二次創作小説(紙ほか)

Act3:ヒナとナナ ( No.281 )
日時: 2016/03/26 11:13
名前: タク ◆K8cyYJxmSM (ID: AfTzDSaa)

「は……はは」

 乾いた笑みが零れた。
 流石にジョークでもこれは笑えない。
 ナナカが死んだ——そんなわけはない。
 何故ならば、赤ん坊の頃から昨日までずっと一緒に居たのだ。
 約束だってした。
 いつか互いに完璧に強くなったら、どちらが世界一か決めるために戦おう、と。
 
「お、おい……何言ってんだよ……4月はとっくに——」
『海戸2区……大通りに来てくれ』

 それだけ言い残し、通話は途切れた。
 もうその時には——足は自然に駆けていた。
 走る。走る。走る。
 この目で真偽を確かめるために。
 ——嘘だ!! 絶対に嘘だ!! あいつが死ぬわけがないんだ!!
 きっとそうだ。遅れてくる自分をからかいに、きつい冗談を仕込んだのだ。そうに違いない。
 頭の中でそう思いながら、彼は走っていった。
 力の限り、何も考えずに走った。
 いや、考えられるわけがなかった。
 



 ***




 やっとのことで辿り着いた2区の大通り。
 そこには何やら人がたかっている。事故処理車、救急車、消防車……。
 しかし、遠くからでも何が起こったのかは見えた。
 トラックが歩道のガードレールに突っ込んでいる。
 それも、超大型の10tトラックが。

「は、ははは……」

 乾いた笑みが再び漏れる。
 そして人々の声が聞こえて来た。

「かわいそうにねぇ……」
「まだ10歳だったんでしょう?」
「飲酒運転だったんだそうだ。ロクでなしめ」
「あれは……助からないわね」

 まだだ。それがナナカのものであるとは限らない。
 だが——見ればそこには、急いで駆けつけた末に酷く取り乱した彼女の父親、そしてハンカチで顔を抑えている母親の姿もあった。
 知っているのだ。何度か会ったことがあるから知っている。
 
「嘘だ……嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ」

 この場にいるのが怖くなった。
 自分まで取り込まれてしまいそうで。

「あ、ああ……違う、これはナナカの事故なんかじゃない……あいつが、あいつが死ぬわけない!!」

 絶対にそうだ。
 明日になったらいつもの明るい顔で帰ってきてくれる。
 ひょっこり戻ってくる。
 そしてまた——日常が戻ってくるのだろう。
 家に逃げ帰り、そのまま布団の中に潜る。
 これが悪夢であることを信じるために。
 ——ありえない……!! ありえないんだ……!!
 そして、疲れでそのまま彼の意識は——落ちてしまった。



 ……だが、これは悪夢などでは決してなかったのである。

 

 飲酒運転のトラックがガードレールから突っ込んだことにより、ナナカは肉塊よりも酷い最期を迎えたらしかった。
 そんなことはもう、あの現場を見れば分かり切っていた。
 そんなわけはない。そんなわけはない。
 最初はそう思った。
 あの後。
 家庭同士の付き合いが深かったのもあり、ヒナタは葬儀に出席することになった。
 それでようやく——ヒナタは絶望した。
 この辺りの記憶はもう、ごちゃごちゃになっており、彼は覚えていない。
 だが、1つだけ言えることがある。
 檜山ナナカはもう、この世に居ないのである。




 ***




 様子がおかしいと思ったのは、いつまで経っても集合時刻にナナカが来なかったこと。
 そして、携帯に電話を掛けてもさっぱり出る様子が無かったこと。
 最後に、誰かが2区の大通りで事故があった、ということから嫌な予感がしたのでそこに駆け付けたことであった。
 最初、ノアは余りのショックで固まってしまい、まだ何も分からないうちにショウゴがしおりと一緒に帰したのだった。
 そして——ショウゴが事のあらましを4人の中で最初に知り、ヒナタに伝えることになったのである。
 彼も正気を保てるか分からなかった。
 正直、どこかにぽっかりと穴が開いたような気持ちで、無我夢中に電話を掛けた。
 思えばあの時——誰かに吐き出さないとやっていられなかったのだろう、と思い返す。
 デュエル大会の件は結局彼女が死んだことにより、霧散してしまった。
 そして何より、何度電話をしても、パソコンにメールを送っても、ヒナタは返事をくれることは無かった。
 それは、夏休みが過ぎても同じ事だった。
 彼は学校に来なかったのだ。
 
「ショウゴさん……ダメでした」
「学校にも来ていないしな。あいつのクラスには花瓶の置かれた席ともう1つがぽっかりと空いている」
「無理もないわ。ヒナタ君はナナカちゃんのことを本当に親友と思っていたみたいだから……」
「折角こうして俺らは集まったんだ。何とかしてやりてぇ。何とかしてやりてぇよ……だけど、友達が死んだなんて、そう簡単に受け入れられるわけねぇだろ……俺だってそうだ」
「まして、今までずっと一緒にいた親友……幼馴染だもの」

 

 ***




 部屋に鍵を掛け、半ば引き籠りのような生活があの日から続いていた。
 ベッドに突っ伏して、何も考えずにぼーっとした毎日。
 檜山ナナカの死は——暁ヒナタも殺そうとしていたのである。
 カードを手に取った。
 《暴走龍 5000GT》のカードだ。

「折角……あいつらに仕返しできたのに……」

 あの時の自分を思い返す。大会の決勝戦だ。
 いつもと何かが違っていた。
 湧き上がるのは復讐心だった。
 此処で彼は気付く。
 それはとてもいけないことではないのか、と。
 楽しもう、と言ったショウゴの言葉に反しているのではないか、と。
 何かに呑まれそうになるあの様は、カードゲームを別の何かに変えようとしていた。
 ——カードをあんな気持ちで使ったのは……初めてだった。
 やられたことをやり返す。
 ただそれだけだった。
 だが、それは彼女の望んだことなのだろうか。
 そんな情けない自分を叱ってくれる彼女はもう居ない。
 
「答えてくれよ……《5000GT》……《クロスファイア》」

 カードは何も答えない。
 だが、その瞳が今は怒りではなく、どこか悲しそうにヒナタは見えた。
 ——俺は間違っていたのかもしれない……何もかもが……全部。あいつに頼り切っていた今までが、そしてこの甘ったれた考えが——
 そして彼は——デュエル・マスターズのカードを全て仕舞い込んだ。
 自分にはもう、カードゲームをする資格などない、と思ったからだった。
 歪んだ逃避の念は——彼からデュエル・マスターズというカードゲームを奪った。
 以来、彼は言うようになる。
 あの仲間達に。
 



「デュエマはもうやめた」と——。