二次創作小説(紙ほか)

Act8:揺らぐ言の葉 ( No.334 )
日時: 2016/08/20 13:38
名前: タク ◆K8cyYJxmSM (ID: y0p55S3d)

「如月ィ。ちょっと集中力欠けてねぇか?」
「えっ?」

 革命の戦法を身に着けるため、フジと演習を繰り返していたコトハだったが、唐突にそんなことを告げられて戸惑いを隠せなかった。
 確かに今の試合はプレイングミスが目立ったが—— 

「何か別の事考えながらやってただろ。オイコラ」
「す、すみません……先輩」
「……別にそこまで怒っちゃいねぇよ。色々あるんだ。誰だって悩む事はあるが——頼むからそれを試合に持ち込んで負ける、なんて結果だけは勘弁な。鎧龍は後1勝すれば確実に世界に行けるんだ」
「はい、分かってます……」
「まあ、プレッシャーを掛けるつもりはないがね。そこまで。もうちょい肩の力を抜いて行こうぜ。その代わり——ごたごたは解決できるなら、そっちで解決しとけ」

 そんな言葉がずしり、と圧し掛かる。
 簡単に解決できる訳がない。
 この気持ちはもう、どうにも出来ない程に膨れ上がっているのだから——

「——くれぐれも、ヒナタの奴に甘えてその辺をなあなあにするんじゃねえぞ」
「……はい」
「テメェに渡したそいつは、テメェの分身そのものだ。そのカードが意味するのは——隠された側面。そいつを使いこなせるかどうかは、テメェの心境にかかっている」


 
 ***




「っ……やっぱ難しいな、コレ……」
「……そうね」

 D・コクーンから、ほぼ同時に出てきて2人同時に溜息をつく。今の対コンピューター戦は敗北に終わった。
 この動作は息ぴったりだが、プレイングまで息ぴったりというわけにはいかなかった。D・コクーンによって、出来るようになったタッグマッチの練習。
 先ほどの試合の反省点を纏めることにしたのだった。

「前の試合は、結構攻撃面が手薄だったと思うわ。そっちは、ドラゴン中心にした方が変にメタ張るより効果的だと思うの」

 先ほどの試合は、メタビート気味に纏めたものの、コトハもヒナタも積極的に殴るわけではないので、巨大な切札を出されて押し込まれた形になった。
 これまで、2人のデッキを変えて最良の組み合わせを考えていたが、結果的にコトハがイメン、ヒナタが攻撃力の高いドラッケン軸の連ドラを使うことに。

「んじゃ、もう1回試すか?」
「……う、うん……分かったわ。……ふう」

 そう言うと、彼女は椅子にへたり込むようにして座ってしまった。

「おい、大丈夫か?」
「ごめん、ちょっと疲れたみたい……」
「最近さ。お前、無理してねえか?」

 それは、此処最近の彼女の様子を見たヒナタの印象であった。
 気丈に振る舞っているのは、いつも通りであるが——どこか仕草の1つ1つも歪だ。そわそわと落ち着いてないときが多くなったし、何よりも——以前よりきつい言動が大きく減っているのだ。
 らしくないと言えばらしくない。
 
「……どうなんだよ。かなり打ち込んでるみてーだけど」
「……うっさい」
「顔色も心なしか悪い気がするし……無理してんじゃねえのか?」
「あのねぇ」

 唸るようにコトハは言った。

「別にあんたには関係ないじゃない、そんなこと」
「だ、だけど、パートナーだろ、俺達。あの有栖川のリベンジに燃えてるのは分かるぜ。でも、それで体壊されたんじゃたまったもんじゃねえよ。無関係なわけねぇだろ」

 正論で諭すヒナタ。
 俯き加減になると、コトハは呟く。

「……ごめん。でも、本当に大丈夫よ」
「まあ……お前がそう言うなら大丈夫なんだろう。分かった」

 そんなに表情に現れていただろうか。
 確かに疲れた素振りこそ見せたが、此処まで言われるとはさしもの彼女も思わなかった。
 ヒナタが自分を心配してくれているのは嬉しかったが、それでまた変な気を遣われるのは御免だ。そう思い、

「でも、いつの間にかもうこんな時間だし……多分、コクーンの中でちょっと酔っちゃったのかな、映像に」
「ああ、そうだったのか。実は、俺もちょっと根詰めすぎた所為か、頭が少し痛かったんだよ。じゃあしっかり休んでおけよ」
「う、うん」
 
 そんなわけで、今日は解散となった。
 微妙な彼とのすれ違いを感じながら——




 ***




『コトハ様ぁ……大丈夫ですかにゃぁ?』
「……」

 布団に突っ伏しながら、コトハは黙りこくったままだ。
 分からない。
 此処最近の自分の不調を、どうすれば解決できるのか。
 いや、恐らくもう分かり切ってるのだろう。何が原因なのかを。
 
『やっぱり原因は、ヒナタ様ですかにゃ?』
「……いいえ。原因はどうあろうと、あたし。これはあたしの問題よ」
『そうかもしれませんけどぉ……これ以上コトハ様が苦しんでいるところを見ているのは、このニャンクス、従者として耐え切れませんにゃ……』

 ぎゅうっ、と彼女の小さな両手がコトハの手を握る。
 
『僕で良ければ、コトハ様の話を聞きますにゃ! 何だって遠慮なく!』
「ありがとう」

 わしゃっ、と彼女の頭を撫でた。
 本当に頼もしい自分の相棒だ。
 
「ヒナタに出会ったのは1年半前。鎧龍に入学した日の事だった」
『コトハ様?』
「……あいつと出会ったころのことよ。思い出してたの。あの頃は、本当にあたしも性悪で、誰かを事あるごとに下に見て、利用することでしか価値を見出せなかった」

 思い返す。
 成績優秀、実直で真面目な委員長。周囲からのそんな評価に自惚れていた。
 責任感もあり、ちやほやされる一方で——他人をどこか下に見ていた。
 薄々彼女は感付いていたのだ。自分に真に友人と呼べる人間など居ないことに。

「とにかくあたしは名声を上げることしか考えてなかった。周りから、尊敬されて慕われることしか考えてなかった。バカね、今思えば。そんなこと、自分から求めたって何の意味も無い。なのにあたしは、入学当初から自分はそうなるんだ、って思ってた。小学校の頃と同じ事が通用するって思ってた。だけど——入学早々、あるバカが喧嘩をおっぱじめてね」
『それって?』
「それがヒナタよ。相手は勿論レンだわ。あの頃からあいつらは今みたいな感じだったのよ。あたしがあいつらを止めたり、先生に言いつけたから、早速ヒナタとは険悪になってた。その矢先に最初の対戦であいつとマッチングしてね。此処でも勝って、あいつを屈服させてやる——そう考えてた」
 
 だが、結果は思ったようにはならなかった。
 コトハは——ヒナタの類稀なる閃きとプレイングの前に、敗れたのだ。

「結果はあたしの負け。面子はボロ崩れよ。何ならせめて、今度は利用してやろうと思ったの。鎧龍サマートーナメントのメンバーを組もう、って持ちかけたわ。でもね——」

 彼女は目を伏せる。
 自分の敗北の中で、最も忌むべき敗北。
 あの事件が起こってしまったのだ。
 オラクルの襲撃事件。
 鎧龍の生徒がいずれ邪魔になると考えたオラクル教団が、デュエリスト達の襲撃を始めたのだ。決闘空間に引きずり込み、カードごとボロボロにする——そんなタチの悪い事件が何度も起こり——

「あれは誕生日の日だった。あたしも襲われたのよ。小学校のころからの同級生も含めて皆、誕生日のプレゼントを用意してくれたの。でも——あたしは、皆の所に来ることができなかった」

 ——彼女もまた、教団の魔の手の前に倒れた。

「切札もその時に焼き印を押されてね。屈辱だったわ。何度も病室のベッドで泣いた。身体も、カードも、ボロボロにされて——」
『コトハ様……辛かったでしょうに……』
「目が覚めたら、焼き印が押されて焼け焦げて、穴が開いて——もう使えないカードを見せられた。自分の大切なデッキも一緒に奪われたあの感覚は一生忘れない。喪失感でいっぱいだったわ。でもね。ヒナタは——挫けてたあたしを励ましてくれた」

 くすり、と彼女の表情から笑みが零れる。

「ずっとね。只のチームのメンバーとしか思って無かった。只利用してただけとしか思って無かった。でも——あいつは、あたしを立ち直らせてくれたの。あの日の誕生日プレゼントは、絶対に忘れない。ちょっと日付はずれちゃったけど、目が覚めたあたしの誕生日を最初に祝ってくれたのは——あいつだから。多分、そこからでしょうね。あたしもあいつのことを、本当に仲間だって意識するようになって」
『でも……コトハ様、今とっても苦しそうですにゃ』
「うん。あの後も、何度も共闘して、一緒に居るうちに……いつの間にか、あたしは気付いたらあいつのことばかり意識しちゃってた。あいつと今の関係を崩したくないがばっかりに、冷淡な態度もとった。素直に、なれなかった」

 ははっ、と乾いた笑みが漏れる。



「バカみたい、あたし——あいつと一緒に居るのが楽しい、ってもうとっくの前に気付いてたはずなのに————バカみたい、あたし。あたしがずっと、逃げてただけじゃない」



 自嘲気味に彼女は漏らす。
 ぽろぽろ、と涙も零れた。

「でも、あいつに——ヒナタに嫌われるのが怖い。だって、あいつには——」

 彼の心には、もう既に居ないあの少女がいる。
 それを理由に思いを跳ね除けられ、彼から避けられるようになるのが——怖かった。




『ならば、コトハ様の答えはもう出来ているはずですにゃ』