二次創作小説(紙ほか)
- Act8:九尾と玉兎 ( No.25 )
- 日時: 2016/09/13 00:04
- 名前: タク ◆K8cyYJxmSM (ID: y0p55S3d)
***
「つ……」
十六夜ノゾムは重かった瞼をようやく開いた。
ずっとコンクリートの床で寝ていた所為か、体が痛い。
あれ? 生きてる? オレもしかして生きてる? といった感じに手を開いたり閉めたりすると、すぐ目の前に居た白いもふもふ——否、白い兎の獣人が飛びついてきた。
ここで、彼の脳はすぐさま、1つの答えを演算なしで導き出した。
うん、これは夢だな。
何か記憶って死んでも電磁波とかで残るって話を聞いたことがあるし。
——でも、こんな論理的な計算してる時点でやっぱりオレ生きてるくね?
「クレセント?」
そう呟いてみた。ああ、生きてる。しかも、奇跡的にどこもどうなってはいない。
そして目の前の獣人——-クレセントが思いっきり自分を抱きしめた。
「のーぞーむー!!」
ああ、やべぇメッチャ気持ちが良いわ。
ふわふわとした毛布にくるまれた気分にノゾムは包まれた。そのまま意識がまどろんでしまう。
だが、良く考えてみれば彼女は鉄槌を振り回すだけの怪力、馬鹿力、剛腕を持っている。
彼女の白い毛で包まれた女性的な身体に埋もれることができるところまでは良かったとして。
今度こそノゾムの演算は1つの結論を導き出した。
——オレ、今度こそ死ぬくね?
そんな彼の演算は、無情にも見事に当たったのだった。
「いだだだだだだだだだ!!」
悲鳴を上げるノゾム。
思わず、クレセントは窒息寸前で顔がリキッド・ピープル並に青くなったノゾムを解放した。
少し息が落ち着いて、文句を言ったら「心配してたのに!」と殴られた。
そして、一番ぶつけたかった疑問を彼女に問うた。
「クレセント? オレはどうして無事なんだ?」
「かーんたん。あれが幻だから」
「幻?」
「そう。白陽の能力は、『自分がコピーしたものを自分及び自分の周りにいる者や物に”貼り付ける”』ことができる、”イリュージョン・ペースト”」
つまり、マナ武装の能力はそこから来ているのだ。
そして、コピーした”炎”を人に”貼り付ければ”どうなるか。
答えは簡単だ。その人は自分が燃えたと錯覚するのである。
「さらに、あたかも周りの地形が燃えているように見せかけたり。他にもコピーしたのが別のクリーチャーなら、そのクリーチャーに化けたりあたかもその場所に、コピーしたクリーチャーが存在しているかのように見せかけられるの。後は味方に貼り付けて、”強化”もできるの。コピーしたものの性質は、オリジナルより劣るけど」
つまり、パソコンの”コピー&ペースト”と考えれば簡単だ。
「ちなみに、お前の能力は?」
「あたしは”ブロッカー”。さっきも、あのドラゴンの炎を防いだでしょ」
一番安易である。
先ほどの炎が防げたのは、やはりノゾムの予想通りだったようだ。
「ま、それだけじゃないんだけどね」
「それよりよ、ホタルはどうなったんだ?」
「……ちゃんと助けたよ」
話題がホタルに移ったのが気に食わなかったのか、クレセントは少し拗ねた様子を見せた。
——いいもん! あたしには白陽がいるもん!
見れば、ホタルはコンクリートの床の上に寝かされて、寝息を立てていた。
「大変だったよ? 《ラディカル・バンド》はあたしの効果じゃ無効化できないから」
拗ねたまま、クレセントは言った。
すると、こちらの方へ駆けてくる足音が。
「ノゾムー!! 大丈夫かー!!」
ヒナタと白陽だ。(既に白陽は元の姿に戻っていた)
それを見て、ノゾムの顔は一瞬引き攣った。
だが、ヒナタと一緒に居るのを見ると、どうやら正気に戻ったらしかった。
「白陽っ!!」
その方角へ駆け出すクレセント。
だが、白陽は立ち止まって言った。
哀しげな目をしていた。
「すまない、クレセント。今の私にお前の抱擁を受ける資格はない」
ガツン、とクレセントは自分の頭に衝撃を受けたようだった。
しばらくの間、クレセントはぽかーんとした表情で立ち止まっていたが、しばらくして、それでも尚白陽の方に歩み寄る。
そして——彼の頬を思いっきりぶった。
悶絶した表情を浮かべる白陽。
だが、クレセントの表情はもっと酷かった。
色んな負の感情が混ざって、くしゃくしゃになっていた。
力の限り、怒鳴る。
「馬鹿じゃないの!! あたしの前に出てきて第一声がそれ!? ふざけないでよ、あたしには貴方しかいないんだよ!?」
「クレ……セント?」
「あたしはね。貴方が、一緒にあたしをあの場所で封印したとき、とっても嬉しかったんだ。もう貴方の温かさを肌で感じることはできないけど、これで誰にも邪魔されずに永遠に一緒にいられるって」
俯いたままのクレセント。
白陽は黙って聞いていた。
辛かった。たった1人で見知らぬ世界を彷徨うのは。ようやく居場所を見つけたと思った。
だけど、そこに愛する人はいなかった。
「だが……」
「だけどね? 別にあたしはそれで怒ってるんじゃないんだよ? 貴方に食べられたって殺されたって。それぐらい貴方を愛してるから。それぐらい、貴方が本当は優しいって知ってるから」
彼女はにっこり、と無理をしたような笑顔を浮かべた。
それでも、彼女の真の優しさを映し出した笑みだった。
白陽は言葉を漏らした。
「お前を殺そうとしている闇の自分が見えたとき、私は正気に戻ったら本気で死のうと思った。お前と一緒の場所に行くために。だが-------------お前の相棒は、それを止めてくれた」
「え? オレ?」
「そうだ。貴様が私の注意を自分に向けてくれたおかげで、私は大事なものを失わずにすんだのだ」
え? まじ? オレのおかげ?
気絶していたくせに!? あ?!
有頂天になっているノゾムを思いっきりヒナタが小突いているのを他所に、白陽は続けた。
「本当にすまなかったな、クレセント」
「もーう! だから白陽は謝ってばっかりなんだから! それより、もっと別の言葉を言って欲しかったなー!」
赤面する白陽。黄金の毛に顔が包まれているのに、それが分かってしまう。
「だ、だから、その」
「え? 何?」
あざとく詰め寄る彼女に白陽は余計言葉を失ってしまう。
何この可愛い生き物。
「改めて言う……好きだ、クレセント」
「あたしも、だいすきだよ? 白陽!」
ぎゅっ、とクレセントは自分よりも一回り大きい獣人に抱きついた。
そのハートが舞うムードを前にして、そして自分達が一切の無視を受けている(しかも悪気が無いので余計タチが悪い)のを感じ、暁ヒナタはすべての嫉妬をこの一言に詰めて絶叫した。
「だから何で、どいつもこいつもリア獣なんだ畜生ォォォォォ!!」
畜生と畜生に言っても仕方が無いのだが。
虚しくも、ヒナタの絶叫はビルの中に木霊したのだった。
今回の一番の功労者はいろんな意味で報われなかったのである。
***
淡島ホタルは気付けば自室に居た。ふかふかのベッドの上で寝ていたのである。どこからどうみても、自分の部屋である。
スクラップされたお気に入りの新聞記事、細かく整理された机、全て自分の頭の中にある記憶と一致している。
「夢、だったのかな」
思わず言葉を漏らす。
だが、違う。あの龍のおぞましい咆哮に、男の卑しい言葉、そして勇ましく果敢にやってきたノゾムの声。
全て昨日の事だと察知した。
ただ、1つ気がかりになることは——
***
「ったく、幾らバレない様にする為とはいえ、ちょっと乱暴すぎたんじゃないのか?」
十六夜ノゾムは《ルーン・ツールC》ことクレセントに声を掛けた。
結果あの後、ノゾムは祖父にカードを返却しようとしたが、祖父は何と全てを悟っていたどころか、
「月神様がお前を認めたことが分かった。それはお前に託さねばなるまい」
ということだった。ついでに、帰るのが遅くなったことに付いても、珍しく言及されなかったのだった。
さて、時は少し遡り、本題に移るがノゾムは先輩の暁ヒナタと共に淡島ホタルを家に送るために、さあどうしようかという話になった。
止むを得なかったのだが、まずクレセントが家の中をサーチ——彼女の登場時に《クリスタル・メモリー》を2発撃つ能力はここからきているのであろう——して、そのデータを映し出した。
結果、子供部屋と思われる場所は一目で分かる。
そして、すぐさまクレセントが窓を叩き割った——のだが、これは失敗だった。あの後に、ガラスの破片を回収するのにとても骨を折ったからである。
その後、彼女を寝かせた後、ガラスをコピーした白陽が何も無い格子にそれを”貼り付ける”ことによって、外観は何事も無かったようになったのだった。
しかし気がかりだったのは、家の中に他に誰もいないことだった。
人間までは映せねえんじゃねえの? と言ったら殴られた。
「両親が遅くまで共働きなんだろ。さ、長居は無用だ。とっとと行こうや」
というヒナタの声で、その場を去ったノゾムだった。
月がやけに綺麗な夜だった。