二次創作小説(紙ほか)

Act8:揺らぐ言の葉 ( No.332 )
日時: 2016/08/19 16:19
名前: タク ◆K8cyYJxmSM (ID: y0p55S3d)

「ちょうせい、上手くいってるかも?」
「はい。確かに」

 執事服の男は、彼女に恭しい礼で返した。

「……適合率、80%——」
「これ以上はツグミ様に負担がかかることが予想されます」
「問題ないかも」
「ですが——これ以上のサイコスキャンは危険です。《アピセリン》は武闘財閥の技術をもってしても解析できなかったクリーチャー、これ以上は」
「……そう」

 彼女は目を伏せた。
 自身の握るカード——《アピセリン》を握りながら。




 ***




 画して。
 D・ステラ学校対抗予選の最後の試合は、当初何故か試合の延期をしてきた零央学園となった。 
 ——相手はあの有栖川ツグミ——!!
 前回。ボロボロに負けた上にヒナタや自分にキスをしたあの少女には、最早敵対心すら彼女は覚えていた。
 そればかりか、彼女は自覚することになる。
 自分が、暁ヒナタに好意を抱いているということを——

「《ヴェロキボアロス》でダイレクトアタック!」
「……うむ、流石だ」

 言い放ったレンはカードをしまう。
 またも、彼女の勝ちだ。最近、プレイングスキルにキレが掛かっている。
 それをレンはこう評した。

「何というかだな。殺意が籠ってるな、この間から」
「相手は英雄使い……負けらんないのよ!」
「それだけではなさそうだが」
「うっ……」

 見透かすように言うレン。
 図星を突かれたように彼女は項垂れた。

「まぁ良い。武闘先輩から貰った革命——それがあれば、戦力面では問題ないだろう」
「……そーゆー心配はしてないわ。でも——駆け引きってのは、本当に苦しいものね」
「何だ?」
「何でも」

 踵を返すと、鞄を彼女は背負う。今日はもう、この間から徹夜で何やら調べているらしいフジが死にかけており、「もうおめーら適当にやって適当な時間で適当に帰っていいから」とのことであった。
 それにしても、試合前にしては一番早く切り上げるのが彼女だったことに、レンは少し驚きを覚える。

「どうした?」
「今日、家にあたししか居ないのよ。そろそろ帰って色々用意しないと。デッキ調整は夜中にでも出来る。夜更かしは肌の敵だけど、そんなことは言ってられない」
「ストイックだな随分と」
「ま、晩御飯とかどうしようか、ってのは思ってるけど」
 
 見れば、既に時計は7時を回っていた。
 ヒナタは、まだD・コクーンに潜って対戦しているだろう——



「——おいおい大丈夫なのかよ、それ」
「ふぇっ!?」



 彼女の肩が跳ねた。
 振り返ると、そこには肩掛け鞄を右肩にかけ、デッキケースを握ったヒナタの姿があった。

「ヒナタ……トレーニング、終わってたんだ」
「それよか、俺はお前の方が心配だぜ。両親が共働きっつーのは知ってたけどさ。どうしてお前しか家に居ないんだよ。確か兄貴がいたろ、そっち」

 かなり性格に難のあるシスコン兄貴ではあるが。

「ええ。そうね。だけどうちのバカ兄貴、こないだのトーナメントの結果にブチ切れた星目先輩主催の合宿に狩りだされて居ないのよ。だけど、今日何食べるかも考えてないのよねぇ……と言いつつ、どーせコンビニの冷や飯を食べてるんだろうけど、あたし」
「ああ……しかし、あの先輩ならやりかねねーな」
「本当、何で天災しかいないんだこの学校の先輩は……」

 流石のあの兄貴も、テツヤの圧力には敵わなかったのだろう。
 打倒、侵略を掲げたらしい天災ドSデッキビルダーは、チームのメンバーを再びかき集め、わざわざ担当引率まで付けて合宿を始めやがったらしい。
 また、どうやらこんな時に限って両親が仕事の用で家を空けているらしい。

「ま、あたしは大丈夫だし——」
「オイオイ、待てよ」
「?」
「今日、両親は居ない、兄貴も居ない——飯も何食うか決めてない——それならよ、良い考えがあるっちゃあるぜ」
「何よ」

 じろり、とヒナタを見るコトハ。
 ヒナタの考えとは何なのか。どうせろくでもない事だろう、と思っていたが——



「うちで飯食えばいーじゃねーか」
「!?」



 一瞬、コトハの思考はフリーズする。
 
「い、いや、悪いわよそんなの……」
「いーやほっとけねーよ、流石に。女子中学生が、コンビニに弁当買いに夜出歩いてる構図もあんまりよろしくねーしな」
「うっ……」

 ヒナタとしては、彼女の身を案じたのもあったのだろう。

「で、でも、あたしの分御飯が1人分増えちゃうってことだし……やっぱ悪いわよ。しかもこんな急に」
「ヒナタは結構、友人を家に連れて一緒に夕食をとることが多いぞ」

 遠慮するコトハの逃げ道をふさぐように言ったのはレンだ。 
 「僕も1度世話になったからな」という言葉を添えて。

「えっ、そうなの……?」
「かく言うノゾムもこの間、試合の勝利のお祝いがてらヒナタの家で一緒に夕食をとったらしい。ヒナタの母の料理は絶品らしいな」
「そ、そうだったんだ……」
「だから景気づけに、な!」
「だ、だけど、やっぱり悪いわよ——」
「あ、母さん? 俺だけど。今日、一緒に練習してるクラスメイト、家で1人みたいでさ。そう、チームメイト! D・ステラに一緒に参加してる——」
「え、ちょ……」

 スマホで家に連絡までとりだしたヒナタを見て、コトハは察する。
 ああ、これはもう止める術は無いな、と。
 レンも諭すように言う。

「気持ちは汲んでやれ。あいつなりの親切だろう。女子だから、男子だから、という理由で変に意識しないのもあいつの長所だからな」
「……ま、まあ分かったわよ。そこまで言うなら」

 正直のところ、1人で食べるコンビニ弁当も味気ないと思っていたところだ。
 遠慮する気持ちが無かった訳ではないが、彼女も最終的には承諾した。

「お、良いってさ! 行こうぜ、コトハ!」
「う、うん……」

 とはいえコトハも悪い気はしなかった。
 ヒナタが友人を家に誘うような感覚なのもあるし、自分も1人で家でコンビニの弁当を食べているよりはマシだと思ったのだろう。
 ——それだけ、無意識のうちにヒナタに心を許しているのもあるのであるが。

「どうした? 嫌だったか?」
「い、嫌じゃないわ。むしろ嬉しい。折角だもの、あんたの誘いに乗るとするわ」
「決定だな!」

 言うと彼はスマホを仕舞う。

「それじゃ、俺らは先帰るわ」
「お疲れだ。僕もそろそろ帰る。ノゾム達にも言っておかねばな」

 ——ヒナタの家で……晩御飯……。
 少し前までは考えられなかったことだ。それだけ彼が気を遣ってくれているのもあるのだろう。
 どこか複雑な気持ちを抱えながらも、彼女はヒナタと一緒にビルを出たのだった——