二次創作小説(紙ほか)

Act1:紡ぐ言の葉 ( No.270 )
日時: 2016/03/22 16:54
名前: タク ◆K8cyYJxmSM (ID: AfTzDSaa)

「——の前に」

 コトハはそこで意識が戻る。
 来ない。ダイレクトアタックの衝撃が。
 見れば、彼女のクリーチャーは全て消えていた。《アピセリン》ただ1体を残して。
 ——何で——
 そんなことを思っているうちに、ツグミは口を開いた。

「——やっぱ、なんでそんなに怒っているのかきになるかも」

 顔が真っ赤になってくる。
 もう勘弁してくれと言わんばかりの表情を浮かべてコトハは「うぅ」と悶えた。
 それと同時に空間が崩壊した。
 完全にコトハが負けを認めたからである。
 
「……負けた」

 呆然と立ち尽くしてコトハは言った。完敗であった。
 恐ろしいほどに大きな力を目の当たりにし、完全に声が出ない。
 さっきまでの戦いの記憶が真っ白になって出て来ないほどだ。
 幸い、身体はほぼ無傷だった。
 ここまで完膚無きまでに打ちのめされたのは久々だ。
 
「ま、どっちにしたって良いデュエルだったかも、これはお礼かも」

 次の瞬間、ツグミの顔が自分の前に近づいていることにコトハは気付く。
 そのまま、軽く自分の唇に彼女のそれが押し宛がわれた。

「!?」

 彼女が驚いて声も出せない間に、それは遠のいていく。
 そのまま、きょとんとした顔でツグミは言った。

「——あれ? もしかしてあなたもキスは初めてかも?」
「あ、あんたって奴はぁぁぁ!! ほ、本当に誰彼構わずキ、キ、キ、キスするのね!! 他人の角質が主食なの!? そうなの!?」
「どっちにしたって本当わっかりやすいせーかくしてるかも。すなおじゃないけど。——ついでに”感じ取った”その”パワー”も」
「んぎぎぎ……!」
「そのままじゃ、それこそ暁ヒナタを誰かにとられてもしらないかも」
「んぎぃーっ!」

 コトハが唸っている間に砂浜に顔を突っ伏して倒れていたヒナタが、むぐっと起き上がった。

「あっ!」

 それに気付いた彼女はすぐさま駆け寄った。
 しかしまあ相も変わらず頑丈な身体である。彼女の鉄拳を食らって割とすぐに起き上がることが出来るのだから。
 
「……一体結局どうなった。いづづづ……どーやら怒りが収まったみてーで何より……」
「ご、ごめん……」
「いや、胸触っちまった俺も悪かったけどさ……」
「ううう! 言うなー!」
「わ、悪かったって!」
「ってそれより、あんた——」

 そう言いながら、ツグミの方を振り返る。
 そこにはもう、あの少女の姿は無い。もうどこかへ行ってしまったのだろうか。

「いったい、何しに来たんだあいつ——?」
「さ、さあ……」

 ——随分と色々引っ掻き回してくれたけど……そもそもの目的、か……。
 コトハは顎に指を当て、思案する。
 ——あのキスの癖も——そういえば、感じ取っただの何だの言ってたけど、意味が全くないわけではな——うっ
 身体が揺れる。
 制御が利かない。
 そしてそのまま——ヒナタの呼びかける声を待たず、彼女もそのまま砂浜に突っ伏したのだった。



 ***



 パーカーを被せて、ベンチにコトハを寝かせたヒナタは、フジに連絡を取っていた。
 取り敢えず、今までの事を話す。茶化されたが、仕方なくコトハがツグミとデュエルすることになった経緯も話したのだった。
 
「……つーわけですよ。コトハが伸びちまったんで。今目ェ覚めるまで面倒見てるところです」
『そうか。この後イベントシーン突入だな』
「しねえよ、頭ん中薄い本とギャルゲーで出来てんのかあんたは」
『そうかー……しかし、武闘ビルの方にそんな客がやってくるとは。何か親父が珍しく応接の準備をしていたから何事かと思ったが。まあ良い、後で俺様が親父から聞いておく。それと——』

 フジの語調がより強くなった。




『六人目の英雄——確かなんだな?』




 ツグミが持っていたという英雄のカード。
 ヒナタはそれを直接この目で見たわけではない。
 だから、完全に首を縦に——電話だが——振るわけにはいかなかった。

「俺自身は見ていませんが——コトハは多分、そいつにやられたと思います。ただ、直接外傷がないから、相手はかなり手加減してると思いますけど」
『そうか』
「対して、相手の方もパッと見外傷が無かったから察するに——”コトハは彼女に殆どダメージを与えられないまま負けた”んじゃねーかって。そしてコトハにそこまで取らせる辺り、かなり強いかと……」
『それだけじゃねーよ』

 フジの重い声が響いた。

『かつて、零央はいつかの教団と繋がってたんじゃねーかって噂があるほどの学校。それもそのはず、無色クリーチャーやオラクル、オラクリオン、ゴッド・ノヴァを中心に都市のカードプールを発展させてきている。その中でもやべーのがオラクリオン零式』
「オラクリオン……零式」
『ああ。それも今度、零央は新たな試製カードとしてそいつらを使うらしい。スペックは今までのオラクリオンの比じゃないらしいが……』

 ともすれば、コトハはそれにも敗れたのではないだろうか。
 あのコトハが——と彼女の寝顔を見ながらヒナタは戦慄する。
 
『そしてその使い手——有栖川ツグミは零央中等部のエースプレイヤーだ』
「!!」

 何故それを先に言わないと言わんばかりにヒナタは驚いた。
 それはもう、コトハが倒されても無理はない話である。
 
『新しい英雄、新しい敵……だが出会い際にキスされるなんざ、モテてんなー、お前。色気付いちまって、最近のガキはどいつもこいつも』
「切っていいですか」
『ただな……それにも何か裏がある気がするのは俺様の考えすぎか……』
「……」
『あ、そうそう、ちと話が変わるがな』

 黙りこくるヒナタに、話題転換と言わんばかりにフジは疑問を吹っかけた。




『テメェらいつくっつくんだ?』




 素でヒナタは噴き出した。  
 この先輩はこの期に及んでまた変な事を言っている、と。
 しかし今回ばかりは割と他人事でもないのでより焦ってしまう。
 
「……いきなり何すか!!」
『いや特に何にも』
「切りますね」
『ま、待て!! だってテメェら本当仲良いし、なぁ?』
「切りますね」

 ブチッ、と容赦なくヒナタはそのまま通話を切ったのだった。
 何ともまあデリカシーの欠片のない先輩である。
 ——俺はもっと……強くならねえといけねぇのに。
 ちらり、とコトハの方を見た。
 ——本当に似てる……気が強くて姉御肌で、でも時たま見せる無邪気な顔——弱かった俺に元気を与えてくれたあいつに似てる。
 記憶に、影が落ちた。
 ——だから——怖い。ある日突然、居なくなってしまうかもしれないと思うと——