二次創作小説(紙ほか)

Act8:揺らぐ言の葉 ( No.333 )
日時: 2016/08/20 09:03
名前: タク ◆K8cyYJxmSM (ID: y0p55S3d)

 ***




「ただいまー」
「——お邪魔します……」

 ヒナタの家は、住宅街の中の一軒家であった。
 初見印象は普通、であった。灰色の壁に二階建てで、如何にも住み心地の良さそうな家だ。
 彼が扉を開けると、迎えたのは茶のかったウェーブのロングヘアを携える、まだ若さを残した女性であった。エプロンを付けており、また奥から聞こえる何かを煮るような音からして、彼女が台所で調理をしていたことは想像に容易い。

「あらぁ。お帰りぃ——あれ、その子が例のチームメイト?」
「そうだぞ、母さん」
「は、はい……今日はありがとうございます」
「可愛いらしいじゃない。そんなに緊張しなくても、くつろいでいって良いわよ?」
「は、はい……」
「さあ早く上がって上がって! もうすぐ晩御飯出来るから」

 そういうと、彼女は奥のリビングの方へ走っていく。
 
「あれが、ヒナタのお母さん?」
「ああ。ちょっとおっとり天然ぽけぽけしたところがあるけど、料理はすっげー旨いぞ」
「ふぅーん……」

 ——結構、若そうだったな……。
 そんなことを思いつつも、ヒナタが何か言い出す。

「多分今日は——おっ、この匂いはシチューか」
「そ、そうみたいね……な、何かやっぱり緊張しちゃうな、あたし。男の子の家にこんな風に呼ばれるの初めてだし」
「別に泊まるんじゃねえし、そこまで気にしなくて良いだろ。困ったときはお互いさまだし」
「と、とまるって……」
「何でそこに反応すんだよ」
「べ、別に!」



 ***




 リビングに着くと、荷物はその辺に置いていて良いと言われる。かなり綺麗にしてある。正直、男子の家は汚いとかいう偏見が無いこともないコトハであったが、それが覆ることになる。
 手を洗った後、ふと振り向くと視線を感じた。
 見れば、部屋の方から小学生程の少年がこちらをじっ、と見つめているのだ。顔付きはヒナタに似ているが、幼く、背も低い。
 そしてヒナタが来るなり、「にーちゃん、また連れてきたの?」と言っている。
 気になって近寄ってみると、先にヒナタが口を開いた。
 
「ああ、コトハ紹介するよ。弟のユウキだ」
「如月コトハよ。よろしくね、ユウキ君」
「よ、よろしく……」

 でも、と彼は続けた。



「——びっくりしたよ……。兄ちゃんに彼女いるなんて聞いてないよ?」



 ぴしり、と2人の顔が凍り付く。
 そして——ヒナタの拳骨がぐりぐり、と彼のこめかみを抉った。

「ユウキィーッ? 勝手な事言ってお姉ちゃん困らせちゃダメだろぉー?」
「いだだだだだだだだ、ごめん! ごめんって! いや、さ……兄ちゃんが女の子連れて来たの……久々だったし、つい……」
「チームメイトだよ、チームメイト。デュエマすっげーつえーんだぞ?」
「お兄ちゃんよりも?」
「そ、それは……」

 言い淀むヒナタ。
 そこに茶々を入れるようにコトハが冷ややかに言った。

「あら。素直にあたしの方が強いとは言ってくれないのね。弟の前では、そーやって見栄張るんだ」
「事実だろ!!」
「何ですって!!」

 と言いかけた途端、後に続く言葉は掻き消される。
 原因は、2人の腹の音であった。

「……こんなことで言い合ってる場合じゃなかったわね」
「……そうだな……いい加減腹減った」
「お皿に注いだわよぉー。ふふ、仲が良いのねぇ」

 くすくす、と笑う母を後目に弟へ「ほら、席に着くぞ」と促すヒナタ。
 家では結構、威張っているのだろうか、とも思ったが——
 ——というよりは……ヒナタって結構、年下への面倒見がいいわよね……。弟とも仲が良いみたいだし……良いお兄ちゃんなんだなあ……。
 ノゾムやホタルに対する彼の接し方を見てもそうなのだろう。
 対して、自分の兄のことを思い出すと——吐き気がするのでやめた。
 ——ヒナタがあたしのお兄ちゃんだったら良かったのになぁ……。


 ***



「ん、美味しい!!」

 だが、そんなことはすぐさま忘れてしまった。
 よく炒められた肉の匂いが食欲を、胃袋を刺激してスプーンが止まらない。また、濃厚で肉厚なベーコンが、小麦粉っぽさが全く感じられないルゥとよく絡む。また、全体的な風味や香りも野菜と相乗して引き立っており——総括すれば自分の家でたまに食べる市販のルゥを使ったシチューとはまるで違うように思えた。

「え、え、これどうやって」
「どうやって、って母さんはいっつも普通の市販のルゥを使ってるぞ。だけど、母さんは魔法が使えるからどんな料理でも美味しく出来るんだ」
「ま、魔法って——」
「もうヒナタ。中学生にもなって、いい加減な事を言わないの」

 窘めるヒナタの母は、微笑むと言った。

「肉はバターを使って炒めてるのよ。後、ルゥは白ワインを加えると味が良くなるわね。こんぶ茶も実は相性抜群なの。市販のものでも、何かを足せば見違えるように美味しくなるのよ」
「でも、こうしてみると兄ちゃんの言ったことも強ち間違ってないよねー」
「料理はコンボが大事、だからな! 勿論、基本はしっかりと押さえた上でだ! デュエマと似てるよなぁ!」
「凄い……」
「ふふ。今日は少し張り切っちゃった。後、こういうのもあるのよ」

 ぽん、と何かが目の前に置かれる。
 それは、粉チーズの缶だった。

「それをね、振りかけてみて?」
「は、はい……」

 ぱらぱら、と粉チーズをまぶしてみる。
 そして少し混ぜてから——スプーンで掬って口に入れた。

「!」

 コトハは言い知れない感動に襲われる。
 コクだ。チーズの深いコクが、なめらかなルゥにマッチしており、さっきとはまた違った味を成しているのである。
 
「ね? シチューだけでも奥深いでしょ? お代わりまだあるからね?」
「は、はい、いただきます!」
「すっげー気に入ったみたいだな」

 いつになくシチューにがっつくコトハを見ながら、ヒナタも思わず笑みが零れたのだった——




 ***




「別に送ってかなくても良いのに」
「もう暗いし、あぶねーだろ?」

 帰り道。
 街灯が照らす暗い道を、2人は歩んでいた。
 
「美味しかったなあ……シチューのレシピ教えて貰ったし、また帰ってきたら母さんにも教えなきゃ」
「腹いっぱいになるまで食って貰って、うちの母さんも喜んでたしな。何ならコトハが家族に振る舞ってやれよ」
「あたしー? 自信ないわよ、そんなの」
「出来るって。お前ならさ」
「……」

 本当に、彼は優しい。
 言葉の1つ1つは、荒っぽいかもしれないが、こうして付き合いも長くなると、彼が本当に出来た人間であることが分かる。
 その裏には——大きな痛みがあることも、この間の彼の話でコトハは知っている。檜山ナナカという、大きな痛みが。
 今日の彼の弟——ユウキの話からも大方察した。彼女も、ナナカもこうしてヒナタの家を夕食をとりに訪れたことがあったのだろう。

「……なあ。もしもまた、今日みたいなことがあったら——うちに飯食いに来てくれよ。弟も野郎ばっか遊びに来ても面白くないかもしれねーし。たまに、で良いんだ」

 が、そんな思考を遮るようにヒナタは言い出した。
 彼からすれば何気ない言葉だったのだろう。しかし、どこか決まりが悪そうだった。

「ふふ、考えておくわ。……ねえ、ヒナタ。この辺で良いよ。後はバス乗るだけだし」
「そっか。気を付けろよ」

 と、言ってる間にバスが見える。
 どうやら丁度時間だったらしい。
 乗車口に駆けていくコトハは——振り向きざまに言った。

「ねえヒナタ。明日から練習、また頑張らないとね! 絶対、あいつらに勝つんだから!」

 最後に彼女が見せたのは明るい笑顔。それに彼は心を奪われる。それは、彼女が滅多に見せない表情だったからだ。いつも、仏頂面で怒っているようにも見える彼女が、今は笑っている。本当に普通の少女のように笑っている。

「ああ! 勿論だ!」

 そのままいつものように拳を突き上げて返す。
 頷くコトハの姿はそのままバスと共に消えて行った——




 ***



 
 バスに揺られながら、彼女はさっきの事を思い返していた。
 ——楽しかったなあ。
 少しの時間ではあったが、何より暁ヒナタと言う少年の側面にまた一歩踏み込むことが出来たような気がした。
 ——こんな誘いをしてくれるなんて……あいつも少しはあたしの事を認めてくれてるってことなのかな……。誰彼構わず、って訳でもないみたいだし。
 元は喧嘩で始まったような仲なので、自分とヒナタがそこまで仲が良いという自覚は無かった。
 しかし。思い返しても此処最近のヒナタに対する自分の態度は軟化した気がする。
 ——でも、ヒナタはどうなんだろ。
 それでも彼については分からなかった。ヒナタは、仲間に対しては分け隔てなく優しい。
 自分も所詮、その仲間の中の1人でしかなくて——彼にとって本当に大切なのはあの少女——ナナカなのではないか、とさえ思えてくる。
 彼は自分と彼女は似ているが違うと言っていた。代わりではないと言っていた。
 ならば猶更——
 ——う……。
 だとすれば——どうすれば、この苦しみを晴らすことが出来るのか。コトハには分からなかった。