二次創作小説(紙ほか)
- Act6:伝説/閃龍VS獅子/必勝 ( No.317 )
- 日時: 2016/08/10 10:24
- 名前: タク ◆K8cyYJxmSM (ID: y0p55S3d)
***
「——大阪、来たァァァァーッ!!」
空港で叫ぶのはヒナタであった。
何時になくテンションが高く、目は冴えており、グラサンが輝いているようにさえ見える彼を呆れたような表情で見つめる一同。
「明日がもう、試合ですからね……」
「そうだな」
「だけど、見なさいあの2人」
はしゃいでいるヒナタとは対照的に、浮かない顔をしているのはノゾムであった。
周囲も敢えて口に出してやることはないが、凄まじい温度差である。
「あー、だけど腹も減ったなあ。そういや昼飯はまだだっけか」
「本当楽観的よねあんたは……緊張感という文字は無いの」
「だって大阪だぜ、大阪! テンションが上がらねえわけがねえだろ!」
「貴様は遠征を観光と勘違いしてないか」
「え? 違うの?」
「よし表に出ろ」
「う、嘘! 冗談だって! そんなこえー顔しなくてもよォ。勿論、気は引き締めていくぜ。あれだけ特訓したんだ。実力を全部出し切らねえと。な? ノゾム」
と明るく言い、ノゾムの首に腕を回すヒナタ。
「は、はい……」と戸惑うように返すノゾム。
「おいおい、どーした?」
「貴様があんまりにもはしゃいでいるからドン引きしているのだろう。ノゾムよ。このバカは無視して構わんからな」
「は、はぁ……」
「まあ、肩の力を抜いていけ。このバカなりの気遣いなのだろう」
「そうね。ノゾム君、さっきから表情硬くなってるから」
「そ、そーっすかぁ? いやぁ、ちょっと緊張してたかなって、アハハ……」
「おいテメーら、先行くぞコラ」
言うと、すたすた、と歩を速めるフジ。
それに着いて行くレン、コトハ、ホタル——
「って、おい待てよ!! ノゾム、急ぐぞ」
「は、はいっ、先輩……」
そして、後に2人も続いていくのであった——
***
しばしの間、空港内で自由時間となった。
1人になりたかったノゾムは、何も食べずにぽつり、とトイレ近くのベンチに座り、俯いていた。
——どうしよう。まだ、デッキが出来てねぇ……。
思いつかない。
頭の中で形が固まらない。
ぐるぐるぐる、とカードの名前と効果だけがどうどう巡りしていく。
——やべぇよ……やべぇよ……しかもすっげー気まずいよ。あんなやり取りの後だから、オレ先輩にどんな顔で会えばいいんだマジで!! 怒ってないよね? 先輩怒ってないよね?
『流石に怒ってるようには見えなかったんだけどォ……』
「オレには怒ってるように見えたの! 顔で笑って心で憤怒する……それが先輩という人間だ」
『そ、それは流石に飛躍しすぎっていうか、ヒナタはそこまで怖い人じゃないんだから……』
「どうしよう……大言壮語を吐き、怒鳴った挙句、まだデッキの1つも完成していねえ! オレはアホか! バカなのか! それとも無能!? 超弩級のド無能!?」
『赤字で宣言する! 汝は無能であると!』
「やめろォ!! こないだ教えて貰ったビジュアルノベルの名フレーズを悪意たっぷりのタイミングで吐くのはやめろォ!!」
『うーん、でもノゾムの考えすぎだと思うんだけどなあ……』
「——あっれー? それは鎧龍の制服みたいやけど……どーしてこんなとこにいんの?」
びくり、と彼は肩を震わせた。
明るい声色に、関西弁。
振り向くと、そこにはセーラーを羽織った少女がいた。聖羽衣のものではないようだ。
急に話しかけられたので、ノゾムは思わず口を噤んでしまう。一言で言うならば、普通、だ。特徴が無いのが特徴と言ったところか。コトハ程綺麗で目を引く美少女というわけでも、ニャンクスの人間体のように妖艶さを含んだ外見というわけでもない。凡庸。その一言に尽きる。言うなればどこにでも居る少女のそれだった。
ともかく——考えられるフレーズを頭の中で並べ、慎重に選んだ。
「あ、いやー、オレD・ステラの選手で……仰る通り、鎧龍の生徒なんすよ、あははは……」
「あ、やっぱりそうやったん!? うちもデュエマ好きなんよ。D・ステラの聖羽衣の試合、楽しみにしとってな」
「は、はあ……」
朗らかで、明るいノリに、少し押されがちになってしまったが、話しやすい人で良かった。
「あ、思い出したわ! あんた、十六夜ノゾムやろ? 敬語使わんでええよ? うちも同い年なんよ」
「えっ、マジか」
「ちっこい身体にでっかい頭脳! しかも1年生なのに先輩らに交じってよーく健闘しとるって、大阪でも噂になっとんねん」
それを聞いて、ノゾムの顔が曇る。
「だ、だけど、オレ、そこまで強くねーし……今度の試合も前に大負けしたやつと戦うからさ、自信が無くって……焦りまくっててさ」
はっ、と彼は口を噤んだ。
どうしてか知らないが、この少女の前で弱音を吐いてしまった。
それは、今のノゾムが抱えている悩みだ。
会ったばかりで気の知れない少女に、それを吐露してしまったことを後悔する。こんなことを言うつもりは無かったのに、と。
——オレ、疲れてんのかな……。
「わ、わりぃ。試合に出る前の選手が、こんなよわっちぃこと吐いてちゃいけねーよな。でも、皆オレにすっげー期待してんだよ……お前なら大丈夫、お前なら勝てるって……それがすっげー重くて……みんなの前でまた無様な負け方をしたら」
「うんうん。分かる。でもな、そんなに悩まんでもええと思うよ?」
「え」
そう返した途端、再びノゾムは気付く。自分が”本音”を吐き出していたことに。
しかし、間もなく彼女は告げる。
「——デュエマは時の運。結局、勝つ時は勝つ。負ける時は負ける——諦めたり割り切ったりすることもうちは大事やと思うよ? ずーっとそんな気張っとったら、辛いやろ? あんたは頑張っとるのは皆分かっとると思うし、負けたってだーれも責めたりせんわ」
ノゾムは言葉を失う。
まるで、この少女に全てを見透かされているようだ。
「デュエマはな。楽しんだもん勝ちやで? 勝負に勝って楽しむことで負けたらあかん」
くるり、と彼女は踵を返した。
「初心を忘れんよーにせんとな、その辺は。何で自分がデュエマ始めたんか、それ考えんと」
「あ、あの——」
「んじゃ、うちはぼちぼち行くわ」
もう1度、彼女を呼び止める前に。
そして彼女の名を聞く前に——
「ほなー、またなー、十六夜ノゾム。吉報と”次に会うの”楽しみにしとるわー」
ゆるゆるとした関西弁が空に消えていく。
そして、彼女はたたっ、と人込みへ消えていった。
しばらく、呆然と彼は突っ立っていた。
——ふ、不思議な子だったな……。
ただただ、それだけが頭に浮かぶ。
『ノゾム、大丈夫?』
「あ、ああ……なんつーか……」
言い知れない気分を胸に含みながら、彼はしどろもどろになりながら答える。
「——ノゾムさーん!」
「!」
再び、さっきの方から声がする。
見れば、息を切らせたホタルがこちらに駆けてきていた。
腕時計を見る。もう、集合時間だ。
「もう、探したんですよ!? 自由時間はとっくに過ぎようってのに、普段真面目なノゾムさんだけが、なかなか来ないから……」
「わ、わりぃわりぃ、すぐ行く」
「来てください、はーやーく!」
くいっ、と袖を掴まれ、引っ張られるがままにノゾムは駆けていく。
仲間達の元に——
***
バスは、聖羽衣スタジアムの近くにあるホテルで降りた。
チェックインの間、少し時間があったからか、ノゾムはヒナタの傍に駆け寄る。
自分の迷いが吹っ切れたことを示すために。
「——先輩、時間があったらもう1回オレとスパーリングお願いできますか?」
「……へぇ」
何時になく真剣な彼の表情を見て、ヒナタは笑みを浮かべる。
「——目が変わったじゃねえか。良いぜ。受けて立つ」
ノゾムの心境が変わったのを察したのだろう。
決戦へ向けて、最後の練習が始まる——