園。
 その校舎の一角を走る少年の姿があった。
 少年は焦っているような、不安に駆られているような表情で、教師に呼び止められそうな速度で廊下を駆ける。
 そして、ある扉の前で止まり、その扉を勢いよく開け放った。
「ミシェル!」
「おー、一騎ぃ。どうしたよ、そんなに慌てて——」
「恋、見なかった!?」
 一騎と呼ばれた少年は、ミシェルと呼ぶ金髪碧眼の少女に向かって、叫ぶように問う。
「……まーたそれかよ」
 かなり必死な一騎に対して、ミシェルはどこか呆れたように声を漏らした。
「さっき教室に行ったんだけど、クラスの子はいつの間にかいなくなっていたって言うし、家に電話しても出ないし……もしかしたら、ここにいるかもって思ったんだけど……」
「見てないね。あたしはずっとここにいたから、どこにいるかも知らない」
「そ、そうか……」
 肩を落とす一騎。
 そこに、別の声が飛んでくる。
「恋って……四月の頭に体験入部に来た子、でしたよね?」
「あー、あの一年生ですかー。正規部員じゃないですし、普通はこんなとこにいないと思いますけどー」
 聞こえてきたのは、男女の声。
 眼鏡を外して拭いている女子生徒、黒月美琴と、こちらは普通に眼鏡をかけている男子生徒、焔空護だった。
「黒月さん、焔君……二人は見なかった?」
「見てません。私もショートホームルームが終わってからは、四天寺先輩や焔君とずっとここにいました」
「右に同じく」
 その言葉を聞いて、さらに肩を落とす一騎。
 そこに、ミシェルの鋭い一声が放たれる。
「つーか一騎、お前いつまでそんなことしてるんだ?」
「え?」
 どこか非難するのようなミシェルの言葉に、一騎は呆けたような表情となる。
「中学生、しかも一年生なんてまだガキだけど、一人でいたいことだってあるだろうし、一人でできることだって増える。一人でできることっていうのは他人にやってほしくないことである場合も多いし、他人に干渉して欲しくないことも多くなる。だから年頃の中学生に干渉しすぎるなよ、かなり迷惑がってるかもしれないぞ」
「っ、それは……そうかも、しれないけど……」
 優しさと過保護は違う。特に自立心が強ければ強いほど、過保護な扱いは拒絶されるものだ。
「だけど、心配なんだ……前までは電話には出てくれてたし、メールを入れたら返してくれたんだけど……」
「そろそろ見限ったってことじゃないのか」
「最近は一緒に登校しなくなったし、俺を避けてるみたいに会わなくなって……なにかあったのかもって、心配で……」
「それは剣埼先輩が原因だと思うんですけど……」
「僕も同意しますー」
 と、部員からの反応は散々だが、一騎は鞄を放り投げ、
「俺、もう一度探してくる! 家にも一旦帰るから、先に部活始めてて!」
「っておい! 人の話聞けよ! 先に始めててじゃねーぞ部長!」
 ミシェルの怒声など聞く耳持たず、そのまま走り去ってしまった。
「ったく、ほんとどうしようもないな、あいつ……」
「……ずっと気になってたんですけど」
 一騎の姿が見えなくなって、美琴が口を開く。
「剣埼先輩って、最近よくああしてますよね……日向恋さん、でしたっけ?」
「何者なんですかー? まるで妹みたいに思ってるようですけど、苗字違いますし」
「……あたしも詳しくは知らないんだがな」
 そう前置きしてから、神妙な面持ちでミシェルは語り始める。
「こういう関係をなんと言えばいいのやらだが。そうだな、日向恋、あいつは一騎の——」
「遅れたっすぅ! 先輩方! 申し訳ありませんっしたぁ!」
 語り始める——寸前に、勢いよく扉が開かれ、体格の良い男子生徒が突入してくる。
「……空気読めよ、馬鹿野郎。犬でも空気ぐらい読めるぞ」
「いや、その理屈は無理があるかと」
「あれー? なんかミッシェル先輩起怒ってるっすか? 自分、なにかしました?」
「気安く名前で呼ぶなハチ公。つーかあたしの名前はミシェルだ。促音はいらないんだよ」
「それは失礼したっす! ミッシェル先輩!」
「直ってねーし……!」
 ハチ公と呼ばれた少年——夢谷八は、ミシェルの凄まじい眼光を前にしてもへらへらと笑っていた。
「……で、ハチ君の乱入で話が中断されましたけど、一体なんなんですか、一騎先輩とあの一年生の関係って」
 このままでは逸れていく一方になる話の流れを、空護が修正する。それでミシェルも八に付き合うのをやめ、咳払いをして仕切り直した。
「ゴホン。まー、あいつと日向はだな」
「なんすかなんすか? なんの話っすか!? 自分も混ぜて欲しいっす!」
「だぁ、もう! だったら黙って聞いてろ! ハチ公らしく大人しくしてやがれ!」
「あ、流石に犬扱いは酷いっす! いくら自分でも怒るっすよ!」
「二人とも落ち着いてください。これじゃあいつまで経っても話が進みません」
 火花を散らし始めたミシェルと八の間に、美琴が割って入る。その後もなんやかんやとあって、やっと場は静かになった。
「はぁー……なんか疲れた」
 溜息を吐きながら、ミシェルはまた神妙な面持ちに変化する。
「一騎の奴と、日向恋。この二人の関係を一言で表すなら、日向は一騎の——」
 少しだけ溜める。ほんの少しだけ声を止めてから、ミシェルは次の言葉を紡ぎだす。

「——妹分だ」



「図書室にもグランドにもトイレにもいなかったし、どこに行ったんだ、恋……?」
 学校をもう一周してから、一騎は校舎を出た。ちなみに女子トイレの中を彼が直接探したわけではなく、ちょうど出て来た生徒から聞いて回ったのだ。勿論、白い目で見られたが。
 校舎から出て、校門を潜る。中途半端な時間なので、帰宅している生徒は少なかった。
 一騎は家に向かって走り出す——が、その途中で、近くを通りがかった女性に話しかける。
「あ、あの! 女の子を見ませんでした? 烏ヶ森の制服を着てる、背の低い子なんですけど……」
 見てないと言われた。あまりに必死すぎたためか、向こうも軽く引いている。
 と、こんな風に、家に帰るだけでもその道中に通行人から話を聞く一騎であった。だが必死すぎる一気に引いてしまう者や、まともに取り合ってくれない者も多く、そうでない者も知らないと返すばかり。
 そんな折、一騎は一人の青年に声をかける。
「あの! お尋ねしたいことがあるんですけど」
「ん……? いいよ、なに?」
 人の良さそうな青年だった。キョロキョロと物珍しそうに周囲を見回しているという点が若干挙動不審であるが、一騎の方が遥かに不審なので、あまり気にならない。
「女の子を見ませんでしたか? 小学生くらい背が低くて、華奢で、烏ヶ森の一年生なんですけど……」
「からすがもり……? ごめん、僕まだこっちの世界のことには疎いんだ。その子の姿が分かるものとかない?」
 言葉の端橋が少しばかり違和感を感じさせるが、焦燥に駆られている一騎はそんなことを気にするはずもない。
「えと、ちょっと待ってください。携帯に写真が……」
 とその時、はっと思い出したように、
「やば、携帯鞄に入れっぱなしだった……ええと、じゃあ……」
 ならばと制服の内側をまさぐって出て来たのは、写真だった。携帯にデータとして入っている写真ではなく、現像された写真である。
「この子です。見てませんか?」
 写真に写っているのは、色素の薄いロングヘアーの、華奢な少女。見たところかなり幼く、まだ小学生の頃の写真のようだ。仏頂面をしていても分かる。
 その写真を見て、青年は、
「っ! この子……!」
 目を見開いて、そんな声を漏らす。その反応に、一騎も食いついた。
「知ってるんですか!? あの、どこで見ました? まさか、事故とか事件に巻き込まれてるとか……?」
「どこで見たって言うか、えーっと……どっちかって言うと巻き込まれたのはこっちなんだけど、なんて言ったらいいのか……」
 言葉選びに苦悩する青年。まるで伝えてはいけないことを省いて伝えようとしているかのようだった。
 だが、
「…………」
「うーん……」
 一騎の必死で真剣な眼差しを見ると、どこか観念したように、すべてを話すべきだと思ったかのように、息を吐く。
「こういうところで立って話すようなことでもないし、どこか落ち着いて話せる場所はないかな?」
「えーっと……じゃあ、うちの部室とか、大丈夫ですか? 部員が何人かいますけど」
「部員……ここにもそういう人たちっているのか。うん、いいよ」
 そうして、二人は歩を進める。
 その時、青年は念を押すように言った。
「先に言っておくけど、覚悟しておいてね」
「えっ?」
「僕はこの世界には疎いけど、こういうことが君らにとって大きなことだっていうのは、理解してるつもりだから」
「世界……? どういうことですか?」
 一騎の問う世界という言葉と、その前の言葉の意味を合わせて尋ねる一騎。そしてその答えは、その二つの疑問両方に対する答えであった。
「そうだね……詳しいことは君が連れてってくれるところで話すけど」
 今この場で言えることとしたら、と青年は、ゆっくりと言葉を発す。

「さっきの女の子は……こことは違う世界にいる」