二次創作小説(紙ほか)
- Act6:伝説/閃龍VS獅子/必勝 ( No.316 )
- 日時: 2016/08/13 21:50
- 名前: タク ◆K8cyYJxmSM (ID: y0p55S3d)
***
——獅子怒シドは精霊使いである。
ブロッカーデッキの中でも、エンジェル・コマンドを好き好んで使い、圧倒的な制圧力の元、敵をねじ伏せる。
毅然とした態度、冷徹な眼差しにも表れているが、光文明お得意の大量展開で物量と質を兼ね揃えた陣営を敷き、押し潰すのが得意——そう思われていた。
「——だが、彼と戦った人間は、ファイトスタイルをこう評する。”まるで自分が悪い蟲に犯されていくようだ”とな」
『蟲に犯される、ですかァ。まぁアレですね、アレ。そう、何というか気味が悪いと言いますか。ボクは真っ先にゼリー・ワームを思いつき——』
「おいバカやめろ」
ある意味呪われたカードであるそれを持ち出したアヴィオールを制止するレン。
それを聞いていて、ニャンクスは気分が悪そうに腕を撫でた。
『蟲ィ……ううう、女の子にそういう話をするもんじゃないのですにゃあ』
「例えだがな、例え」
ぐいっ、とブラックコーヒーを喉に押し込んで、レンは答えた。
隣に座るコトハは、蟲、という言葉で背筋に走るものを感じたらしい。
近くのカードショップでの買い出しを済ませた後、コトハに出会い、今まで今回の試合について話していたのだ。
「はぁ。つまり、光のコントロールスタイルに、更に一癖ある戦法を加えてくるってこと?」
「ああ。だいぶ前の情報だから、あんまり参考にならんとは思うがな。ただ、ヒナタとノゾムの使う文明は火と水……ブロッカーには強い分、やはりそれで引っかかるものがあるのだ」
『ブロッカー破壊は火の十八番、水はアンブロッカブルとバウンスによる強行突破がありますからねえ』
「その通りだアヴィオール」
『光栄です、我が主』
「ふぅん」
従者と主人のようなアヴィオールとレンのやり取りを見ながら、コトハは頷いた。
まるで大金持ちのお坊ちゃまと、敏腕執事の関係のようだった。
デュエル自体、儀式のようなものとして存在しているのはアヴィオールの世界でも同じだったらしく、彼はその戦術、戦法を今のカードを一通り覚えると、完全に把握してしまった。
今ではそれに助けられることもあるほどだ。
「が、しかし。最近、ノゾムは焦っているようだからな」
「まあ当然ね。あいつら、そろいもそろって前にキイチにボコボコにされてるもの。それも相当酷い負け方をしたみたい。ノゾム君はとにかくヒナタを慕ってるから、あいつが如何なる理由でもヒナタを馬鹿にしたのを許してないんだわ。だけど、自分とヒナタは勿論だけど、特にキイチとの実力差を感じていて焦ってる」
『戦いに於いてもそうですにゃ。どっちにせよ、ノゾム様の心理状態が鍵を握るのは確かですにゃ』
「自信は最大のプラスならば、焦りは最大のマイナスだ。焦ることによってマイナスに転じることがあっても、プラスに転じることは、まずないだろう」
今のノゾムは、いよいよ控えた聖羽衣戦を前にして、焦りが目立っていた。
「特に、水の革命にレジェンドは無い——つまり必殺の切札である革命ゼロが無い。武闘先輩はそう言っていた。その代わり、ノゾムには強力極まるドラグハートが幾つもある。それを組み合わせれば、キイチにも、まして獅子怒にも勝てないことはないだろう。ただし——それはヒナタとの連携が取れれば、の話だがな」
「そりゃそうでしょうよ……」
「だが、革命という戦法は余りにも受け身過ぎる。まだ、不完全な戦法だと武闘先輩は言っていた」
「不完全、ね……」
そう返すコトハの表情は憂いを帯びていた。
「——ま、あいつらなら大丈夫よ。それにデュエマに於いて完全、と言う言葉は有り得ない」
「……それも、そうだったな」
「ところで」
話の流れをぶった切るようにコトハは告げた。
「……それよりレン。次のバスは?」
「今走り去っていったな」
「……え?」
ひゅううう、と一陣の風がバス停を撫でていったのだった——
「ちょおおおお!? またこのオチィィィーッ!?」
「不幸だ……貴様はまだいいが、僕の家の方面のバスは……一時間後か」
『では、ボクの背中に乗るのはどうです? 翼で羽ばたけばそのまま家まで送れますがね、黒鳥レン、如月コトハ』
「いや、遠慮しとく……」
***
「ノゾムさん……最近、やっぱり様子がおかしいです。どう思いますか? ハーシェル」
『余り、人の心境を軽々しく喋るのは好きではないのだがのう……』
部屋の中で実体化し、ホタルに首筋を撫でられながらハーシェルは溜息をついた。
入院している両親は、ホタルの背中を押してくれた。
どうやら、祖父母が彼女に代わってまだ動けない両親の世話をするらしい。
しかし。そんなことより、彼女の中ではノゾムの方が心配だった。
それだけ、彼女の中ではノゾムという存在が大きなものになっていたのだ。
「……私、ノゾムさんが負けるわけがないと思っています。絶対に、暁先輩と一緒に勝ってくれるって信じてます」
『……ハァ』
もう一度、ハーシェルは呆れたように深く深く溜息をついた。
『良いか、それが原因じゃ』
「えっ? な、何がですか」
『十六夜ノゾムは周囲からのプレッシャーを感じておるわい。それがヌシのような、奴への過度の期待じゃ。負けるわけがない。奴は強い。確かにアヤツはワシ等を救い出した。深い深い淵から——だがな、忘れるなホタル——奴も、年相応の少年なのだぞ』
「あっ……」
気付いたようにホタルは口を噤んだ。
『十六夜ノゾムはずば抜けた逸材じゃ。だが、あやつは過去に忘れられない大きな敗北を抱えておる。生まれ持っての天才ではないのじゃよ。自信もその時に打ち砕かれておろう。元々、あやつは謙虚じゃからな。自己評価も低い』
「そ、そんな……」
『ワシが問題に思っておるのはな、あやつと周囲との温度差じゃ。ヌシらは揃ってあやつが強い、あやつは頼れると言うが、あやつは内心こう思っておるぞ。”自分はそこまでの力は無い”。しかもそれを身を以てそれを痛感しとるから強ち間違いじゃないわい。自分の事は自分にしか分からんのだから』
「でも……ノゾムさんは——」
『無論、あやつが弱いと言っとるわけじゃないぞ? だがな。過度な重圧を掛けて追い詰めることだけはしてやるな。あやつは謙虚で、優しい。皆の期待に応える英雄のような人物になりたいと思っておる。名声を上げるとか、そういうことではない。ヌシらにただただ応えてやりたい思いで、だ。それを覚えておけ——後はあやつ次第だ』
と、わしが偉そうに利けた口でもないのじゃがのう、と付け加えるとハーシェルは口を閉ざした。
ぐるぐる、とホタルの中で色々な考えが渦巻く。
自分はノゾムに背中を押され、期待されることで力が沸いてきた。立ち向かう勇気が出た。
だが——彼にとってはそれが逆効果なのではないか。
——それは分かりません。だけど——私に出来ることが限られているということだけは分かりました。それを、やるだけです。
窓から覗く星——それを眺め、ホタルはハーシェルにもたれかかり、目を閉じた——
***
——画して。
彼らの思いが交錯する中、夜は明けた。
遂に、決戦の地・大阪へ向かうことになったのである——