二次創作小説(紙ほか)
- 短編5:恋情パラレル ( No.160 )
- 日時: 2015/09/14 01:29
- 名前: タク ◆K8cyYJxmSM (ID: 7hpoDWCB)
「首が痛いですにゃ……レン様ぁ」
「仕方あるまい。蔓で締められたんだ」
彼女を抱きかかえて首をみると、くっきりと毛の上からでも痕が見えた。例のクリーチャーの能力か、蔓が強く締め付けた場所からは、毒針でもついていたか、毛が抜けてしっていた。腫れた皮膚が浮き出ていた。もう、うぶ毛すら生えてこないようだった。
「薬で治せるから大丈夫ですにゃ」
「ならば良いのだが、無理はしてくれるなよ」
しかし、と彼は続けた。
「一目惚れの呪いか……全く下らん」
人の意思に直接干渉するなど以ての外、と彼は語った。
うんうん、と彼女は頷いた。
「人の感情を、魂を、心を操作する類のものは、総じて汚らわしい。ゴミ同然だ」
「え」
しかし、思ったよりもレンがそれを強く否定したので、少しニャンクスは驚いた。
彼は構わずに続ける。
「人間の感情程、歪且つ美しいものは無い僕は思っている。まるでタマムシのように色にムラがあったとしても、混沌としていても、生のままの人の感情は醜く、そして美しい。生のままの人間の感情に、人間の感情や自然の力以外で干渉するのは余りにも愚かだ」
まるで、何かを強く否定するかのように彼は言った。かつて、自分を操り、縛り付けていたものを強く、強く、否定したのだ。
どこか感傷に浸った様子で、「そういえば」と彼は続けた。
「---------色んな人間を見てきたが、”あいつ”だけはどこか違って見えた」
ぴたり、と彼は足を止め、空を仰いだ。
「例えるならば----------新月。光に背を向け、そこにあるはずなのに見えない月。つれない顔をして、誰にも本心を明かすことがない月」
「え?」
「……いや、何でもない。少し、旧友を思い出しただけだ」
「旧友、ですか?」
「彼女は僕のことを覚えていないだろうがな」
ニャンクスは、その言葉で大分昔の友達なのだろう、と解釈した。しかし。
----------覚えていてくれるわけがない。僕はそれだけのことをしてしまったのだから。
それは違っていた。
”彼女”の存在は、いつの日も彼の心に傷として残っていた。
誰よりも自分に近いものを持っていた彼女の記憶を、この手で奪ってしまったのは紛れも無いレン自身なのだから。
そして、彼女を想う度に胸が痛む。あの日死んだ自分の相棒と一緒に、2本の釘は彼の心を痛めつける。自責という、彼が自らに課した罰によって。
----------一目惚れの呪いか-----------今思えば、愚かな呪いにかかっていたのは僕の方だったのかもしれないな-------------
「これが恋の病、か------------本当に馬鹿らしい」
***
--------暁宅。朝のばたばたとした時間は過ぎ去り、家には他に誰もいなかった。
ふぅ、と白陽は溜息を零す。目の前には、本棚に置いてあった本が山積みにしてあった。
いつもならばヒナタに着いていくのを、今日は家にいることにしたのは、”本が読みたかった”、これだけである。
「今日は何を読もうか……」
この人間界のことをもっと知りたい。そのためには字を勉強し、本を読むことが大切だ、とヒナタから言われた。ごもっともであるし、元々教養の高い白陽には余り難しいことではなかった。
また、この世界の言葉は何故か理解できていた--------というよりは、自分の使っていた言葉が全て、この世界の言語に対応するようになっていた。これもクリーチャーの力か、それとも長年この世界に封印されていたからか定かではない。
それはともかく、元々書物を読みふけて時間を潰すのが好きだった彼は、すっかり時間を忘れてしまっていた。今頃ヒナタはバスで学校に向かっているだろう。昨日から、ヒナタはコトハの事をかなり心配していたが、今の白陽はそんなことなど忘れていた。クリーチャーさえ関係していないのならば、当の本人に任せるしかないのだから、と思いながらページを読み進める。
---------ふむ、これもなかなか面白いものだな。
が、すぐに静かな時間は終わることになる。
「白陽ーっ! おっはよー!」
白陽は1つ聞きたかった。何故お前が此処にいる、と。
「クレセント……私が家にいるのが何故分かった」
「えー? 白陽最近勉強熱心だから、此処にいるんじゃないかなーって、カードのまま入ってきちゃった! でもさー、白陽は本とあたしのどっちが好きなの? ねー、ねー?」
「うるさい、本に決まっているだろう」
「そんな嘘、簡単に分かるよー? 意地悪(意味深)しちゃうよ、はーくよーうー?」
いつも通りのあどけない表情で、クレセントは白陽の首に抱き着く。構ってくれオーラを全力で出しながら、ハートを周りに飛ばしていた。
が、一方の彼は今日に限っては、それを邪魔臭がるだけだった。
それが気に食わなかったか、ぎゅっ、と自慢のたわわなそれを彼の背中に押し付け、彼女は甘ったるい声で言った。
「ねぇー、どうせご飯も何も食べていないんだよねー? どうする? ご飯食べる? それとも---------」
彼の耳元で彼女は囁いた。
「--------------気をつけて。怪しい気配をこの近くで感じた」
びくり、と彼は肩を震わせた。声の抑揚は、さっきまでの甘ったるいものとは一転し、真剣そのものだったからだ。
「……白陽も気づいていたんでしょ?」
「……いや、すまない」
「別に良いよ。あたしの方が敏感なだけだし、気にしないで。まあ、それだけなら良いんだけど、多分あたし達”見られている”よ」
「近くにいるのか?」
「ううん、多分もう張り付かれてる」
小声で、体勢を崩さずに彼女は言った。
「それに気付いて此処に来たのか。流石だな。しかし、さっきので私が本当に”その気”になったらどうするつもりだったんだ」
「白陽はあたしに対してもガードが高いじゃん。意気地なし」
「すまんな」
しかし。薄々、白陽は気付いていた。彼女の長い耳が、警戒するようにピクピク微動していたからである。さっきまでの行動は、全て外から見ている敵を騙すためのフェイク。演技だ。
いつものクレセントは、完全にオープンガードなのだ。
「独断じゃなくて、ノゾムには言ってあるから。それに肉弾戦なら、あたし達が組めば最強でしょう?」
「ああ。分かっている。とりあえず、敵の位置を私も割り出す。話はその後だ」
「相手は素人みたいだよ? 隠れ方が好い加減だった」
「ならば、簡単に”引っかかり”そうだな」
***
「ふっふーん、まさかこんなところにまでクリーチャーがいるなんてね」
狐と兎のクリーチャーを見ながら、メルは得意げに言った。今はバレない(はずの)ギリギリの位置から監視していた。
「どうする」
「邪魔っぽいしー? さっきのあの子がどうなるか見る前に、さっさとやっちゃおうか!」
「あ、抱き着いた」
「ラブラブだなー。……羨ましい」
「これが愛妖精とはこれ如何に」
「うるさい、うるさい、うるさい! 後ろ向いてるから、さっさと纏めて2人やっちゃうわよ!」
さっ、と振り向き、ミルはメルに怒鳴った。
はぁ、と呆れたようにその顔を見ると、彼女はもう一度その方向を覗く。見れば、狐と兎のクリーチャーがキスをしていた。
「あ、キスした」
「うああああーっ!! やっちゃえ、《ラブ・エルフィン》ーっ!!」
蔓が伸び、家への進入経路を探る。そして、床下から突き破り、それが如何にもいちゃいちゃしているそれらに襲い掛かった-------------
「そこまでだ」
低く、唸るような声が響いた。一瞬、どこからそれが聞こえたのかも分からなかった。
***
「-----------え?」
妖精は驚いたような声を上げて、動かなかった。
見れば、ラブ・エルフィンが締め上げた影は一瞬で崩れ落ちる。
白陽はその首根っこを掴み、言った。
「囮だ。貴様が目を離している隙に仕掛け、その場を離れたのさ」
「な、何で……! そんな一瞬でそんなことが出来るというの!?」
「九尾の妖術を舐めるな」
「白陽ー? このおチビさん達どうする?」
「ふん、拘束するに決まっておろう。残念だったな。狙われていたのは貴様らの方だ。そもそも、そんな蔓如きでは私たちは倒せ---------」
言いかけた瞬間だった。
そこで白陽の言葉が止まった。見れば、尻尾に蔓が巻き付いている-----------
「あ」
ぼん! という音と共に、彼の体が小さな狐のそれになってしまった。
体躯も口調もすっかり幼くなり、殆どの術が使えなくなるデフォルメ形態である。
「な、何でっ……! オイラの弱点が----------!!」
「ばーか、魔力が過度に集中しているところって大抵は弱点なんだよねー……! イチカバチカだけど、あたって良かった」
「この隙に、逃げる」
ひょいっ、と空中に上がり、2人の妖精はその場から逃げようとするが------------
「逃がさないよ!!」
クレセントがそれを見逃すわけがない。普段、重い鎧、重い鉄槌に身を包んでいるから、生身の状態の彼女の機動力はかなり高くなる。
----------!?
しかし。見れば、既に足にラブ・エルフィンの蔓が絡み付いていた。
「エネルギー、吸い取っちゃえ!!」
目の前の妖精の声が響いた。
一気に引きちぎろうとするが、時既に遅し。一気に足から力が抜けていき、クレセントはそのまま地面に落ちてしまう。
「むぎゅう……」
きゅう、と目をぐるぐる回して気絶してしまった。一方の白陽も胴体を締め上げられ、そのまま抵抗できずに気を失った----------------
「---------く、くそがっ-----------!!」
落ちていく意識の中で、無邪気に笑う敵を見ながら彼は舌打ちしたのだった----------